TOPライフスタイル子育て対話の本棚(旧:特別支援の本棚)#1347 自由でいるには強さが必要「赤毛のアン」から考えてみたら18:20 10月13日 499再生 問題を報告する 再生する シェアする AI目次「自由」を巡る幼少からの問い『赤毛のアン』に見た自己を貫く強さ自信がなくても自分を表現する困難「借りてきた自由」の罠とは?自己を決定する自由へ辿り着く道AI文字起こし(β版) # お知らせ:オフ会/第2回culture & dialogue おはようございます、沙織です。このチャンネルは日々の暮らしや子育て、障害児育児やシングルマザーの経験を通して感じたことを、私なりの言葉でお話をしております。 今日はですね、自由って強さが必要なんだよなってお話をしていくんですけれども、その前に2つほど短く手短にお話をさせてください。 1つ目はですね、11月22日にVoicyパーソナリティのCKさんと都内でオフ会をします。合同オフ会をします。 この参加条件が私かCKさんのどちらかのプレミアム放送に入っていることとなります。 そのお知らせ放送をですね、プレミアムにはなるんですけれども、先日しておりまして、そこに申し込み方法なんかも書いてあるんですけど、その放送のURLをこちらのチャプターに貼っておりますので、 もし参加したいなって方がいらっしゃったらプレミアム入って、そちら聞いてみて、申し込みしてみてください。 それともう1つお知らせはですね、明日の朝8時から早い時間なんですけど、Voicyパーソナリティの植岡真子さんと第2回目のカルチャー&ダイアログを何をするのかっていう説明をさせていただきます。 このカルチャー&ダイアログ何かというと、私と真子さんで考えたイベントシリーズでカルチャーを元に、何かカルチャーを摂取しながら対話を紡いでいくっていう素敵な会なんですよね。 これが12月12日に行います。第2回目なんですけど、何をするのかっていう詳細だとか、申し込みなんかを、サイトなんかを皆さんにご紹介させていただきますので、もちろんアーカイブも残すんですけども、ご都合がつけば皆さん聞いてみてください。 それでは本編にいってらっしゃい。よろしくお願いいたします。 # 自由でいるには強さが必要「赤毛のアン」から考えてみたら さっそく本題の自由でいるには強さが必要という話をしていくんですけど、私は昔から自由についてすごく考えることがあって、それはおそらく私が何にも縛られたくないというか、そういう欲望があるというか、何にも縛られない状態の自分をしてみたいという、そんな欲望があるからなんですよね。 ちょっと意味がわかんないかもしれないんですけど、例えて言うと子供時代から社会人になった時に働いて稼いだお金は全部自分のものだし、一人暮らしの空間も自由にしていい空間じゃないですか。 そんな時に、そうだ今日から私は社会人になって自由を得たんだって思うかもしれないんだけど、でも実はその背景には、稼がないといけないという縛りがまだあるし、稼いだお金の中でしか自由にいれないという縛りがある。 そして一人暮らしの空間は自由に見えていて、住む場所だとか住んだ空間とかも、そのある形の中、ある場所の中で、そして自分が稼いだ中、そして職場との距離感の制約の中で私たちは何かを選んでいる、何かの括りの中で自由でいるというものなんですよね。 だからもう一歩引いてみると、私たちがやっと手に入れた自由だと思っているものは、やっぱり何かの縛りの中にいたりする。こういうことって今まで生きてきた中ですごく多いなって感じていたんです。 私はまだ本当の自由ってものにはおそらく出会ったことがない。何でそんなに簡単に自由を手にすることができないのかというと、自由っていうのはおそらく強さだとか力だとかがすごくいるんだろうなって思っていたんです。 それがですね、今回ドラマを一つ見たらやっぱそうだよなって思うことがあったので、まずそのドラマの話からしていきますね。 私、先週インフルエンザで混んでいたんですよ。本当にインフルエンザってしんどいんですね。もう意識がもろうとするし、目も開けてられないしみたいな状態だったんだけど、私は何か作品を見るっていうのがすごく好きなので、それはドラマであったり映画であったり、あと小説であったり絵だったりとかね、誰かが作ったもの、生み出したものを見るのがすごく好きなので、 インフルエンザなのに病的なんですけど、病人といえば病人で、病人の中のさらに病的なんですけど、意識がもろうとする中でネットフリックス見たりUNEX見たり、あともう目も開けてられないようになると横でスマホを置いてオーディブルを流して小説を聞いたりとかずっとしておりました。 時間だけはあるもんだからたくさんの作品を見たんですけど、その中でネットフリックスにあったアンという少女っていうものを見たんです。