TOPエンタメ映画・本荒木博行のbook cafe『「信じる」子育て』モンテッソーリ教師あきえさん対談131:29 2021年3月7日 11,395再生 問題を報告する 再生する シェアする AI目次モンテッソーリ教育とは?その本質「大人主導」からの転換と葛藤自由と制限 子ども主導の真意自己表現を育む教育の重要性大人の忍耐力が子どもの未来を決めるAI文字起こし(β版) # タイトルコール あらきひろ駅のブックカフェ。この番組は、わらを手に旅に出よう、ビジネス書図鑑、世界盗賛図鑑の出筆者であり、書籍予約サービスのフライヤーにてアドバイザーを務めるあらきひろ駅がマスターとなり、書籍の内容を紹介していくカフェです。 # この放送はITウェブ業界に強い転職サイトグリーンのスポンサーでお届けしています。 # 初めのあいさつ みなさんおはようございます。3月7日、日曜日の朝になりました。 今日からですね、3日連続の対談ということで、 今日からですね、モンテス総理教師アキエさん、 Voicyでもお馴染みでございますけれども、 アキエさんをお招きして、信じる子育てという本の対談となります。 子育て中のリスナーの方はもちろんのこと、 子育てに関係なくても参考になるヒントが結構いっぱい出てきましたので、 人とどういうふうに向き合うかということが本質のテーマのような気がしますが、 ぜひですね、そんなことも踏まえて、 いろんな人に聞いていただきたいコンテンツかなというふうに思います。 ということで、初日行きましょう。本編スタートです。 # 「子ども主導」のモンテッソーリ教育 はいそれでは今日からはまた本を通じた対談に行きたいと思います 今日はですね モンテス総理教育が教えてくれた信じる子育てという本をお書きになりました モンテス総理教師 アキエさんにお越しいただいてますどうぞよろしくお願いします よろしくお願い致します はいアキエさんはねボイシーでチャンネルを持たれているのでまあ僕の番組聞いてる 方もアキエさんのチャンネル聞かれた方もいらっしゃると思いますけれども ボイシー始められてどれぐらいですか そうですねあのボイシーでモンテス総理子育てラジオというあの番組をやらせていただいてるんですけども 始めたのがですね えっと2019 9年の9月ぐらいですかね ほうほうほうほうってことは1年半ぐらい でねすごいコンスタントに放送回数かなりね やられていらっしゃって しかも あのインスタとか その他SNSでもかなりファンがいらっしゃいますね ありがとうございます そうですねボイシーは基本的に毎日配信をさせていただいていて インスタグラムがSNSのメインになるんですけどそちらでも子育てに モンテス総理教育に沿った子育てや子どもについての記事を文章で投稿するというやり方をしています まあでもあのボイシーも配信をさせていただいてますけど やっぱりなんだろうな 自分の言葉で語っている感がすごくありますよね 僕が何か人様のこと言える立場ではないんですけど なんかこう 言わされてるとか読み上げてるとかなんかこう決めてるというよりはなんか自分が 内発的に伝えたいっていうことをおっしゃってるなっていうのはなんとなく リスナー1リスナーとしてわかるそんなことって ありますよね うれしいですありがとうございます というあの秋井さんなんですが今日ですね3月7日にフライヤーでもようやくが出まして このようやく公開と同じタイミングでボイシーの放送もスタートしたいなというふうに 思いますけれども こちら信じる子育てなんですがこれいつでしたっけ 1月26日に はいスバル社から出ておりますけれどもはい まあ私も勉強させていただきましたまあね もう高校生中学生なんでねちょっとこのフェーズはもう卒業したということなんですが まああー ちょっと胸がいい リスナーの方もねこれぐらいの子育て中の方もいらっしゃると思いますし あとまあ対談の後半の方ではここからちょっと普遍的なこう なんだろうな人間感だとか まあそれこそビジネスパーソン職場の中でのあの人の育成みたいなことにもこう通じる 