TOPライフスタイルメンタル・心理学僧侶邦元の「すわらない坐禅」いじめについて話してみました12:56 2024年2月3日 301再生 問題を報告する 再生する シェアする AI目次いじめ問題、その根源を探るいじめる側の心の闇とは?いじめが生まれる環境とは?いじめられっ子の心のケア幸せな社会を築くためにAI文字起こし(β版) # 初めのあいさつ 僧侶方言の座らない座禅。私は遠通寺副住職方言と申します。 この番組は身近な生活と仏教・禅についてお話しする番組です。 # いじめについて 今日は、世の中の社会問題とも言えるのかもしれませんが、いじめについての話をしようかなと思います。 昔からいじめについては問題とされているけれども、解決というのはされないということで、いろんな人がいじめ問題について語っているわけです。 これは人が集まると必ず人間の心理なのか、誰かを攻撃するというか、悪口を言ってみたりとか、そういうことが始まるんですね。 なぜいじめというのが起きるのかと考えていると、さまざまな問題があるのですが、これは大人の世界、子供の世界関係なく、やはり人が集まると悪口みたいなことが始まるんですね。 やっちゃいけないということはみんなわかっているし、だけども自然とそういう流れがある。 この根底には何があるかというと、やっぱり自分の思い通りに物事を運ばないことに対する不満ですよね。 それがいじめになるわけです。 要するに自分の思い通りに人が黙ってそのようにしてくれる。だからいじめになる。 例えばそれが言い返してくるような人であればいじめにはならないのかもしれないし、話し合いということになるのかもしれませんが、 これが言い返さないような人だと一方的に批判する時には暴力的なこともあるかもしれないし、そこに立場というのが一応世間の中ではあるわけで、 そういったことによって反抗できないというようなことで、力で抑えつけるような関係は親子であってもあるかもしれないし、 大人の世界上司部下とかってこともあるかもしれないし、子供の世界でも喧嘩が強いとか弱いとかそういったこともあるかもしれません。 いずれにしても何かそういったことによって反抗できない。要するに自分その人の思い通り、いじめた側の思い通りに相手が動いてくれるということの喜びみたいな。 そんなのもあるのかもしれません。 いずれにしても大前提でいじめは100%良くないことであることは間違いない事実であるんだけれども、 そうしたことが起きているというのは、今の現実、現代も昔から今もなお続いている。 そのやり方というのは様々あるんでしょうし、昔から状況は変わってきているところもあると思うんですけれども、 そうした自分の中のイライラ不満みたいなものが自分の中で消化できないから、何かそういう形で人に当たるということになるんでしょう。 例えばこれはいじめという言葉一つですけれども、親子であれば虐待ということもあるかもしれない。 ハラスメントということもあるかもしれない。 言い方は様々ですけれども、それをトータルいじめというのかもしれませんね。 ネグレクトみたいなことも虐待の一つですけれども、これもいじめになるのかもしれません。 共通して言えるのは、やはりそのいじめる側の自分というものを握って、自分の思ったように周りの環境を変えたいとか、周りの人を動かしたいとか、そういう気持ちですよね。 それが根っこにあるから、そういうことになるわけです。 例えばそういう虐待のようなことだったりネグレクトみたいなことは、特に自分、親が大人になりきれていないということなんですけれども、要するに自分自身のことばかりになって子供のことを構う余裕がないということですね。 親は親で苦しんでいるんでしょうけど、でもそういう子供のことまで考えられるだけ成長していないわけですね、大人として。 ですから最優先が自分だからそういうことになってしまう。 子供同士のいじめであっても同じだと思うんですね。 やっぱり自分の、その友達との関係だけではなくてもっと別のところでかもしれないけれども、自分の中で消化しきれないイライラ不満みたいなものが違うところで、要するに従ってくれる人につけていじめに発展するわけです。 いずれにしても根っこから立つことを考えると、そのいじめる側の不満とか心のありようというところが変わらないといけないわけですね。 要するにその不満であることの実際の自分の様子に気づかなきゃいけないし、気づいたらそれをやめようとか直そうとか、そういう努力をするようにならないと本当の根っこからはなくならない。 