TOPライフスタイルメンタル・心理学僧侶邦元の「すわらない坐禅」日常に戻りたくない11:06 2024年1月5日 276再生 問題を報告する 再生する シェアする AI目次日常回帰への抵抗を紐解くおみくじが示す心のあり方とは?長期休暇明けの憂鬱…その克服法自分とは何か?存在への問いかけ迷える心に光を灯す、新たな視点AI文字起こし(β版) # 初めのあいさつ 僧侶方言の座らない座禅。この番組は身近な生活と仏教禅についてお話しする番組です。 # 日常に戻りたくない お正月が明けまして、冬休みに入っている人もですね、来週ぐらいからですかね、休み明け、仕事や学校など始まるのかなというふうに思いますけれども、 みなさんはいかがでしょうか。 ちょうどお正月にですね、おみくじとかって引いたりしませんでしたか、みなさんどうですかね。 私も実は一回引いてみたんですね、おみくじを。 自分のお寺でってわけじゃなくてですね、たまたま寄った神社のおみくじを試しに引いてみました。 遊びみたいな気分で引きましたけれども、なんとですね、今日でした。 ちょっとショックな感じもするんですけど、さほど気にはなってないんですね、私ね。 書いてある内容もですね、別にこの世の終わりっていうようなね、一環の終わりですとかっていうようなことではなくてですね、すごく普段から私が意識しているようなことが書いてありまして、 何が書いてあったかというと、人と敵対するのではなく、受け入れる、許し、許す、そういうスタンスで生活してくださいみたいなことが書いてありました。 本当にその通りだと思います。敵対していいことはないですよね、本当に。 人間関係というかね、そういうところで相手をやっつけてやろうとかね、やり込めてやろうみたいな、そういう気持ちで接していたらうまくいかないですよね。 やっぱり相手のことをよく理解してどういう気持ちなのかなってことを考えて受け入れていくってことはすごく大事なことだなというふうに思います。 防さんってこともありますけれども、わざわざ喧嘩する必要もないじゃないですか。もし相手が間違えたようなことをしていたとしてもですね、それは喧嘩ではなくて、 何か困っているんでしょうから導いてあげたらいいでしょう、いいんだろうなというふうに思います。 ですからそれは防さんであろうと、誰であろうとですね、皆さんも多分そうだと思うんですね。 これから会社や学校などがまた始まるような時期になってくると、やっぱり長期休み明けですから、長期休みっていうのはちょっとした休み明けですから、やっぱり行きたくないなっていうのがね、人間誰でも始まるわけです。 休みが続くと、やはりいろいろ考えていることも変わってきたり、思うことがいろいろ出てきたりしますので、簡単に腰が上がらないというかですね、腰が重くなってしまうってことはあると思います。 多くの人は嫌だなと思いつつも、動き出しちゃうとまたそこの生活に馴染んで問題なく過ごせるんだと思うんですけど、ここでやっぱりその一歩目が出ない、ちょっと落ち込んでしまうとですね、なかなか生活に戻れなくなるってことがあると思います。 そんな時にはですね、本来であればそういう気持ちは乗らないけど、とりあえず体を動かしてみるってことが一番大事で、その気持ち優先、最優先の生き方っていうのをしててもですね、しょうがないんですね。 で、これなぜかっていうと、自分というものがね、本当は私は生きたくないと思っているとかね、自分というものを握りしめているとそういう問題が起きやすくなるんですけど、本当に自分ってあるのかなっていうこと、そこをちょっと考えてみてほしいなと思うんですね。 そういうちょっと悩んでいるときって理屈っぽくなってるんで、どうしても感情、最優先になってしまう。そしてそれを正常化するためにいろんな理屈をくっつけたくなるんですよね。誰でもそうなんですよ。 その方が特別というよりも、誰でもそういう状況になってくるんですね。なんであえて理屈で自分が本当にあるのかないのかっていうところを考えていくと、例えば自分って何かなって思うと、この体なんじゃないかなってまず思うと思うんですね。 生まれてからずっと一緒にいるこの体。でも体のどの部分が自分なのかって考えると、ちょっとよくわかんないんですよね。