考え方じゃないかなというふうに思っていて その辺にもねちょっと話を持っていきたいなとは思っておりますが はい よろしくお願いこちらこそ さてこの本ですが ちょっとまずね 表紙ですね表紙 これねすごい良い表紙だなぁと思ったんですけど まあこれ中にもねイラストが書かれているんですけどこの真ん中のぼくちゃんが めちゃくちゃいいですよね そうなんですよね僕ちゃん本当にあの まあその本の中に出てくる子なんですけれども 一コマに出てくる子なんですが 自分でできるっていうところを頑張ろうとしているその最中の子という感じで まさにこのそれをその見守る信じるっていうところを端的に言い表せたこの子なん じゃないかっていうことで中心に持ってきたんです そう 自分で靴下を頑張って履いて できたぜってドヤ顔してんだけどちょっと上下逆みたいな 靴下のかかとのところが なんかこの絵にすごい本質が込められてるなっていうことは感じてこれなんかやり たくなっちゃいますよね 親がね そうなんですよね 履かせてあげたいしなんだ違うよってやり直したくなるんですけども でもこのままもう自信満々自分でできたと思ってる まさにその子ですね というまああのそのような新しい子育てというかね あのその辺のところが書かれてるんですけどまずちょっとモンテス総理教育という言葉が 初めての方も多分いらっしゃると思いますので改めてちょっとリスナーの皆さんに モンテス総理教育とは何かということを教えていただけますでしょうか はいそうですね モンテス総理教育っていうこのモンテス総理っていう部分は人の名前なんですね マリアモンテス総理というイタリアであの生まれになった女性医師が築き上げた教育なので モンテス総理教育というふうに言われています この築き上げられたのは今からだいたい110年ぐらい前ですね イタリアで誕生したんですけれども まあ最初っていうのは始めから始めましょうってなった時から全てが体型だって形 作られているわけではなくて 子供を観察することで築き上げていった教育方法です そして子供の自立っていうところをすごく大きな課題として自分で考えて行動できるように 子供を主体っていうところをすごく重視して築き上げていった なるほど それがモンテス総理教育として日本にこのモンテス総理教育というのが輸入されたというか 始められたというのはどれぐらいなんですか そうですねあの一番最初はもう戦前から入ってきてはいるんですが 一度ですね視察とかに教育課の人が行っているんですね イタリアに実際見に行ったりしてそれをまあ日本に持って帰ってきて実際こういう状況でしたよ とかっていうのを新聞なりいろんな雑誌とかでもお話をしたんですけどある時一人の方が イタリアローマに視察に行って実際にモンテス総理教育っていうその現場を見に行ったんですね その見に行ったら全然子供たちは集中していなくて 現実はそんな良い教育じゃなかったよって言ってしまったんですよ日本で なのでそこからモンテス総理教育がちょっと人並み来てたんですけどグーって落ちてしまって そのまままあ戦争に入っていってしまったのでまあそんなにモンテス総理とか言ってられないので そのまま下火になってその後戦後もう一度あの回しモンテス総理教育をいいと言っている 方たちの活動によってグッと来たっていう流れがあるんですね なるほどですねこのローマに行った時って夏のローマってもう暑すぎて多くの方は 秘書地に行っているのが現実で そうなので本当に秘書地に行けない子たちが暑い中先生も子供もだらけているところを たまたま視察に行ってしまったので っていう裏側があったみたいです なるほどね えっと一般的にそのモンテス総理教育ってオプションの一つだよねっていう認知がされ 始めたのはどれぐらいですかこの10年ぐらい はですねどうでしょうここ10年ぐらいでグッと高まっているとは思いますやはりあの 将棋の藤井くんだったりとか あとはまあ世界のね特にもアメリカですけれども様々なトップの方たちがモンテス総理 教育出身だっていうことが多くのメディアとかで報道されるようになってから 