TOPライフスタイル子育て対話の本棚(旧:特別支援の本棚)#898 産婦人科医sabo先生に伺う「きょうだい児」もお話し54:54 2025年4月15日 3,408再生 問題を報告する 再生する シェアする AI目次きょうだい児としての人生を語る周囲の反応と自身の葛藤家族関係と母親への思いヘラルボニーへの共感と考察兄弟児の未来への希望AI文字起こし(β版) # 初めのあいさつ おはようございます。自閉症児2人の一人親、沙織です。 このチャンネルは、私というヒルターを通して見える世界を、 母として、そして一人の女性としてお話をしています。 多様な視点と多くの温かなつながりを届けたい、そんな思いで発信しています。 # オープニング 今日は昨夜、サンフジン会のサボ先生に来てもらって、サボ先生のサンフジン会ではない側面、 京大寺としての側面をお話を伺わせていただきました。 そちらのアーカイブを今から流していこうと思います。 京大寺といってもサボ先生の体験談なので、それが全てではないんですけれども、 すごく多くの両親たち、そして京大寺の方々たち、そしてその周りの方々たちが勇気づけられる発言だったんじゃないかなと私は強く思っています。 あと前半なんですけれども、前半はサボ先生のチャンネルで全く違うお話をしていますので、そちらの方もぜひ聞いていただければと思います。 全く違う話なので、どちらを先に聞かれても全く問題ないと思うんですけれども、 ぜひサボ先生のチャンネルもフォローして、両方聞いてもらえると嬉しいなと思います。では早速どうぞ。 # 産婦人科医sabo先生に伺う「きょうだい児」もお話し みなさんこんばんは。今日は産婦人会のサボ先生に来ていただきました。 お願いします。自己紹介。 さおりさんのリスナーのみなさん、こんにちは、こんばんは。産婦人会のサボといいます。 普段はTalkToMeというチャンネルで、女性の生き方だったりだとか、ヘルスケアについて話しています。 今日はよろしくお願いいたします。 よろしくお願いします。先ほど前半戦雑談だったんですけど。 お誕生日雑談ですね。 お誕生日雑談、私元差師だったら、いっぱい聞きたいことがあったんだけどなって思いながら、突然の雑談にちょっと緊張しちゃって。 後半は本題というか、私が聞かせていただきたかった、兄弟陣のお話を聞かせていただいてもいいですか。 よろしくお願いいたします。 まず、サボ先生の兄弟陣として生きて来られたことを、自己紹介も簡単に含めて、幼少期、思春期、大人になっているのを簡潔にご説明していただいてもいいですか。 大丈夫です。私は3姉妹で育ってきていて、私長女。 次女が知的障害があって、3女がいるっていう感じなんですよね。 真ん中の妹が3女みたいな感じなんですよね。 机っ子みたいな。ちょっとやっぱり手がかかったりとかするので、次女が3女みたいな感じで、3人で仲良く育ってきたっていうところなんですけど。 妹は肯定的な知的障害で、幼少期に高熱で脳症で知的障害を負ったっていうタイプの障害を持っていたので、 生まれた時は本当に健常というか、特に問題なくっていうところが、突然ある日を境目にそういうふうに状況が変わったっていう感じなんですよね。 そこからもう家族は大変で、昨日までは普通にみんなで暮らしてたのが、突然ガラッと生活が変わって、 もちろんうちの母親も慌てふためき、父親も慌てふためき、子供が上と下にもいるっていう状態だったので、 本当にいろんなことに親は悩んだりぶつかったりしてきながらも、なんとか3人ここまで育ててくれたっていう感じなんですよね。 その中で、やっぱり兄弟時っていうふうに話すと、幼少期、辛いことたくさんあったんじゃないのかなとか、 いろんなこと我慢してきたんじゃないかなっていうふうに言われやすいんですけど、 これがですね、それしか知らないっていうこともあって、あんまりそこに対して自分自身はすごく何かを我慢してきたっていうふうにはあんまり思ってないんですよね。 で、親もすごく両親も、妹がいることで私が何かを諦めたりとかしないように、自分の人生歩んでいくんだよっていう感じで励ましてくれてたので、 ちょっと半分それを言い訳に自分のことだけを今まで一生懸命やらせてもらってたっていう感じなんですよね。 なので、なんかみんなが多分想像してるような、いわゆる献身的なお姉ちゃんみたいなタイプでは全然なくって、 ただその中でも、やっぱりその通常の兄弟とは違ういびつさだったりとか苦労っていうのはないわけではもちろんなかったので、 その中で自分がいろいろ考えてきたことっていうのを、今自分がある程度人生自分の中で納得のいく形で作り上げてこれたので、 ここからはちょっと今までは自分の人生だけに費やしてた部分を妹とか、同じように私と同じような立場の人とかに少しずつ還元していけたらなーなんていうのを最近思い始めました。 ちょっと少し遡って聞いてもいいですか? 自分のご家庭しか知らなかったっていうのは、結構どこの家庭でも子供あるあるだと思うんですけども、 周りから兄弟字ってレッテル貼られてるって気づいたのって何歳ぐらいなんですか? でも割と早いかな。小学校1、2年生ぐらいの時にはそれは思ってましたね。 やっぱりそれは妹がそういう風に知的障害があるっていうので、ちょっと離れた親戚とか近所の人とかに妹さんがこういう風で大変だから、 お姉ちゃん頑張らなきゃねみたいな声掛けをされたりとかして、私はそういう存在なんだなっていうのを子供ながらに気づいたっていうのはありました。 それに対してコンプレックスとかはなかったんですか? それがなくてですね。 やっぱりそこで結構私ってなんだろうっていう風に悩んじゃう人もすごく多いと思うんですよね。 ただそこは割とやっぱり自分の両親がそれに対してあんまり過度に反応しなかったりとか、それだけじゃないんだよっていうスタンスを常に見せてくれてたので。 なのでそういうこと言われても、あ、よそから見るとそうしなきゃいけないように見えるんだなっていう風に思ってました。 