TOPライフスタイル子育て対話の本棚(旧:特別支援の本棚)#1348 離婚を決められなかった私を、少しずつ動かしてくれたのも26:56 10月14日 821再生 問題を報告する 再生する シェアする AI目次なぜ離婚を決断できなかったのか?私の2017年「やればできる」の呪縛と自己決定の喪失転勤生活の孤独と「逃げ」への罪悪感人生を変えた“相談”への困難な第一歩自分の気持ちを取り戻した“相談”の真価AI文字起こし(β版) # 初めのあいさつ おはようございます、さおりです。このチャンネルは日々の暮らしや子育て、障害児育児やシングルマザーの経験を通して感じたことを、私なりの言葉でお話をしております。 今日はですね、Voicyさんのウィークリーハッシュタグ企画2017年の私ってのがありましたので、こちらをお借りしてお話をしていこうかなと思います。 この2017年っていうのはですね、私の人生にとっても大きな分岐点となるような年で、私が離婚してシングルマザーになった年なんですよね。 なので今日はタイトルとして、離婚を決められなかった私を少しずつ動かしてくれたものっていう話をしたいと思います。 もちろん元旦那さんっていうね、パートナーあることなので、私たちの夫婦関係などについては相手が傷つくようなことは言わないんですけれども、 私自身の気持ちにフォーカスして、なぜなかなか離婚したいのに決められなかったのかだとか、 その中にあったガチガチだった私の自身が自分の感覚を取り戻すまでみたいなお話をして、 離婚に限らないんですけれども、誰かもしね、今自分の気持ちとは裏腹に、自分はこうしたいのになぜか決められないとか、 その理由として何か自分の中にあるガチガチの心みたいなものがあるんだとしたら、 そうしたもののところに何となく届くものがあれば少し嬉しいなぁなんて思ってお話をしていきたいと思います。 はい、そしてそんなお話を話す前に2つほどお知らせをさせてください。 今日の朝8時から吉岡真子さんと12月12日に都内表参道でやるカルチャー&ダイアログ第2回目、 何をするのかっていうことだとか、申し込み方法なんかを生放送でお話をしていこうと思っておりますので、 もしよかったら聞きに来てください。アーカイブも残しますので、アーカイブ聞いて参加してもらえる方がいっぱいいたら嬉しいなぁなんて思っております。 あとはですね、11月22日にVoicy PersonalityのCKさんと都内で合同オフ会をします。 その詳細について話したですね、放送のURLをこちらのチャプターにリンク貼っておきますので、もしよかったら聞いてみてください。 ただですね、参加条件がプレミアム放送加入の方、どちらかね、私かCKさんどちらかでいいのでプレミアム放送加入の方となりますので、 このオフ会のためだけのプレミアム放送参加でもいいですので、もしよかったら加入して聞いてみてください。 はい、というわけで本題行ってみましょう。どうぞよろしくお願いします。 # 2017年の私 はい、改めましてなんですけど、私はですね2017年に離婚をしました。 当時私は37歳か38歳、30代後半で体力はかなり衰えてきてはいるんだけど、30代後半ってねまだまだ結構なんでもできますよね。 しかも私ね子供時代から運動にはすごい自信があったので、体力的にはねすごいエネルギーが有り余っていたなぁなんて、今振り返ると思います。 で、知能どうだろうっていうと、30代後半というとね、いろんな知見が頭の中に入ってきているし、 その入ってきた知見を自分で必要なものとそうでないもの、取捨選択する力も備わってきている。 なんかそんな時期だったなぁってこう振り返ってみると思います。 けど心どうでしょうか。 心っていうのはですね、年齢で結構こんな感じだよねってざっくり言えないものだと思っていて、 私はですね、やっぱり今振り返ってみると、今も十分に未熟なんですけど、当時は本当まだまだ未熟でした。 自分が取って傷ついてしまったことがあった場合に、それをね全部自分で引き受ける、引き受けるんですよ。 年齢も年齢だし、母をやっている立場だしね、引き受けるんだけど、でも引き受けると心が潰れしまいそうなくらい、精神的には弱かったなぁって思っています。 で、あと子どもたちはどんなだったかというと、子どもたちはね、娘は特別支援学校に通う小学校2年生でした。 