TOPトークタレント七転び八起き 地方局#233 口数の少なかった祖父が、葬儀の日に見せてくれた「最高の生き様」と、僕が受け継いだもの。22:17 2025年9月15日 136再生 問題を報告する 再生する シェアする AI目次祖父の「最高の生き様」とは?戦中戦後を生きた祖父の足跡隠された祖父の努力と人望葬儀で明かされた祖父の真実祖父から受け継いだ「信念」AI文字起こし(β版) # チャプター1 皆さん、おはようございます。 七転び八起地方、極人声の旅人、たくみさんでございます。 鳥取県鳥取市、さじまち地域おこし協力隊として、現在活動させていただいております。 どうぞよろしくお願いいたします。 前日の夜に、今日もですね、お送りさせていただいているというか、収録させていただいているんですけども、 昨日おとといぐらいにですね、Voicyプレミアム開設させていただきましてですね、 どんなもんなのかなって実験させていただいております。 プレミアムをやったところで何かが変わるのかって言ったらちょっとわからないんですけど、 やってみないとわからないっていうことと、やり始めた理由っていうのが、 あれですね、チャット機能って存在するんですよ。 もうやったことないんでね、ちょっとこれやってみないとわからないなと思って、 まずやってみようと思って、 ちょっと解説してみたんですけど、 チャットってほんと文字しかやれないっていうね、 それぐらい少ないんですよ、やれること。 多分ね。 それでも私一人でただ書き込んでいるだけというとても悲しい現実なんですけど、 他の人とのやりとりに関しても、 DMでのやりとりと何も変わらないんじゃないかなと思いながらも、 Voicyだけでコミュニティを作っている人にとってはかなり有用なものなのかもなと思っています。 StandFMとかそういったものには存在しないツールなので。 今日私はですね、 そのVoicy Premiumに何か放送を入れるっていうわけではないんですけども、 まずはレギュラー放送をやっていって、 Premiumの使い方をちょっと考えていきたいなと思っています。 本当に実験的なものではあるので、 あまり期待はしないように、 チャットを使ってちょっと面白いことやれるかな、いいなと思っているぐらいですかね。 お話の内容を募集したりとか、 聞かない人たちから聞いてみるっていうのはありかなと思っています。 リクエストされたことをプレミアムに流してみたりとか、 いろいろ好きなように使ってください。 今がたぶん一番いいかもしれないですね。 みんなが、私がたぶん皆さんのやりたいことをやれる可能性があるというところです。 はい、じゃあ今日のテーマですね。 月曜日なんですけども、 連休最後の日なんで、 皆さん多分多過していると思うので、 リスナーさんは一番減る時期だと思っています。 いい意味でも悪い意味でもね。 むしろこの休日を、 このボイシーなんかに時間を取られるんじゃなくて、 本当に自分がやりたいことをやった方がいいと思っています。 そもそもこういう日が前に続いた方がいいんですよ。正直。 それで仕事をするっていうか、 仕事と休日が一緒になっていた方が ストレス的にもすごくいいと思うので、 なんかどうしてもね、 休日っていうのが存在するっていう感覚によって、 なんかいろいろなものが、 不都合が出てきたりするんだろうなと思ったりするので、 私の場合はそう思うんですけど。 だからこそ私はフリーランスでね、 ずっと長いこと生きてきたりするんですが、 自由っていうのをね、 基本において、 ダメなんじゃなくてね、 自由を基本においてやらせていただいているというところです。 ハッシュタグ企画でですね、 結構いいのがあったんですよ。 ただまあ多分土日なんで、 土日っていうか休日なんで聞かないだろうなと思いながらも、 一応語っておきたいなと思いまして。 9月15日のネタっていうか、 ハッシュタグですね。 これいいですよ。 祖父母との思い出ってあるんですね。 これね、あるんです。 親よりあるかもしれない。 自分の中での大きな思いっていうのが。 なので、 ぜひちょっと、 こう休日の中でね、 もちろん祖父母両方とも亡くなっているんですけど、 だからこその美化されてしまっているかもしれない思いとか、 当時どう思ってたかとか、 自分が40にもなった時の、 40を過ぎた時に今どう思うのかとか、 ちょっとある意味では距離ができたからこそ、 ちょっと分かる言葉をちょっと語っていけたらなと思ってますので、 どうぞよろしくお願いします。 # チャプター2 改めましてよろしくお願いいたします。七転び八起地方局人生の旅人たくみさんでございます。 祖父母との思い出。 私は名前の通り鈴木たくみと申します。