検索とかもグッと高まっているのでそのあたりからやはり来ているかなと 今日本でモンテス総理教育が受けられる学校というかそういう施設ってどれぐらいある んですか そうですねちょっと数字的に実際に何円ですっていうのはちょっとわからないんですけれども だいぶ増えてはいますが高教育ではないですね なるほど でえっと秋山のキャリアも えっと もともとはこのモンテス総理教育師ではなくてということなのでちょっと簡単にその キャリアをこの出会いも含めて教えてもらっていいですか あのもともと本当にあの小さい時から保育士とか幼稚園教育を目指していて まあ教育学部で学んだ後に効率の幼稚園に勤めるんですね ただあの本当にあの ザ大人主導という形でやはりその日 例えばやることももちろん自由に遊ぶ時間もありますけれども 自由に遊ぶ時間が終わった後に大人主導でじゃあ今日は 例えばもうすぐお雛祭りの日なのでお雛様の製作をしましょうって先生がもう決め たのを子供は決められたやり方でこなしていく いう他が毎日行われているわけですよね そして行事とかもすごくあるのでそこに向けてやらねばならぬことを子供たちは 言われてやるっていうも大人主導で子が尊重されてない子ども主導ではないという ところにすごく疑問を抱きつつ ただその組織の一員として教師でいる以上やはりやらせないっていう選択肢は取れ なかったんですよね その中でもすごくもがき本当にこれで子供たちのためになっているのか 今ここで何かができるって言うよりこの後生きていくときに何が必要なのかって いうことをぐるぐる考えながらでも自分自身があの結婚 妊娠出産を経て子供を迎え入れた時に 我が子を見た時に ここのままではいけないようなもっと教育を変えていかないと子供たち のためにならないんじゃないかっていうことを我が子を迎えて初めてというか改めてですかね すごく強くなりそのまま退職をし 子供もいたので独学でいろいろ教育について学び直していたんですね その中で申請総理教育についても触れる機会があって そこで何か自分がそのし大人主導で抱いていた モヤモヤとかを何だか紐解いていくような感覚になり だったら本格的に学ぼうと思ってモンテ総理の教師 養成の学校に通ってそこでモンテ総理教師の ディプロマー資格をとってあの モンテ総理教師になったという なるほど そうなんですね もともとだからそういう意味だと保育士 でらっしゃってまぁ既存のやり方の中でまぁやってらっしゃったとそこで大人主導っていう キーワードが ありましたけれども うんここちょっとすごい大きなパラダイム転換ですね大人主導から子供主導というの かな そうですね そこなんでしょうね一方で大人主導 っていうその教え方っていうのも例えばまあ大人社会これからどんどん成長していく過程で 大事なしつけだとかこれから小学校で上がっていくときに ちゃんとやるべきことをしっかりやれるような準備をしなくてはならないのである君たちは みたいな そういうなんか強いメッセージがあると思うんですけれども 一方でその子供主導になっちゃうと大事なことを教えられないんじゃないのみたいな そんな感覚もあるのかもしれないその辺はどんなふうにお考えなんですか そうですねなんか本当にそこが難しいなという面もあり あのよくこう間違えられやすいなっていう面もあるんですけど やはり子供主導とかいうとじゃあイコール子供は自由なのかなみたいな 安全な印象を受けるじゃないですか 確かに自由っていうものが必ず自立していく上で必要なんですけど なんかそれは何でもやっていいよみたいな本人ではなくって やはりここまではいいけどここからはダメですよっていうの善悪だったりそのいる コミュニティーの規則ルールだったりというものを大人が大枠をしっかりと設けた上での その中の自由が保証されているということがすごく大事でその大枠は一つ言えば 例えば保護でもあると思うんですねこのもの命を守るということにも通ずると思うんです けどもそういう大枠があった中の自由をしっかり保証をしていれば 