TOPライフスタイルメンタル・心理学僧侶邦元の「すわらない坐禅」質問にもお答えしてます(2024年3月31日の生放送)21:00 2024年4月5日 69再生 問題を報告する 再生する シェアする AI目次20歳、生きづらさを感じているあなたへ「自分」を立てない生き方とは?イチロー選手が語る、心の持ち方体からの学び、過去を引きずらない生き方不安なお化けにならない、地に足のついた生き方AI文字起こし(β版) # 2024年3月31日の生放送 放送開始 生放送スタートしました。 僧侶方言の諏訪内座禅です。 質問があればということで、 一人ごとですね、ちょっと 聞いていただける方がいらっしゃるかどうかというところですけれども、 もう少しちょっと待ってみましょうかね。 何か質問があればというところですけれども、 今日はですね、 朝から結構忙しく過ごしてきました。 午前中はヨガのイベントがありまして、 初めて外でヨガをやるということで体験させてもらいました。 公園の芝生の、芝生っていうのかな、草の上で、 普段の本堂で畳の上でやるヨガと違ってですね、 不安定なところで、 ぐらぐらするところでですね、ヨガをさせていただいて、 とにかく外っていうことで気持ちよかったですね。 風もあるし、日が当たって、 今日は午前中は青空でですね、 天気も良くて、 気温は若干高いかなっていうところはあったんですけど、 日向だとね、少し暑いかなって感じるところだったんですけど、 風があったんで、すごく心地よく過ごせました。 そんな中でヨガをやらせてもらって、 普段の運動不足の体にいい刺激を与えてくれたなという感じですね。 で、その後は、 サッとサンガって言ったかな、 サンガですね、仏教で言う、 要するに僕のお話っていうことでやったんですけど、 法話っていうわけでもないんですけど、 ちょっとお話をさせてもらって、 それをヒントにというか、 きっかけにいろんなそれぞれが思ったことを話したりするということで、 そんな時間と、またお昼をそれぞれ持ち寄って、 おにぎりとかね、私は持って行ったんですけど、 持ち寄って食べながらお話したりということで、 そういう時間を過ごさせてもらいました。 本当に気軽にお話できるし、 自分の日頃着飾っているというかですね、 格好つけて鎧をたくさん着ているような人はですね、 そういうのも全部脱いで、 本当に格好悪い自分でいいんじゃないっていうところで、 本当にあるがままって言葉もありますけど、 本当にそういう生まれたままの自分の姿でいられるっていう、 そういう自由さ、心地よさみたいなところを味わえる大事な時間だなというふうに思います。 本当に私たちの生活っていうのは、 いろんなルールとか決まり、世間体、 そういったものに縛られているような、 息苦しさを感じるようなところもあると思うんですけど、 実際自分自身の様子っていうのを見ると、 本当はそんなものも一切なくて、 善悪もないんですよね、物事に。 そういう話をしたんですけども、 本当に善も悪もない。 どんなことがあっても、空を見上げたって、 善も悪もないし、 自分が強いっていうことで、 ヨガをやるには良かったか悪かったか分からないですけど、 都合ってものを立てるとですね、 例えば風邪が邪魔をして、 体がグラグラするから良くないっていう人もいれば、 厚がりな私だったら、 まあ心地よい風邪だなって思うし、 本当にそんなのが自分の都合なんですよね。 都合を立てると、そういうことが起きると。 今ちょっとご質問でしょうか。 生きるのは辛いです。 二十歳ですが、 趣味に取り組んでいる時間は本当に、 いる以外の時間は本当に辛いということでありました。 お便りが届いております。 二十代の方ということで、 年齢も関係ないですけど、 それはそうですよね。 やっぱり自分にとって都合が良いかどうかっていうところで、 私たち生きてますんで、 どうしてもそういう都合を立てると、 持ち込むとですね、 良い悪いっていうのは出てくるんですよね。 過ごしやすい過ごしにくいとかね、 そういうことが出てきちゃうんですよね。 どうしてもですね、 さっきも言った通りなんですけど、 例えば風邪が自分にとって良いか悪いかっていうときに、 自分というものをまず前提に置くとですね、 どうしても、 なんていうか、 辛くなっちゃうんですよね。 これって実はですね、 好きなことをやってるときは問題にならない。 楽しいって思える。 そういうときもですね、 実は知らず知らずのうちに自分というものを立ててるんですよね。 どちらもエゴ、自我っていうものが前面に出ていて、 それを中心として生活をしてると、 良い悪いっていうのが出てくるんですね。 都合が良いとか都合が悪いってことが出てきちゃうんですね。 そこが実は問題であって、 自分というものを立てない生き方をしていくと、 本当に頂きっぱなしでですね、 生活ができるようになるんですね。 もちろん、 良いなとか悪いとか嫌だなって感じるのは人間だからある。 今日も実はヨガの中で話してたんですけど、 一郎選手っているじゃないですか。野球の。 