自分は妹が妹として存在して好きだからいろんなことをやってあげたりしてることも、周りからすると妹が好きだからではなく妹に障害があるからそういうことをしてあげてるんだな、お世話してて偉いねみたいな感じの扱いを受けるので。 あ、根本的に見えてるものが違うなっていうのは、その時は言葉にはできなかったんですけど、その時は言われてることと自分の思ってることといろんなことがずれてるなっていうのは割と感じてたので、あんまりそれに悩んだりとかしなかったんですよね。 なんか今勝手に私が想像して思ったことなんですけど、私の周りにいる素敵な人たちってご両親が素敵なんですよね。 そういう人たちに、ご両親が素敵な人たちに育てられた、やっぱりお子さんっていうかね、私の周りの同世代の人たち、大人の人たちってみんな自己肯定感がすごく高いから、周りを元気にするエネルギーが半端ないなって思ってて。 なんか勝手に想像して、サボ先生もそうやって、私はそういう人たちにすごく救われてきた人生だから、サボ先生もそういう一味の種族なのかなと思って。 でもそれも問題のない家族はないっていうことで、本当に回り回って最後振り返ると良かったねっていう感じなんですけど、当時はいろいろありました。なんかここではなかなか話せないような家族のごたごたもあって。 ずっと両親も完璧ではなかったし、私も完璧じゃなかったしっていうところで、一つのお年どころをやっと年をとって見つけてきたかなっていう感じです。 ついそういう話をすると、すごく素敵なご両親ですねってなって、私もそういうふうに思ってはいるんですけど、まぁでもちょいちょいヤバいところはあったよなっていうのも素敵なところで。 割といびつな家族だなとは思いつつも、いびつなりになんとかバランスをとってここまで走ってこれて良かったなっていうのが素敵な気持ちですね。 何ですか、どこの家族もそのごたごたっていうのはあると思うんですけれども、それを経て振り返ることができた、さっきから振り返るキーワードが多いんですけど、 これからは自分のためにだけに生きてきたから、これからは家族のためにとか妹のためにとか、いろいろあったんだけど振り返ってみればみたいなのがあるんですけど、振り返ることができるようになったのって何歳ぐらいで何かきっかけみたいなのがあったりするんですか。 本当最近ですね。やっぱり結婚して、自分のこれから一生この人と一緒に添い遂げようっていう人が横にいて、その中で安定してきたっていうのが大きくて、誰かに自分の存在を証明しなくてもいいというか、 自分をそのまま丸ごと受け取ってくれる人が近くにいるから、もう何か無駄に頑張る必要はないんだなって思い始めてから、じゃあ私にも誰かに何かをしてあげたいっていう気持ちが芽生えたというか、そういう余力が出てきたっていうのが正直なところです。 やっぱり人間ってそうやって余裕が大事なんですよね。 やっぱり自分がしんどい時に誰かのために役に立とうとすると、なかなか難しかったり、何かこうやってあげてるのにとか、ちょっと自分のエゴが出ちゃうと思うんですよね。 分かります。分かります。 そこかなって思ってます。 本当に自分が前に向かって走ってる時っていっぱいアドバイスが飛んでくるじゃないですか。何とかのために生きないととか、あと違う人はアドバイスって本当にいろんな多種多様だから、あなた自分のために生きた方がいいわよとか言われるんだけど、自分が満たされた状態がターニングポイントになるっていいなって思ったのと、 あと今もう一ついい質問が飛んできてて、これいろんな人が障害者のケアをされるご家族の方聞きたいと思うんですけども、読みますね。 見えてもいると思うんですけど、下の息子が障害者です。サボ先生教えてください。かぐしゅん先生にはいつ伝えましたか。かぐしゅん先生の反応は?ってあるんですけど、お話しできる範囲で。 たぶん出会ってすぐぐらいに話してると思いますね。その時の反応は、そうなんだっていう感じで、特に何かオーバーなリアクションはなく、そういう家族が家にいるんだねっていう感じで、徐々に妹に会ってもらったりとか妹の話をしていく中で知ってもらっていったっていう感じで、 あんまりそんなにドラマチックなものはなかったんですけど、ただ自分が若い時というか、本当に高校生とか、ちょっと彼氏欲しいなウキウキみたいな時は、やっぱりそこは何かいつか話さなきゃいけないのかなとか、別に正直学生時代の恋愛相手って結構まで行くかっていうとそうではないんですけど、 ただその当時は何かそういう自分を言わなきゃいけないんじゃないかみたいなのはあったんですよね。そのリアクションがすごい怖いなって思ったことも何度もあります。 ありがとうございます。 まだ言えてないとかのフェーズの人たちとってやっぱり全く違いますよね。 そうですね。 それが若い時はやっぱり後付けになっちゃうことが多いのかななんても今一瞬したりして。 そうなんですよね。でもなんかそれこそ若い時って、別に障害のある兄弟がいるいないとか関係なく、自分の親すら好きな人に見られたくない時期ってあんまりないんですよね。 ありましたありました。 好きな人とかがいたりとかして、親とかが迎えに来たりしたらちょっと他人のフリしよ。 無駄な自意識みたいなのがあるので、なんかその障害がある妹がいるっていうことの悩みと、その思春期特有の自分の過度な自我っていうのがごっちゃになっちゃうとやっぱりしんどいのかなって思ってて。 やっぱり年取ってくるとそのあたりがちょっとずつ離れてくるので、辛さは半減するんじゃないかなって個人的には思ってます。 そうですね。分けて考えるべき問題ですよね。 自分は何に対して家族のことを恥ずかしいって思ってるのか、親なのか兄弟なのかみたいなところですよね。 本当に確かに回答になりましたかねこれ。なってるといいな。 自分は結婚する相手のある意味、妹のことを伝えた時のリアクションがテストになってるって言ったらちょっといやらしいですけど。 それで私がえ?っていうようなリアクションをしたら、多分それ以外のことでもえ?