決して子供のやりたい放題にはならないのでやはりその自由と制限とかっていうふうに 問題総理教育では言うんですけれども 自由と制限がコインの裏表の一枚になっているように共に共存していないとそれは自由が本当の意味の自由にはならないんだよなぁというのは本当に思います 確かにねそこのまあ特にこの最初の段階ってむちゃくちゃこう 実はインパクトのある教育じゃないですか初めて子供が社会的な何かを学ぶ場 という時にあ大人が何かを決めてそれに従っているっていうのが大事なんだなっていう そういうメッセージを受け取ってそのステージを上がっていくのと あやっちゃいけないことはあるかもしれないけどその枠内でなんかいろいろできるんだっていう その自覚を持ってステージ上がっていくのとではなんかすごい違いがあるような気がします 本当なんですね本当そうなんですねなんか この世界をどういう印象として子供が受け入れるかとか なんかその大人ってどういう存在なのかとか 最後はその自己意識自分ってどういう存在なのかっていうところにもやはりつながっていくな というふうに思うので その教育っていうどういう教育に身を置くのかっていうのは大きなテーマだなぁと思う ビジネスの中でもねクリエイティビティが大事だ 一人一人の発想の豊かさが大事だっていうのを いきなり言われるわけなんですよ ところがそれまでってどういうあれかというとちゃんとこう指示した通りやってくださいと それなんでできてないのみたいないやちょっとここを考えてこういうふうに行ったほうがいいかなと いやいやそんなこと聞いてないですからみたいなね ところがなんかある時を境にどんどんクリエイティブにって言われた時にやっぱ戸惑うわけですね クリエイティブって言っているこの人はその裏側で何を言おうとしているんだろうとか こういろいろ考えちゃって で正解を探しに行くっていうところから永遠に逃れられないみたいなのが実社会でも起きてると思うんですけれども うーん だからその自己表現みたいなことが まずなんだろうだからなんとなくね僕今の話聞いて聞き手の話のような気がしたんですけど あの まあ階段どっちから登るかみたいなところで結局 どっちから登ってもいいんだけどやっぱり左足から登るって結構大事だと思う それどういうことかというと自己表現するから始める その上で フィードバックがありそしてまた新しい自己表現をするっていう 社会で生きるってそういうことじゃないですか要するに自分だけが自分が好きなようにやって いいってことじゃなくて あの ね必ず社会からのフィードバックがあるんだけど最初にそれがあってそれに従うって話じゃ なくて最初の一歩目は 自己表現から始まるみたいな いやー今すごく学びになりましたいや本当におっしゃる通りですよね なんかそのまあ なんて言うんでしょう同じなんですけど順番を問わなければやってることは同じなんですけど 結局でもフィードバックが先に来てしまうとなかなかその自己表現という部分とかどう やるかっていうところの枠がキュッと狭められてしまうので もうなんかその枠内でしかできなくなってしまうなぁというのは子供達を見てて思います そうですね はい注目はいじゃあやるよーつってこうやって切るんだよこうやってねこうやって折って こうやるんだよはいじゃあやってみたいな感じであるとそこに正解があると そうなんですよ 本当にそうなんですよ そしてまあその正解に向かってみんな同じほぼ同じ時間内で同じようなものを作りそれが 張り出されるわけですよ でまぁ誰も評価はしないですけども入用時期とかは特に評価はしないですけどまぁ相対 的に見て誰が一番うまいとかわかるじゃないですか この子のすごいねとか言って言うと勝手にそこで劣等感を抱いてしまう子もいて そこで競争する必要性はないので やはりね教育の仕組みっていうところを考えたときにそういう大人種が主体で同じ 課題を同じ正解に向かって同じように特訓ではなくって子供がやりたいことをそれぞれ 自己選択して子供主導でやっていく日々の生活っていうのが必要だなと思う 大事ですね大事なんだけれども 