これ映画ではなくてシーズン3まで出ているドラマなんですよね。 何を現代にしたドラマかというと、赤毛のアンなんです。皆さん多くの方はこれ聞いただけでわかると思うんですけども、簡単に説明しておくと、赤毛のアンというのはカナダの作家ルーシー・モンゴメリが1908年に発表した自動文学となります。 私は小さい頃からこうした自動文学大好きで、この赤毛のアンに至っては一番最初に摂取したのがおじいちゃんが買ってくれたカラーの絵本だったと思います。絵本で見てその後ハウス作劇場かアニメで見たのが2回目。 続けて少し大きくなると小説でも読んだし、とにもかくにも繰り返し読み続けてきた作品なんですよね。知らない方のために簡単にあらすじをお伝えしておくと、これはカナダの作家ルーシー・モンゴメリが1908年に発表した自動文学です。 主人公は両親のいない猫児になってしまった少女アンシャーリー。このアンは本当に想像力が豊かだし、おしゃべりだし、感情がすごく激しいし、そうした自分自身の持ち合わせた性格によって失敗もたくさんする女の子なんですよね。 この子児だった彼女が本来は男の子を引き取る予定だったマシューとマリラという兄弟の下に手違いでやってくることになりました。このマシューとマリラは年も重ねているし、老夫婦に見えるんですけど実は兄弟なんですよ。 実在するカナダのプリンス・エドワード島に住んでいる老夫婦の兄弟です。ここにアンが男の子だと勘違いされて手違いでやってきます。一度はこのマシューとマリラはアンを送り返すんですけど、間違いでしたよ、男の子が欲しかったんですよということで送り返すんですけど、いろいろあって、ここを割愛しますけど、アンはマシューとマリラの下に戻ってきて、マシューとマリラの下で成長を遂げていくんですよね。 作品の中ではこのアンの成長がメインテーマとなって描かれていくんですけど、彼女は端的に言ってしまうとおてんばなんですよね。 おてんばっていうのはエネルギーが有り余っているからとか、体力があるからとか、男勝りだからおてんばっていうそういうシンプルなものではなくて、私から見たこのアンのおてんば加減というのは、彼女が自分は自分でいたいという気持ちがすごい強いからなんじゃないかなって思いました。 最初にも述べたんですけど、これ1908年に発表された児童文学なので、今よりも100年近く前の作品じゃないですか。だからすごく保守の時代だったと思うんです。 この保守の時代に、アンは女の子はこうするものとか、こういう人間であるべきとか、子供はこういうものだとか、そんなふうに言われても大人たちからなかなかそこに収まることができないんですよね。 それはシンプルに何かから解放されたがっているっていうことじゃなくて、親に縛られたくないとか、社会に縛られたくない、学校にも縛られたくない、誰にも指図されたくないみたいなね、そんな何かから解放されたいという気持ちとはちょっと違う。 アンは自分の中にあるすごく大事な架空みたいなものを自分のまま表現し続けたいっていう思いが強くて、そのせいで少しおてんばっていう形で描かれているんじゃないかななんて思いながら見ていました。 アンっていうのは保守の時代に、しかもとても田舎であるプリンス・エドワード島の中で、すごく悪い表現を使うと、少し下に見られがちなんですよね。 それはなぜかというと、もともと孤児だったとか、養子もそんなに短齢ではない。赤毛のアンって言われるくらいだから、赤毛にすごくコンプレックスを持っているんですよね。 あと周りの子どもたちからすると、やっぱりよそからやってきた転校生なわけなんですよ。こんなふうにネガティブな事象が重なると、自分に自信がなくなって当然ですよね。 アンも右に同じく自分に自信はないんです。ないんだけども、自分の中にある縛られたくないみたいな思いを自分は自分のままを表現したいって思いがすごく強くて、 みんながAだって言っても、アンはBだと思う。私はBでいたいとか、はっきり言うんですよ。 私はこれを見て、もともと自分に自信がある人が自分を表現するのって、そう難しくないことだと思うんですよね。 だって自分に自信があるから。でも自分に自信がない人がみんなの中で、みんなと例え意見が違ったとしても、 いや、私はみんなと違う意見で、私はこうだと思うっていうのって、すごく強さだなって思うんです。 そうした強さを持った人にしか自由ってね、得て掴んでいくことができないんじゃないかなって改めて思いながら、そんなことの連続のこのドラマを見ていたんですよね。 こんなアンの姿を見て、私は改めて自分にとっての、私にとっての自由ってなんだろうって、再びインフルエンザで意識が朦朧とする中考えていました。 