って思うようなことがたくさんある人だから早いうちにさようならありがとうって伝えようって思ってたので。 逆にすごくそれはいいというか、すごく自分の中の指標として持っておいてよかったなっていうところではあります。 確かにですね。本当にまた言葉を選ばずに言うと、そういうバルメーターがあるって自分にとってはすごい良いことなのかも。 私とかなかったわけなので、受け止められなかったら自分が悪いのかって思っちゃう。 自分の中に原因を探すタイプだったので、良いのかな?良いって言ったらすごい失礼にあたるんですけど。 それこそかぐしゅん先生が微妙なリアクションというかね、変な話ちょっと差別的なリアクションを取ったら、 このやぶいさがーって言ってやるのって思ってほしいから。 で、その心を見てるのかーって、としきり暴れてからさようならすると思います。 それはすごい面白いですけど。 それはそれでちょっと面白いドタバタ見れて良かったかもしれないですね。 本当にありがたいことに、かぐしゅん先生はもちろんそんなことなくって、今、いびつな私の家族のもとによく来てくれるんですよ。 本当に私はその家でしか育ってないので、当たり前だと思うことが、やっぱり当たり前じゃないんだなっていうのをかぐしゅん先生を通して知るんですよね。 本当にそういうところに、私たちが頑張ってきた奇跡みたいなところを見つけてくれて、それを優しく見てくれるので、 自分は気づいてなかったけど、こういうところを実はちょっと頑張ってたんだなとか、いびつさを頑張って乗り越えてきたんだなっていうのを教えてくれる存在でもあるので、 そういうのもまた自分が還元したいみたいな気持ちに変わるきっかけだったりとかもするかもしれないです。 確かにって思うのと、今全然違う視点で思っちゃったんですけど、 私ごときがこんなこと言って申し訳ないんですけど、私の感想を言うと、 お二人夫婦のすごいいいところは、やっぱりボイシーナにいる方々って自己開示ガンガンしていくじゃないですか。 今の例にあげると、ご夫婦開示を結構されるじゃないですか。 そうですね。 そうすると、さっきの佐保先生の発言とかも、こうやって素直に言ってもいいんだとか、 私の子供もそういうふうに、自分の家庭の兄弟である子供たちもそういうふうに、 人に出会ってくれるかもしれないとか、出会ってほしいなって望みかける人もいっぱいいるだろうし、 学習先生の対応を聞いて、自分もそういう人になっていこうって人も多分いるだろうし、 そういう反応ができる人間になっていきたいなって事例になる人もいっぱいいるし、 やっぱりなんかいいなって今一瞬思いました。 ありがとうございます。 でも本当に正直、イラッとしてシンとしたりとかっていう態度を取られたことも過去にはあるんですよ。 学習先生ではなく、自分が生まれ生きていく中で、うわーっていう思いも正直していて。 それは誰に取られたんですか?すいません。 いろいろ、本当にコマゴマとしてて、今パッと思い出そうと思うと、いろいろあってあれですけど、 やっぱり、そういう大変なうちの子ねみたいな、それまでは私として対等に接してくれてたのが、 やっぱり枠にはめられて、ちょっと距離を取られたなっていうようなこともありましたし。 分かりますって言ったら分かってないのかもしれないですけど、 社会的なイメージが強いですよね。 強大事っていうイメージもそうだし、 フラットな社会とか多様性とか言いながらも、弱者でとどまらせる制度とかイメージとか言葉掛けもあったりだとか、 あと感動的なね、この前佐保先生がヘラルボニーのお話しされてたときに感じたんですけど、 やっぱり障害者のバザーとかって、感動的なストーリーとかで終わらせられることもあるなって思っていて、そういうのってどう思います? いやもう本当にこれはずっと自分が言葉にしたいし言いたいけど、 なんかどこか行っちゃいけないのかなと思って、ずっと自分の中で葛藤してた部分で、 それこそ24時間テレビとか、世の中でわりとよく語られる障害者の形っていうのと、自分が生きてきた世界観が全く違うので、 この感じがすごい違和感だったけど、でもみんなそれぞれ善意を持っていろんなことをやってくださってるので、 その違和感を言葉にしてはいけないのかもしれないみたいな、そういう気持ちがわりとあったんですよね。 だけどやっぱり、障害のある過程とかを見たときに、障害がある人のストーリーをみんなイメージしちゃうんですよね。 障害のある人って心は綺麗で、何かできないことはあるけどピュアで、その周りの家族も心優しくてみたいな、 そういう描かれ方をしやすいし、そういうストーリーを無理やりにでも作られる部分がわりとあって、 わりとそれに関しては、違うんだけどな、みたいなのはずっと思いながら生きてきて、 それこそ、24時間テレビの後とか道徳の授業とかで障害のある子について学ぼうみたいな授業があった後とかだと、 それまでバカ話してた友達が、突然、じゃあサボちゃんの感動的な話を何か一つ教えてくれないか?みたいな圧を感じるというか、 どういう辛いことがあったの?みたいなことを、みんなの前で話してくださいみたいな場が設けられたりだとか、 昨日までと今日までで何も違わないのに突然なんだ、これは、みたいな。 別に妹はいるけど、そういうので困ってはいるけど、でもそれでも楽しく生きてます、みたいな感じだと、 本当はもっと抱えているものがあるんでしょう?みたいな感じで、何かを求められている、何かを言わなきゃいけないんじゃないか?みたいな圧をすごい感じてたんですよね。 求められるの嫌ですよね。 なんかやっぱり、そこにストーリーっていうのをどうしても人は求めてしまうんだなって思ってて、 ただそれがうまく自分の中で消化できなかったから、あんまり兄弟時としての話をずっとしなかったのは、やっぱり求められると私もそれに答えなきゃ、みたいな気持ちになってしまう部分もあるので、 自分の中で、私はこういうふうに思ってます。周りはもしかしたらそういうふうに期待してたのと違うかもしれないけどってはっきり言えるまでは、 何かこうあんまり発言しない方がいいのかなぁなんて思ってたんですよね。 