鈴木家ですね。 鈴木家っていうのは、栃木県のものでして、実際にはもうちょっと違うところから来たっていう話もあるんですけど、 少なくとも祖父の時代は、祖父祖母の時代と言いましょうか。祖父祖母の時代では戦後の時代ですね。 戦前からの生まれ。うちの祖父は最初15年、いわゆる昭和元年ですね。生まれの人間なので、 本当昭和で生きて昭和で終わったっていうようなうちの祖父の人生っていうかね、だった人なんですけど。 祖母はもうちょっと来ましたが、あえて祖父のことをちょっと私は思いが強いので、そっちの方を中心にお話しします。 そういう方だったんですが、私は初孫と言われる位置だったんですよ。長男ですね。 1981年、昭和56年4月7日に生まれました。うちの祖父が今でもこう言えるっていうぐらいですからね、結構ちゃんとしてるんですよ。 最初15年の2月1日生まれなんですね。この時期に生まれて、戦争を体験してるんですよ、祖父は。 戦前戦後っていうのを両方見てきて、その後どんな人生を歩んだかっていうのも、実はすごく分かってるわけじゃなくて、 人づてで聞いたりとか、どうしてもこの時代の人たちって、物事を悪いことを隠すっていう傾向があって、見えないことにしてることがあったんですね。 私もだって本当にギリギリまで知らなかったこととかもあって、特に祖母の方は隠し事があってね。 祖母に兄弟が2人兄弟だと思ってたら、結構ギリギリになって3人兄弟だったってことも知って、それもギリギリまで隠してたりとかね。 なんでやねんっていう、そういう時代なんですよ。なので、同様に祖父のことも100%知ることはないです。 どんな人生を歩んだんだろうなっていうのは。 ただ私の人生は、私の生き方っていうのはかなり祖父に影響されてます。 さっきも言った初孫っていうのもあって、父親が忙しい時期にやっぱり祖父と一緒に行動することとかあったんですよね。 祖父は、鈴木家の中で次男でした。 実はうちの兄弟って戦前の家族なので、兄弟が12人?13人?それくらいいるんです。すごい量いるんですよ。 めちゃくちゃいるんですけど、皆さんほとんど多戒されてしまっている状態ではあるんですが、すげえ兄弟いるんですね。 12人超えでは間違いないです。その次男だったんですよ。 で、戦争にその10何人の中で唯一行った人っていうんですかね。しかも長男も行ってなかったのかな。ちょっとよくわかんないんですけど。 なんでだか知らないけど、志願者としてうちの祖父は戦争に出て行ったんですね。しかも特攻兵です。志願。 特攻志願として行ったっていう。その時、怖くないの?どう思ったの?って聞いた時に、その当時はやっぱりそういう感覚はそもそも存在してなかったっていう。 国を守るっていうかね。なんか家族を守るためにみたいな感覚がどうやらあったらしいです。もうちょっとうる覚えになってしまいましたけど。 結局その戦争の訓練中に、飛行機の乗り方の訓練中に戦争が終わってしまった。ある意味それのおかげで私たちはここにいるんですけど、どうもそうらしいです。 戦後、うちの祖父はどういうふうな仕事をしていたかわからないんですが、鈴木家はもともと農家で、栃木県の八重田っていう本家が、いわゆる今で言う日光とか塩屋とか、ちょっと北のほうですね。 うちの宮のちょっと北のほうぐらいに土地を持っていて、そこで農家をやっていたんですよ。農家をやっていたので、農作業とかももちろんやっていたんですが、でもやっぱり自分で仕事がどうやらしたいということで、独立していったようなんですね。 ただ、わかると思いますけど、戦後ですよ。仕事がそんなに大きくあるわけではないということなので、元々そんなに額があるわけでもないということなので、戦争でそれが全部ダメになっちゃった人たちですから。 やっぱり体で何かするということで、建築系の仕事、土木とか建築とかいったときに、塗装業がたまたまあってそれをやったらしいんですね。うちは鈴木塗装店っていう、有限会社鈴木塗装店っていう祖父が作った会社がまだ存続しているんですけど、そういうふうにできた、ずいぶん後の話ですけどね、それのベースになる塗装の仕事をしていたということです。 で、なんかどうやら、普通に栃木県だけで終わったようではなくて、なんかね、戦後結構遊んだっていう話を聞いてるんですよ。実は。全国をフラフラ動いてて、旅してて、流れですよね。 なんかいろんなところで遊びながら仕事してとか、不良、不良、今で言う、昔で言う、昔っていうかね、ちょっと前で言うと不良だったみたいな感じで、遊びほうけてたっていう話ですね。なんか賭博をやったりとか、いろいろやってたっつう。 まあ、あの、なんでしょう。捕まってはいないけど、それに近いことを結構やっていたようなんですよね。