#12『アクティブ・ラーニングで学ぶ 国際関係 ― 戦争と平和を考える』後編
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「ふだんは穏やかで優しい人が、ガラリと変わった瞬間」 ― 新刊『アクティブ・ラーニングで学ぶ 国際関係』後編、第九章から終章まで
はじめに:教室が、しんとした日
おはようございます。早稲田大学で、和平学と紛争解決学を教えています、上杉勇司です。
先に、ひとつの話をさせてください。
私の講義に、カンボジアに六年間住んで、日本語を教えていた受講生がいます。彼女が、ある日、こんな話をしてくれました。
「現地の人は、ふだん、本当に穏やかで優しいんです。ところが、タイとの国境紛争が激しくなった、その瞬間。自国のメディアの報道に影響されて、みんなの表情が、ガラリと変わりました。気合が入り始めた、あのときの怖さが、忘れられません」
教室が、しんとしました。
昨日の放送では、六人しか登録者がいない、ちょっと間の抜けた教室の話で、笑っていただきました。録音ボタンを押し忘れた話もしましたね。ところが今日は、その同じ教室で、空気が一変した瞬間をお届けします。
笑える話と、背筋が冷える話。この二つは、実は同じ教室の中で、隣り合っています。そして、この落差こそが、戦争と平和を学ぶ、いちばんのリアルなのだと、私は思っています。
今日は、新刊『アクティブ・ラーニングで学ぶ 国際関係 ― 戦争と平和を考える』の、後編です。第二部の第九章から、終章まで。六つの章と、本の締めくくりを、約十分で駆け抜けます。
前回のおさらい
第十二回の今日から聴き始めた方のために、前回の内容を、かんたんに振り返ります。
前回は、登録者がたったの六人、という大学院の教室から始まりました。初日に来たのは、四人。講義を録音して、AI、つまり人工知能に要約させようとしたら、録音ボタンを押し忘れ、電池も切れ、一時停止のまま忘れてしまう。最新技術に、見事にもまれた話でした。
そのあと、本の中身に入りました。第一部は、国際関係を読み解く五つのメガネです。リアリズム、リベラリズム、安全保障、国際政治経済、地政学。人気アニメ『鬼滅の刃』の名ゼリフ、「生殺与奪の権を他人に握らせるな」も登場しました。機械工学の学生と交わした、エアコン十六度の話も、ご紹介しましたね。
続けて、第二部に入り、第六章の民族紛争、第七章のグローバル化する内戦、第八章の難民・移民まで、お話ししました。
今日は、その続きです。前回を聴いていなくても、楽しめるようにお話ししますので、ご安心ください。
第九章「国際平和協力」:平和を、どう支えるのか
第九章は、国連のPKO、つまり平和維持活動です。英語では「Peacekeeping Operations」、頭文字をとって「PKO」と呼びます。紛争が終わった地域で、停戦を見守り、平和を支える活動のことです。
日本は、国際平和協力法という法律をつくって、自衛隊を海外に派遣してきました。では、その活動で、何ができて、何ができなかったのか。成果と限界を、冷静に検証します。
派遣の賛否を、声高に叫ぶ本ではありません。「できたこと」と「できなかったこと」を、並べて見る。そこから、あなた自身の答えを考えてもらう章です。
第十章「核兵器」:「やり返されるから、撃てない」という危うい均衡
第十章は、核兵器です。
核抑止という言葉があります。「やり返されるから、撃てない」という考え方のことです。その土台にあるのが、英語の「Mutually Assured Destruction」、日本語で「相互確証破壊」。お互いに破滅するから、手が出せない、という論理です。頭文字をつなぐと「MAD」、英語で「狂気」と同じつづりになるのは、なんとも皮肉ですよね。
この章では、核兵器禁止条約についても検討します。さらに、北東アジアの核のリスクも、避けて通れません。
そして最後に、問いかけます。「核のない世界」は、本当に可能なのか。答えは、一つではありません。だからこそ、教室で議論する価値があるのです。
第十一章「技術と戦争」:引き金を引くのは、誰か
第十一章は、技術と戦争です。
AI兵器の代表が、LAWS、日本語で「自律型致死兵器システム」です。英語では「Lethal Autonomous Weapons Systems」。人が引き金を引かずに、機械が自分で標的を選ぶ兵器のことです。
ほかにも、ドローン。サイバー攻撃。SNSで、わざと流される偽の情報、ディスインフォメーション。そして、人の考え方そのものを狙う「認知戦」。戦争の舞台は、戦場から、私たちのスマートフォンの中にまで、広がっています。
