TOPライフスタイル美容・ファッション自分専属のヘアメイクになる娘が20歳になりました22:47 9月5日 873再生 問題を報告する 再生する シェアする AI目次娘20歳、初めての飲酒とその反応息子と娘、育児の手間とそれぞれの個性理想の親像と娘へのしつけの真意娘の反抗期と言葉、そして母の気づき「一人では育てられなかった」感謝の原点AI文字起こし(β版) # Voicyのストックがなくなって焦るの巻 おはようございます。 今日はついにVoicyのストックがないということで、 今日撮って、明日の朝流すという切羽詰まった状況で、 何喋ろうかなと思ったんですけど、 先日ですね、娘がようやく20歳を迎えまして、 私の寒暦イヤーと娘の成人式イヤーが重なる、 私が40歳で産んだ子ということでね、 そんなようなことを話をしようかなと思います。 # タイトルコール 自分専属のヘアメイクになる37年女優さんたちのヘアメイクをしてきたプロが、 大人のキレをつくるコツをお届けするラジオです。 少しずつ自分で自分を整える力を身につける、 そして大好きな自分を大切な存在として扱えるようになる。 年齢を重ねる中で引き継いだキレマインドやそれを身につけるコツ、 大人のメイクのコツ、人生をもっと楽しむためのヒントをお届けします。 # 娘が20歳になりました ということでね、娘が9月1日に20歳を迎えまして、やっとアルコール、お酒解禁になったわけですよ。 うちの娘はですね、変なとこ真面目でしてね、本当に20歳になるまで一滴も本当に飲まなかったんですよ。 いくらちょっとぐらい、ちょっと飲んでもいいって言っても絶対飲まない。 もう本当に堅くなり飲まないで、この20歳になったその日に飲むのを楽しみにしながら待って過ごしてきた子なんですよ。 なんかそのイベントをやっぱりちゃんとイベントとして味わいたい子なんですよね。 なんですごい固くなり飲まないでいたんですけど、9月1日の日にちょっとマイ浜のホテルに泊まって、2人で乾杯しながらお酒を飲んだんですよ、初めて。 最初ね、ビールはまずいと思うよって周りから散々脅かされてたらしく、飲めなかったら嫌だから、何だったら飲めるかなってみんなに相談したら航空杯とかがいいんじゃないかみたいなことを言われたらしく。 とりあえずビールが飲んでみたいよねって言って、ビール飲めなかったら私がビール飲んで、航空杯とビールをとりあえず一個ずつ頼んでみようかって。 私自身はすごく弱いんですよ、とにかくアルコールに弱くて、ビールとかだとコップ一杯飲むのがやっとで、それだけ飲めば十分酔っ払える人なんですよね。 顔は真っ赤になるし、それ以上は欲しくない感じなんで、とりあえず一杯ずつ、余ったらそれでいいじゃない?みたいな感じで頼んだんですけど、全然飲める人だった、娘は。 これはね、父親の方の家系で、父親は自身はあんまり飲めなかったんですけど、父親のお父さんが割と飲める方だったんで、多分その覚醒遺伝かなっていう気がするんですけど、全然大丈夫そうでした。 むしろコークハイはめちゃくちゃ美味しいって言って飲んでて、私の半分残したコークハイも飲むし、ビールも一杯もほとんど飲んじゃったみたいな感じで、でも酔っ払ってぽーっとする感じもなく、その酔っ払う感じを味わいたかったなっていう風に本人は言ってましたけど、 とりあえずね、そんな感じで割とお酒は飲める口だということが分かった9月1日の誕生日の日だったんですよ。 翌日はね、ディズニーシーへ行って、思う存分ヘトヘトになりながら遊んだわけですけど、足が棒のようになって、やっぱり久しぶり、もう10年ぶりぐらいなんですよ、私はディズニーに行ったのが。 去年ディズニーランドに行ったんですよね、娘に。ディズニーシーに行くのが本当に久しぶりで、もう10年以上ぶりぐらいだったんですけど、楽しかったですよ、足は痛かったけどね、筋肉痛になりましたけどね、もう楽しませていただきました。 相変わらずやっぱりディズニーは楽しいよね、夢の国だなって思いながらね、楽しく過ごさせていただきました。 娘の話に戻るとですね、そんな20歳を迎えた娘なんですけど、その前に3年お兄ちゃんの息子もいるんですけど、息子はすごく手のかかる子だったんですよ。 