166.定家の父 藤原俊成、90歳まで生きた歌人のエピソード3つ
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すみません、冒頭など、なぜか俊家(俊成と定家がまざったようです……)と言ってしまっていますが、俊成(としなり、しゅんぜい)です! 彼は90まで生きた長寿の歌人で、歌の家の確立に大きな役割を果たしました。己の代表歌、定家推挙、死に際の話を中心に話しています。
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次回水曜日は季節の和歌俳句です。
コメント

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俊成パパは定家くんの活躍のためにかなり骨を砕いた印象です。
現代において短歌でなく和歌に取り組む私は
基礎教養だとか文化背景だとかいう部分でどうしても「800年前に生まれていたらなあ」と思ってしまうのですが、
“家”の存続とか反映とかいう事のために政治的に立ち回らなければならない、
和歌を追究するだけではそこまでの評価しかされない、
という苦悩のない点だけは、現代に生きていて良かった、と思います。
俊成さんの三つのエピソードが、とても素晴らしいです。
亡くなる直前の雪を欲したことも、後鳥羽上皇に訴状を書いて「若い歌人たちを推挙」したことも、感動しました。
しかし、「表歌」を譲らないエピソードが、一番心に刻まれました。
上の句が「夕されば」で始まる句は、百人一首好きの私とすれば「芦のまろやに 秋風ぞ吹く」しか思い浮かびませんでしたが、俊成さんのエピソードで、また一つ視野が拡がったように存じます。
今回も、裕子さんの楽しい解説をありがとう存じます。
百人一首は定家によるものですが、
俊成の存在の影響も大きかったのだろうと思いました。
百人一首をいじって遊んでいる私は、
俊成に怒りに触れないよう、
精進してゆきたいと思います。
思
ひ
道山 入
この世しる👈
そ奥のか
なに中ぞ
けもよ鳴
れ く
な
る
鹿思
世ぞひ
道のない山👈
こ中くるの
そよな 奥
な る に
け も
れ