前回、エアコンの話で、「技術をどう使うかは、人間の倫理の問題だ」とお話ししました。その問いが、ここで、いちばん重い形で戻ってきます。
第十二章「ジェンダーと戦争」:戦争を、性別の視点から見直す
第十二章は、ジェンダーと戦争です。
女性の兵士や、女性の自衛官が、増えています。一方で、戦争の中で起きる性暴力もあります。そして、男性が「男らしさ」を証明しようとして、暴力に向かってしまう。これを「有害な男性性」と呼びます。
戦争は、男性だけの世界ではありません。かといって、女性は被害者だけ、という単純な話でもありません。この章では、戦争を、性別というメガネで見直します。見慣れた景色が、違って見えてくるはずです。
第十三章「戦争と記憶」:過去と、どう向き合うか
第十三章は、戦争と記憶です。
歴史をめぐる論争。被害の記憶と、加害の記憶。同じ出来事でも、立場がちがえば、思い出し方がちがいます。
そこで手がかりになるのが、南アフリカの「真実和解委員会」です。過去の暴力を明らかにして、和解を目指した取り組みでした。こうした考え方を「移行期正義」と呼びます。暴力の時代から平和の時代へ移るとき、過去とどう向き合うか、という考え方です。
忘れるのでも、責め続けるのでもない。第三の道は、あるのか。和解への道を、一緒に探ります。
第十四章「沖縄の米軍基地問題」:二つのテーブルの間で
第十四章は、沖縄の米軍基地問題です。
日米安全保障条約。そして、沖縄に集中する、基地の負担。ここで使うのが、「二レベル・ゲーム」という理論です。外国との交渉と、国内の政治。二つのテーブルで、同時に勝負をする、という見方です。
政府は、二つのテーブルの板ばさみになります。その間で、置き去りにされがちなのが、地方の声です。安全保障と、地方の自治。その間にある、不都合な真実に、正面から向き合います。
終章「多元的共生秩序論」:不愉快な共存の知恵
そして、本の締めくくり、終章です。私が提示したのは、「多元的共生秩序論」。むずかしい名前ですね。かみくだくと、「価値観のちがう者どうしが、ともに生きるための、ルールづくり」です。
おたがい、価値観はちがう。相手に、不愉快さや、不信感がある。それでも、破滅的な衝突を避けるために、自分を抑える。そして、共に生きる。私は、これを「不愉快な共存」と呼んでいます。
相手を好きにならなくていい。分かり合えなくてもいい。ただ、同じ世界で、ともに生きる。そのための、ぎりぎりの知恵です。
ここで、ジブリ映画『もののけ姫』を思い出してください。森と人間の、はげしい憎しみのはざまに立つ、主人公アシタカ。彼は、こう叫びます。「ともに生きろ!」
どちらか一方の正義で、世界を塗りかえない。傷ついた世界のなかで、なんとか、対話のテーブルを保ち続ける。その粘り強さこそが、いま、もっとも求められている、和平の知恵なのです。
冒頭のカンボジアの話に、戻りましょう。ふだん優しい人の表情が、ガラリと変わる。その怖さを知ったうえで、それでも、対話のテーブルを手放さない。この放送が、そのヒントになれば、嬉しいです。
イベントのお知らせ
十一月二十一日(土)午後二時から、紀伊國屋書店の新宿本店、三階のアカデミックラウンジで、トークイベントを行います。お相手は、アクティブ・ラーニングの先駆者、溝上慎一先生です。溝上先生は、桐蔭学園の理事長で、桐蔭横浜大学の教授でもあります。
参加は無料です。教室の外でも、ぜひ、対話しましょう。
プレミアムリスナーの皆さんへ
【2026年10月1日プレミアム放送を開始しました!】
プレミアムのご登録は、アプリではなく、Webサイトからだと、最初の一か月が無料になるようです。無料放送では語りきれない、ディープな裏話を、ぜひ、お試しください。
次回予告:第十三回は、学部のゼミから
次回は、第十三回です。
本当は、リスナーの皆さんからの、質問やコメントにお答えしたいのですが、まだ届いておりません(笑)。概要欄から、お気軽にお寄せください。お待ちしています。
というわけで、次回も、早稲田大学の教室から、お届けします。昨日と今日は、大学院の授業のお話でした。次回は、学部のゼミです。今年、新しいゼミ生を迎えました。どんな学生が集まったのか、その顔ぶれを、ご紹介します。
少しだけ、「争わない対話術」から脱線しますが、脱線もまた、人生の味わいということで。
おわりに
朝の通勤、通学のおともに。あるいは、家事をしながら。気軽に聴いてください。聴き終えたとき、ニュースの向こう側の世界が、少しだけ身近に感じられたら、嬉しいです。
更新を見逃さないよう、チャンネルの「フォロー」と「いいね」も、お願いします。
それでは、今日も、違いを楽しめる。そんな、素敵な一日に。
はじめに:教室が、しんとした日