トイレが外れる、トイレトレーニングもすごく大変で、何ならお寝所外来とかにもちょっと通ったりしてたこともあるし、おっぱい離れる、おっぱい卒業もすごい大変な子だったんですよ。 結果自分が病気になって、強制修了みたいな形にかかってやっとおっぱい卒業できたし、保育園に行くのも連れて行くのも私から離れようとしなくて大変だったし、小学校入るときも大変だったしっていう感じで、とにかく私から一歩も離れたくないような子で、とっても大変だったんですよ。 一方娘はどうだったかというと、これが超楽な子だったんですよ。夜はまとめて寝てくれるし、トイレトレーニングは本当に一瞬で終わったんですよ。 一回トイレトレーニングしようと思って、トイレ行ってみようかって言って、一緒にトイレ行かせたら、そこから先はおむつですることなくトイレで行ってやる。もちろんおむつは剥がしてるんだけど、トイレに行ってじゃないとやらなくなった子だったんですよね。 だから超超超超楽だった。おっぱい離れるのももちろん楽だったし、食事も割と何でも結構食べる子だったから。 それは3歳過ぎてからはちょっとお野菜とかはあまり好きじゃなくなったけど、赤ちゃんの頃っていうか2歳3歳になる手前ぐらいまでは結構何でも食べる子で、そんなに苦労しなかったです。 息子はやっぱりアレルギーもあって食べれないものが多かったから、それも大変だったんですよね。だから本当に極端に差がある子で、でも娘はとにかく社交的で誰とでも仲良くするから人見知りもしないので、周りの大人からもかわいがられる子だったんですよ。 これが小学校に入ってから徐々に徐々に少しずつ反転していくんですけど、相変わらず娘は活発で何でもやりたいやりたいって、習い事でも何でもやりたいやりたいって言って、やるはいいけど飽きちゃってすぐぽいっていう感じではあったんですけど、もう活発で何でもやりたいって言ったらやるみたいな子。 息子は別にやりたくないけどやってみる、でも腰の重い子だったんですよね。割といじめられやすい子でもあったし、息子が悪いわけでもないのになぜか息子のせいにさせられるみたいなことも多くて、この子はどうしたもんかなみたいな時もあったんですよ。 だから学校の先生とかもちょっと心配してくれる時もありましたよね。あったんですよね。でも娘は真逆。 だけどその活発さがゆえにちょっとうるさい子、騒がしい子認定されることはあったんですよ。やっぱりちょっと厳しい大人の人からはしつけがなってないんじゃないのっていうふうに言われることもありました。 だから私は娘の無邪気で活発なところっていうのはすごくいいところだと思ってたけど、そっか私のしつけが悪いのかなって思って、もうちょっと周りに配慮して落ち着きのある子に育てなければいけないっていうかね。 その頃の私っていうのはね、ちゃんとした親になろうっていう気持ちがものすごく強かったので、ちゃんとした親になるためにちゃんとこの子を落ち着きのある子に育てなきゃならないみたいな、そういうふうにもかなりかなりかなり思ってましたよね。 だからすごく何か言われると、この子が損しないために静かにしなさいって厳しくしつけたりとかっていうこともちょいちょいあったかなと思います。これが正しかったかどうかっていうとちょっと微妙って今は思う。 だって私がしつけなきゃって思った動機っていうのは、要はちゃんとした親にならなきゃ、この子のためにって言いながらも私が恥ずかしくないためにっていうのが根本的な動機だと思うので、 それは娘としてはどこかで自分自身を見てもらえてないようなそんな気持ちが実はあったんじゃないかなってなんとなく思うんですよね。 # 子育てをしてきて思うこと 結局は、娘っていうのは本来本当に天真爛漫で、感情が豊かで、要は嘘がつけない子だったと思うんですよ。 だからこそ、その後中学に行って、いろんなことが原因で、何かっていうわけではないんだけど、別にいじめられてたわけでもないし、 特に何かがあったわけじゃないんですよ。ただ、コロナ禍に入って、何か気が抜けたっていうか、動けなくなったって感じだったと思うんですけど、 自分に自信がなくなったみたいな感じだと思うんですよね。 それが何かが原因だったかっていうと、おそらく今までずっと何でもできる子だったわけですよ、ずっと。 ほっといてもできる子っているじゃないですか。いわゆるそういう子なんですよね。 