思うとかって言うと心臓のあたりかなと思うんですけど、心臓で思っているのかなと思うとそうでもなさそうだし、本当に頭かな脳なのかなって思うとですね、脳が自分なのか。 本当に脳は自分なんでしょうか。じゃあ脳だけの問題なのかな。他の体の部分は問題なくあれなのかなとかね。 私はちょっとあまり詳しくはないですけれども、自分の体の細胞みたいなところに何か自分というものがあるのかって思うとですね、多分こう粒みたいなものが集結して自分の体っていうのは多分出来上がってるんですよね。 その粒みたいなものっていうのはどこに自分があるのかなって思うと、それもよくわかんない。 じゃあ周りにあるもの、例えば歩いている地面とか、その辺に咲いている花とか、お米とか、食べているご飯、お米とか、茶碗とか、箸とか、何でもいいんですけど、そこにある物質っていうものもですね、多分そういう細かく見ていくと、 何かこう炭素の塊みたいな、多分粒みたいなものが出来てるんですよね。そこに自分というものがあるのかどうか、それぞれに。よくわかんないですよね。 その粒粒が集まって出来てるだけの生き物。で、なぜかどこからともなく理屈はなく思えるっていう活動があるけれども、その思いっていうのも幻のようなものだし、本当にこれって一体何にしたかってね、我々は生きてるのかなっていう。 生きてるのか生かされてるのかっていうところもあるわけですよね。 ですからそんな幻のような思いっていうのをそんなに大事にする必要があるのか。それは移り変わるものなのかもしれないと。今だけ、ずっと握りしめるようなものなのか。今一瞬そう思ったけれども次の瞬間には違うかもしれない。 例えば細胞だってですね、いつまでもこの細胞で生きてるのかって言ったらそんなことはなくて、一年経って次の年になればもう全部生まれ変わった新しい細胞になってるわけで、いつまでもその時の一年前の自分がそこにいるわけじゃないし。 血液だって新しく循環して、2週間くらいで何か変わるらしいんですけど、私の記憶が確かならばですけれども、そういう話も聞いたことあるんで。 本当こう自分というものは常に流れてるんですよね。新しいものに生まれ変わってるとか。ですからこの体が本当に自分かっていうのもよくわかんないですよね。理屈で考えたってそういうことですよね。 # 終わりのあいさつ そんな謎の自分っていうものを握りしめて 嫌だとか好きだとか嫌いだとか なんかそんなことを言って それだけであの振り回されて 時には周りのせいにしてみたり 環境 環境っていうのもよくわかんないけれども環境のせいにしてみたり ね自分も環境の一つだと思うんですけど まあ本当にこう 名前がつくとですねそういうものがあるような気がして しまうんですけれどもそういったことに振り回されながら 生きているということで ね本当にこの 冬休みっていうこの休みの間にですね いろいろ考えたり 人と話したりとかっていうことでもしかしたらいろんな 悩みが出てきてしまっている人もいるのかもしれませんけれども そんな時にちょっとこう 本来の自分というものは一体何なのかってところ ちょっと追求してみるとですねもしかすると 解決できるかもしれませんね 悩みが悩みでなくなるってことがあると思いますのでぜひですね ちょまあ興味持っていただいた方はですねぜひ またお寺の方 にでもね連絡 いただいてもいいですしもちろんラインとかねメールとか ありますのでそういったもので問い合わせていただいてもいいですけれども まあいずれにしてもですね ねなんかちょっとお寺に興味持っていただけたら嬉しいなというふうに思います またご質問いいねフォローコメントなどもよろしくお願い致します それではまた次回お会いしましょうさよなら もっと見る #禅 #仏教 #お寺 #自分とは #休み明け #学校に行きたくない #お坊さん #日常に戻りたくない #仕事行きたくない 僧侶邦元の「すわらない坐禅」プレミアム放送配信中!00:101.初めのあいさつ08:562.日常に戻りたくない02:003.終わりのあいさつコメント感想・質問・応援メッセージを書こう
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