TOPライフスタイルメンタル・心理学僧侶邦元の「すわらない坐禅」四苦八苦 怨憎会苦(おんぞうえく)って何?12:59 2024年3月13日 366再生 問題を報告する 再生する シェアする AI目次四苦八苦の真意とは?苦しみを生む心の働きとは?解決策は環境を変えることだけか?苦しみからの解放への道筋とは?自分らしい生き方を見つけるヒントAI文字起こし(β版) # 初めのあいさつ 僧侶方言の座らない座禅。 私は遠通寺副住職方言と申します。 この番組は身近な生活と仏教禅についてお話しする番組です。 今日はご質問に答えたいと思います。 # 苦しみにする必要はない 今日は、シクハックの一つ音像エッグについてご質問がありましたので、一体どういうものなのかということをお話ししたいと思います。 あまり仏教に触れたことがない方は、シクハックという言葉は、もしかしたら仏教用語でないところで使ったり聞いたりしたことはあるかもしれませんが、 一般的には苦しみが4つと8つというふうに言うんですけれども、4つの苦しみという場合は、「生老病死」という4つ、 生まれ、老い、病気になる、そして死ぬということですね。 生まれるのも死ぬのも、全部この4つを苦しみというふうに、死苦というんですね。 さらに4つ加えます。 愛別離婚というんですけど、別れる、人と出会ったりとか、何でもそうですけど、出会ったら必ず別れるということで愛別離婚。 恩憎悪く、苦手な人、嫌いな人、憎んでいる人と出会う、それからそういう苦しみですね。 出会う苦しみ、恩憎悪く。 愚不得苦、これは求めても得られないという苦しみのこと、愚不得苦と言いますね。 で、御恩浄苦というのが、体、四肢重創業式から得られるというか、与えられた苦しみというふうに、この4つを加えて、八苦というですね、8つの苦しみという言い方もします。 この中の恩憎悪くということについてのご質問がありました。 この全部ですね、四苦にしろ八苦にしろ、これ苦しみというふうに一般的に捉えるんですよね。 だけど、これはもともと苦しみではないですよね。 そういうことが起きます。生まれるということが起きているから、今自分というものが存在しているんですけど、生まれるということがありますよね。 老いることもある、病になることもある。あるんだけれども、それを一つ一つ問題にする人としない人がいるわけじゃないですか。 例えば年を取ることについて悩む人もいれば、別にそう思わない人もいるわけですよね。 老いるという漢字を使うから、ある程度年を重ねるというところから、さらにだんだん体力が衰えていくような状況を言うんでしょうけど、そういうのも全部受け入れていたら問題にならないわけですよね。 だけど、どこかで自分の中で、今まで若かったのに、もっと動けていたのに、あの人よりも自分の方が動けないとか、そういうことを頭の中で考え出すと、それが苦しみになるわけですよね。 苦というのは、思いが出てきた状況を苦というわけですよ。ですから、思えるという活動として、いろんなことを生活の中で思うということはあります。 だけどそれは、もともとは苦しみではなくて、思いが出てきたという働きがあっただけであって、それを握って比較したり、自分の理想を追い求めたり、それを否定してみたり、いろんなことをするので、それをこねくり回すので、それが苦しみとなるわけです。 本像・絵句というのも全く同じで、そういう思いが出てくることはあると思います。 言語化されないようにしても、何となくもやっと、相手に対して嫌悪感みたいなものが、言葉に説明するとそういう言葉の例えが出てきちゃうので、そういう話し方になっちゃうんですけど、もやっと思うという働きはあると思うんですね。 だけどそういった思ったとしても、それをそのまま手をつけないでいると、もやっとしたまま、状況から言語化もされることなく立ち消えていくということがあると思うんです。 ですから、それを苦しみに変えないということですね。それはすごい大事なことだと思います。 昔から偉い方がいろんな思いに名前をつけて、愛別力とか恩情句とか名前をつけてジャンル分けしているけれども、実際はその思いにそんな名前はついていなくて、ただなんとなくもやっと思えるという働きがある。 そういう思いがあった、起きたというだけなんですよね。そこに対して、自分が嫌いなあの人がとか、自分はあの人を憎んでいるとか、そういうふうに思いを握って、そこからその人をどうにかしたいとか、なんかいろいろ思うからそれが苦しみに変わるわけですね。 ですから、例えばその人がハラスメント、いじめみたいなことをするような人だったら、離れちゃえばいいと思うんですね。環境を変えてしまえばいい。 だけど、別にそれは思えるという働きのままにしておいて、断ち切れるようなことであれば、まあそういうふうにやり過ごして、やり過ごすというか問題にもならないような生き方ができれば、それで解決することもあるかもしれない。 で、常につきまとうかどうかというのは、これは分かりませんね。 まあそういう、なんだろうな、敵を作りやすいというか、自分の中で嫌いな人を作りやすい性格の方っていうのは、必ず何かこう握る癖みたいなものがついているんだと思います。 ですから、嫌いな人を作る性格というのがあるんだと思います。 ですから、どこの環境に行っても嫌いな人を作るということはあると思います。 