でも何かそこに陥る気持ち、私すごいわかるというか。 絶対そうですよね。沙織さんも今子育てされてて、そういうふうに、あなたの大変なストーリー、感動的なストーリー、話してくださいっていう視線とかってやっぱり感じられることありますよね。 あるんですよね。 なんかちょっと違うんだけど、私も喋らせてもらっていいですか。 24時間テレビで疑問に感じるのが、いいことか悪いことが出たらいいことされてるわけじゃないですか。 そうなんですよ。 障がいを抱えていない人たちが山登っても泣かれないのに、障がいを抱えている人たちが山登ったら泣かれるって、それ本人たち、それで嬉しいんだったらいいんだけど、どうなのかなと至るところで思ったりだとか、 ただ一方で私子育てする中で、自分の子供が運動会とか出てから結構泣いたりもしてて、自分の嫌味な性格はって思ったりすることもあったんだけど、 佐藤先生、タッチってわかります?漫画の。 ちょっと知らない。 わかんないです。なんかタッチって昔野球漫画があって。 タッチ、タッチ。 朝倉美波ちゃん。 補給を止めるやつですね。 補給を止めるやつ。 美波、カッチャンっていうダメな幼い子のカッチャンいたんだけど、カッチャンを周りの人たちがダメなタッチやでしょって言ってたら、美波ちゃんが、カッチャンはダメじゃないわとかって言うんですよね。 そしたら、でも美波だっていつもカッチャンのことダメって言ってたじゃないって言って、私は言ってもいいの、カッチャンのことなんでも知ってるから、小さい時から頑張ってるの知ってるからって言ってて、 それと似てるっていうか、家族ってほんと全てを知ってるじゃないですか、そのプロセスを。 そうですね。 だから一瞬見て切り取って感動されたりとかするのとは全然違うなって思ってて。 なんかこう、そもそも何か感動させるために存在はしてなくて、障害のある人たちも、その人はその人の良さがあり、その人のどうしようもなさもあり、大変さもありっていうのは普通の人と変わらないと思うんですよね。 なので私本当に、おとたけさんがね、こんなこと言うとあの、なんかちょっと申し訳ないんですけど、スキャンダルで大騒ぎになったことあるじゃないですか。 ありがとうって思ってました。 あ、わかります。本当に。 そうだよねって。 そう。だって普通っていうか、だって私たちと同じスタンドに立ってる人じゃないかっていう。 そうなんですよね。だからこう、そういうところがリアルで、本当は見なきゃいけないところを見ずして、いいところだけ切り取られると、どうしても違和感が出てくると思うんですよね。 だからその山登って泣かれるっていうのも、山登って泣くのもまあ別にいいのかもしれないけど、なんかそれ以外の日常の中でその人が、こう泣かなくてもいいのに泣かなきゃいけなかった瞬間があったりだとか、悔しい思いしたりっていうところがたくさんあって、その人が成り立ってるっていうところがなんか伏せられてて、なんかこう、そこじゃないんだよなみたいな気持ちになっちゃうんですよね。 そうなんですよね。なんかこれ今二人で話しても、バックグラウンドが障害のある人と暮らしてるわけじゃないですか。だから伝えても伝えてもどっかこぼれ落ちてるかもしれないんですけど。 ちょっとね時間が迫ってきたんですけど、もう1つ重要なことが聞きたくて、兄弟時、これも言える範囲でいいんですけど、新脱の話なので、兄弟時から見た母親の存在ってどんなふうに見える?ちょっと質問がまたざっくばらんすぎて申し訳ないんですけど。 やっぱり母親って、私は自分の母親がすごく気の大きい人で、本当にうまく私たちを育ててくれたなっていうふうに思ってるんですよね。 ただやっぱ母は兄弟時である私や、障害のある妹を育てていく中で、やっぱり彼女の彼女らしさっていうのは、ある意味少し薄らいだというか、いろんなところを抑えてきたんじゃないかなって勝手に私は思ってるんですよね。 なので、なんかもっともっと彼女らしく生きてほしかったなって思うし、今もやっぱり妹や私たち中心の生活っていうのが抜けてないので、もっともっと自由にのびのびとしてほしいなっていうのが素直な気持ちです。 もうちょっと聞いていいですか?踏み込んだところまで。 例えばそのらしさみたいなものじゃないとしても、それがらしさなのかどうかわからないんですけど、兄弟にかける分配力みたいなのが、例えば妹さんにかける時間と熱量が自分より圧倒的に多いなって感じた時とかってあります? めっちゃあります。 その時どういう感情だったんですか? それは本当に小さい時は結構それで親に文句言ったり、多分泣いたことあると思うんですよね。 結局私よりも妹のことが大事なんじゃんとか言って、母親に当たったこともあるなと思うんですよね。 今思うと時間っていう意味では妹にどうしても物理的なところでかかってしまうので、そこは確かにあったしその時は寂しかったんですけど、 年をとって今振り返ると本当にそのギリギリの時間の中で私に何ができるかなっていうのは必死に考えてたんだろうなっていうのが、今になってやっとわかるっていう感じなんですよね。 じゃあ言い換えると、ミニサボ先生のキャパでは妹にばっかり時間使ってるじゃんと思ってたんですけど、 けど自分の心の容量が増えるに従って大人にこれを引きずる案件じゃないなっていうかだったっていう認識でいいんですよね? そうですね。 親としてはそこらへんすごいやっぱり気になってします。 そうですよね。 なんかそこも私個人なんですけど、あんまり母親にごめんね、あなたに時間使えなくてとか、もっとこうしてあげたかった、ああしてあげたかったみたいなことをごめんねっていう風に言われたことはなかったんですよね。 で、大人になってからは振り返ってね、あの時あんたにもっと時間作ってあげたらよかったねとかって言われることはあるんですけど、当時言われなかったんですよね。 