おはようございます。早稲田大学で、和平学と紛争解決学を教えています、上杉勇司です。
先に、ひとつの話をさせてください。
私の講義に、カンボジアに六年間住んで、日本語を教えていた受講生がいます。彼女が、ある日、こんな話をしてくれました。
「現地の人は、ふだん、本当に穏やかで優しいんです。ところが、タイとの国境紛争が激しくなった、その瞬間。自国のメディアの報道に影響されて、みんなの表情が、ガラリと変わりました。気合が入り始めた、あのときの怖さが、忘れられません」
教室が、しんとしました。
昨日の放送では、六人しか登録者がいない、ちょっと間の抜けた教室の話で、笑っていただきました。録音ボタンを押し忘れた話もしましたね。ところが今日は、その同じ教室で、空気が一変した瞬間をお届けします。
笑える話と、背筋が冷える話。この二つは、実は同じ教室の中で、隣り合っています。そして、この落差こそが、戦争と平和を学ぶ、いちばんのリアルなのだと、私は思っています。
今日は、新刊『アクティブ・ラーニングで学ぶ 国際関係 ― 戦争と平和を考える』の、後編です。第二部の第九章から、終章まで。六つの章と、本の締めくくりを、約十分で駆け抜けます。
前回のおさらい
第十二回の今日から聴き始めた方のために、前回の内容を、かんたんに振り返ります。
前回は、登録者がたったの六人、という大学院の教室から始まりました。初日に来たのは、四人。講義を録音して、AI、つまり人工知能に要約させようとしたら、録音ボタンを押し忘れ、電池も切れ、一時停止のまま忘れてしまう。最新技術に、見事にもまれた話でした。
そのあと、本の中身に入りました。第一部は、国際関係を読み解く五つのメガネです。リアリズム、リベラリズム、安全保障、国際政治経済、地政学。人気アニメ『鬼滅の刃』の名ゼリフ、「生殺与奪の権を他人に握らせるな」も登場しました。機械工学の学生と交わした、エアコン十六度の話も、ご紹介しましたね。
続けて、第二部に入り、第六章の民族紛争、第七章のグローバル化する内戦、第八章の難民・移民まで、お話ししました。
今日は、その続きです。前回を聴いていなくても、楽しめるようにお話ししますので、ご安心ください。
第九章「国際平和協力」:平和を、どう支えるのか
第九章は、国連のPKO、つまり平和維持活動です。英語では「Peacekeeping Operations」、頭文字をとって「PKO」と呼びます。紛争が終わった地域で、停戦を見守り、平和を支える活動のことです。
日本は、国際平和協力法という法律をつくって、自衛隊を海外に派遣してきました。では、その活動で、何ができて、何ができなかったのか。成果と限界を、冷静に検証します。
派遣の賛否を、声高に叫ぶ本ではありません。「できたこと」と「できなかったこと」を、並べて見る。そこから、あなた自身の答えを考えてもらう章です。
第十章「核兵器」:「やり返されるから、撃てない」という危うい均衡
第十章は、核兵器です。
核抑止という言葉があります。「やり返されるから、撃てない」という考え方のことです。その土台にあるのが、英語の「Mutually Assured Destruction」、日本語で「相互確証破壊」。お互いに破滅するから、手が出せない、という論理です。頭文字をつなぐと「MAD」、英語で「狂気」と同じつづりになるのは、なんとも皮肉ですよね。
この章では、核兵器禁止条約についても検討します。さらに、北東アジアの核のリスクも、避けて通れません。
そして最後に、問いかけます。「核のない世界」は、本当に可能なのか。答えは、一つではありません。だからこそ、教室で議論する価値があるのです。
第十一章「技術と戦争」:引き金を引くのは、誰か
第十一章は、技術と戦争です。
AI兵器の代表が、LAWS、日本語で「自律型致死兵器システム」です。英語では「Lethal Autonomous Weapons Systems」。人が引き金を引かずに、機械が自分で標的を選ぶ兵器のことです。
ほかにも、ドローン。サイバー攻撃。SNSで、わざと流される偽の情報、ディスインフォメーション。そして、人の考え方そのものを狙う「認知戦」。戦争の舞台は、戦場から、私たちのスマートフォンの中にまで、広がっています。
前回、エアコンの話で、「技術をどう使うかは、人間の倫理の問題だ」とお話ししました。その問いが、ここで、いちばん重い形で戻ってきます。
第十二章「ジェンダーと戦争」:戦争を、性別の視点から見直す
第十二章は、ジェンダーと戦争です。
女性の兵士や、女性の自衛官が、増えています。一方で、戦争の中で起きる性暴力もあります。そして、男性が「男らしさ」を証明しようとして、暴力に向かってしまう。これを「有害な男性性」と呼びます。