なんだけど、やっぱり中学に入って、お兄ちゃんと一緒にずっと野球やってて、男の子の中でシニアのクラブチームで野球やってた中で、 やっぱり男の子たちがどんどん体格も大きくなって、体力もあって、どんどん抜かしていく中で自分に自信がなくなったりとか、 プレーの中でミスしたりすることがあって、できなくなっちゃったのが、言ってみれば、きっかけだったとは思うんですよね。怪我したりとかして。 それがきっかけになったけど、何かストップがかかってしまって、動けなくなって、学校も行かなくなってっていった時期に入ったんですよ。 でも、それも結局は動きたくない、学校行きたくないっていう、言ってみれば自分の感情にとっても素直な行動だったと思うんですよね。 高校になんとか入って、1年生の時はすごい頑張って勉強して、学年トップ10に入るぐらいになって、何ならそういう優秀なクラスに入っちゃったにもかかわらず、 2年生からまとめて進学クラスというか、優秀な子だけ集めたクラスがあったんですけど、自動的にそこに入らされて、クラス分けになった途端に嫌になっちゃって、勉強するのが嫌になっちゃって、 学校に行くのが嫌になっちゃって、また学校に行かなくなっちゃって、退学して通信の方に変わるっていう経緯を保ってるんですけど、いい意味で言うと非常に自分の感情に素直でストレートでっていう感じ。 高校の時はそういう子だって思って、彼女の好きなようにやればいいと思ってたけど、やっぱり中学とかぐらいまでは色々ありました。言葉がとにかくひどくて汚い言葉を結構使う子だったんですよ。 私に対しても反抗期っていうのはもちろんありますよ。だけど非常に汚い言葉で私を罵ったりとかっていうこともあったんですよね。その時私もすごい苦しくて、だけどやっぱりその時に思ったのは、今6つ目に何かを悟したとしても多分意味ないなと思ったんですよ。 かつて私が子供の頃、両親に対してきっとこれ同じだったなと思ったんですよ。その時に私は両親がどうしてくれたかっていうと、本当に見守ってくれたんですよね。私はそれにすごく感謝しているので、その時は分からなくても、後に私はその行動に対して非常に私自身が感謝していたので、 同じように見守るしかないと思って、とにかく自分自身の内側に目を向けるように、その頃はとにかく内省をすごくしていた時期だったんですよ。 まあね、面白いもんですよ。本当にね、前も言いましたけど、ほこりとほこりの話、ちょうどその頃の話とこの時がかぶってるんですよね。言葉が悪かった時とか。 だからやっぱり自分の内側でぐちゃぐちゃになっている時って、表の現象もぐちゃぐちゃで、でもそれに対して私は、もちろんしおちゃんの言葉で気づくことになるんだけど、その後に気づいたのが、娘の言葉は私の言葉なんだって。娘と私が完全に一致したんですよ。かぶってた。 ってことに、後にまた気づくわけですけど、娘が言っている言葉は、私自身が私に言っている言葉だったんだなってことに気づいて、その時にもう本当に、ああもう本当に娘をありがとうって思いましたね。 ああもう本当によく気づかせてくれましたって思いましたよ。でもそれもね、私自分で自分を一個褒めたいなって思うことは、娘に対してね、何でもできる子だったから、どこかでこの子は大丈夫って放置してた部分っていうのがあったと思うんですよ。 お兄ちゃんの方は結構手がかかる子だったから、結構過保護になりすぎちゃってた部分もあるし、様子を見てたし、彼の言動とかに気を配るしっていうのがすごくあったと思うけど、娘に関してはどこかでこの子は大丈夫っていう鷹をくくってて、無関心の部分っていうのはあったんですよね。 その娘と私の関係性の中で、これだけはやっててよかったなって思うのが、娘が3歳とか4歳ぐらい、もうちょっと上かな、5歳とかぐらいの時に、私すごい忙しくてシングルマダーだったので、ベビーシターさんによくお願いしてたんですけど、娘や息子が寝てる間に帰ってきて、娘や息子がまだ起きる前に私は家を出て行って、 家に行くっていう日常が結構多かったんですよ。やっぱりその頃ドラマとかをやってたんでね。そういう日が多かった時に、私は娘と交換日記をしてたんですよ。本当にたわいもないことですよ。 今日もいっぱいご飯食べたよとか、今日もちゃんと起きられたよとか、だいたいモリモリ食べたよっていうのが多かったんですけど、あとお母さん大好きとか、お母ちゃんって言ってたんですけどね、その頃お母ちゃん大好きとかね。 