で、それがすごくありがたいなと思っていて、小さい時の自分にごめんねお母さんこんな風に思ってて許してねって言われたら、許せなくてもやっぱり母親が引きだからそのキャパシティのない私が許さなきゃいけなかったと思うんですよね。 それは多分しんどかったと思うので、やっぱり年取ってから、いやあの時大変すぎてちょっと時間、あなたにごめんねって言われた方が私は気が楽でしたね。 そう言われてたらしんどかったと思います正直。 じゃあもう一つ聞いてもいいですか。 例えば兄弟児の子供たちって兄弟児がいない、定期発達だけで育てる子供と比べて連れ回されること多いじゃないですか。 多いですね。 それについてどう思ってたのか。 意味のわからないとか言っちゃダメだ。 マザーに行ったり、祭りごとに借り出されたりとか、よくわからないリズム教室に通ったりとか、しまった私も何やらされてんだろうと思って横でずっと眺めてたりとかしました。 あれどう思ってたんですか。 当時はよくもこんなクソつまらないものに私を借り出されたと思ってました。 当時は他の子はディズニーランドに行ったり、お友達同士どっか行ったりしてるのに、なんで私こんなとこにいるんだろうって、わりと素直に打ち切れてましたね。 それはやっぱりありました。正直、何も包み隠さず言うと。 そういう時にやっぱり自分のドロッとした部分が出てて、これ普通のうちだったらなかったんだろうなっていうのは正直思ってましたね。 でもそれも子供の時に思っただけで、将来まで引きずらなかったってことですよね。 そうですね。振り返ると、よくわからないけど出てたバザーとか、そこでいろんな人と接した経験とか、 障害のある人たちで集まって、親がいろんなこと一生懸命やってる中で、いろんな人が、うちはここが大変でねとか、うちの子、こんなところがあって困っちゃうのよみたいな会話を子供ながらに聞いていて、 なんとなくそのことの多面性みたいなのが見えてて、辛いかわいそうだけじゃなく、笑いに変えてたりだとか、それぞれ大変さの中に面白さを見つけて、生きてるんだなっていうのをそういう場で学んだので、 なんか辛いことあったりとか、妹のことで悩んでも、これ回り回って、笑える話になるのかもみたいな、ちょっと変わった視点が身についたなというふうに思ってますね。 やっぱりなんかあれですよね、なんかうちの息子をせっかくには兄弟児ではないんですけども、兄弟児みたいな雰囲気で育ってるんですね。だからなんか、今さんぼ先生の話を聞いても、うちの息子の、私の見た感じなんですけど、一歩早く大人になるっていうか、言い方がうまく伝わらないんだけども、 右ならえでいない子供になっていくっていうか、うまく言えないな、なんかそんな感じがあるというか、でもそれはすごい悪いことじゃなくて、すごくいいこと、人とは違う、うまくいかないことがあるんだなって思ってからの結構人生、辛いんだけどそこからが面白かったりするじゃないですか。 そうですね。 なんかそういうのが人を大人にさせるし、なんかそういうのなのかな、兄弟児っていうか、そっちの側面も強いのかななんて思いながら。 そうですね。なんか早めに大人になっちゃうことを、過度にかわいそうって思わなくてもいいのかなって思ったりはしますよね。 なんか結構それがかわいそうだって感じる方もいると思うんですよね。そういう兄弟がいるから、なんか早めに大人にならなきゃいけなかったんだね、かわいそうだねっていうふうに語ることもできると思うんですけど。 でも例えば、障がいのある兄弟がいなくて、人よりも先にちょっとね、いろんなものを経験したりとか見えたりしてっていうと、みんな褒めてくれることじゃないですか。いろんな人に受け付けて、ちょっとおませさんねとか、早くにいろんなことがわかってるのねって褒められたりするので、本当にそこは変にかわいそうっていうふうにならなくてもいいのかなとは個人的には思ってます。 私も思います。むしろその大人にならせてしまってかわいそうっていうのも、なんか偏った発言だなっていうか。 かわいそうかどうかは本人が決めるのでっていう。 そうそう。しかもなんか自分にはね、なんかこの行けない道があるんだ、通行できない道があるんだなっていうのは、なるべくこう人生の早い段階で知ったほうがいいじゃないですか。 で、自分のね、何て言うんだろう、持ってるルートを掘っていくっていうか、こっちの道を掘り続けてもどこにもつかないっていうのがね、わかったほうがいいっていうか。 うーんって思いました。なんかうまくまとめベタなの出た。 いや本当に、まだこういろんな複雑な感情が自分にもあるんですよね。 なんかこう説明してて自分でも、あれ、なんか言ってることとさっき言ったことと違うなって思ったりする部分もあるんですけど、 でもそれも含めて、まあそれがリアルなのかなって思ったりするようになりました。 いや本当ですね。ちょっと過ぎちゃったんですけど、あと3分だけもらってもいいですか。 全然いいです。 いいです? なんかこの前ヘラルボニーさん、私もね、ヘラルボニーさんすごい応援してて。 いやもう、もう押すしかないなって思われるわけですね。 で、なんかね、この前実際行かれたじゃないですか。 はい、大パークですね。 そう、だからちょっと聞いてみたくて。 ヘラルボニーさんの実況中継とかじゃなくて、行ってみたサボさんの感覚を知りたいんですけど、 なんかその福祉の分野で、福祉の分野でって全知識も変なんですけど、 なんかこの今後ね、そのヘラルボニーさんみたいな活動が広がっていくために何が必要なのかなとかって、 たぶん現地で考えたりしませんでした?帰ってから。 そうですね、そうですね。 なんか、ヘラルボニーさんは独自の路線で突っ走っていらっしゃるので、 もう伸びるところしか想像ができないというか、 実際にこれから本当に日本を代表するようなブランドさんになっていくんだろうなって個人的には思っていて、 やっぱりその根本にあるところが、やっぱりリスペクトがあるからだと思うんですよね。 その作品を作ってるアーティストの方に対するリスペクトがきちんとあって、 だからさっきの話じゃないですけど、この人こんなに大変で可哀想な人で、 だからこんな絵を描いてるから素晴らしいでしょっていう語り口は絶対にしないんですよね。 