#287「北風の養育」から「太陽の養育」へ~児童養護施設 聖母愛児園(横浜)
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みなとみらい線の元町・中華街駅からは徒歩約7分。山手地区という高級住宅街のただ中に開園約80年になる児童養護施設・聖母愛児園はあります。
http://seiboaijien.com/
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案内してくださったのは、統括主任の梛橋雄一(なぎはし ゆういち)さんです。
敷地内には全部で4棟の建物と、地域に一軒家が2つ。本体施設の定員は84名で、すべて男女混合の縦割りホームです(地域小規模施設以外)。
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福岡市は里親制度が全国的にも進んでいる自治体で、私自身、小規模の児童養護施設や乳児院でのボランティア経験はあるものの、これほど大規模な児童養護施設を訪れるのは今回が初めてで、たくさんのことを教えていただきました。
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■ マンションのような、10のホームでできた施設
各ホームの定員は6名。ホームの中はリビングとダイニングキッチン、そして基本的に一人部屋の児童居室。6LDKほどの間取りで、1つのフロアで2ホームが宿直室を介してつながっている構造です。職員が孤立しにくく、すぐに他のホームから駆けつけたり気軽に相談できる、そんな距離感を保つための工夫がされています。
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園内保育の園庭には芝生とプールがあり、夏には幼児から小学生までが遊べます。地域交流ホールは礼拝やクリスマスパーティ、卓球の練習にも使われ、地域の方が利用することもできるそうです。裏手にはフットサルやバスケができるほどの下庭も。
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職員の採用は全国から行っており、職員寮は単身者向けのワンルームと、家族向けの2LDKの間取りのお部屋があります。
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■ 社会状況を色濃く映す歴史
聖母愛児園の始まりは、昭和21年(1946年)4月、横浜の一般病院の玄関先に子どもが置き去りにされていたことにさかのぼります。その後、駅や道路に置き去りにされた乳児を警察がシスターたちのもとへ連れてくるようになり、同じ年の9月、現在地に乳児院「ルルドの聖母ベビーホーム」として独立しました。戦後の混乱期で、伝染病や栄養失調によって命を落とす子どもも少なくなかったのでした。
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昭和25年から35年にかけてはアメリカの家庭との養子縁組もおよそ250組成立し、当時の社会状況を色濃く映す歴史が刻まれています。
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1948年の児童福祉法制定で「孤児院」から「養護施設」へ、1998年の法改正で「児童養護施設」へと名称が変わり、2005年にはカトリック系の聖母会からプロテスタント系のキリスト教児童福祉会へと運営法人が移管されました。2010年には現在の建物が竣工し、定員も70名から90名へ拡大。他機関とも連携しながら運営されています。
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■ 「北風の支援」から「太陽の支援」へ
お話でもっとも印象に残ったのが、支援方針の話でした。
聖母愛児園では現在、「太陽の支援」と呼ばれる専門性のある支援に力を入れています。
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かつては「北風の支援」ともいえる、管理的な関わりを行っていた時期がありました。そこから現場での試行錯誤を重ね、「太陽の支援」へと取り組みを進めています。
梛橋さん自身も、これまでの自身の支援を振り返りながら、職員たちとともに現在の支援のあり方を考えてきたと話してくれました。
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「太陽の支援の様な支援方法を広めていきたい。次世代に引き継がなければならない。」
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梛橋さんのこの言葉には、現場で仲間とともに一つずつ積み上げてきた支援への思いが感じられます。
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■ 独自の取り組み
「太陽の支援」を現場で実現するために、聖母愛児園にはいくつかの仕組みがあります。
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ひとつはIT化です。職員が子どもたちと向き合う時間を少しでも増やすため、情報共有ツールを導入し、起床・就寝時間や食事量、服薬状況などをシステム上で一元管理しています。