それはなぜかっていうと、よく自由って言うと、自由って何かみたいな話になってくると、 みんなね、みんなっていうか私がそうなんだかもしれないけど、何かに縛られないことを考えてしまいがちじゃないですか。 例えば、仕事に縛られないとか、人間関係に縛られないとか、恋愛とかパートナーに縛られないとか、世間の価値観に縛られないとか、 何かそうやって自分を縛っているように見えているものから解放されれば、自分は自由が手に入れられるような気がしていて、 そういうものを自由と呼んでしまう気がある気がするんですよね。 でも今回案を見て改めて考えたのは、何かそういう自由って私が本当に欲しい自由なんだろうかっていうのを改めて考えました。 ちょっとチャプター変えますね。 # 自分なりの自由を考えたい 例えばですけど、私がそういうふうにありたいわけじゃないんだけど、 縛られたものの中から自由を見出していく人っているなって昔から思っているんです。 それは何かというと、例えばフリーランスとか企業対会社員で考えたときに、 皆さんはどちらが自由に感じますか? おそらく圧倒的にフリーランスとか企業の方が自由に思ってしまう人って多いんじゃないかなって思います。 でもおそらくフリーランスとか企業には、自分で仕事を取っていかないといけないとか、 自分でお金を稼ぎ出さないといけないとか、 従業員さんの暮らしを守らないといけないとか、すごい責任がついていきますよね。 自由と思っていたんだけど、すごい制約があり、 全然暮らしが自由にならないというケースもあると思います。 でも一方で会社員というのは不自由の塊にも思えるんだけれども、 例えばいい上司に恵まれて、今回のこの企画を任せるから自由にやっておいでって言われたら、 会社という安定した守られたものの中である程度自由にできる人っていると思うんですよ。 そうなってくると、本当の自分にとっての自由って今はどっちなんだろうって考えることができますよね。 言葉だけでフリーランスとか企業とか会社員とかでどれが自由なのかって考えるんじゃなくて、 本当の自分にとっての自由って何なんだろうって考えることができます。 あと恋愛とかもそうですよね。 例えばですけど、私の両親たちの時代って自由恋愛よりもお見合い結婚みたいなことが多かったと思うんです。 それは今の自由恋愛というのは自分で好きな人を探してその人と結婚するというものなんですけど、 昔のお見合い結婚とかは結婚相手を自分で選べないこともあった。 それは今の私たちから見るとすごい不自由なことです。 でも不自由の中なんだけども、悩まなくて済んだと思うんですよね。 誰と結婚しようとか、結婚しない方がいいのかとかね、もっと別の人がいるんじゃないかとかね。 今の私たちほど、この結婚というものでパートナーシップというもので悩まなくて済んだ人もいたんじゃないかと思う。 もっと言うと、今の時代だと結婚できないような恋愛弱者の方々が、親が決めてくれるおかげで結婚というものをして、 そこで子供を設けて自分の望んだ人生を手に入れることすらできていた人たちが結構いたんじゃないかなと思います。 あともう一個くらい例を出しておくと、学校だってそうですよね。 学校ってすごく縛られたようでいるし、縛られてはいるんだけども、決められた時間に学校に行って決められたことを勉強する。 これはすっごい窮屈なんだけども、私は窮屈ですよ。 だけども、逆に私は何をしたらいいんだろうって途方に暮れなくても済む子もいると思うんですよね。 今言ったこの例は、昔の方が良かったっていうことじゃないんですよ。 私はどんどん時代は良い方に進んでいけばいいと思っているんだけれども、 でも私たちが考えている、縛られないっていうのは自由と直結しないかもしれないし、 あと自由って必ずしも幸せとイコールで結ばれるものではないんじゃないかなっていうことが言いたかったし、 あと自由には自分で引き受けるとか、自分で選ぶとか、自分で責任を持つとかっていう大きなものもついてくるんじゃないかなって改めて考えていたところです。 そういうのを考えてきたら、やっぱり私は借りてきた自由みたいなものにがんじがらめになっているなって改めて思いました。 例えばですけども、好きな仕事をするのが自由だとか、好きな人と恋愛するのが自由だとか、会社に縛られないのが自由だとか、 いろんな全く何者にも縛られないことを自由って思っている節がまだまだ強いし、 その自由はとても楽だと思っていたりします。 でもさっき言ったみたいに本当の自由を手に入れるっていうのは、 あんがそうなんですけども、あんは自分を自分でいたいっていうこの自由みたいなものがすごい強いからすごい悩むんですよ。 立場的に弱いあんはすごい苦しむんですよ。すごく失敗もする。 だけどそれら全部引き受けるんですよね。