TOPライフスタイルメンタル・心理学僧侶邦元の「すわらない坐禅」自分らしく生きる、自分を好きになる、の自分とはなんだろう。15:06 2025年1月26日 332再生 問題を報告する 再生する シェアする 世の中に溢れる自分軸中心の話、どう捉えたら幸せに生きられるのか考えてみましょう。AI目次「自分」とは何か?問われる本当の自分自分らしさとは?その幻想と現実自己肯定感と自己効力感の罠他者との調和、そして本当の自由本来の自分と向き合うことから始まる幸せAI文字起こし(β版) # 初めのあいさつ おはようございます。僧侶方言の座らない座禅の時間です。 この番組は、救いのある仏教や禅、 教育、子育て、人育てなどについてお話ししている番組です。 私は遠通寺住職方言と申します。 小学校の先生もしております。 昨日 自己攻略官についてのお話をして その後ですね ちょっとやっぱ自分なりにいろいろ考えている中で 自分というところに向き合わないといけないなと改めて感じて これを何かちょっとお伝えしたいなぁなんて気分になりましたので 今日はちょっとその辺自分というところに視点を当ててですね お話ししようかなというふうに思っております # 自分 自分っていうことで、今日お話ししようと思うんですけど、 自己効力感っていうね、この自己っていうところなんですけれども、 例えば、ネットで自分って入れるとですね、その下にすぐ出てくるのが、 自分らしく生きるとか、自分を好きになるとか、自分を大切に、 自分軸、自分に合う仕事とかっていう形で、 自分っていうのが、意図的に調べてるんですけど、 よく聞くよなって、確かにそういう言葉聞くなって思うんですね。 自分らしく生きる、なんかちょっとそれっぽいですよね。 なんか、もっともだなって思わされるような響きがあるなって思うんですよね。 自分を好きになる。 自己肯定感っていうのもありますけど、自分を好きになる。 ちょっとなんか、好きになるってね、どうなんだろうな。 ちょっと考えちゃうとね、あれ?ってね、止まっちゃいますよね。 自分を大切に。 自分を大切に。自分ってここで言ってる自分ってなんだ?とかね。 自分軸とかね。 なんかこれ、一歩間違えたら、ただのわがままになっちゃいないっていうね、 そういう心配があるんですけど、どうでしょうね、皆さん。 自分に合う仕事。 自分、ここで言う自分ってなんだ?ってならないですかね。 一体自分には何が、何の仕事が合ってるのか。 とかね、そんなの考えたら答えが出るわけないですよね。 私だってわかんないですもん。 今ここまで、もう40年以上生きてきちゃってますけど、 未だに自分に合う仕事なんてわかんないですよ。 合うとか合わないとか、誰が決めるんですかね。 やってるだけですよね。 それぞれの仕事にはやっぱりやりがいがあるし、 合わない仕事っていうのはあるかもしれないですね、もしかすると。 だけど合う仕事っていうのはわかんないですね。 自分が好きなこととかね、 この自分というものを立てると、 どこかにここまでが自分だっていう線を引くわけですよね。 間違いなく自分を作るってことは他人を作るってことですよね。 自分と他人って分けて物事を考えるってことですよね、人で言えば。 人じゃないもので言えば、自分と自分以外のものっていう風に分けて物事を捉えているっていうことですよね。 これは本当に自分という自我を立てた物事の捉えのように私は感じてしまいます。 ですから自分さもね、自分らしく生きるとかね、 なんかすごい響き良くて、自分らしく生きてる人素敵なんて憧れちゃうような雰囲気を感じるんですけど、 ちょっとね、やっぱり怖いなって思うんですよね。 これ本当にそのまま突き進んでっていいの?って。 みんな一人一人が自分自分って言って、自我の方を大事にしすぎて、 なんかこう、自分さえ良ければいいっていうような人になってしまいませんかって。 ちょっとそんなね、怖さを感じています。 本当にこう、日本って昔からこう、自分っていう言葉を使いながらもですね、 広く、なんていうか、物事を見ていると思うんですね。 ですから周りにいる人のことも考えながら、 そういう文化だと思うんですよね。 ですから、良くも悪くもですよ。 悪い方向に行くと周りの目を気にしすぎるみたいなことで病んでしまうっていうね、 そういう方向に行くのはちょっと違うなとは思うんですけれども、 ただこう、自分自身が悪い方向に行くと、 そういう方向に行くのはちょっと違うなとは思うんですけれども、 ただこう、自分って言っているのはこの体のことを言っているとすれば、 体は大事にしなきゃいけない。 で、周りの人も大事にしなきゃいけないですよね、やっぱりね。 自分さえ良ければいいわけじゃなくて、周りの人も幸せになってほしいなと願う。 で、ここでやっぱ大事なのは、道元禅師は、相当種の階層ですけれども、 道元禅師はジータとは言わなかったですね。 自分のことをジコとタコっていう風に表現しました。 自分と他人っていう風に分けないで、タコって言ったらね、他の己って書いてタコですよね。 他も己なんですよね。 これジータを作っていないってことですね。 説明の上でジータって言葉があるから、説明する上で道具として言葉を使っているわけですけれども、 タコって表現したっていうところがすごく深いなって思うんですよね。 本当にその通りだなって思うんですけれども、 そうしたところに線を引いていないところ。 実際私たち自分の様子を見たって、線なんかどこにもなくて、ずっと続いていて、 どこまでが自分なのかって分からなくないですかね。 体のとこだけなんですかね、自分ってね。 例えば、変な話、車を運転していると、 自転車でもいいんですけど、乗り物を自分で乗っていると、 だんだん自分になってこないですかね。 そういう感覚って皆さんあると思うんですよ。 例えば、自転車でも車でも、その幅、車幅っていうか、 そういうのって自然と身についてきて、 大体これぐらいだと通れるなという感覚とか、 こういう風にするとこういう風に曲がっていくなという感覚が、 体の一部かのようになってくるじゃないですか。 