根本を言えばですね、こうした四苦八苦というのは、逃れられない苦しみというふうに言う人はいるんですけど、本当は最初から逃れる必要もないほどの、まあそういう働きがあったというだけのことで、それを苦しみじゃなくて苦で、それを思えるという働きで終わらせるということが大事であって、 そこを問題にして苦しみから逃れるなんていうことを言うから、ちょっとなんか修行が違う方向に行ってしまうんですね。 まあどんな環境であったとしても、それを乗り越えられるようなものを見方ができれば一番いいんでしょうけど、そうは言ってもですね、やはりこういういじめ的なことがあったとしたらですね、それはそこから逃げるっていうのも一つの方法です。 まあ誰だってそうでしょう。ちょっとうるさい大きな声でしゃべる人がいたら、うるさいなと感じたらそこから離れるでしょう。 まあそういうことですね。自分で限界だと感じたら離れればいいし、別に離れなくてもどうにかなるなと思うなら、そうした視点を変えるだけでもしかしたら乗り越えることができるなら、わざわざ環境を変える必要もないかもしれません。 それは自分次第だと思います。答えがどこかにあることではなくてですね、自分がそういう環境の中でやっていけるかどうかっていうそれだけだと思います。 # 終わりのあいさつ どの話にしてもですね、こうあるべきとか、こうしなければならないとかっていうところを自分の中に作って生活していると、 例えば自分、すぐに行動しなければいけないとか、嫌な仕事からはすぐに離れなければいけないとか、そういう風に思っているとですね、 またそれができないことに対して自分を責めたりとか、違う働きが出てくるわけですけど、別にこうしなければいけないという答えはないわけで、問題なければ問題ないでいいわけですから、 まあそんなわざわざ問題作る必要もないですし、それで乗り越えられるならそれも一つ。やっぱりどうしても離れたいなっていう、逃れられないものがあるなら離れてしまえばいいし、 まあそういうことですよね、とにかく。簡単なことではないんでしょうけど、そういう決断をするのも一つですね。 仕事とかっていう風になるとね、学校とかもそうですけど、そう簡単に変えられないと思うのかもしれないですけど、何よりもやっぱり健康が大事ですからね、心も体も健康が大事ですから、 その先に進むこともできないですから、我慢してとかね、まあ我慢も必要なことですけど、自分が病んでしまうことであればですね、まあ我慢することではないかもしれませんね。 その先でまた修行していけばいいんじゃないかなと思います。 まあそんなことで、そういう言葉によって自分が今こうなっているんじゃないかって勝手に思い込んでしまうってことはあると思いますけど、言葉にも振り回されることなくですね、今の自分のありように目を向けてどうなっているのかなっていうところで判断していけるといいんじゃないかなと思います。 それでは今日はこの辺にしたいと思います。 いいね、フォロー、コメント、ご質問などぜひよろしくお願いいたします。 フォローしていただけたら通知がいきますので、ぜひフォローもお願いいたします。 それではまた次回お会いしましょう。さよなら。 # 宣伝 ここでですねちょっと宣伝があります。4月7日 花祭りイベントがあります。 座禅会、社協会、お茶を楽しむ 茶道ですね、喫茶講 というイベントを毎月第一土曜日に行っていますが 4月7日日曜日に行いたいと思っております。 ぜひ体験したい方はお寺の方にお越しください。 詳しくはホームページ等を見てSNS等でですねチェックしてください。 コンサートもあります。11時半から本堂で行う予定になっておりますので、ぜひお越しください。 それでは失礼いたします。 もっと見る #禅 #仏教 #四苦八苦 #円通寺 #怨憎会苦 僧侶邦元の「すわらない坐禅」プレミアム放送配信中!00:171.初めのあいさつ09:162.苦しみにする必要はない02:393.終わりのあいさつ00:484.宣伝コメント感想・質問・応援メッセージを書こう 矢内正和2024年3月13日ありがとうございます。ついてまわる事ではない。逃れられない苦しみではないってよりも、逃れる「必要がない」んですね。自分が限界だと感じるかどうか、自身を覗き込んでみようと思います。1返信
#1239 今月も山寺で学ぼう 13分・一昨日・ 71再生AI目次日常を離れる山寺の環境とは形だけではない修行の方向性「自分」や「幸せ」探求の入り口自己から他者へ広がる慈しみの行人生を変える最初の一歩の重要性
#1237 教育とはなにか? 15分・10月1日・ 216再生AI目次教育とは何か議論されない現場の実態導き先を定める「真理」探求の重要性迷いを解く「事実」と五感の宝物知識は「道具」真の教育が育むもの「生きる」だけで十分?教育の役割
#1235 年に一度の行事^_^円成しました🙏 13分・9月29日・ 48再生AI目次年に一度の大法要 円成の軌跡僧侶と檀家 力を合わせた大法要仏縁を広げる試み 公式LINEと会祈りの輪広がる 本堂での参拝増加大法要後の心境と新たな挑戦の予感
#1234 仏教的聞き上手🙏 15分・9月29日・ 301再生AI目次「聞く」二つの漢字に込められた意味思いを乗せず「音だけをいただく」実践都合の良いフィルターが招く「苦しみ」五感と繋がる「聞く」修行の本質共感は二次的 まず「聞く」が示す先
ついてまわる事ではない。
逃れられない苦しみではないってよりも、逃れる「必要がない」んですね。
自分が限界だと感じるかどうか、自身を覗き込んでみようと思います。