時間というところが一つのやっぱりいろんな意味での課題なんだろうなぁと思っていて つまり忙しすぎる大人がその子供と時間軸が違うわけですよね そうすると本来は左足から出させたいとする自分に自由ところが大人の時間軸で行くと そんなこと付き合ってらんねーよみたいな だからまずこれ こうやってみたいな ねこの時間軸をやっぱりこうどれぐらい待てるか我慢できるかっていうことの勝負のような気も しました本当に本当にそうですよねやはりまあもちろん中 まあ条件ももちろんあるので何時まで入れないといけないとかそれはあるんですけど そのリミットの中で大人のその忍耐力というのか やはり待つってかなり忍耐力もいりますしなんか苦痛じゃないですか我々大人にとって その待つっていうことかどれだけできるかによって子供の自由が保証されるか保証されないかが 左右されてくるのかなというふうに思いますね はい ということで今日はなんかイントロという形で秋井さんにお話を聞きましたがもうあっという間に 20分経ってしまいまして はいで明日からですねちょっとこの本の中身にもどんどん深く 掘り下げていきたいなというふうに思いますし やっぱりいろんなビジネスにもヒントあるなという気はして考えさせられます ということをまた深く掘り下げていきたいと思いますはいということで対談初日でございましたが 改めて本 モンテストーリー教育が教えてくれた信じる子育てですねスバル社から出ております 著者であるモンテストーリー教師の秋井さんにお越しいただきましたどうもありがとうございました ありがとうございました # 頂いたコメントへのお返し さあ、今日はですね、ようやくがアキエさんのね、信じる子育てなので、今日のフライヤーのコーナーは割愛しまして、コメント返しに、ダイレクトにいきたいと思います。 2月21日になりますね。はい、タダツバツさん。 相談カフェ5。野党志向の人に与党志向を促すには問題。興味深く聞きました。 今回の話はリーダーを経験することの大切さとして聞きました。思い出したのは、自分の父親に私が中学生くらいの時に言われた、どんな小さなことでもいいのでリーダーを早めに経験しておきなさいでした。 聞いた中学生当時は意味合いをあまり理解できていませんでしたが、リーダーという与党志向を体験するからこそ見える景色がある。 それは例えば多面的に見られることです。父親のアドバイスに感謝しています。 その景色に立たないと見えないことってあるんでしょうね。 だからお父さんのメッセージは本当にとても意味があることだと思います。 早めにやっておくと物の見え方が変わるんですよ。 すけさん。全ての人が与党になる必要はないですが、野党志向の人が大多数を占めてしまうのも問題かなと思います。 そう考えると、組織の中で野党志向がはびこってしまう理由や背景にある構造を読み解く必要を感じます。 多面的に考えられるだけの情報共有や権限を提供できているか、 野党の人に与党的に考える機会を作っているかが重要になると思います。 ただ全く同じように情報共有することは難しいので、 どれだけ認識を近づけられるかや、野党の意見をあえて反映するなどして、 うまく与党側に巻き込む術が必要かと思います。 全員が成るというのは無理なんですが、 一人でも多く、与党側についた方が優しい世の中になれるというのが僕が思っていることです。 これをまたべき論で語ると、圧が強いんですよ。 だから誘いみたいな感じで伝えたいんですよね。 こっち来たら面白いよ、優しくなれるよ、そんなニュアンスかな。 アイボンさん、いろんな野党志向の人がいるのは、うまく使えば悪くないのかなと思いました。 与党でも見えていないことってたくさんあるので、気づいていない視点を、 野党が気づかせてくれるなら悪くないと思いました。 野党の処理に時間がかかってしまうようだと勘弁してってなるでしょうけど。 だから、野党の人は野党の人で、無責任だからこそ言えることってあるんですよね。 それを一つの意見として受け取れるかどうかっていうことなんだと思います。 