971.どんな名前で皆の記憶に残りたい?建礼門院右京大夫の選択
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リンクは関連放送 → 61.愛した人を喪った後も人生は続く。建礼門院右京大夫の嘆きと決意。
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リンクは関連放送 → 525.10分 de 建礼門院右京大夫集(源平合戦で恋人を亡くす女性の言葉)~日本の名作古典文学を学ぶ34~
コメント

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「あっ。あの定家にもこういう気遣いのできる面があったのだな。年齢を重ねて少し丸くなったのかな? 」
なんて思います。
昔と比べると減ったかもしれませんが、現代でも「○○ちゃんのママ」「○○さんの奥さん」としてしか認識していない間柄ってありますよね。
「藤原道綱母」「菅原孝標女」の呼び方もその源流みたいなものなのかな、と思いました。
「徳子」はドラマや小説では「とくこ」が多いですが、訓読みが自然も考えるとたしかに「のりこ」さんですよね。
大切な人から勝手にもらった名前なので(好きな人とかではないw )、使い始めた当初は思い切りが要ったことを、なんとなくですが記憶しています。
それもあって、定家の配慮を右京大夫がしみじみと受け止めただろうことが想像できます。
今日のお話、感動しました🥺
名前って生きてきた証なのですね。
裕子先生、肺炎など大変でしたね💦
元気な声がまた聞けて嬉しいです!
私は1998年にインターネットを始めた時からずっと偽名なので、本名で呼ばれることがまずありません。
親から与えて貰った名前なのに、勝手に偽名で生きていることに微かな罪悪感を覚えながら、でも偽名の方が家のしがらみがなく自由に生きられる気がするんです。
その場所場所で、息がしやすい名前で生きていきたいな、と思いました。