私もよく食べて偉いねとか書いたりして、いつもと同じやりとりの言葉ではあるんだけど、そういうのをやってたんですよ。お絵かきしたのを私が見て、お絵かきで返したりとかっていうようなことをしてて、それが私後にね、引っ越しとかをその後もしてるんですけど、 宝物だって言って見せられたのがそのノートだったんですよ。娘が4、5歳ぐらいの時のノートを娘はずっと今でも大事にとっているわけですよ。 これが、このノートが少しでも娘と私のつながりになっていたのであれば、私としては本当にこれだけはね、やっといてよかったなって本当に思ったんですよね。本当にたわいのないことですよ。 だけど今でも大事にとってくれてるってやっぱり嬉しいじゃないですか。なんか嫌だなとかって思った時に、あのノートを開くと嫌なことがすっとなくなるような感じがするらしいんですよ。そうって娘が言ってたんですよね。 それを聞いた時に私がもう本当に娘にありがとうって、本当にありがとうって、それがあったから私はすごく自分のことを否定して続けてたけど、ちゃんと娘のことを私自身は私のやり方でこの子のことをちゃんと見てたんだなって関わってきてたんだなって思えることができて、 これは娘からいただいた私の最高のプレゼントで宝物でございました。本当にね。 # 一人では育てられなかった 子育てって、結局正解とか不正解とかメイクと一緒で、やっぱりないと思うんですよ。 その時に、一生懸命なんとなくそれがいいと思って、ちゃんとした親にならなきゃいけないと思って頑張ってた時も、 それはそれとして私の歴史、親としての歴史だなって思うし、 どこ親とかなんとかって言われる方もいるじゃないですか。 だけど、それが果たして本当にどこ親かってなると、後々時間が経ってみると、そうじゃなかったってこともあるよなって思うんですよね。 私自身もよく、私は本当にネグレットな親なんでって、自分のことをちょっと自分でディスって言ってたぐらいなんですよ。 それぐらいやっぱり家にいなかったし、ベビーシッターさんとか周りの協力があって私は子育てをしてきた。 子育てをしたとも胸張って言えないですよ、私なんて。 本当にいろんな人の協力があったから、保育園の先生しかり、ベビーシッターさんしかり、職場の人しかり、 いろんなことがあってなんとかやってこれた人生なんで、今でもですけどね。 本当に私は人に恵まれて、この二十歳の娘の誕生日を機に、やっぱり私一人では絶対育てられなかった。 本当に皆さん、協力してくれた人がこの大石を聞いてないと思うけど、本当に私は幸せな人間だなと改めて思いますよ。 おかげさまで娘も二十歳になりました。 本当にお世話になった先輩、ベビーシッターさん、女優さん、そして近所の町会長さん、もう亡くなっちゃったけどね。 本当に全ての人に本当にありがとうとお伝えしたいと思います。 二十歳ですよ、とはいえ娘と親子の関係はこれからも続いていくので、これはこれとしてまた違うフェーズに入ったなと思って楽しんでまいりたいと思います。 また実は娘とボイシー撮ろうかなと思ってたんですけど、なかなか娘も忙しくて時間がなくて撮れてませんが、機会があったら、そんなはちゃめちゃで元気が良くて、 健康な娘の話も一回親子対談も皆さんに聞いていただける日が来るといいなと思っております。 残っちゃの回になりましたが、ということで、今日は皆さん良い一日をお過ごしください。 いってらっしゃい。バイバイ。 もっと見る自分専属のヘアメイクになるヘアメイク職人_化け子00:411.Voicyのストックがなくなって焦るの巻00:262.タイトルコール09:023.娘が20歳になりました09:174.子育てをしてきて思うこと03:235.一人では育てられなかったコメント感想・質問・応援メッセージを書こう ぺんぺん太9月11日遅ればせながら、お嬢様の20歳のお誕生日、おめでとうございます💛18歳で成人と言われていますが、お酒が飲めるのは20歳ですし、ようやく一段落でしょうか。化け子さんにとっては、お嬢様のお母さんの20周年でもありますね。温かく信頼しあった母娘の関係が伝わってきて、ほっこりしました。素敵な母と娘に幸あれ!!1返信 みえ9月6日娘さん、成人おめでとうございます!