その一郎選手なんかもやっぱり、 トレーニングするのがどうしても嫌な日があるらしいんですよね。 で、辛いと。 やっぱり一郎選手だけじゃなくて、誰でもそう。 メジャーリーグの選手もみんなそうだと。 人間だからどうしてもトレーニング嫌な日もあるし、 試合に行くのが嫌だなって感じる時もある。 それでも行った時にどれくらいのパフォーマンスをするかっていうのは、 自分自身の切り替える、 気持ちの持ちようみたいなものがすごい重要になっていて、 そこでやっぱり自分というものを立てて生活してたら、 今日行きたくないなぁだけで終わってしまうから、 結局何かをやってもパフォーマンスが半分以下になると。 普段の。 だけれども、そこでやっぱり気持ちに振り回されていない様子。 嫌だなと思ったとしても、それはそれとして、 体を動かすと。 思いを切るんですね。思いっきり。 これは私が言ったんですけど、 別に一郎選手が言ったわけじゃないですけど、 思いを切って動き出すと、 パフォーマンスが100%じゃないにしても、 50%とか60%とか70%とか、 そういう風になってくるということらしいんですね。 ですから、 嫌だなと思う、気持ちが乗っていない、 そういう時があったとしても、 それはそれとして、 思いつつ、 なんていうか、 思っているという状態はそのままにしといて、 それと切り替えて、思いを切ってやってみると。 一郎選手が言っていたのは、そういう状態があったとしても、 続けていくうちにそれが習慣化されていき、 だんだん苦で、苦しいなとか嫌だなと思う時はあるんだけれども、 それが動き出すと。 私のイメージで言うと、 本当に最初歯車が動き出す時ってとても重くて、 力がいると。 そこに思い切りというのは大事で、 背中を誰か押してくれるというのもあるし、 自分自身で押すということもあると思うんですけど、 とにかくその歯車が動き出す第一歩目はどうしても、 強引にでもちょっとやらなきゃいけない時がある。 だけどそこで動き出すと、だんだん歯車って軽くなってきて、 感性の法則じゃないですけど、 どんどん動き出すと。 楽に動けるようになると。 そういうことがあるんですよね。 ですから、 そんなことで、 気持ちを切り替えていけると、 気持ちに振り回されない思い切りの良い、 思いっきり生活してみるということで、 何か変わってくるということはあると思いますね。 今日ちょうどそんな話をしていました。 先ほどのお便りくださった方も、 そういうところなんでしょうね。 やっぱり嫌だなって思っている時は、 嫌だなと思えるという働きはあるんだけど、 それはただ思っただけだから、 それはそれとして置いてみるということも一つの方法。 ただ、その嫌だながですね、 ハラスメント的な、 人道的に問題あるようなことであったとしたら、 それはもう環境を変えるとか、 そういうことにもなってくると思いますね。 ですから、答えは一つではないですね。 我慢をするとかってことでもないです。 自分の体というのは、我慢をしなくても、 ちゃんと思いが切れた働きをしているということを知っていた方がいいですね。 目の働きを見てみるとですね、 目の前にあるものは、 一秒前の様子なんか一切引きずってないんですよね。 今ここ、目の前のものを映し出しているだけ。 そこに好きも嫌いも、損も得も、 善も悪もない、 ありのままを受け入れているという様子があると思うんですね。 きれいさっぱり過去のことを引きずらずに、 今の様子を映し出している。 だから、体に学ぶということはすごい大事なことですね。 感覚、皮膚の感覚もそうです。 一秒前のものはない。 今触れているものの感覚のみがそこにあるということですね。 香りもそうです。 匂いを見たって、 何分前の香りがしているとかってことはないですし、 本当に今の香りがするだけ。 舌もそうですね。 味もそう。 今食べているものの味がする。 昨日食べたものの味がいつまでもしていたら、 それは困りますよね。 いつもいろんな味が混ざっちゃって、どうしようもない。 ですから、ちゃんとそうやって引きずらずに 思いが切れた様子をしているというのが 自分の体の仕組みなんですね。 そこに学んでいくと、 本当に思いに振り回されることが意味がないということにも気づけるし、 思いは思いでしかない。 思えるという働きはあったとしても、 その中身はリアルじゃない。 事実ではないということですね。 その時そう思えたというだけの働きであって、 そこに執着する必要はないということですね。 そんなようなことを、 今日のヨガの中でもお話をさせてもらいましたね。 もう少し時間があればよかったのですが、 今日午後に急にお葬式が入ってしまったので、 そちらに行かなきゃいけないということで、 切り上げてしまったのですが、 もう少しゆっくりお話したかったなと思っています。 それも思っただけという話です。 また機会があればいくらでも話しますけど、 そういうことですね。 お葬式が終わった後に、 今日はお寺にお花をたくさんくださった方がいて、 お寺にいいんじゃないかと譲ってくださった方がいて、 本当にありがたいなということで、 いただけたからありがたいというだけじゃなくて、 本当にこのありがたいという言葉もですね、 前にもちょっとお話したかもしれないですけど、 ありがたしいですね。 