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「最近この子の調子が良くない理由は何だろう」と感じたとき、直近の睡眠時間や食事量から原因を見立てる作業がスピーディになり、その分、子どもと関わる時間を確保できるようにしています。
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もうひとつは、独自の「まかな研修」。子どもたちの自立支援や調理、地域について知るといった、現場の職員自身が「気になっていた」テーマを、職員自身が講師となって扱うユニークな取り組みです。「まかな」を逆から読むと「なかま」になるという名前の由来にも、チームでこの支援をつくっていくという姿勢が表れています。
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18歳で退所した後も生活を続けられる自立サポートホーム(児童自立生活援助事業Ⅱ型)も運営しており、これは横浜市の中でも先駆的な取り組みのひとつだと伺いました。
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■ 地域とつながる課外活動
以前は施設内で卓球、駅伝、マラソン、野球といった活動を独自に行っていましたが、今は方針を転換。施設の中だけで完結する「施設対抗」という枠組みは子どもたちの世界を狭めてしまうという考えから、サッカーやダンス、プールなど、子どもがやりたいことは地域のクラブやチームに委ねる形にしています。
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ただし野球とソフトボールだけは、子どもたち自身の「続けたい」という強い希望で今も残っており、職員が付き添いながら活動を続けています。練習や試合に必要な地域の協力も得ながら運営しており、横浜ベイスターズからはサイン入りグッズやチケットの寄付など、継続的な支援を受けています。
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保守的な施設では見学や外部の立ち入りを制限するところも少なくない中、聖母愛児園は地域の人や企業を受け入れる方針をとっています。プロの大工を招いて技術を学ぶ「大工塾」や、プロの料理人と一緒に料理を学ぶプロジェクトなど、専門家と直接関わる機会も用意。ここ数年で始めた農業活動では、子どもたちが野菜を育てているそうです。
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また寄付金の使い道についても、独自の工夫が。子ども向けの寄付を法人の会計に組み込んでしまうと、使い道は措置費の枠組みの中に限られてしまい、通常の予算では出しにくいもの、例えば歯科矯正のような費用には回せないことがあります。そこで、理解のある企業には子どもの通帳へ直接寄付してもらう形をとり、必要な治療に充てられるようにしています。
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■ 職員をケアするという発想
梛橋さんの視線は、子どもたちだけでなく、現場を支える職員にも向いています。聖母愛児園では「ケアする人をケアする」という視点を大切にしています。
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子どもたちへの支援に日々向き合う職員自身が、しんどさを抱えたときに気軽に立ち寄れるような場をつくることが、結果的に子どもたちへの支援の質を守ることにつながると梛橋さんはいいます。
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具体的には、3年目以上の職員を年に一度、全国各地の研修や学会に派遣。また、新人職員には施設内の心理士とは別に、外部NPOの心理士によるケアを半年間必ずつけています。一年目の職員がしんどさを一人で抱え込まないための仕組みです。
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■ 施設の外に向けた発信も
梛橋さんの活動は、施設の中だけにとどまりません。児童養護施設の職員・ユースらでつくる任意団体andが共催する舞台の、プロデューサーを務めています。架空の児童養護施設を舞台に、死別や暴力、ネグレクトなどの事情で施設に暮らす子どもたちの人間模様を描いた作品で、社会的養護のことを知らない人にも伝わるよう、コミカルな場面も交えながら構成されています。
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脚本へのアドバイスだけでなく、上演に向けたスポンサー集めにも奔走。「リアルな現場の空気がぎゅっと詰まっている作品」だと話してくれました。
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既存の枠におさまらない梛橋さんと職員の皆様の情熱とお取り組みに希望を感じます。
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子どもたちが夏休みで大変お忙しい中、丁寧にご対応いただきありがとうございました。
今回の取材は、ラオスでの女性や障がい者の自立支援・雇用創出を行っている日本のNPO法人Support for Woman's Happinessの石原ゆり奈さん、サポーターの池下カナさんに助けていただきました。心より感謝いたします。
http://seiboaijien.com/