小学校2年生っていうと、体は本当に子ども、そして知能もまだまだ子どもだけど、 心ってね、意外とお姉さんというか大人になってきたなぁって感じる時期だと思うんですよ。私はそう思っていました。 児童精神論に狂わしい方に言わせると、そんなことないよって飛んでくるかもしれないんだけど、私は子育てをするものとして、なんかそんな風に感じていました。 周りのお子さんを見てもね、娘を見ていても、本当に苦しいことでしかなかなくなるんですよね。 ちっちゃい子どもたちって、転んだとかぶつけたとか痛いで大泣きするじゃないですか。 だんだんそれをしなくなるのが、しなくなった頃っていうのがあって、その頃に子どもたちはね、すごく心が発達しているんじゃないかなって、私、母親をしながら感じていたところでした。 娘もそうした傾向はあったんだけど、それとは別に、彼女はね、自閉傾向がすごい強い自閉症で、 自分の中にある感情っていうものが、何なのかがわからない。 そして、その感情を自分で気づいて形にしてアウトプットすることもできない。 辛いとかね、悲しいとか、やめてほしいとか、感情を意思にして外に訴求することができない。 だから、それってすごい苦しいことで、パニックに何回もなっていたんですよね。 だからまだまだね、人の力が、特にね、親の力っていっぱいいた時期だと思います。 で、そしてなんですよ、そんなお姉さんを見ながら成長してきた下の弟、息子はですね、幼稚園の年長さんでした。 彼もまた支援の力がたくさんいる子で、インクルーシブ教育、当時では珍しかったインクルーシブ教育を導入した幼稚園で、 下輩の先生についていただきながら、みんなと同じ学級に在籍していたところでした。 ちょうど就学相談院にかけられる年の、そういう時期で、なんか生活がごたついていたなぁなんて、今振り返ると思っています。 そんな年の半ばに、私は離婚をしました。 でも、その前に離婚したい気持ちはあったんですよね。 でも、何年も決められない時間がたくさんあった。 で、今日は、なぜ私が決められなかったのか、そしてそこからどうやって抜け出したのかをですね、 ボイシーさんにいただいた、2017年の私っていうのをお借りして、私なりに再び考えてみたので、お話をしてみたいと思います。 もし今ね、離婚を考えていたりだとか、何か決断したいんだけど、けずにいる方がいたら、 こんな人もいたんだなぁと思いながら聞いてもらえたら嬉しいです。 で、先にね、答えをお伝えしておくと、私がね、迷宮入りした中から抜け出せたきっかけっていうのは、 離婚するって大きな決断を自分自身で下したことではなくて、ある人に相談したからだったんですよね。 だからですね、相談って、本当に見てのこの相談ってなんだろうなっていうところで最後着地させていきたいなって思っています。 # 離婚を決められなかった複数の理由 いろいろ考えてみたんですけど、 私が離婚を決められなかった理由っていうのは、 一つじゃないんですよね。 たくさんあって、 たくさんの小さな理由が一つずつ重なって、 すごく私自身を縛っていたんだと思います。 それらを一部今日紹介していこうかなと思います。 まず一つ目なんですけども、 これが一番大きな原因だったんじゃないかなって思ってるんですけど、 子供の頃からですね、 やればできるのにと言われ続けて、 いつも見られている感覚がありました。 時代的にね、何か一歩踏み出すことがいいことで、 やめることは恥ずかしいこと、悪いこと、 みたいな時代風潮もあったんだと思います。 その風潮になぞらえて、親たちもそう思っていた、 大人たちもそう思っていた。 その結果として私も、 やらなきゃ、続けなきゃ、やめちゃダメだ、 みたいな思考がずっと頭にこびりついている。 きっと今でもね、迷宮入りした時苦しくなって、 視界が狭くなった時は、 その思考の頭殻が出てくると思います。 やり続けることがいいことなのか、 やめるという決断を下すことがいいことなのかというのは、 その時々で違うし、 正解がある時もあればない時もある、 むしろない時の方が多いと思うんだけれども、 その中で私にとってその思考がね、 こびりついた思考が、 どういう風に悪く影響をしていたのかというと、 私はね、やればできるのにとか言われ続けてきた結果、 自分自身がどうしたいのか、 よくわからない人になっていたんですよね。 