周りの方々が助けてくれるのは、化け子さんの人柄です。嫌いな人を助けたいとおもいません💦助けてあげたい!と思われているからだと思います😊交換日記素敵ですね✨️私も物はないですが、あの時こう言ってくれて嬉しかった、私の味方してくれてありがとうと、娘から、言われる言葉が宝物です😊2返信 shiochan9月5日私は子供がいないので、娘目線でのコメントになりますが…お嬢様と化け子さんの共同作業であるインスタ動画(ケーキにろうそく立てるやつ)凄く良かったです👍こういうことを一緒にやってくれるお母さんっていいよなぁって。交換日記もすごくいいと思いました。面と向かっては恥ずかしくて言えないけど、交換日記なら書けることもあったと思うので。母と娘って、なかなか難しい関係性でもあると思うんですよね、私は。いろいろ思うところはあるけれど、今私は、母に感謝しています。6返信 涼子9月5日shiochanこんばんは!娘目線で私も一言。今世では分かり合えないままサヨナラしたけど、いつか私があちらに行った時には母に「頑張ったね!」って褒めてもらえるように毎日過ごしています。そうです 私は母からの承認欲求 かなり強めです‼️😆1 のん9月5日今日も素敵なお話しをありがとうございました🥹娘さん お誕生日おめでとうございます🎉 子育て、自分も初めてのことばかりで、今思い出すと ああすれば良かったのかなと恥ずかしくなることだらけです。今は、心の中で幸せな毎日を送っていることを願うばかりです。交換日記のノート あったかいですね🥹お二人のあたたかいものがつまっているのですね🥹最高です!8返信 はるちゃん9月5日はなちゃん、成人おめでとうございます🎉化け子さんとはなちゃん、素敵な親子関係ですね❣️それも色々な事があっての今、なんですね。私の娘も活発で感情豊かな子だったので、周りのママ友からの言葉に私の方が敏感になってしまい、色々厳しい事を言っていました。その後の親子関係で色々な事があり、初めて私はありのままの娘を受け入れてあげてなかったんだ、と気づきました。この事は私の中で一生の後悔。そんな娘が先日結婚し、私のママがママで良かった❣️と言ってくれました😭『育児は育自』と言う言葉が身に沁みています。13返信 もっと見る
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18歳で成人と言われていますが、お酒が飲めるのは20歳ですし、ようやく一段落でしょうか。
化け子さんにとっては、お嬢様のお母さんの20周年でもありますね。
温かく信頼しあった母娘の関係が伝わってきて、ほっこりしました。
素敵な母と娘に幸あれ!!
交換日記素敵ですね✨️私も物はないですが、あの時こう言ってくれて嬉しかった、私の味方してくれてありがとうと、娘から、言われる言葉が宝物です😊
お嬢様と化け子さんの共同作業である
インスタ動画(ケーキにろうそく立てるやつ)
凄く良かったです👍
こういうことを一緒にやってくれる
お母さんっていいよなぁって。
交換日記もすごくいいと思いました。
面と向かっては恥ずかしくて言えないけど、交換日記なら書けることもあったと思うので。
母と娘って、なかなか難しい関係性でもあると思うんですよね、私は。
いろいろ思うところはあるけれど、
今私は、母に感謝しています。
娘目線で私も一言。
今世では分かり合えないままサヨナラしたけど、いつか私があちらに行った時には母に「頑張ったね!」って褒めてもらえるように毎日過ごしています。そうです 私は母からの承認欲求 かなり強めです‼️😆
今は、心の中で幸せな毎日を送っていることを願うばかりです。
交換日記のノート あったかいですね🥹お二人のあたたかいものがつまっているのですね🥹最高です!
化け子さんとはなちゃん、素敵な親子関係ですね❣️それも色々な事があっての今、なんですね。
私の娘も活発で感情豊かな子だったので、周りのママ友からの言葉に私の方が敏感になってしまい、色々厳しい事を言っていました。その後の親子関係で色々な事があり、初めて私はありのままの娘を受け入れてあげてなかったんだ、と気づきました。この事は私の中で一生の後悔。
そんな娘が先日結婚し、私のママがママで良かった❣️と言ってくれました😭
『育児は育自』と言う言葉が身に沁みています。