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案内してくださったのは、統括主任の梛橋雄一(なぎはし ゆういち)さんです。
敷地内には全部で4棟の建物と、地域に一軒家が2つ。本体施設の定員は84名で、すべて男女混合の縦割りホームです(地域小規模施設以外)。
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福岡市は里親制度が全国的にも進んでいる自治体で、私自身、小規模の児童養護施設や乳児院でのボランティア経験はあるものの、これほど大規模な児童養護施設を訪れるのは今回が初めてで、たくさんのことを教えていただきました。
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■ マンションのような、10のホームでできた施設
各ホームの定員は6名。ホームの中はリビングとダイニングキッチン、そして基本的に一人部屋の児童居室。6LDKほどの間取りで、1つのフロアで2ホームが宿直室を介してつながっている構造です。職員が孤立しにくく、すぐに他のホームから駆けつけたり気軽に相談できる、そんな距離感を保つための工夫がされています。
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園内保育の園庭には芝生とプールがあり、夏には幼児から小学生までが遊べます。地域交流ホールは礼拝やクリスマスパーティ、卓球の練習にも使われ、地域の方が利用することもできるそうです。裏手にはフットサルやバスケができるほどの下庭も。
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職員の採用は全国から行っており、職員寮は単身者向けのワンルームと、家族向けの2LDKの間取りのお部屋があります。
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■ 社会状況を色濃く映す歴史
聖母愛児園の始まりは、昭和21年(1946年)4月、横浜の一般病院の玄関先に子どもが置き去りにされていたことにさかのぼります。その後、駅や道路に置き去りにされた乳児を警察がシスターたちのもとへ連れてくるようになり、同じ年の9月、現在地に乳児院「ルルドの聖母ベビーホーム」として独立しました。戦後の混乱期で、伝染病や栄養失調によって命を落とす子どもも少なくなかったのでした。
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昭和25年から35年にかけてはアメリカの家庭との養子縁組もおよそ250組成立し、当時の社会状況を色濃く映す歴史が刻まれています。
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1948年の児童福祉法制定で「孤児院」から「養護施設」へ、1998年の法改正で「児童養護施設」へと名称が変わり、2005年にはカトリック系の聖母会からプロテスタント系のキリスト教児童福祉会へと運営法人が移管されました。2010年には現在の建物が竣工し、定員も70名から90名へ拡大。他機関とも連携しながら運営されています。
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■ 「北風の支援」から「太陽の支援」へ
お話でもっとも印象に残ったのが、支援方針の話でした。
聖母愛児園では現在、「太陽の支援」と呼ばれる専門性のある支援に力を入れています。
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かつては「北風の支援」ともいえる、管理的な関わりを行っていた時期がありました。そこから現場での試行錯誤を重ね、「太陽の支援」へと取り組みを進めています。
梛橋さん自身も、これまでの自身の支援を振り返りながら、職員たちとともに現在の支援のあり方を考えてきたと話してくれました。
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「太陽の支援の様な支援方法を広めていきたい。次世代に引き継がなければならない。」
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梛橋さんのこの言葉には、現場で仲間とともに一つずつ積み上げてきた支援への思いが感じられます。
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■ 独自の取り組み
「太陽の支援」を現場で実現するために、聖母愛児園にはいくつかの仕組みがあります。
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ひとつはIT化です。職員が子どもたちと向き合う時間を少しでも増やすため、情報共有ツールを導入し、起床・就寝時間や食事量、服薬状況などをシステム上で一元管理しています。
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「最近この子の調子が良くない理由は何だろう」と感じたとき、直近の睡眠時間や食事量から原因を見立てる作業がスピーディになり、その分、子どもと関わる時間を確保できるようにしています。