自分の気持ちがよくわからない人間が、 自分の人生を決断していくことなんてできないんですよ。 自分の気持ちよりも、 今どうすればいいのかという、 私たちを守護にした判断よりも、 そんな大事なことよりも、 社会側にどうあるべきが正しいのかという、 社会を守護にした、 社会の側にあるような人生のレールを歩こうとしていた。 だからなかなか決断ができなかったっていうのがね、 これが本当に大きな私の決断できなかった土台だなって思っています。 これが一つ目。 二つ目何かっていうと、一つ目と似ているんですけど、 見えたように思えたんですね。 離婚をするってことは、 私はまた何かから逃げているんじゃないかなって思っていたと思うんですよね。 今思えば論なんですけど、 なんかそんなふうに思い込んでいた節があったなって思います。 これもまた育ちの問題なんですけども、 私ね、親とか大人たちからやめてはいけないって言われていたことが多かったし、 それをね、やっぱり自己決定でやめた時に、 悲しい顔をした大人たちのことを覚えてしまっていたとかいうか、 インプットをしていたんですよね。 例えばピアノです。 ピアノね、すごい期待されていたんだけど、 途中で本当に嫌になってやめたんですよね。 で、ピアノってピンキリなんだけど、 そう安いものじゃないじゃないですか。 やめた後もそのピアノがずっと家にあるんですよ。 なんかそのことに対する罪悪感だとか。 他にもやめたことがいっぱいあるんだけど、 一番最初に就職した会社がすごく大きな会社で、 氷河期世代の私にとっては周りから結構羨ましがられていた。 そこをやめるって決断した時に、 親からも、そして上司からも、周りからもめちゃくちゃ止められたんですよね。 今でこそ転職は当たり前なんだけど、 当時は転職したら大変なことになるぞみたいな感じで、 みんなに止められていたし、 結局やめることを選んだんだけど、 その時の周りの落胆した顔みたいなものが、 今でも忘れられずにいて。 やめるってことは決断じゃないですか。 決断っていう側面で見るといいことなんだけど、 でもやっぱり逃げたんじゃないかっていう感覚が私にはつきまとっていて、 だから離婚もまた逃げに思えたんですよね。 周りの誰かを落胆させてしまう逃げに思えていた。 だからなかなか決断できなかったんじゃないかなって思います。 これが2つ目。 3つ目がやっぱりお金です。 当時の私たち夫婦っていうのは完全な分業だったんですよね。 分担じゃなくて分業。 私が家事と育児を担って、 旦那さんが働くってことになってくれていました。 これが分担だったらね、 家事、育児、働くっていうものがすべて半分ずつの分担だったら、 取り婚することで足りなくなった半分を 外注したり何かに補ってもらったりってこともできたんだと思うんだけど、 分担だったからね、 稼ぐっていう力がない私にとっては、 離れたら暮らせないっていう不安がずっとあったんですよね。 その不安はかなり大きな恐怖でもありました。 だからこれが3つ目の理由。 4つ目は何かっていうと、 4つ目はね、やっぱり自分の決断が、 自分の選択がね、 間違いだったって認めることなんですよね。 何かっていうと、 結婚ってね、やっぱり自分で選んだものじゃないですか。 昔と違って自由恋愛な今、 結婚相手は自分で選んだものなんですよ。 でも、そこで離婚するってなると、 自分の選択が間違いだったって認めることもあって、 それがね、やっぱり辛かったなって思います。 今よりもプライドがずっと高かったんでしょうね。 何かそれが辛かったなって思っています。 そう、これが4つ目。 で、5つ目は、 相談できる人がいなかったってことなんですよ。 これ何かっていうと、 私ね、30歳で結婚したのかな。 30歳で結婚したんだと思います。 で、その後、 離婚するまでにすごく多くの引っ越しがあったんですよ。 1年おきに引っ越ししていたような感覚。 だからね、 夫の転勤で知らない土地を点々として、 まとももできず、 信頼できる友人もできず、 できる人は誰もいない、みたいな状態だったんですよね。 で、自分の中にある不安だとか、 わだかまりだとか、苦しみみたいなものを 全部自己処理していく癖がついていたから、 他者との会話の中で気づける視点みたいなものに、 全く気づけずにそこまで来てしまった。 