もう商品バーン!値段も結構いい値段バーン! いいもんだろう買ってけ!みたいな感じで結構ディスプレイされてるので、 なんかそのあたりが本質的なヘラルボニーさんのメッセージだなって私はそう思って感じていて、 なんかそれがやっぱりあるから伸びていくし、 私たち兄弟児だったりとか当事者の沙織さんみたいな立場でも、 気持ちよく応援できるっていうところだと思うんですよね。 本当ですよね。言葉の伏し伏しに見えない鍵かっこで、 障害者なのにっていうのがついてない雰囲気が素敵だなって思って。 なのでやっぱり例えば福祉とかそういったところで何かを伸ばしていこうと思った時に、 なのにとかいう感動、こういう大変な人なのにこんなに頑張ってるから偉いっていうような文脈ではなく、 その人の作品が素晴らしいとか、そういう語り口、そういうリスペクトがあるっていうところがいいになってくるんじゃないかなって思ってます。 本当に。ヘラルボニーさんだけじゃなくて社会全体がそうなるといいんだけど、 社会全体がそうなるのは難しいから、ああいう方々が先陣切ってもらうのすごいいいなと思っていて。 本当にヘラルボニーさん出会った時に、私一発目に思ったのが悔しいと思ったんですよね。 例えばどこで? 例えば小さい時にいわゆる障害者のバザーみたいなのに借り出されて、 自分もその横で立ってお手伝いとかしてた時期もあるんですけど、その時にも思ってたんですよね。 本当に小さい時のミニサボが思ってたことなので、そこにぜひ皆さん怒らないでいただきたいんですけど、 ダサいなと思ってたんですよ。 私もそれを言って欲しかった。 誰も欲しくないよって思ってたんです。 やっぱり多感な思春期で友達にどう見られるかとかすごく気になる時期に、 福祉の温かいっていうイメージが、確かにそれはそれですごく味わい深いっていうのは歳をとればわかるんですけど、 少女子のミニサボは友達に見られた時に格好悪いじゃんって素直に思ってたんですよね。 だからもっと格好良いものが出てれば、もっとみんなが欲しくなるようなものが売ってるんだったらもっと堂々としてられるのにっていう、 すいませんお願いします、お手伝い、皆さんの応援をお待ちしてますみたいな感じでペコペコして、 大人たちを見て、謝ることでもないし、こんなにペコペコしなくてもいいし、もっと格好良くいてよってちょっとイライラしてた部分があったので、 なので何かそれでヘラルボニーさんが出てきた時に、格好良いって思って、 あの時の私がもしこれがあるって知ったら、もっと堂々と立ってたのになって思ったりします。 いやーわかります。なんか私も持ってることもちょっと喋ってもいいですかね。 どうぞどうぞ。 なんか私娘が早い段階で自閉稽古が強くて、ちっちゃいんだけどやっぱりもうこの子はちょっと違うってのが分かってしまって集団の中にいると。 でもその時もねキーワードはオシャレだなって思ってて、私は全然オシャレにあんまり興味がないんだけれども、 この子はお風呂が大変だからといって髪を短くとかするとか、もう何でもいいから着れるものを着るとかじゃなくて、 やっぱりオシャレでいることが友達も寄ってきてくれやすいし、まず何よりもかわいそうに見えない。 周りがさっきずっと語ってたように。だからねそのオシャレであるっていうのは結構その生涯福祉の世界にとってはなんか本当に大事なキーワードだなぁなんて私はずっと思ってて。 だからねえヘラルボニーさんすごい本当応援したいなって思ってて。 本当になんか、やっぱりちょっと自分の中でずっと何かこう自分の抱えているものを形にしたいなと思ったりだとか、 何か妹のためとか妹と同じような立場の人たちのために何かできることあるのかなって頭をよぎることはあったんですよね。ずっとしてこなかったんですけど。 なんかその時にやっぱりヘラルボニーさん出てきて、私もこういう生き方もあったんだなっていうので、ちょっとジェラシーを感じましたね。 時代が進んでるんですよねそうやって。 だから私もこういう変な話、それもまた一つのレッテルなんですけど、こういう兄弟児だったらよかったのかなとかっていう気持ちになったりします。 ただまあ私は私の形でヘラルボニーさん応援しながら何か次の形があればいいなっていうふうに思ってますけど、ちょっとね悔しかったですね。 かっこよすぎてずるいよね。 いや本当ですよね。あれはずるい。確かにずるい。 佐保先生最後にもう一個だけお願いしていいですか。すごいこと言っていいですか。 はい、どうぞどうぞ。 なんかもう時間過ごすぎたったんですけど、なんか質問が来てて。 質問が来てて、で私今車の中に老眼鏡を外れて見えないんですけど、これ佐保先生読める? 読みますか私。 お便り読みますね。長男が… 大丈夫です。 伝説の老眼鏡を忘れて読めない。 笑っちゃダメですね。読ませていただきます。 お便りです。長男が発達障害で下のお二人は我慢と諦めを早めに身につけてしまった気がします。 佐保さん、諦めたことは多いと思っていますか? あんまり我慢したっていうふうには自分は思ってないんですよね。 その両親が割とそういうふうに感じさせないようにすごく気を配ってくれたなっていうのはこの年になって気づいたんですけど その時は全然わからなかったんですけど気をつけてくれてたので あんまり諦めとか我慢っていうのはしてこなかったなって思ってて ただ、別にこれ障害のある妹がいるからどうこうっていうことではなく 家族で厄介な人っているじゃないですか。頑固なお父さんとかちょっとわがままな妹とか いると思うんですよ皆さんのご家庭にも。 それと一緒でうちの真ん中の妹はこだわりがすごく強くて 同じ時間に同じスケジュールで動かないと結構イライラしちゃうんですよね。 どうしてもそういった発達の部分で。 それ聞きたい聞きたい。どう思ってたんですか? いやもう本当にそれは障害があるない関係なく 本当に妹としてめんどくせーなと思ってたんですよ。