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もうひとつは、独自の「まかな研修」。子どもたちの自立支援や調理、地域について知るといった、現場の職員自身が「気になっていた」テーマを、職員自身が講師となって扱うユニークな取り組みです。「まかな」を逆から読むと「なかま」になるという名前の由来にも、チームでこの支援をつくっていくという姿勢が表れています。
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18歳で退所した後も生活を続けられる自立サポートホーム(児童自立生活援助事業Ⅱ型)も運営しており、これは横浜市の中でも先駆的な取り組みのひとつだと伺いました。
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■ 地域とつながる課外活動
以前は施設内で卓球、駅伝、マラソン、野球といった活動を独自に行っていましたが、今は方針を転換。施設の中だけで完結する「施設対抗」という枠組みは子どもたちの世界を狭めてしまうという考えから、サッカーやダンス、プールなど、子どもがやりたいことは地域のクラブやチームに委ねる形にしています。
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ただし野球とソフトボールだけは、子どもたち自身の「続けたい」という強い希望で今も残っており、職員が付き添いながら活動を続けています。練習や試合に必要な地域の協力も得ながら運営しており、横浜ベイスターズからはサイン入りグッズやチケットの寄付など、継続的な支援を受けています。
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保守的な施設では見学や外部の立ち入りを制限するところも少なくない中、聖母愛児園は地域の人や企業を受け入れる方針をとっています。プロの大工を招いて技術を学ぶ「大工塾」や、プロの料理人と一緒に料理を学ぶプロジェクトなど、専門家と直接関わる機会も用意。ここ数年で始めた農業活動では、子どもたちが野菜を育てているそうです。
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また寄付金の使い道についても、独自の工夫が。子ども向けの寄付を法人の会計に組み込んでしまうと、使い道は措置費の枠組みの中に限られてしまい、通常の予算では出しにくいもの、例えば歯科矯正のような費用には回せないことがあります。そこで、理解のある企業には子どもの通帳へ直接寄付してもらう形をとり、必要な治療に充てられるようにしています。
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■ 職員をケアするという発想
梛橋さんの視線は、子どもたちだけでなく、現場を支える職員にも向いています。聖母愛児園では「ケアする人をケアする」という視点を大切にしています。
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子どもたちへの支援に日々向き合う職員自身が、しんどさを抱えたときに気軽に立ち寄れるような場をつくることが、結果的に子どもたちへの支援の質を守ることにつながると梛橋さんはいいます。
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具体的には、3年目以上の職員を年に一度、全国各地の研修や学会に派遣。また、新人職員には施設内の心理士とは別に、外部NPOの心理士によるケアを半年間必ずつけています。一年目の職員がしんどさを一人で抱え込まないための仕組みです。
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■ 施設の外に向けた発信も
梛橋さんの活動は、施設の中だけにとどまりません。児童養護施設の職員・ユースらでつくる任意団体andが共催する舞台の、プロデューサーを務めています。架空の児童養護施設を舞台に、死別や暴力、ネグレクトなどの事情で施設に暮らす子どもたちの人間模様を描いた作品で、社会的養護のことを知らない人にも伝わるよう、コミカルな場面も交えながら構成されています。
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脚本へのアドバイスだけでなく、上演に向けたスポンサー集めにも奔走。「リアルな現場の空気がぎゅっと詰まっている作品」だと話してくれました。
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既存の枠におさまらない梛橋さんと職員の皆様の情熱とお取り組みに希望を感じます。
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子どもたちが夏休みで大変お忙しい中、丁寧にご対応いただきありがとうございました。
今回の取材は、ラオスでの女性や障がい者の自立支援・雇用創出を行っている日本のNPO法人Support for Woman's Happinessの石原ゆり奈さん、サポーターの池下カナさんに助けていただきました。心より感謝いたします。
昼スナママ・フィッシュ明子の役にたたなくてもいいラジオ
フィッシュ 明子
- 00:161.
タイトルコール
- 09:182.
管理的な養護からの脱却
- 06:173.
梛橋雄一(なぎはし ゆういち)さんのお話
- 00:584.
NPO法人Support for Woman's Happinessのご協力に感謝します
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