実際にね、与党の立場になってみると、野党的な視点で言ってくれることって、 ありがたくもあるし、ちょっとイラッとしたりもするんですよね。そのバランス。 かつのぶさん、相談カフェ、リーダー的な役割をうまくこなせていない自分にとって、 足らないものを突きつけられたように感じ、反省しながら聞きました。 多面的な視点という言葉で、鳥の目、虫の目、魚の目という例えを思い出しました。 最初は利害関係にフォーカスして、鳥の目だけを意識してこの話を聞いていましたが、 物事、詳細、本質や事件列の因果関係、先行きの予測なども大切な視点だと気づきました。 リーダー的に鳥となり、虫となり、魚となるべきなんですね。 これからの自分の仕事に活かしたいと思います。 この鳥、虫、魚、よく言われますよね。 それぐらい自分の目をメタに操作するという意識が大事であるというメッセージですよね。 自分が何の目を持っているかというのは、普通の人はその瞬間には意識しませんから。 TMT2さん、与党と野党の話、わらたびの中で特に印象に残っています。 とかく難しいなと思うのは、本人にとっては与党のつもりで話していても、受け手によっては野党に見えてしまう。 お互いの価値観一致することはないという前提に立てば当たり前のことですが、 頭で理解できても、心で理解できていないという面はあるのだと思います。 自分の家の与党として生きているのが、その上のレイヤーの部の目線で見ている人から見ると、野党的に見えてしまう。 そういうことってありますよね。単なるお前は利益代表だと。 だから部門の代表で出てきているのに、会社として見えていないというのも似たような構造。 一段上に立つということが、与党の本質なのかもしれないね。 中村さん、与党志向の考え方にも段階があることに気づかされました。 野党から与党に移る段階と、与党志向を広げたいと思う段階です。 ここ2、3年で小規模なリーダーをすることが増えてきましたが、正解が一つでない感覚が掴めてきた気がすると、放送を聞いて気づきました。 これはまだ前者の段階で、これから周りと戦いたくなる時期が来るのかなと。 自分が正しいと思っていても価値観を押し付けすぎないようにしたい。 いいかもしれない。与党へのステップ論ね。 あるんでしょうね。 この辺、飯細かく語ることができたら、またヒントになるのかもしれない。 ちょっと頭の中に入れておきます。 泉龍太郎さん、フォロワーにおいて大事なのは、自分に見えている世界が全てではないという不知の自覚。 リーダーにおいて大事なのは、自分にとって言わずもがなと思えることも含めて、見えている世界をくどいほどに言葉で表現する丁寧さや、 時に周りが追いつくまで足を止めて待つ進歩、 月並みですが両者の歩みよりが、与野党の間の建設的な対話を成り立たせるために必要だと。 そうですね。 お互いにお互いの世界が見えていないというのは本当にその通りで、 それを自覚している人たちが対話するということが大事だよね。 永遠に相手の視点を見ることはできないんだけど、見えてないんだよね。 見えてない何かがあなたにはあるんだよね。 これが人に優しくなるポイントだと思います。 おにぎりあっと豚バラ肉の角煮さん。 人に優しくなれる与党志向。 身体経験が人を変えるきっかけになると改めて認識できました。 リーダー経験がフォロワーとしての新たな自分へと出会い直す入り口となる。 循環しているんですね。 近口さんの言葉遣いみたいな感じですね。 出会い直す入り口となる。 素晴らしい表現。 丹波直和さん。 物事について多面的に捉えることがリーダーの質の一つと感じました。 改めて与党志向と野党志向について深く理解できました。 例えば問題に対して主観で考えると、 事象を単純化してできない理由の一面のみを原因と考えがちです。 しかし問題は複雑で、原因が多岐に渡るものが多いのが実情。 自分の感情を楽にするために自分でバイアスをかけています。 問題を解決する信念があれば人はより優しくなれると思いました。 その通りだと思う。 問題を本気で解決しようと思えば色々複雑なことがある。 