これは今の生活を変えないというか、 自分自身のことに気づかない大きな要因だったんじゃないかなって思います。 これが5つ目。 6つ目が子どもたちなんですよね。 この状況下の中で、 私が一人で子どもを育てられるのか、 それが一番堅実的な大きな大きな壁だったんですよね。 だから今6つ挙げましたけど、 本当は紙に書いたものはもっともっとたくさんあって、 山のようにあるんですけど、 この6つが特に大きい理由だったんじゃないかなって思います。 1つ1つは聞く人が聞けば、 すごく小さな理由に聞こえるかもしれません。 でもそれが歳月を伴って重なっていくと、 私はガチガチになって、 どんどん動けなくなっていたんですよね。 そうなってくると何が一番良くなかったのかというと、 自分が何を感じているのか、 みたいなこともわからなくなっていったことだと思います。 辛いなとか、そういうのも全部なんとなく、 これもきっと自己処理できるみたいな感じで、 処理する能力が強まっていて、 自分がどうしたいのかを感じることができなくなっていた。 これが本当に今思っても人として良くないことだったなと思っています。 今言った理由で分かる通りで、 私は転勤で知らない土地に引っ越して、 一日中誰とも話さない日はあったんですよね。 夫が帰ってこない日もあったし、 帰ってきたとしてもお帰りとかで終わってしまう日もあった。 そんな日常に不満はあったんだろうけれども、 それを言葉にする場所も、 愚痴として吐き出したり相談できる相手ってのもいなかったんですよね。 実際には親とかに電話したり友人に電話して話すこともできたんだけど、 相手のことを考えちゃうと、 そんなことを言ってはならない、 こんな愚痴で他人の楽しい一日を怪我してはいけない みたいな思考が私の中にはあったような気がしています。 # 相談について そんな中で、私が人生で初めてと言っていいくらい、ちゃんと人に頼った、相談の専門員に頼ったのが、女性センターへの相談員さんへの相談でした。 きっかけは、相手のあることなので、はっきりは言えないんだけど、私自身が、もうこの結婚生活を続けられないっていう気持ちを、なかったことにはできないって思ったし、 私自身が、私自身の手で自分の人生を守り、そして子どもたちの人生を守りたい。 そんな気持ちが、心の中にあるコップから溢れ出てしまって、相談先を探しました。 けれども、この相談先が一発で見つかったわけじゃないんですよね。 よく女性のトイレとかに行くと、離婚相談だとか、地域の行政の窓口に行くと、いろんなことの相談窓口ってあるんですけど、 それに電話をするんですよ。したら、電話である程度聞いて、それはなど辛かったわね。でも、もうちょっと頑張れることないかしらとか、リラックスできないかしらとか、 端的に返されてしまったりすると、気持ちが泣いていくんですよ。泣いたところに、でも、もっと話したかったら予約してこっちにおいでとかって言われると、全然行く気がなくなっちゃうんですよね。 そういうことが2件ほど続きました。 日を置いてかけた3件目の場所があるんですけども、ここで本当に明るくも暗くもないその声で、私が離婚したいってことを受け止めて、人のいない場所で話をしましょうって場所を指定されて、 だんだんと予約を取れた場所があったんですよね。私は予約をして、そこに向かいました。個室に案内されて、相談員の方と2人で話をするんだけど、最初にこの紙に住所とか名前を書いてくれるって言われたときに、私、書けないですって言ったんですよね。 でもそしたら、じゃあ書かなくていいよって言った上で、少しずつ私も自己解除をしていくんですよ。怖いからね。また雑談にされてしまったら嫌だとか、どこからかバレてしまったら嫌だとか、いろんな気持ちが葛藤していて、少しずつ自分を自己解除にする。 でもその少しずつってことを相手も了承してくれるんですよ。だから話せたり話せなかったりを行き来しながら、相手は私を受け止めてくれたような感覚がありました。 最初相談先に足を踏み入れたときには、本当はどうせみたいな気持ちがあったんだけれども、そういうやりとりを重ねていくうちに、相手の気持ちがこちらに向いているってことがだんだん理解できて、いろんなことを話せるようになりました。 