【etc】民俗学的な観点からのハレとケ
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- 10:001.
ケが枯れることをケガレ、ケには霊的な力、多分エントロピーに争う力が必要ということ
- 10:002.
ケ、すなわち霊的な何か、気の良いモノと言ってもいいかも、それが離れる、枯れることを、ケガレと呼ぶ。
- 10:003.
例えばどんなに消毒をしたとしても、汚物を入れた容器はもう使えない、モノの力が枯れたから。風俗の仕事もそんな側面がある。
コメント

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なぜ使えないのか?というと、穢れたところを見てしまったからですね⁈
どんなに洗っても記憶に残っているから、と考えると重要なのは物質の皿ではなく記憶の中にある皿だから…。
物理学のいう物質の皿ではなく、本当はそっちが人間のリアリティなのでしょうか。
また、恥ずかしながら、花火の意味も知りませんでした。
偏差値、競争、コスパタイパ、いわゆる産業資本主義に生きてきた中で、大切な理(ことわり)を忘れてしまったように思います。
元々の隅田川の花火も江戸時代の疫病の死者のためのものがルーツだし、戦後盛んになった花火大会も戦災の鎮魂から始まったとされてます。邪気に塗れたウェイ系底辺が花火大会に集まるのは、自分のケガレ、要するに邪気を祓いたいという本能じゃないすかね(^^;
科学的でない話も、まだ「解明されていない段階」、もしくは「思考的な課題」として、大切にすべきだと思っています。
(神輿や祭りの喧騒が苦手な同い年より)