「憲法を変える必要あると思うか」という世論調査おかしくないですか?
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デジタル朝日新聞(2025/5/2) https://digital.asahi.com/articles/AST4R1P4ST4RUZPS006M.html?comment_id=34024&ref=tw_comment#expertsComments
「いまの憲法を「変える必要がある」53% 朝日世論調査」
※世論調査についての他の記事では「対米外交、なるべく従ったほうがよい/なるべく自立したほうがよい」など、より具体的
太田啓子コメントプラス(全文)
「憲法を変える必要があるかどうか」と問う世論調査の質問のたてかた自体にずっと疑問をもっている。理由は大きく二つある。
① まず、本来このような調査の前提をなしているはずの「憲法改正の必要性」の意味についての正しい理解はどれだけ普及しているのだろうか。
私は2013年から、出張憲法勉強会(「憲法カフェ」)の講師を務め、多くの参加者からの質問や感想を聞いてきた。その経験から感じることだが、多くの市民は、憲法と法律の何が違うのかを説明できず、どういうことは「憲法を変えなければできないこと」でどういうことは「憲法を変えなくても立法や法律改正だけでできること」かを理解していない。 このことから、「それは憲法を変えなくても法律を変えればできる」 という政策であっても、「憲法を変えなくてはできない」と誤解して「憲法を変えるべき」と回答する人がかなりいるはずだ。
憲法改正の必要性の検討の順序は以下であるが、このウの段階にかなり誤解がある。
ア なんらかの解決されるべき社会的課題がある(立法事実)
↓
イ それを解決するために必要な法律が存在しない
↓
ウ 必要な法律は今の憲法に違反するので立法・法改正ができない
↓
エ 憲法改正をして、そのような法律を作れるようにする
日本の憲法は相当抽象的で法律に委ねられている事項が多く、憲法改正の必要性はそもそも起きづらい(普通かなりのことは立法・法改正マターである)。(参考:https://www3.nhk.or.jp/news/special/minnanokenpou/about/002.html
海外の憲法と比べて日本の憲法の単語数は非常に少なく、この特徴が、長期間、憲法が改正されずにきた背景の1つでもあるとのケネス・盛・マッケルウェイン教授の指摘。ほかの国では憲法の改正が必要となる選挙制度の変更などが、日本では法律の改正で対応できる)
例えば教育の無償化のために憲法改正が必要と言い出す政党があったりするが、教育の無償化は憲法を変えなくても法律レベルでできることだ。
また、「日本が他国から攻撃された時にやられっぱなしでアメリカを頼るしかないのは困るから9条を変える必要がある」という人もいるが、9条解釈についてはいくつかの考え方はあれど、少なくとも政府はずっと「自衛のため必要最小限度の防衛力を保持することは9条の禁止するところではない」と解釈してきたのであって、「日本が他国から攻撃された時にやられっぱなししかない」というのは、憲法についての政府解釈を知らない見解である。政府見解に立てば、憲法を変えなくても「他国から攻撃を受けた時やられっぱなし」ではないのだが、これを誤解して「憲法9条を変える必要がある」という回答も一定数あるかもしれない。
このように考えてくると、「憲法を変えないとできないのはどういうことか」という共通理解が社会全体にあるかどうか疑問である状況下で、このような問いの設定の仕方では、本当に意味がある世論調査になるのだろうかと考えてしまう。
もちろん、問いを誤解した回答が含まれることはある程度はどのような調査も想定しているといえるかもしれないが、それにしても「どういう場合に憲法改正が必要か」ということについてはかなり誤解が多そうで、とても軽視できないと思うのだが。
② 二つ目の理由は、「憲法改正」の方向性は様々であるにもかかわらず、具体的な改正の方向性を前提にせず抽象的に「変える必要性」を尋ねることの意味が不明だということである。
憲法は99条あり、それぞれの条文をどう変えるかについては、必要性はさておき理論上は無限ともいえるバリエーションを想定できる。例えば、天皇制を廃止しようとするなら第1章を削除する必要があるだろうし、「国防軍」という名称の軍を保持しようと思えば9条を変更する必要がある。
そして、天皇制を廃止したい人も、国防軍を持ちたい人も、「憲法改正は必要と考えるか」と問われれば「必要」と回答することになるのだろうが、そのような内実では全く方向性が違う意見を「憲法改正必要という回答」と同じ括りでとらえることになるような問いの設定は、本質的ではないように思う。
いくつかの、本当に憲法を変えなくてはできない立法や法改正を具体的に想定した上で「こういうことをするための憲法改正は必要だと思うか」と問わないと、あまり意味がある世論調査にならないのではないか。
こういうことを書くのは、憲法を変えること自体に何か政治的な意味を見出す「憲法改正論議」にはうんざりだからである。そもそも憲法とは何かを正しく理解した上で本当に必要なら法的に正しい議論をすべきだし、報道機関もそういう問題意識で世論調査の設定を再考してほしいと願う。