本当にめんどくさいと思って なんでいつもこの時間になると私たちは家に出てても帰るとか言い始めて 帰るってここまで来て帰るってみたいな。めんどくさいみたいな 帰るの?せっかく来たのにみたいなのは何百回やってきてるんですよね いまだにこの年になってもやるんですよさえ 家族でみんなでご飯食べてても帰るとか言い始めて それもなんか私は兄弟時だからこういうことが起きてて我慢してるっていうよりは 彼女がそういうキャラクターだから大変っていう捉え方なんですね だからうち父親もまあまあ頑固で Going my wayな人なんですよね なので正直そこと変わらないというか それはね私みなさんどう思ってるかわかんないんですけど 私はすごい救われていて うちの娘がそうなんですよ せっかく遠出してやっとここまで来て よし今からね楽しいことしようって時に帰るって言うんですよ 私は母親だからマジでとは思うんだけど 合わせた方が後が自分が楽っていうのはあるんだけど 他の人たちどう思ってるんだろうなっていうのがすごくあったから 私それで小さい時とかは親困らせましたよ多分 妹が帰るって言って私が帰らないって言って 喧嘩して親がどっちでもいいからとにかくここで喧嘩するのやめてみたいなこととか 多分あったと思うんですよね でもそれも兄弟時だからそういうことがあったっていうよりは 頑固な妹がいたからそういう人生だったっていう風に自分は思ってるので 多分普通の家庭というか兄弟時とか障害のある兄弟っていうのがいない家でも 同じようなことってあるんじゃないかなっていう風に思ってます 今それと付随してなんですけど さっきからっていうかたまに親を困らせたって言われるんですけど 私がもし自分の娘がサボさんだったら 竹の割ったようなスパンとした性格に救われるというか お腹の中閉じ込めてかけでしくしく泣いてたら それは余計に本当ごめんって思っちゃうから なんで帰らないといけないの?みたいなことを言ってくれる子だと それは多分お母様救われたんじゃないかなって勝手に想像していて そうだといいなって思います でも本当に実はこのお話を沙織さんとするよって決まった時に 母にも一応報告したんですよね こういうことがあってちょっとお兄弟としての話しようと思うんだよねみたいな話をして 私自由気まま好き勝手生きてきたじゃないみたいな話をしたら そうねって言われて 兄弟児としてあんまり理想的なというか社会が求めるような兄弟児の生き方をしてこなかったし お母さんが自由にしなって言った言葉に甘えて 好き勝手やってきたよねって言ったら そうねって言われて こういうことがあって話しようと思うんだよねって言ったら お好きになさいって言われて ひたすら笑ってました いいのお母さんねこれで満足 これで私の子育て満足よって言ってたので それにどんな思いがあるのかわからないですけど とりあえず満足みんながしてるのがいいかなと思ってます なんか素敵なご家族ですね本当に でも本当にいびつなところをみんなでバランスよくなんとか走ってこれたなと思ってるので 今もしこれお聞きの方とかで うちはそんな風にいかなくて なんかいろんなこと悩んじゃうなとか うまくいってないなって思われる方いるかもしれないんですけど そこを通った先の今私なので もしかしたらこんな風になっちゃうかもしれないっていうところで 全然今のところだけを見て 何かショックを受けたりとか がっかりしないでほしいなって思います すごいみんな励まされるメッセージだと思います そして最終形態がこれで大丈夫なのかっていう話があるので 大丈夫ですそこまで行かれたら万々歳ですよ本当に でもあんまり障害のある人の話をしたりとか 兄弟子の話になるとどうしても話がどんどんヘビーになっていってしまうので それはしょうがないしそういう部分はどうしてもあるなと思ってるんですけど やっぱどこかちょっと面白おかしく捉え直すことができるっていうのも 一つ大事なのかなと思ってます 本当に本当に佐藤先生ごめんなさい 赤ちゃんいらっしゃるのに今気づけば50分ぐらい喋っちゃってて 大丈夫ですそのためのカルシウムがスタンバイしておりますので すみませんよろしくお伝えください みんな興味あったのか本当に200人近くの方が来てくださってて ありがとうございます 美味しいマークもとびっぱなしで本当にありがとうございました 本当にあくまで私個人の話なので皆さんいろいろ怒らないでくださいね みんなが怒るわけじゃないです私はこんな風になっちゃいましたけど ぜひ何かの足しになればっていう感じで喋ってますので 何もこれが正しいっていう形でもないなと思ってて いっぱい話させていただいてありがとうございました なんか本当にもうこれ以上喋りにやめとこう 本当にありがとうございました 皆さんも本当にありがとうございました 失礼します ありがとうございました # 終わりのあいさつ はい、いかがだったでしょうか。すごくたくさんの方に聞いていただいたので、アーカイブもたくさんの方に届くといいなぁなんて思っております。 サボ先生のチャンネルはURLが出ましたらこちらのね、あのチャプターに貼っておきたいと思いますので、ぜひチェックしてみてください。 私のチャンネルでは我が家の自閉生児2人と一人親の暮らしの中で、私が経験というフィルターを通しながらお話をさせていただいております。 もしよければフォローしていただけますととっても嬉しいですし、いいねやコメントもお待ちしております。 そしてプレミアム放送もしております。通常放送よりも一歩踏み込んだ通常放送では語り尽くせない話を話しておりますので、皆さんぜひ遊びに来てやってください。 Webカラーの方が400円お得になります。それでは今日もいい1日にしていきましょう。さようなら。 もっと見る対話の本棚(旧:特別支援の本棚)プレミアム放送配信中!00:171.初めのあいさつ01:042.オープニング52:433.産婦人科医sabo先生に伺う「きょうだい児」もお話し00:514.