なんだかんだで、たぶん、まあ、こういう、なんでしょうね、建設的化やってたりすると、入れ墨入れたりするとかね、人たちもいるんですけど、うちの祖父もちょっと小さい入れ墨入ってたりしたんですよ。だから、まあ、なんかやってたんだろうなっていうのは感じましたね。 でも温泉が好きだったんで、それを隠しながらね、あの、ちっちゃいけど大きくはなかったんで、それを、まあ、でっかい絆創膏みたいなのを貼って温泉に行ったりとかしてたんですけど。なんか、そう、祖父の話をね、思っていくと、いつ仕事をちゃんとまともにしたんだろうなってたときに、なんかどうやら30過ぎぐらいらしいんですよね。 20代はどうも遊んでたようですね。戦争でだいぶ、なんか、あの、潰されてしまっていたので、その20代は結構やってて、で、30代ぐらいになって、今20の後半なのか30なのかわかんないんですけども、まあ、その塗装という仕事に出会って、まあ、弟子入りしてるみたいな感じで、ずーっと塗装の仕事をやっていって、まあ、最終的に会社を自分で起こす。 という、まあ、栃木県のね、ほうで、会社を起こすというような形になったらしいです。富屋のほうで。で、まあ、祖父はそういうふうに、まあ、塗装で食っていくっていうか、ためにまあ、いろいろまあ、仕事をしてたんですけど、まあ、そんだけ遊びになったから適当なんじゃねえかと思ったんだけど、いや、全然そんなことはなくて。 私がここは影響されてる部分なんだなと思ってるんだけど、うちの祖父は言わないんですよ。多くのこと。まあ、昔の男っていう感じですよね。だけど、すごく寝回しいっぱいしてて、お土産を近所に持って行ったりとか、知らないところで何かを手伝っていたりとか、まあ、本当に裏の仕事をすごくする人だったんですね。 今は私は多分同じことをやってるんだなと思って、まあ、私はどちらかというと外に向かっていろいろ発信しちゃったりしてるけど、こうやって。でも、祖父はそれを言わずして、それを自慢することもなく、ずっと淡々とやっていた。 まあ、結果ですね。うちの祖母の方が、その辺が結構、あまり、なんでしょうね、与渡りが上手い人じゃなかったようで、私から見てもちょっとわがままな感じだったんですよね。いろんな意味で。 その尻拭いを、うちの祖父がしていたという感じですね。いろんなところに迷惑をかけているのに対し、頭を下げてちょっと協力してくれとか言ったりね。 例えば近所の、なんでわざわざここで買い物してるのかなと思ったりした時もあったんですよ。別に他で買えばいいのにって言った時に、例えばそこから仕事をもらっている。うちの祖母が。仕事をもらっていて、それのお返しに買いに行ってあげるとか。 なんかね、もうほんと義理と人情で生きた人なんだなっていうのは、死んでからですよ、これ。祖父が死んでからわかったんです。自分が若すぎたっていうのもあって、わかんなかったっていうのもあるんですけど。こういうのがあるんですよ。ちょっとそのままチャプター続けますね。まだ話したいので。 # チャプター3 はい、チャプター続けます。 まあ本来はですね、実はこれ別にアップロードしてるんで、 チャプターを分ける必要はなかったんですけど、 まあちょっと10分ということでね、分けてみました。 で、祖父はそうやって、何でしょう、 うーん、寝回しをしていろんなことをやってて、 いろんな人にだから好かれてましたね。 びっくりしたのがやっぱり葬儀の時でした。 たったすごい人じゃないんですよ、別に。 何でもない、普通の会社の社長ではあるけど、 当時はね、会長になってあれになりましたけど、 尊敬されてたんですよ、多くの人に。 びっくりするぐらいに、今でも覚えてるんですけど、 葬儀会場が普通の人なのに、なんかものすごい人数来てて、 なんでこんなに来るのっていうぐらい、 大学の教授とかが結構来るじゃないですか、 あれに近いぐらいの人たちが来てて、 で、みんなが、やっぱりその時悲しんでくれていた。 私がちょっともっと小さい時だから、 小さいって言ってもあれだけどね、まだ20代だったかな。 それこそ今が20年ぐらい前だったと思うんですけど、 それぐらいな感じでしたね。 なんかすごいなって思いました。 今いるうちの、働き続けてくれている従業員、 一番若いっていうか、次の、何でしょうね、 今ヒット候補というか、社長ではないんだけど、 自分で会社を起こしてやるっていう、 ちゃんとやり続けた人が一人いるんですけどね、 僕の年齢としては同じぐらいの年齢の人がいるんですよ。 もうその子ども20年近くやってるわけですよ、20代ぐらいからやってるから。 その方はやっぱり、やっぱ祖父のことをものすごく尊敬してるんですよ。 なんか、なんかあるんだなと思って。 で、私がこの今の行動をちょっと疑問に思いながらもやっている。 これを信念にしている。