戦争は、男性だけの世界ではありません。かといって、女性は被害者だけ、という単純な話でもありません。この章では、戦争を、性別というメガネで見直します。見慣れた景色が、違って見えてくるはずです。
第十三章「戦争と記憶」:過去と、どう向き合うか
第十三章は、戦争と記憶です。
歴史をめぐる論争。被害の記憶と、加害の記憶。同じ出来事でも、立場がちがえば、思い出し方がちがいます。
そこで手がかりになるのが、南アフリカの「真実和解委員会」です。過去の暴力を明らかにして、和解を目指した取り組みでした。こうした考え方を「移行期正義」と呼びます。暴力の時代から平和の時代へ移るとき、過去とどう向き合うか、という考え方です。
忘れるのでも、責め続けるのでもない。第三の道は、あるのか。和解への道を、一緒に探ります。
第十四章「沖縄の米軍基地問題」:二つのテーブルの間で
第十四章は、沖縄の米軍基地問題です。
日米安全保障条約。そして、沖縄に集中する、基地の負担。ここで使うのが、「二レベル・ゲーム」という理論です。外国との交渉と、国内の政治。二つのテーブルで、同時に勝負をする、という見方です。
政府は、二つのテーブルの板ばさみになります。その間で、置き去りにされがちなのが、地方の声です。安全保障と、地方の自治。その間にある、不都合な真実に、正面から向き合います。
終章「多元的共生秩序論」:不愉快な共存の知恵
そして、本の締めくくり、終章です。私が提示したのは、「多元的共生秩序論」。むずかしい名前ですね。かみくだくと、「価値観のちがう者どうしが、ともに生きるための、ルールづくり」です。
おたがい、価値観はちがう。相手に、不愉快さや、不信感がある。それでも、破滅的な衝突を避けるために、自分を抑える。そして、共に生きる。私は、これを「不愉快な共存」と呼んでいます。
相手を好きにならなくていい。分かり合えなくてもいい。ただ、同じ世界で、ともに生きる。そのための、ぎりぎりの知恵です。
ここで、ジブリ映画『もののけ姫』を思い出してください。森と人間の、はげしい憎しみのはざまに立つ、主人公アシタカ。彼は、こう叫びます。「ともに生きろ!」
どちらか一方の正義で、世界を塗りかえない。傷ついた世界のなかで、なんとか、対話のテーブルを保ち続ける。その粘り強さこそが、いま、もっとも求められている、和平の知恵なのです。
冒頭のカンボジアの話に、戻りましょう。ふだん優しい人の表情が、ガラリと変わる。その怖さを知ったうえで、それでも、対話のテーブルを手放さない。この放送が、そのヒントになれば、嬉しいです。
イベントのお知らせ
十一月二十一日(土)午後二時から、紀伊國屋書店の新宿本店、三階のアカデミックラウンジで、トークイベントを行います。お相手は、アクティブ・ラーニングの先駆者、溝上慎一先生です。溝上先生は、桐蔭学園の理事長で、桐蔭横浜大学の教授でもあります。
参加は無料です。教室の外でも、ぜひ、対話しましょう。
プレミアムリスナーの皆さんへ
【2026年10月1日プレミアム放送を開始しました!】
プレミアムのご登録は、アプリではなく、Webサイトからだと、最初の一か月が無料になるようです。無料放送では語りきれない、ディープな裏話を、ぜひ、お試しください。
次回予告:第十三回は、学部のゼミから
次回は、第十三回です。
本当は、リスナーの皆さんからの、質問やコメントにお答えしたいのですが、まだ届いておりません(笑)。概要欄から、お気軽にお寄せください。お待ちしています。
というわけで、次回も、早稲田大学の教室から、お届けします。昨日と今日は、大学院の授業のお話でした。次回は、学部のゼミです。今年、新しいゼミ生を迎えました。どんな学生が集まったのか、その顔ぶれを、ご紹介します。
少しだけ、「争わない対話術」から脱線しますが、脱線もまた、人生の味わいということで。
おわりに
朝の通勤、通学のおともに。あるいは、家事をしながら。気軽に聴いてください。聴き終えたとき、ニュースの向こう側の世界が、少しだけ身近に感じられたら、嬉しいです。
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それでは、今日も、違いを楽しめる。そんな、素敵な一日に。
上杉勇司の「争わない」生き方〜対立をほぐす対話術〜
プレミアム放送配信中!
- 02:041.
タイトルコール・ご挨拶・前編のあらすじ
- 06:182.
PKO・核・AI兵器・ジェンダー・記憶・沖縄、そして終章『多元的共生秩序論』
- 02:523.
まとめ・イベント告知・次回予告・エンディング
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