百万都市江戸をめぐるお寺の営業活動②〜大奥編〜【#0375】
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多くの寺院が、幕府からの庇護を受けるために、大奥への営業活動を行なっていきました。
これだけの力を持った大奥が、ドラマや映画、漫画の題材になるのは納得です。観たことないのですが…。
【収録メモ】
桂昌院 徳川綱吉の母、家光の側室
護国寺 亮賢 祈祷を受けて男児綱吉を授かった。
綱吉が将軍になると、江戸に亮賢開山の護国寺を建立し、親子で参詣し、協力なバックアップをする。
それによって、諸大名や大奥の奥女中、江戸っ子たちも参拝するようになり、大いに賑わう→門前町に参拝者向けのお店が増え門前町が形成される。護国寺の賑わった門前町が今の音羽町。
当時周辺の土地は奥女中に与えられ、彼女らはそこからの地代で収入を得ていた。その女中の1人の名前が音羽だったことから音羽町と呼ぶようになったと言われている諸説あり。
日蓮宗 対 浄土宗
西丸御殿 本丸御殿
家斉 家慶
参考文献『大江戸お寺繁昌記』安藤裕一郎
https://amzn.asia/d/cDYXCdv
これだけの力を持った大奥が、ドラマや映画、漫画の題材になるのは納得です。観たことないのですが…。
【収録メモ】
桂昌院 徳川綱吉の母、家光の側室
護国寺 亮賢 祈祷を受けて男児綱吉を授かった。
綱吉が将軍になると、江戸に亮賢開山の護国寺を建立し、親子で参詣し、協力なバックアップをする。
それによって、諸大名や大奥の奥女中、江戸っ子たちも参拝するようになり、大いに賑わう→門前町に参拝者向けのお店が増え門前町が形成される。護国寺の賑わった門前町が今の音羽町。
当時周辺の土地は奥女中に与えられ、彼女らはそこからの地代で収入を得ていた。その女中の1人の名前が音羽だったことから音羽町と呼ぶようになったと言われている諸説あり。
日蓮宗 対 浄土宗
西丸御殿 本丸御殿
家斉 家慶
参考文献『大江戸お寺繁昌記』安藤裕一郎
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- 01:031.
まだまだ面白い話があるので、江戸のお寺の話を続けます!
- 09:482.
お寺がこぞって行った強大な力を持つ大奥への営業活動!
- 06:363.
出開帳は大奥への営業機会でもあった。
コメント

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あけーん
2024年6月13日
お寺と大奥はそんな関係にあったのですね!全然知らなかったけどなるほど、徳川家の葵の御紋のためですか… 今も昔もロゴのブランド力って大きな魅力なのですね〜
横山瑞法(Yokoyama Zuiho)
2024年6月13日
そうなんです。葵の御門のためもありますが、寺で事業をする際の資金面での支援を目当てに近づくことも多かったようです。まあ、葵の御門のブランド利用も資金のためですが…😅
