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光る君へ 第44回、感想を語る
紫式部と『栄花物語』の謎
意外な「望月の歌」、道長の苦悩
敦明親王の東宮辞退、摂関政治の完成
驚きの長寿、曾祖母と三代
お気軽エンタメ王朝文学
拓まろ 【歴史ブロガー】
  1. 00:49
    1.

    オープニング

  2. 02:52
    2.

    栄花物語の作者は紫式部?

  3. 05:14
    3.

    意外な展開だった「望月の歌」

  4. 03:40
    4.

    東宮を辞した敦明親王と完成した摂関政治

  5. 02:25
    5.

    脅威の曾祖母

コメント

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めるちゃん
2024年11月21日
光る君へ→拓まろさんの放送が毎回楽しみなルーティンになっています。これがあと数回しか無いと思うととても寂しいです。
1つ質問させてください。定子、彰子は他の方々と口調が異なっていますよね。『◯◯なのだ』とか、『◯◯なのか?』とか…帝の后だから?とも思いましたが、妍子や、威子はそういう言い切り方はしていません。これはドラマとしての演出なのでしょうか?
返信
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拓まろ 【歴史ブロガー】公式アカウント
2024年11月22日
コメントありがとうございます。
放送を楽しみにしていただき本当にありがとうございます。

私の知っている限りでのお話で恐縮ですが、定子と彰子だけが特別な口調だったという情報は耳にしたことがないので、おそらくはドラマの演出だと思われます。

これは想像ですが、定子と彰子はこの時代を代表するお后様なので、あえて威厳を感じるような言い回しになっているのかもしれませんね(^^)
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リャープキン・チャープキン
2024年11月18日
宴の席で、実資が道長のことを「たいこうさま」と呼んでいましたが、これは秀吉のように関白を辞めた人を指す「太閤」のことでしょうか?道長は関白になっていないと思うのですが、どうでしょうか?
返信
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拓まろ 【歴史ブロガー】公式アカウント
2024年11月18日
コメントありがとうございます。

意味合いとしては、豊臣秀吉の太閤と同じ捉え方で問題ないかと思います。

おっしゃる通り道長は関白になっていないのですが、小右記で「太閤」と呼ばれている箇所があります。

それが、寛仁2年10月16日の望月の歌が詠まれた宴なので、ドラマでは小右記の記述をそのまま再現していたんだと思います。

また、この宴の段階での道長は、頼通に摂政の座を譲っていたりもするので、関白ではないものの似たような地位の摂政を辞していたことから太閤と呼ばれていたのかもしれません。
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ゆっき
2024年11月17日
平安時代の事は全然知識がなく、たくまろさんの解説を聞くことでドラマの理解が深まっています。いつもありがとうございます。それもあと数回で終わると思うと寂しいですが…残りの放送も楽しみにしています🎶
返信
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拓まろ 【歴史ブロガー】公式アカウント
2024年11月18日
コメントありがとうございます。
放送がお役に立てているようで、本当に嬉しく思います。
あと数回で最終回になってしまいますが、最後まで楽しんでいきたいですね!
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いつも放送を聴いて頂きありがとうございます。
こらからも応援して頂けると嬉しいです。

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拓まろ 【歴史ブロガー】

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紫式部の源氏物語、清少納言の枕草子、和泉式部、赤染衛門などなど、魅力的で個性的な女性や文学作品が綺羅星のごとく現れた平安時代。


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