でも複雑なことがある中で前を向いて進んでいかなくてはならない。 そこの構造を理解できれば、 同じフェーズで悩んでいる人に対して温かい言葉をかけられる。 そんなことかもしれないですね。 町田勝須さん。 私にとって与党志向と野党志向はわらたびを読んだ際の印象的なエピソードとなっています。 今回の話を聞き、どの視点から見るかも重要なんだなと感じました。 組織運営の視点か個人の幸福の視点か、他にも視点を変えることで 与党か野党か整理できそうな気がします。 個人的に思うのは自分も含めて多くの人が良いか悪いかという二元論に陥ってしまいがちで、 与党や野党もそれを善悪の基準で捉えてしまうと分断に繋がるかなと感じました。 善悪の問題って難しいんですよね。 全て自分は善だと思っているから。 そうするとね、善だと思っている人を悪とみなすっていうことは分断を… これ難しいね、本当に。 だから全てを包摂するという大きさが必要なんだけど、 簡単ではないんだね。難しいね。 ということで、今日のコメント合宿、ここまでありがとうございます。 # 終わりのあいさつ はい、ということで今日の放送はここまでですが アキエさんとの対談いかがだったでしょうか? これね、実は収録そのものはだいぶ前に行なって もう2週間くらい前だったんですけれども もっと前かな?だったんですが 改めて聞き直して私も参考になると いろいろ胸が痛いんですね ということで、ぜひ皆さんの考えるきっかけになればと思っております アキエさんの番組もぜひフォローしてみてください ということで今日はここまで。また明日 もっと見る #子育て #モンテッソーリ教育 荒木博行のbook cafeプレミアム放送配信中!00:131.タイトルコール00:062.この放送は『IT/Web業界に強い 転職サイトGreen』の提供でお届けしていますhttps://www.green-japan.com/00:533.初めのあいさつ19:504.「子ども主導」のモンテッソーリ教育09:495.頂いたコメントへのお返し00:406.終わりのあいさつコメント感想・質問・応援メッセージを書こう Tanba Naokazu2021年3月13日『「信じる」子育て』モンテッソーリ教師あきえさん対談1僕は些細な子供の行動のズレや反応の弱さを目の当たりにすると、そこで効率が落ちているようで気になってしまいます。子供の反応や行動が、大人の思い通りにいかない時は、苛立ちを隠せません。どこかで子供を自分より下の存在と見てしまっていることと、短期的な見返りを期待してしまう為に、子供の自由を奪い、親の言いなりにさせようとしてしまいます。子供への期待が逆に子供との軋轢を生んでしまわないよう、今の自分の子育ても振り返りたいと感じました。返信 町田和敏2021年3月10日荒木マスターいつもありがとうございます!今回も学び多きひと時でした!お2人の会話の中で、あきえさんの言葉で、自己表現の枠が狭まる、といった表現がありましたが、余白の重要性を感じました。続いての時間軸の話も合わせて、余白だけでなく、余裕の有無とも繋がってくるのかなぁなんてことも考えさせられました。スケジュール的にも余裕があると、心に余裕を持てるし、そんな状態だと体感としての時間軸も変わってくるのかなぁなんて。明日も楽しみにしております!返信 suke2021年3月8日子どもの自主性を伸ばす教育、本当に重要と感じます。これまでは、大人が主語であった教育が、これからは子供が主語になり、『何を教えたか』ではなく、子どもが『何を学び、そこから何が得られたか』が問われていると思います。現実問題として旧態依然とした公教育が大きく転換することには困難なことが多数ありますが、少しずつこの流れはシフトしてきているように思います。私も教育業界に身を置く者ですが、目の前の教育に満足せず、なぜこの業界にいるのか自問自答しながら自身のあり方を考え続けたいと思いました。返信 なかむら2021年3月7日荒木マスター、こんにちは。『「信じる」子育て』モンテッソーリ教師あきえさん対談1、拝聴しました。