そして最終的にはね、私がどうしたらいいですかって言ったときに、適格な、適格って言っていいのか分からないんだけど、私に必要な問いをね、一つずつ投げかけてくれたんですよね。それが良かったなって思っています。 だからね、私はその相談員の彼女のことをいきなり信じられたわけでもないんですよ。少しずつ少しずつでした。でも信頼を重ねているうちに、それと同時にね、すごく大事なことが私は胸の中に発生していて、それは何かっていうと、私は本当はこう感じているっていう感覚がね、戻ってきたんですよね。 もう少しね、詳しくお話をしておくと、相談っていうと、情報をもらう場所っていうイメージがね、私たちの中にはあるかもしれません。もちろんね、それも大切なことですよね。 知見者の方々から情報をもらうってことは大事。あと時にはね、声がけだけの伴奏が自分の力になることもある。いろんなケースがあると思うんですけども、でも当時の私にとって相談の一番の価値っていうものは、自分の気持ちを整理できたことでした。 何年も何年もかけてガチガチになった心と頭の中、そしてその心と頭の中でグルグルしていたものが、人に話すことで一つずつ整理されていく。整理して言葉にしていく。 言葉にして人に伝えると、私はこう感じていたんだってね、わかるんですよ、気づくんですよ。気づくと涙がボロボロボロボロ出てくるんですよね。 それを繰り返していると、いよいよ自分で決めようって思う日が来るんですよね。 誰かに言われたからとかじゃなくて、周りの空気に流されたからとか、感情で突っ走っているとか、そんなんじゃなくて、自分でこう決めたっていうことが起こるんですよ。 他者のおかげで自分で選んだっていう事実がね、他者によって発生するんですよね。 そうやって自分で決めたっていう事実は、迷い迷って自分で決めたっていう事実は、その先、私が離婚した後の人生でどんなに辛いことがあっても、やっぱり自分で決めたからって前を向かせてくれる力となるんですよね。 私はね、そんな経験を通して相談っていうのはいろんな形があるんだけども、相手の気持ちを整理させてあげること、これ以上の価値はないなって思いながら、その後もずっと人の話を聞くときにね、そんな風に思いながら人の話を聞いている次第です。 話が大幅に逸れたので元に戻しておくと、その相談員さんにね、いろんなことを相談して話して、いろんな情報をもらって、自分の感覚が戻ってきたら、やっぱり自分自身がどうしたいかが少しずつ見えてきました。 で、何をしなければいけないのかっていうのもわかってきました。そこにはね、すごい勇気もいるんですよ。だって離婚をするんだもん。一つ一つの行動にすごい不安もつきまとう。でも、勇気もいる、力もいる、恐れもある。 けども、なんかね、この相談できたっていう事実が私を突き動かしてくれて、私はね、この後、離婚のために専業主婦から突然アルバイトを始めて、大きな一歩を踏み出して、離婚するっていう相談を元旦那さんにして、離婚に至りました。 で、誤解されないために言っておくと、この離婚はどちらかが悪いっていうものでもなくて、たまたま私たちは結果として一緒に夫婦を続けられなかったっていうことなんですよね。その点は間違いないでほしいなって思っています。 で、ここから先のアルバイトを始めてからの話は、また後日プレミアムかなんかでお話をしていこうかなって思いますけれども、もしね、今日ここまで聞いてくださった皆さんがいて、もしね、当時の私と同じようなことで悩んでいらっしゃったら、私がね、今日、私を引き止めていた理由、離婚できなかった理由みたいなものを6つほど話したんですけれども、 自分もなんか同じような理由で自分は今立ち止まっていないかみたいなものを考えてみてもらえたら嬉しいなって思います。 そうしたね、自分の気持ちを考えていくことで、自分の人生ってね、少しずつ戻っていったりするんですよね。 で、またもう一つは、誰かに相談するってことをね、してほしいなって思います。相談相手も間違えちゃダメなんだけど、信頼できる人、信頼を作っていける人に相談してみてほしいなって思います。 で、間違えないでほしいのは、相談はね、離婚を決めるためのものではないんですよね。それよりももっと大事なのは、自分の気持ちを取り戻すために使っていいんだと私は思っています。 