TOPライフスタイルメンタル・心理学僧侶邦元の「すわらない坐禅」成道、悟りについて13:40 2024年12月8日 156再生 問題を報告する 再生する シェアする 成道会12月8日お釈迦さまがお悟りを開かれた日です。お悟りとはなんなのか?不思議世界の話?そんなことはないらリアルな話なんですよ。もっと読むAI目次成道とは何か?釈迦の苦悩と悟り徹底的な無為の境地とは?何もしないことの難しさとは?自分とは何か?人生を見つめ直す時悟りの境地への道筋とは?AI文字起こし(β版) # 初めのあいさつ 僧侶方言の座らない座禅、この番組は豊かな生活を送るための仏教や禅、教育、子育て、人育てについてのお話をしている番組です。 # 成道会 今日はですね12月8日。お寺、お坊さんにとってはですね、大事な日の一つなんじゃないかなというふうに思います。 浄土会って言います。お悟りを開かれた、お釈迦様がですね、お悟りを開かれた日ということになります。 ここに触れないっていうわけにはいかないのかなと思います。もしかしたら他のVoicyのパーソナリティーのお坊さんたちも、こういった話をするのかもしれませんけれども、 そこに触れないっていうのもね、せっかくの機会なんで浄土会を通してですね、これを機会にちょっと話していきたいかなというふうに思います。 お釈迦様はですね、もう知っている方もいらっしゃるかもしれませんけれども、王族の生まれでとても豊かな生活を送ってきたというふうに言われています。 王子様なんてお金に困るとかね、生活で困るってことはなかったと思うんですね。金銭的な部分だとか、欲しいものは手に入るし、何でも思い通りになるような生活をしていた。 そういう中でどうしても自分の思い通りにならないことが出てきたわけですよね。死ぬっていうこととか、老いるってこととか、そして病にかかるってこと、そういったことについてどうにもならないってことに気づいたときに、 いくらお金があってもね、財力があっても、どうにもならないということに気づいたわけですよね。どうしたら苦しみから逃れることができるのかということで、修行をするということになったわけです。 当時多分もうすでにお坊さんという存在はあって、修行僧の存在はあって、そういう修行僧の姿を見て、自分もその道に行こうということで行くわけですけれども、なかなか決着がつかないわけですよね。すっきりしないわけです。 一応当時苦行、苦しむ、要するに自分を死のギリギリのところまで追い込んでいくということで、その苦しみの先に幸せはあるんじゃないかということで、そういう修行が主流だったそうです。 お釈迦様もそういう修行をたくさんされたんですよね。だけどもうどうにも決着がつかないわけですよ。苦しい、わざわざ自分を追い込んでも苦しいだけなんですよね。その先はないわけです。 ありとあらゆる修行と言われているものを試してみても、結局最後自分の納得するような幸せというところにはいかないわけですよね。 最終的に残った修行の一つが、何もしないという修行だったということなんですよね。 この座禅を、足を組んで座禅をして、菩提寺の下で最後は座禅をして悟ったと言われているわけです。 この菩提寺の下で座禅をする、徹底的に何もしない修行をしたということなんですけど、この何もしないということが難しいんですよね、人って。 面白いですよね。難しいことじゃないんだけれども、それまでの生活の癖みたいなものが小さい頃からずっとついてきていて、何もしないというのは、例えば、手をつけないということをするわけですよ。 一番は思いに手をつけないということがすごい大事なんですよね。余計なことをしないということですね。 結構それって、いろんな場面で余計なことをすると、おせっかいになったりするじゃないですか。 普段の生活の中でも、よかれと思って、必要以上に手をかけてしまうと、おせっかいになってしまったりするじゃないですか、親切を超えて。 そういうこともあるし、料理とかだって、手を加えすぎると、やっぱり人間の手が加われば加わるほど、見た目は可愛らしくなったり美しくなったりするんでしょうけど、味としては本当の美味しさというところから離れていく。 ちょっと話が逸れますけど、和食って素材の味を引き出す調理法だと思うんですよね、料理。 できるだけ手を加えるんだけれども、加えすぎないような素材を活かすような調理だと思うんですけど、多分そういうところなんですよね。 結局手を加えすぎないようなことが必要。 そのままにしておくってことが大事。 思いの部分も同じで、思いが出てきたときにそのままにしておけば自然と消えていく。 その瞬間そう思えるってことは活動としてあるんだけど、それは否定してないんですよ。 