今回の話は新しい価値観に触れた気がします。先日も保育園に通っている子供がひな祭りの飾りを作ったようで、なんの違和感もなかったのですが、これすらも強制させたり、大人に正解を求めてしまうことにつながるのかもなんて考えてしまいました。自分は子供の頃から正解を探すのが好きなタイプで、正解がないビジネスの世界に戸惑ったこともありました。他人に正解を求めるなんてこともあるので、気をつけたいです。返信 meg2021年3月7日『「信じる」子育て』拝聴いたしました。子どもを信じることは 自分を信じることだと思いながら 子育てしてきた日々を懐かしく思い出しました。育児において待つことはとても大切ですね。 忍耐力との勝負ですが子どもが小さい時は 思考を転換していました(食事が長い時はコース料理を食べているのだな、私はフレンチのシェフかも笑 等)子どもが生きる道を邪魔しないよう 心掛けると 自然と子ども主導となり 大人は見守り 時にサポーターになるのかなと感じました。子育ては答えのない問いですね。返信 もっと見る
バランスって言語化できるんですか?/『資本主義と、生きていく。』book labo LIVE振り返り 久保さん対談 32分・昨日・ 2,763再生AI目次資本主義が生む「追われる感覚」の正体逃れようとすると絡め取られるパラドクス身体値としての「バランス」言語化の壁U2の新曲「Silencio」とバンド50周年田中角栄論に見る政治家のイメージと実像
僕は些細な子供の行動のズレや反応の弱さを目の当たりにすると、そこで効率が落ちているようで気になってしまいます。子供の反応や行動が、大人の思い通りにいかない時は、苛立ちを隠せません。
どこかで子供を自分より下の存在と見てしまっていることと、短期的な見返りを期待してしまう為に、子供の自由を奪い、親の言いなりにさせようとしてしまいます。
子供への期待が逆に子供との軋轢を生んでしまわないよう、今の自分の子育ても振り返りたいと感じました。
いつもありがとうございます!
今回も学び多きひと時でした!
お2人の会話の中で、あきえさんの言葉で、自己表現の枠が狭まる、といった表現がありましたが、余白の重要性を感じました。続いての時間軸の話も合わせて、余白だけでなく、余裕の有無とも繋がってくるのかなぁなんてことも考えさせられました。スケジュール的にも余裕があると、心に余裕を持てるし、そんな状態だと体感としての時間軸も変わってくるのかなぁなんて。
明日も楽しみにしております!
これまでは、大人が主語であった教育が、これからは子供が主語になり、『何を教えたか』ではなく、子どもが『何を学び、そこから何が得られたか』が問われていると思います。
現実問題として旧態依然とした公教育が大きく転換することには困難なことが多数ありますが、少しずつこの流れはシフトしてきているように思います。
私も教育業界に身を置く者ですが、目の前の教育に満足せず、なぜこの業界にいるのか
自問自答しながら自身のあり方を考え続けたいと思いました。
『「信じる」子育て』モンテッソーリ教師あきえさん対談1、拝聴しました。
今回の話は新しい価値観に触れた気がします。先日も保育園に通っている子供がひな祭りの飾りを作ったようで、なんの違和感もなかったのですが、これすらも強制させたり、大人に正解を求めてしまうことにつながるのかもなんて考えてしまいました。
自分は子供の頃から正解を探すのが好きなタイプで、正解がないビジネスの世界に戸惑ったこともありました。他人に正解を求めるなんてこともあるので、気をつけたいです。
子どもを信じることは 自分を信じることだと思いながら 子育てしてきた日々を懐かしく思い出しました。
育児において待つことはとても大切ですね。 忍耐力との勝負ですが子どもが小さい時は 思考を転換していました(食事が長い時はコース料理を食べているのだな、私はフレンチのシェフかも笑 等)
子どもが生きる道を邪魔しないよう 心掛けると 自然と子ども主導となり 大人は見守り 時にサポーターになるのかなと感じました。子育ては答えのない問いですね。