私の場合は、それがすごく重要でした。 でね、またお住まいの地域だとか、女性センターだとか、男女共同参画センターなんて相談窓口探せると思いますので、おそらくね、自治体によって名前だとか受け付け方法が違うので、お住まいの地域名プラス女性相談などで調べてみるといいかななんて思います。 はい、というわけで、今日は2017年の私というハッシュタグをお借りして、ちょっと重たい話だったんですけども、でもこういう重たいことがあると、自分自身の心の内を探るきっかけになったりするんですよね。 そして、自分自身がどうしたいのかっていうのをね、考えていくっていうのはね、本当に大事なことなんだなって、離婚によって私は気づけました。 そんな大きな一年だったなって思っております。 はい、今日のお話が誰かにお役に立つものだったら嬉しいなぁなんて思っております。 はい、というわけで、今日もいい1日にしていきましょう。そして、いい1日となりますように。さよなら。 もっと見る #2017年の私 対話の本棚(旧:特別支援の本棚)プレミアム放送配信中!02:431.初めのあいさつhttps://r.voicy.jp/wWK8l0MWNKB05:012.2017年の私09:283.離婚を決められなかった複数の理由09:474.相談についてコメント感想・質問・応援メッセージを書こう あき一昨日いつも聴かせてもらっています。お話、ありがとうございました。私は誰かに相談する時、何かの答えを求めているような気がしていました。以前地域の女性相談窓口に行きましたが、相談員さんの過去話で時間が終わってしまい、この時間はなんだったんだろう…という気持ちになりました。ですが、今日のお話から、別の窓口を探してみようと思いました。今の私に何が相談できて、何が言いたいのかわからない時間になるかもですが…本当にありがとうございます😊返信 noboke narita10月17日同じように複数の理由がありながら結局そのままを選びました。相談したってしょうがない、と思っていた当時…自分を取り戻せるような寄り添い方をしてくださる相談相手を見つけられたら良かったのかな。でも関係性って時間とともに変わっていくことも多いですね。だからと言って無かったことにはできませんが。久しぶりに当時のわたしを思い出して「辛いよね、でも大丈夫」と言っていい子いい子してあげたいです😊ありがとうございました♪1返信 土屋綾乃10月14日当時のさおりさんが相談できて本当によかったです!私のパターンとはまた違うけど、信頼&相談できる場所があるというのは本当に大事だと思います。正解をもらうのではなく自分を取り戻す感じ、とてもよく分かります。話すことで自分の気持ちに気づくというか…さおりさんとお話ししたいなぁ〜4返信 AZ10月14日📕🧑🤝🧑🎶🏃「相談は自分自身を取り戻すためのもの」「相談することで思考が整理されていった」ご自身でいつもいろいろなことを考えて決めていっている印象のさおりさんですが離婚を決めた時に「相談」したことが背中を押してくれたことに改めて人とのつながりの大切さを感じました。いつも放送ありがとうございます💓4返信
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相談したってしょうがない、と思っていた当時…自分を取り戻せるような寄り添い方をしてくださる相談相手を見つけられたら良かったのかな。
でも関係性って時間とともに変わっていくことも多いですね。だからと言って無かったことにはできませんが。
久しぶりに当時のわたしを思い出して「辛いよね、でも大丈夫」と言っていい子いい子してあげたいです😊
ありがとうございました♪
私のパターンとはまた違うけど、信頼&相談できる場所があるというのは本当に大事だと思います。
正解をもらうのではなく自分を取り戻す感じ、とてもよく分かります。話すことで自分の気持ちに気づくというか…さおりさんとお話ししたいなぁ〜
「相談は自分自身を取り戻すためのもの」
「相談することで思考が整理されていった」
ご自身でいつもいろいろなことを考えて決めていっている印象のさおりさんですが
離婚を決めた時に「相談」したことが背中を押してくれたことに
改めて人とのつながりの大切さを感じました。
いつも放送ありがとうございます💓