座禅をするとかって言うと無になるとか空だとかってことで何も思ってはいけないって、そこをスタートの時点で勘違いされてる方いらっしゃるんですけど、 何も考えないとか思わないんじゃなくて、そのときその瞬間そう思えたという活動のままにできるってことなんですね。 お手つきをしない。手をつけない。そのままでいられる。これがすごい大事なんですよね。 お釈迦様も結局そういったことで何もしないってことに気づいてそういう実践をされたわけです。何もしないでいると。 最終的に何もしない。何もしないってことは何もしない自分がそこにいたら何かしちゃってるわけですよ。 何もしないようにしている自分っていうのがそこに存在しちゃってるわけで、それは何かしちゃってるわけですよね。 一心そこ何もしないってことは自分っていう存在すらもそこで落ちきるってことがあるわけですよ。何もないと。 明けの明上、太陽が出てきたときにふと我に返って、その様子に気づいたということなんですよね。 じた、不二って言葉がありますけど、自分も他人もない。本当に二つでない。 その様子があるがままどんとそこにある。あると言っても握るようなこともできない。 時の流れと川の流れのようにですね、雲の流れのように過ぎ去っていく。そういう様子が目の前に現れているわけですよね。 私たちの生活もお釈迦様と何ら変わりないんですけれども、なかなかそこに気づけないっていうのが現状としてはあるわけです。 # まとめ お釈迦様がですね、そのようにして、 自分という存在がもともとなかったということに気づいたということですね。 そしたら、根っこから、苦しみから下脱することができていたということになるわけです。 これはですね、本当に先ほども申しましたけれども、 私たちと何ら変わりない人間であるということ。 私たちもみんな、今これを聞いてくださっている方もですね、 同じように活動しているわけです。 お釈迦様と何も変わらない活動をしているわけです。 ですから、そこに気づけるかどうかというところがすごく大事なポイントなんですよね。 自分という存在がどういう存在なのかということが、 まあはっきりしないと、 なんていうか、土台がしっかりしないじゃないですか。 グラグラして。 自分って一体何なのかということがわからないまま生きているわけですから、 その上に、土台がしっかりしていない上に、 知識とか技術とか身につけて、 なんていうか、頭でっかちになっていったらですね、 その頭の重みで、下がグラグラしちゃうというのは、 まあ早々つくと思うんですよね。 ですからやっぱり大事なところはですね、そこをしっかりしていかなきゃいけない。 なんかいろいろ学ぶ前に、理屈とかね、理論とか学問とかわからないですけど、 そういうのを学びすぎて、ただ頭だけがでかくなってですね、 実際自分がそれで行動できないってなってしまうのじゃ意味ないじゃないですか。 ね。 料理のことを語るだけで料理を作れないんだったら意味ないじゃないですか。 だったらちゃんと料理作れる人にならなかったら、料理語れないでしょって話ですよね。 いやそれすごい大事なことだかなというふうに思うんですけど、 あの、料理研究家とかって言って、料理しなかったら研究なんかしてないじゃないですかね。 そういうわけですよね。理屈ばっか込めててもしょうがないってことです。 ですからそういって実践して、自分自身の人生をしっかり見て、見つめてというか、 そして自分をはっきりさせていくってことは大事ですよね。 ですからこの浄土絵っていう機会にですね、もう一度自分の人生っていうところを見直してみるってことは大事だと思うんですね。 人を育てるとか言う言葉もあります。教育って言葉もありますけれども、 実際のところは人を育てるというよりも人は育つのかもしれないなと思います。 誰か他の人が育てるんじゃなくて、育つんだと思うんですね。 その人その人の自分自身を自分自身で育てる。 そういうことしかないんだと思うんですね。救うのも自分だし、育てるのも自分だし。 ただそこに気づきっていうのを与えるために、外から何かしらの刺激が必要になったりするので、 求めている人には届くように伝えていくっていうことが我々坊さんの務めなのかなというふうには思いますけれども、 そんなところでこの12月8日過ごしていただけたらと思います。 それでは今日も聞いていただきましてありがとうございます。 いいね、フォロー、コメント、感想ぜひお寄せください。 それではまた次回お会いしましょう。さよなら。 もっと見る #禅 #仏教 #お釈迦さま #悟り #僧侶 #お坊さん #救い #成道会 僧侶邦元の「すわらない坐禅」プレミアム放送配信中!00:161.初めのあいさつ08:592.成道会04:263.まとめコメント感想・質問・応援メッセージを書こう
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