どうですかね。 大体そんな風に、物であっても自分のようになっていくわけですよ。 それこそ、スポーツやってたら、 例えばサッカーボールが友達みたいな、キャプテン翼みたいな、 そういうのだって、ボールが体の一部になってくるわけですよね。 自立って友達って言ってるぐらいだから、他人とは絶対言えないですよね、翼くんも。 そういうことってあると思うんですよ。 こういう風に物を見ていくと、 いろんなところで自分の一部になっていることってたくさんある。 スポーツの世界ってたくさんあると思うんですよね。 オリンピックで有名になったスケートボード。 僕はずっとやってた時期ありますけれども、 スケボーだってですね、始めはもう別物ですけど、 乗ってるうちに慣れてくると、自分の体の一部のように扱えるようになるんですよね。 一体となってるんですよね。 こういう動きをすると、こういう板の弾き方をすると、 これぐらいのスケボーの跳ね具合をするとかね。 そういうのって理屈じゃなくて体で覚えているわけじゃないですか。 そういうプロの選手なんかも、ピッタリ足にくっついているように見えるけれども、 あれだって何百回何万回練習している中で一体となってるわけですよね。 微妙なところの動きで。 ああいうのもすごいなって思うし。 ですから、自他って分けているようでいて、 実際のところは自他っていう境がないほどに自分というものがたくさんね、 全部が自分なんじゃないのかなって思うぐらいの中で生活しているわけですよね。 そういうことを考えていくと、自分らしくとか自分好きにとかいうことって、 そんなに言えないんじゃないかなっていうところがなくていいんじゃないって。 そんなことなきゃいけないかのようなことを結構聞くんですけど、 いらないくないっていうね、そこちょっと自分なりに見つめ直す必要があるんじゃないかなっていう問題提起です。 # まとめ こうしたところの自分っていうものを大事にしすぎると 先ほど言ったようにやっぱりこの周りの目が気になるようになってくる っていうことがあるわけですよ 周りがどう思われるか 評価みたいなところばっかり気になってどんどんどんどん苦しくなっていくじゃないですか じゃあ側を強くしていったらいいのかって側が強い人は 幸せかっていうとですねやっぱり自分の思った通りに物事が 運ばないとイライラするんでこれはこれでまた辛いんですよね ですからこう側を 表に出さないでそれ以前の本来の自分自身のありようというところに目を向けていくと 気づくことがあるわけですよ 本来の自分というところに 目を向けて やっぱりここがすごく大事なんじゃないかなというふうに思うんです ですからねどういう ご縁をいただけるかわかんないんですけれどもご縁をいただければですね まあ自分の行動 すること プラスご縁で 何かこう 話を転がっていくので と なんていうか いい いい方向にというかねじまいいっていうのはよし足というよりも何かこう変化が起き てくるわけですよね 都合が良くなるってことじゃないですけれども都合を立てないでいると何か動きが 出てくるわけですよ 決してですね人間て あの 古い家になってしまうわけじゃなくてですね やっぱりこう良くなるなりたいと願う生き物だから 周りの人にも優しくできるし自分自身も良くなろうとしているから 自分がないっていうのが 自然と まあ なんていうのかな周りの人にとってもいい 存在になるし良い影響を与える存在になるし 自分自身も楽で安心した生活ができるようになるっていう この辺は前とかってね仏教とか前とかって私たち言ってますけど まあそんなところから気づいていけるところなんですよね ですからあの なんかねこういう世の中に溢れているこの自分らしく生きろ行きましょうとか自分を好きになろう とかね 自己肯定感とか 効力感というのも 自己効力感というのもそうですけど まああんまりですね 気にしすぎない方がいいんだろうなぁって思いますよ 本来の自分 生まれたまんまの自分 素直な 自分ね そういったところ今自分で言葉使ってますけどこれは側の働きによる自分ではなくて 本来の自己ですね ここに気づける ような 見つめ方をですねぜひ してもらいたいなというふうに思いますねあんまり 周りをキョロキョロ見すぎずにですね 地に足つけでどっしりと構えて堂々と生きていったらですね いいんじゃないかなと思います自分 自分自分てね言葉はあるんですけれども 人と違っていいわけですし 違っていいっていうねこの言葉がまたなんかね がを強くしてしまうような気もして怖いんですけれども まあそういうことでなくてですね いいんです違っていいんです あの 勉強できなきゃいけないいいんです そんな勉強できなきゃいけない世の中だった私はもう終わってますね できなくてもどれが生きてますから それで許されてますよね周りの人は許さなくてもですね まあ仏さんの働きはきっちり私を許してこうやって生かしていただいてますので あの 感謝してですね生きていきたいなというふうに思いますけれども皆さんどうでしょうか また何かね思うところ感じるところありましたら ちょっとねあんまり好きな分野の話じゃないのかもしれないですけど コメントいただけると嬉しいです それでは今日も 頑張りましょう それではさようなら もっと見る #禅 #自分軸 #仏教 #自分らしく生きる #自分を大切にする #自分を好きになる #自分に合う 僧侶邦元の「すわらない坐禅」プレミアム放送配信中!00:551.初めのあいさつ09:382.自分04:353.まとめコメント感想・質問・応援メッセージを書こう 小町2025年1月26日おはようございます「自分とか、ないから」しんめいP 著 サンクチュアリィ出版東洋哲学を面白く綴られています。3返信
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「自分とか、ないから」
しんめいP 著 サンクチュアリィ出版
東洋哲学を面白く綴られています。