見えることじゃないことをやり続けているのは、 多分圧倒的にこの祖父の影響だと思います。 見えることじゃなくて、後ろでちゃんと何かを繋いでいくことをしていった先に、 最後のゴールというか、葬儀の時にそれを見せてくれたんですね、祖父が。 生き様というか、派手なことは何もなかったんですよ。 ただ、あのなんだろうな、昭和のあれじゃないけど、 この人かっけえなと思わせてくれたんですね。 なんか背中で語る人っていうか、 この人は本当にそういうことを口に出さずして行動した人、 死ぬまでそれを行動した人、死ぬまで言わなかった人。 本当かっこいい人生なんだなっていうのは、こういう人のことを言うんだなっていうのは思いましたね。 特に今でも思ってます。 だからこそ、他の人が、レジェンドじゃないけど、 同じように感じてるんだなっていうのは、やっぱりその人の行動なんですよ。 見てないようで見てるんですね、人って。 今こうやって自分で言ってて思うのは、やっぱりどうしても見返りを求めようとしてしまう自分がいる。 こういうことは情けないとは思わないけど、いるんですよ、どうしても。 さっき言ったインフルエンサーになりたいっていうのもそうだし、 人に影響力を与えられる人間になりたいっていうのは認めてもらわなかったから。 学校の時とかね。だいぶその一人だったっていうのがあるんだけど、 じゃあ、今こうやって話しながら思い出してる祖父のことはどうだったんだろう。 戦前戦後を生きて、認められることがあっただろうかと思うわけですよね。 分かんないよ、そんなの。正直分かんないけど、少なくとも今より貧しかったでしょう。間違いなく。 そういう人生を生きた人を、私はそばで見ることができた。 これはね、自分の人生に大きく影響してるし、自分のプライドを持ってっていうわけではないんだけど、 なんか芯を作ってくれたのはこの人なんだなって思ってます。 私はその、特に今今回は祖父の話をしましたけど、近くで見せてくれたすごい人。 なんかね、私は今独り身ですけど、こういうことを自分の子供とか孫に見せられたらいいんだろうなっていうふうに思ってました。 でも私にはそれが残念ながらないので、少なくとも僕に関わってくれた人たちが、その背中に嘘をつきたくないっていうところがあって、 学生教えてたこともあるから、もちろんアップデートはするんだけど、その崩れてはいけない信念に関しては決して崩さない。 自分が思っているこれが本当のことだっていうことをやっぱり実践していきたいなと思う。 変わってないから、これはやっぱり目的っていうか、自分がすごい遠いものを目的にしてたりするけど、 それの実現じゃなくて、自分が大切にしているものの実現のためだから。 なんかそれってかっこいいなっていうふうに今でもちょっと思いましたね。 頑固なのかもしれないけど、それはね。 本来はそういうのも紛らえたらもっと大きくなれるのかもしれないなとは思いますけど、多分影響は間違いなくうちの祖父だなと思ってます。 はい、今日はこんな感じで長くなりましたけど、私の思い出話というか心の内を話させていただきました。 祖父に対するね。今でもやっぱり思い出はすごい人だった。尊敬する人だった。 こう話をしていても、やっぱり心が熱くなるんですよ。 すごかったっていうのがね。 この感じを声に残しておきたいとも思ったし、 ハッシュタグ企画が、いい企画があったので、こうさせていただきました。 ぜひですね、コメント残していただけたら皆様嬉しく思います。 たまにこうやってね、過去を振り返るってことも重要だと思います。 自分たちの思いが、何かの原点がそこにあると思います。 じゃあ、お休み中。 こんな、なんか重いわけじゃないけどね。 私の話でなんとなくちょっといろんなものが乗るので、時間があるときに聞いていただければ嬉しく思います。 じゃあ、そういうことで、皆様良い1日最後の休日をお過ごしください。 じゃあまたね。いってらっしゃい。 もっと見る #昭和 #塗装 #戦後 #祖父母との思い出 七転び八起き 地方局プレミアム放送配信中!04:141.チャプター1https://voicy.jp/channel/818341/premium09:562.チャプター208:083.チャプター3コメント感想・質問・応援メッセージを書こう ソウシュウ2025年9月15日自分の祖父は職業軍人でしたが、フィリピンの激戦を経て帰還からは、毎晩所謂PTSDを抱えて、寝ながら夜中叫んでましたね!1返信 人生の旅人 たくみさん2025年9月15日衝撃だとおもいますよ。経験してないから私もわかりませんが、命の危険があるところは、こころをすりへらします1
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