「いまの憲法を「変える必要がある」53% 朝日世論調査」
※世論調査についての他の記事では「対米外交、なるべく従ったほうがよい/なるべく自立したほうがよい」など、より具体的
太田啓子コメントプラス(全文)
「憲法を変える必要があるかどうか」と問う世論調査の質問のたてかた自体にずっと疑問をもっている。理由は大きく二つある。
① まず、本来このような調査の前提をなしているはずの「憲法改正の必要性」の意味についての正しい理解はどれだけ普及しているのだろうか。
私は2013年から、出張憲法勉強会(「憲法カフェ」)の講師を務め、多くの参加者からの質問や感想を聞いてきた。その経験から感じることだが、多くの市民は、憲法と法律の何が違うのかを説明できず、どういうことは「憲法を変えなければできないこと」でどういうことは「憲法を変えなくても立法や法律改正だけでできること」かを理解していない。 このことから、「それは憲法を変えなくても法律を変えればできる」 という政策であっても、「憲法を変えなくてはできない」と誤解して「憲法を変えるべき」と回答する人がかなりいるはずだ。
憲法改正の必要性の検討の順序は以下であるが、このウの段階にかなり誤解がある。
ア なんらかの解決されるべき社会的課題がある(立法事実)
↓
イ それを解決するために必要な法律が存在しない
↓
ウ 必要な法律は今の憲法に違反するので立法・法改正ができない
↓
エ 憲法改正をして、そのような法律を作れるようにする
日本の憲法は相当抽象的で法律に委ねられている事項が多く、憲法改正の必要性はそもそも起きづらい(普通かなりのことは立法・法改正マターである)。(参考:https://www3.nhk.or.jp/news/special/minnanokenpou/about/002.html
海外の憲法と比べて日本の憲法の単語数は非常に少なく、この特徴が、長期間、憲法が改正されずにきた背景の1つでもあるとのケネス・盛・マッケルウェイン教授の指摘。ほかの国では憲法の改正が必要となる選挙制度の変更などが、日本では法律の改正で対応できる)
例えば教育の無償化のために憲法改正が必要と言い出す政党があったりするが、教育の無償化は憲法を変えなくても法律レベルでできることだ。
また、「日本が他国から攻撃された時にやられっぱなしでアメリカを頼るしかないのは困るから9条を変える必要がある」という人もいるが、9条解釈についてはいくつかの考え方はあれど、少なくとも政府はずっと「自衛のため必要最小限度の防衛力を保持することは9条の禁止するところではない」と解釈してきたのであって、「日本が他国から攻撃された時にやられっぱなししかない」というのは、憲法についての政府解釈を知らない見解である。政府見解に立てば、憲法を変えなくても「他国から攻撃を受けた時やられっぱなし」ではないのだが、これを誤解して「憲法9条を変える必要がある」という回答も一定数あるかもしれない。
このように考えてくると、「憲法を変えないとできないのはどういうことか」という共通理解が社会全体にあるかどうか疑問である状況下で、このような問いの設定の仕方では、本当に意味がある世論調査になるのだろうかと考えてしまう。
もちろん、問いを誤解した回答が含まれることはある程度はどのような調査も想定しているといえるかもしれないが、それにしても「どういう場合に憲法改正が必要か」ということについてはかなり誤解が多そうで、とても軽視できないと思うのだが。
② 二つ目の理由は、「憲法改正」の方向性は様々であるにもかかわらず、具体的な改正の方向性を前提にせず抽象的に「変える必要性」を尋ねることの意味が不明だということである。
憲法は99条あり、それぞれの条文をどう変えるかについては、必要性はさておき理論上は無限ともいえるバリエーションを想定できる。例えば、天皇制を廃止しようとするなら第1章を削除する必要があるだろうし、「国防軍」という名称の軍を保持しようと思えば9条を変更する必要がある。
そして、天皇制を廃止したい人も、国防軍を持ちたい人も、「憲法改正は必要と考えるか」と問われれば「必要」と回答することになるのだろうが、そのような内実では全く方向性が違う意見を「憲法改正必要という回答」と同じ括りでとらえることになるような問いの設定は、本質的ではないように思う。
いくつかの、本当に憲法を変えなくてはできない立法や法改正を具体的に想定した上で「こういうことをするための憲法改正は必要だと思うか」と問わないと、あまり意味がある世論調査にならないのではないか。
こういうことを書くのは、憲法を変えること自体に何か政治的な意味を見出す「憲法改正論議」にはうんざりだからである。そもそも憲法とは何かを正しく理解した上で本当に必要なら法的に正しい議論をすべきだし、報道機関もそういう問題意識で世論調査の設定を再考してほしいと願う。
弁護士太田啓子のラジオ
太田啓子(弁護士)
- 10:001.
以前から疑問でした 「 変える必要があると思うか」と聞かれましても…
- 05:35
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