めったにないことという意味なんですよね。 感謝ということもあるんだけれども、 その前にですね、 当たり前でないということです。 すべてのことが当たり前じゃないんだということ。 めったにないこと。 今、例えばこの母石を聞いてくださっている方もですね、 一生のうちの今しかないこの大事な時間を、 この母石に費やしてくださっている。 これもありがたしいなんですね。 あること、かたしい、めったにないこと。 一生のうちに今しかない。 もう二度と来ない。 聞き返すことはできるけれども、 でもそれはまた違うときに聞いているということであって、 今聞いているわけじゃない。 そういうふうにしてですね、 私たちの生活というのはなってですね、 だからありがたしいなんですね。 ありがたい、ありがとうということなんですね。 ですから、ありがとう言いなさいとかってよく言いますけど、 そんな薄っぺらい話じゃないんですね。 センキューとかそういう感謝の気持ちだけじゃないんですね。 そんな話じゃないんです。 本当に私たちの生活すべてが、 実はめったにないことしかないとも言える。 二度と来ないことしかない。 すべてのことがありがたしいあるという、 そういうことなんですね。 そういう中で私たちが生かされているということに目を向けていかないと、 すべてが当たり前だと思い込んで、 感謝もできなくなってしまうということになるわけです。 ぜひですね、そんなことも、 ちょっと心に留めて生活すると少し変わってくるかもしれませんね。 この休日、今日は3月31日ということで、 年度で言えばですね、最終、4月1日からまた新しい年度が始まるということで、 明日からは、特にお勤めしている人とかはね、また新たな気持ちでスタートっていう、 そういう日なのかもしれませんけれども、不安もあるかもしれません。 不安も、実は先を心配する、 お化けで言ったら、前に出している手ですね。 お化けは、髪を長く後ろに引きずり、前に手が出ていると思うんですよね、ちょこっと。 で、足がないっていうのは日本のお化けの典型ですけれども、 未来を心配する様子っていうのは、お化けの前の手の様子らしいです。 ですから、あまり未来のことばかり心配すると、お化けの手の様子になるし、 過去を引きずってですね、過去のことばっかり気にしていると、後ろ髪が長いお化けにもなる。 そして、前や後ろばかりを気にしていると、地に足がついてないから、足がなくなって、宙に浮いたお化けになるわけですね。 だから日本のお化けっていうのは、あれは亡くなった人のお化けではなくて、 生きている人の様子、地に足のついてない人の様子を表しているっていうことらしいですよ。 だから、私たちが生きながらにですね、過去のことや未来のことに取り憑かれて生活していると、お化けになっちゃうわけです。 だから私たちは人間ですから、しっかりと今ここに足をつけて生活しているわけですから、 そういう生活が送れるようにですね、仏道、仏教、学ぶっていうか、自分の体に学ぶ、自灯明っていうんですけど、 自らの灯明、灯明ですね、明かり、指し示してくれてます、自分の体が。 自分の体がリアルを、現実、真理をですね、示してくれてますから、そういう自分の体の働きに学ぶってこと、これはすごい大事なことです。 それが仏道ってことです。 ですから、宗教っていうのは、人に無理やり与えられるものでもないし、 思想でもないし、国とか性別で差別されるようなものでもないし、本当に誰もが共通して言える真理のことを宗教って言います。 つまりそれが仏教っていうことです。仏教は宗教です。 考え方や思想で変わるようなものではありません。 いろんな考え方をしてたとしても、誰もがそういう風になっちゃってるっていうことを仏教と言います。 ですからそこに学ぶ、安住する、安心して生活するってことが一番大事なことで、 そうすると救われる、仏様、成仏って言葉もあります。仏様になれるってことです。 もっと言ったら、始めから自分たちは仏様であったってことに気づくってことです。 そんなようなことで、これから4月始まりますけれども、いろんなこと心配あるかもしれませんが、 ここで気持ちに振り回されず、お化けにならず、地に足つけてやっていってもらえたらいいかなというふうに思います。 これもアーカイブ残すかな、そうしましょうかね。そんなふうな気持ちでおります。 それでは今日はこれぐらいにしたいと思います。また機会がありましたら聞いてください。 フォローなどもぜひいいね、コメント気軽にどうぞ。またそのうちお話したいと思いますので、質問などもあればよろしくお願いいたします。 それではさよなら。 もっと見る #感謝 #独り言 #有り難し 僧侶邦元の「すわらない坐禅」プレミアム放送配信中!21:001.2024年3月31日の生放送コメント感想・質問・応援メッセージを書こう
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