そして、それをですね、やはり周りが助けてあげないといけないんですね。 いじめられる側を助けるのはもちろんですけど、いじめる側についてもですね、やはり支援しなきゃいけないんだろうなというふうに思うんですね。 何かそういう不満を持っていて、どうにも自分で解決できない、大人になりきれない、そういう状況にあるならば、それをどうにか助けてあげたいなというふうに周りは思うんでしょうね。 心の様子、自分自身の様子みたいなことをちゃんと向き合ってですね、自分という存在の意味みたいな、一体何なのかなというところを探るような、そういう心の動きが出てくると少し変われるような気がしますね。 いつまでたっても周りの環境とか、周りの友達とか、そういう性にしているといつまでも変われない。 例えばどんなことでもですね、自分が変われば良くも悪くもなるわけですね。 今日は良い日だったな、雨が降る一日を良い日だったと捉えるか、悪い日だったと捉えるか、何も感じないで過ごすのか、いろいろあると思うんですけど、どう過ごすのもその人次第じゃないですか。 どう思うのも思うかというのもその人次第。 ですからわざわざですね、それに不満を持っちゃいけないというわけじゃないですけど、持たなくても生きることができる。 それが人間のこの素晴らしさ、どんな環境であってもですね、それを乗り越え幸せを感じられる生き物。 それが私たち人間なんで、そうした生き方を身に付けていくと人にも優しくできる。 そういう素晴らしい人になれるんだと思うんですね。 それの被害に遭ってしまったのがそのいじめられた側ということになるんでしょうけど、 いじめられた側もですね、それはそれで大変苦しい状況で、 なかなかそこによって心の傷というか、そういったものから抜け出すことができないという方もいらっしゃると思うんですね。 本当に何て言葉をかけたらいいかわからないですけれども、そういう方もですね、それはそれで幸せに生きる権利があるわけですから、 チャンネル登録よろしくお願いします。 # 終わりのあいさつ 新しいチャプターになりましたけれども、いずれにしても仏教や禅によって救われる、そういう道が開けてくるといいなというふうに思います。 私はですね、いじめる側もいじめられる側も、神一人なんじゃないかなって感じる時があります。どちらにでもなり得る。 昨日までいじめられてた人がいじめる側にもあるってこともなくもないし、逆もまたあると思うんですね。あり得る。 いずれにしてもですね、それを人に当たることによって解決しようというのはこれは違うことです。 自分のイライラ、不満をですね、誰か周りの環境、周りの人にやつ当たりしてどうにか良くしようということは一瞬の出来事であって、それによって苦しむ人のリスクを考えたらですね、そんなことできません。 自分が逆の立場だったらって想像してみたら、そんなこと絶対できないはずですから、本当にですね、根っこから解決するためにはですね、やはり自分自身と向き合うということが大事です。 もしですね、そういう人が身近にいたらですね、何か救いの手を差し伸べてあげていただけたらというふうに思います。 お寺、お坊さん、そういったところが一つ、そういう救いの場所にもなり得るということで、候補の一つに入れていただけたらいいんじゃないかなというふうに思いますので、ぜひよろしくお願いします。 今日はですね、いじめについてのお話をしてみました。皆さんもいろいろ考えることがあるかもしれませんし、経験、体験もあるかもしれません。 本当にね、周りの人、みんなで幸せに生活できたら一番いいと思います。いろんな人がいてね、お互いにそれを認め合い、許し合い、そういう居心地のいい国、居心地のいい場所であってほしいなというふうにつくづく思います。 それでは今日はこれぐらいにしたいと思います。また次回お会いしましょう。いいね、フォロー、コメント、ぜひよろしくお願いいたします。それではさようなら。 もっと見る #禅 #仏教 #いじめ #お寺 #お坊さん #救い #いじめる人 #いじめられる人 僧侶邦元の「すわらない坐禅」プレミアム放送配信中!00:131.初めのあいさつ10:002.いじめについて02:433.終わりのあいさつコメント感想・質問・応援メッセージを書こう
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