【情報と社会】#225 テレビと新聞が生き残るために。情報倫理学者の上からの提言(新聞編③)※続きます
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新聞の歴史を辿ると、既に早い段階で役割は終えていたことがわかる。写真は、井の頭線の旧kiosk、現コンビニです。
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鎖国時代の風説書が新聞となって行く。海外情報をいち早く手に入れるメディアとしての役割は確かにあった。
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保護されねばならない産業は、既にオワコンではある。では、新聞はどうすべきか?このままの姿で消えて行くだけなのか?
コメント

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東京から帰省中の2歳の孫、新聞を初めて見たらしく「これ、なあに?」と聞かれ愕然としました。私の子ども世代は、もはや新聞とってませんね。私の父は新聞記者だったので、他紙を含め新聞や本だらけの家で育ちました。なので、新聞含め紙の活字がやめられません。ネットに載ってるような事実記事はAIに任せて、意見を書ける記者と有識者の記事、一般人の投稿とし、記事に対して募集した意見を掲載する紙のSNSはどうでしょう。昨今、ネット情報に疲れている人も多いから、目新しいかも。難しいかな。
メディアとしてどうパラダイムを変えるかとしての観点からは、紙のSNSはありですねー
最高です🤣
(もう、その価値を新聞自身がドブに捨てましたが。)新聞は、信頼性というものを得ていたと思います。国会での言及、政策への影響力、はたまた大学等の問題にも利用されてきました。
その信頼性は、本来権力の監視、国民の考察を助けることに寄与すべきでした。
新しい情報を伝えることから、信頼性をテコに権力の抑制や国民の判断の手助けというポジションを取るべきだったと思います。
納得しかないです。
1分で読める原始仏教とか、3分で読めるマルクスとかでも良いかなと(笑)。コンビニでその手の本が置いてありますのでニーズはありそうな気がします。
個人の教養を高めることが権力のチェックにもつながることと思います。