終わりのあいさつhttps://voicy.jp/channel/4594/6613230コメント感想・質問・応援メッセージを書こう 尚香2025年4月17日先日も、心のこもった返信ありがとうございました。saboさんの障害児の兄弟との生活の本音トーク貴重でした!それで思い出したのですが、高校3年当時の進路指導の先生が、娘に障害児教育がある大学を進めてきたそうです。娘は家にも障害児がいるのに、もう沢山。なんで進めてくるんだ!と本音を漏らしました。娘の言葉に少し寂しさを感じたが、本人が自分の人生を生きたいんだという強い意思を感じたし、そうあって欲しい。兄弟に障害児がいるから、勉強して世の中や家族に貢献。それは世間が求める美談なのかもしれません。3返信 まー2025年4月16日対談ありがとうございました。楽しかったです。私自身のきょうだいは障がい児はいませんが、親戚に複数人いるので他人事では無いと感じてます。当事者のご家族の本音の対談は、お聴きできる機会はあるようでなかなか無いので、ありがとうございました。2返信 モンブラン2025年4月15日遅くなりましたが、さおりさんお誕生日おめでとうございます😊sabo先生はとてもエネルギーの塊のような方だなと思いました。sabo先生のお話は個人の感想と言えども、きょうだい児の意見として参考にしたいものばかりでした。特に印象的だったのは、好きだから妹のお世話をしているのに周りからみるときょうだい児だから世話してると思われるという所です。好きでお世話してるという可能性を考えてもみませんでした。母親としてきょうだい児である娘に娘らしく生きていけるようにサポートしていけたらいいなと思います。5返信 マリリン2025年4月15日Wさおりさん対談第二弾を楽しみにしてました😊このコメントをすることで誰かを傷つけないかとかなり躊躇したのですが、今は時代も変わり、認知の仕方も変わり、何より私自身が、嫌な思いをした事のある方がいたら少しでも心を寄せたいと思ったので勇気を出してコメントいたします。私には重度障害者の兄がいます。子供時代は周りに恵まれ、人から受ける嫌な記憶はほぼありませんでした。ただ結婚する時に夫の両親から、あなたの兄はいない事にしてくれ!と言われ、その事は今だに根に残っています。続きます↓6返信 マリリン2025年4月15日(続きです)同時に私自身にも腹立たしさを残しています。罪のない兄をそのように言われた事がかなり悔しかったのに、若さゆえか、その時の時代背景なのか、直接反論できなかった事、今だに悔やむ気持ちがあります。でも、今や、さおりさんを始めvoicyで色々な方の今日のような放送やヘラルボニーのお話などを聴くと、そんな後悔より今に目を向けられ、みんなで一緒に考えていける事に心も晴れ晴れとなります。これからも放送楽しみにしています🍀😊7 ヨッシー2025年4月15日さおりさんこんにちは✨sabo先生にする質問が息子さんの事が心配で仕方がないという気持ちが痛いほど伝わってきましたそれに対するsabo先生のお答えもとても素敵で聴いていて救われました😊とても素敵な対談ありがとうございました😊老眼鏡忘れてコメント読めなくてsabo先生に読んでもらう(笑)流石さおりさん👍️また伝説を刻みましたね(笑)😆👍️6返信 もっと見る
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saboさんの障害児の兄弟との生活の本音トーク貴重でした!それで思い出したのですが、
高校3年当時の進路指導の先生が、娘に障害児教育がある大学を進めてきたそうです。
娘は家にも障害児がいるのに、もう沢山。なんで進めてくるんだ!と本音を漏らしました。娘の言葉に少し寂しさを感じたが、本人が自分の人生を生きたいんだという強い意思を感じたし、そうあって欲しい。
兄弟に障害児がいるから、勉強して世の中や家族に貢献。それは世間が求める美談なのかもしれません。
私自身のきょうだいは障がい児はいませんが、親戚に複数人いるので他人事では無いと感じてます。
当事者のご家族の本音の対談は、お聴きできる機会はあるようでなかなか無いので、ありがとうございました。
sabo先生はとてもエネルギーの塊のような方だなと思いました。
sabo先生のお話は個人の感想と言えども、きょうだい児の意見として参考にしたいものばかりでした。
特に印象的だったのは、好きだから妹のお世話をしているのに周りからみるときょうだい児だから世話してると思われるという所です。好きでお世話してるという可能性を考えてもみませんでした。
母親としてきょうだい児である娘に娘らしく生きていけるようにサポートしていけたらいいなと思います。
このコメントをすることで誰かを傷つけないかとかなり躊躇したのですが、今は時代も変わり、認知の仕方も変わり、何より私自身が、嫌な思いをした事のある方がいたら少しでも心を寄せたいと思ったので勇気を出してコメントいたします。
私には重度障害者の兄がいます。
子供時代は周りに恵まれ、人から受ける嫌な記憶はほぼありませんでした。
ただ結婚する時に夫の両親から、あなたの兄はいない事にしてくれ!と言われ、その事は今だに根に残っています。
続きます↓
同時に私自身にも腹立たしさを残しています。
罪のない兄をそのように言われた事がかなり悔しかったのに、若さゆえか、その時の時代背景なのか、直接反論できなかった事、今だに悔やむ気持ちがあります。
でも、今や、さおりさんを始めvoicyで色々な方の今日のような放送やヘラルボニーのお話などを聴くと、そんな後悔より今に目を向けられ、みんなで一緒に考えていける事に心も晴れ晴れとなります。
これからも放送楽しみにしています🍀😊
sabo先生にする質問が
息子さんの事が心配で仕方がない
という気持ちが痛いほど伝わってきました
それに対するsabo先生のお答えもとても素敵で聴いていて救われました😊
とても素敵な対談ありがとうございました😊
老眼鏡忘れてコメント読めなくてsabo先生に読んでもらう(笑)
流石さおりさん👍️
また伝説を刻みましたね(笑)😆👍️