引き受けるって強さがそこにあると思うんですよね。 だからあんは自分が自分でいるっていう自由のためにたくさんの苦しみを引き受けています。 だから私たちって簡単に自由イコール幸せとか自由イコール縛られなくて楽とか思いがちなんだけども、 本当の自由って何なんだろうみたいなことを改めて考えた次第です。 私は借りてきた自由みたいなものにいいイメージを抱いて勝手にそっちの方向に進もうとしているんじゃないかなって今回改めて考えたかったですね。 考えたというよりは、年齢も年齢だししっかり考えたいなって思いました。 でもそんな中で私はやっぱり自由ってものを見てみたい。 だから私なりの自由を手に入れるために私が何だったら強く入れるか、何だったら強さを持ってして自分の求めている自由を耐えていけるのかみたいなのをすごく考えた作品でしたね。 とても面白かったです、あんという少女。 私今までさっきも言ったんですけど、赤毛のあんをこれまでに人生で何回も呼んできたって言ったじゃないですか。 これまではずっとあんという破天荒な少女の成長のサクセスストーリーだと思っていたんですよ。 でもこうやって年齢を重ねたからなのか、あんという少女っていう脚本がすごく素晴らしいものだったからなのかはまだ分析してないんですけど、 この赤毛のあんにはたくさんの課題、今社会に見え隠れする貧困だとかジェンダー問題だとか、さっき言った強さとか自由とかそういう課題がいっぱい見え隠れしてるなぁなんて改めて思っていたところです。 最後の方になってまた話がそれそれになってきたんですけれども、もう一度まとめておくと、私は自由っていうのは強さが必要だって思いました。 死ぬまでに一度自分にとっての自由っていうのは何なのかをもう一度考えてみたいって思いました。 自由っていうのは何かから逃げたいのかじゃなくて、私は何を選びたいのか、何なら自分で選んだ不自由としてのを引き受けてもいいのかだとか、誰にも褒められなくても私は何がしたいのかみたいなそんなところから考えて、 最終的には何者にも縛られない自由とかじゃなくて、自分自身が何を大切にするかを自分で決められるっていうそういう自由をね、とことん突き詰めて少し考えたいなぁなんて思っている次第です。 これ案を見て改めて考えたんですけど、もうね、2、3年前からずっと考えているんですよ。だから、なんか、自分は自分でいたいなっていう、自分を自分でいさせるためには何が必要なのかなみたいなのをしばらく頻繁に考えているところです。 はい、というわけで今日は三連休明けた火曜日、いい一日にしていきましょう。さよなら。 もっと見る対話の本棚(旧:特別支援の本棚)プレミアム放送配信中!01:391.お知らせ:オフ会/第2回culture & dialogue09:102.自由でいるには強さが必要「赤毛のアン」から考えてみたら07:313.自分なりの自由を考えたいコメント感想・質問・応援メッセージを書こう 土屋綾乃10月13日「自由」って何だろう学校でもよく道徳などで考えるテーマですが、答えにはなかなか辿り着けません💨強ければ自由ということではないけど、強さは必要ですねこう在りたいという自分があるのが大前提なのかも🤔2返信 こんな夜更けにオハナかよ🍌めめ✏️note更新中10月13日さおりさん体調は戻られましたかどうかお大事になさってくださいね☺️2返信 こんな夜更けにオハナかよ🍌めめ✏️note更新中10月13日アンという名の少女、私も最近夢中になって観ました😚アンの姿を見ていると、子供時代の自分はアンのように、自分の気持ちにまっすぐだったなと思い返すことができました。男の子や先生に、立ち向かって行ったり、感情そのままで泣いたり怒ったり、冒険したり。そんなことを思い出させてくれる作品でした。それなりの苦労も経験し、よくいる大人の1人になりましたが、作品を見ることで、あの頃の無邪気な気持ちを思い出すことができ、ときどき見返したくなる作品です。2返信
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学校でもよく道徳などで考えるテーマですが、答えにはなかなか辿り着けません💨
強ければ自由ということではないけど、強さは必要ですね
こう在りたいという自分があるのが大前提なのかも🤔
どうかお大事になさってくださいね☺️
アンの姿を見ていると、子供時代の自分はアンのように、自分の気持ちにまっすぐだったなと思い返すことができました。
男の子や先生に、立ち向かって行ったり、感情そのままで泣いたり怒ったり、冒険したり。そんなことを思い出させてくれる作品でした。
それなりの苦労も経験し、よくいる大人の1人になりましたが、作品を見ることで、あの頃の無邪気な気持ちを思い出すことができ、ときどき見返したくなる作品です。