TOPトーク専門家横山瑞法のお寺の縁側ラジオ【初月無料!】先送りの美学〜決めないという決断〜(2026/7/22)【#1164】14:43 7月22日 76再生 問題を報告する 再生する シェアする 断捨離のやりすぎ注意です。AI目次合理化・タイパ時代の「決めない」決断「子供の迷惑」が生む過剰な処分「縁起」から見るモノの隠れた価値煽りすぎな断捨離・終活ビジネス未来へ「自由」を渡す申し送りの極意AI文字起こし(β版) # 不必要なことまで判断する必要ないでしょう。 おはようございます。岡山です。山梨県南丸子市でお寺の住職をしたり、お寺の宿泊施設、宿泊の運営をしたり、東京容疑で方言で東京別容をやったりしております。よろしくお願いします。 はい、ということで今日はですね、先送りの美学というタイトルで話をしてみようと思うんですけども、時代に逆行する話なので、まあまあいいんです。 思うことですね。先送りの美学副タイトルなんだろうな。 決めないという決断というような感じですかね。先に答えておきますけども、仕事を先延ばししろとか何でもかんでも先延ばししろというようなことですね。 だらだらとやるべきことを先延ばしすることを肯定するような話では当然ないわけで、今日お話ししたいのは、まだ決めなくてもいいことを、 焦って決めないでおくっていうこと、そういったことって全然ありですよねという話ですね。 決めないっていうのも一つの決断であるということですね。近年のですね、近年というかもうずっと続いているのかもしれないけども、 合理化とかですね、タイポコスパとかいう話もありますけども、そういったことも当たり前になっていて、 何でも早く、手前の段階で決めて、さっさと片付けることが、何でもかんでも全ていいことのように語られていますが、 でも決して急いで決めたくて、いいことまで急いで決めてしまっていないか、不要なことまで急いでしまっていないかというようなことをですね、問いかけたいわけなんですね。 具体的に僕がそういったことに遭遇するところではですね、いわゆるよく聞くのは、最近みなさんも聞くと思いますけど、墓仕舞とかね、聞くと思いますけども、 あとは仏壇をですね、最近田舎でもですね、大きい仏壇を小さい仏壇にしたりして、 いはいっていうのがありますよね。いはいを小さいものにしたりとか、一個にまとめたりとか、古いのを処分したりとか、小さくするっていう相談が結構あるんですけども、 これはですね、事情があってどうしても必要な方っていうのはいらっしゃるし、それはまあ、そうだよねっていう感じなんですけども、 ケースバイケースでして、中には必要以上にね、全部処分したがる人とかがいるんですね。 まだ誰もそんなに困ってないのに、そのまま置いておいても邪魔にならないものなのに、今のうちに全部片付けてきれいにしないのと急いでしまうと。 理由を聞くとですね、決まってるんですよ。子供の迷惑になるから、子供に迷惑をかけたくないからというような話なんですね。 最近の就活とかもそうですよね。やたらとさっぱり片付けて、僕は就活もビジネスですかね、完全にね、就活ビジネスみたいなのもあるんですけども、 まあそれはいいんですけども、子供に迷惑をかけたくないという気持ち自体は立派な思いかもしれないですけども、 まあね、そういう思いが否定できないからこそ、こういった問題というのは取り扱いが難しくて、僕も話しづらいところではあるんですけども、 具体的な話で言うと、例えばですね、物の地位測したい、で、遺廃をそれにつけて処分したいと。 そういうところで、それは小さくする、まあ事情がある、引っ越すとかね、そういったこともある。 実家のものを自宅に持ってくるとかね、まあそういったこともあるので、まあまあそれは聞くけども、 遺廃を処分する、でも、あれですか、新しい物材に入らないですか、いや入るんですけど、というような話があったりするわけですね。 いやまあ入るなら入れた方がいいですよって僕は言うんですけども、いやでも処分したい、みたいなね、 まあまあどんな思いがあるのかわからないけども、まあそんなすごくね、まあ恨みがあるとかね、まあ嫌な思いがないのであれば、 特にさっぱりしたいからっていう理由だけであるなら、僕はまあ取っておいた方がいいなというふうに思うので、 まあ最近はですね、まあ若い頃はですね、ああそうですかそうですかってなかなか言いづらかったけども、 やっぱりそういうのを取っておけるなら、邪魔にならないなら取っておいた方がいいですよと、 まあいうふうに思ってですね話をするわけなんですね。なんでもかんでもさっぱり綺麗になんかね、 するっていうのが好きな世代の人たちというかが、まあだんだんそういうことをやる世代になってきているのかもしれないけども、 なんかね、さっぱりしすぎているものっていうのもね、決して良くないと思うんですよね。 こう雑多な感じになっている中にこう、何かこう、言葉にできない何かがこう仏壇なんかもね、あるように僕はまあ思うんですけど、家庭のね仏壇はね。 で、まあここでまあ一応言っときますけども、まあ僕みたいな立場の人がですね、博士会を急がなくていいとか、 仏壇はなるべく残した方がいいとかいうと、これはもうポジショントークに聞こえますよね。ポジショントークにしかならないですけども、 当然博士会が減ればですね、お寺は収入を守れる立場でもありますし、そういう利害関係の中にいるわけなんですけども、別にまあ、 なんでかんで全部ですね、やめろというふうに言っているわけじゃなくて、この送り返しの話になりますけどもね、 いやそんなに焦ってね、やたら何でも何でもこう、今までね長く受け継いできたものを、きれいさっぱりプツンと切らせる必要はないんじゃないかということをですね、お話ししているってことなんですね。 で、こういうことってまあいろんな工業会とか現場で、実はお寺だけじゃなくて起きてるんじゃないかなというふうに、 まあ思いますよね。いろんなまあ、就活とかさっき言いましたけど、生前整理とかまあね、あのエンディングに関わることが多いですけども、 まあ業者が早めにと煽る構造まで、最近あるんじゃないかなというふうに思ってますね。 えー何、あのー、片付けとかね、あのー、廃品引き取りますみたいなね、あのー、話とかですね、そういうのとかありますしね、まあ蔵書とか本とかね、まあレコードとか処分して後に悔やむ人とかもいるかもしれない、僕もですね、 えーと学生時代とか若い頃に集めたCDをですね、えー、もう8割方処分してですね、5年前ぐらいかな、去年ぐらいから急激に、もうそうレコードとかもね、処分したんですけども、去年、やっぱやめときゃよかったなっていうふうにね、別におこばしもないわけじゃなかったので、まあ悔やんでますよね、古い資料とかね、はい。 で、まあそういったものって実は何十年後かに価値が分かったり、今の私たちには、えー、目の前で現役で使ってたものから価値が分かんないけども、まあね、えー、実はその古い資料、会社とかのね、古い資料もですね、何十年後かに価値が分かるというようなこともまああるかもしれないし、まあ地域の祭りや行事もですね、担い手がいないからと、まあね、えー、畳んでいっていくことが、 えー、実はこう、町自体の給信力を失っていくことに繋がる、えー、形を変えてでもやっぱりね、あの、守ることがまあ大事だったりするかもしれないということですね。まあ失ってなくなってから、まあ町の給信力の、えー、なんていうの、厳選だったとか気づくようなこともまああるかもしれないし、まあ、あのー、ね、古い家とかもですね、まあまあ壊れそうでね、あの、崩れて、まあね、近隣に危ないとかっていうこともあるかもしれないし、まあ、あのー、ね、古い家とかもですね、まあまあ壊れそうでね、あの、崩れて、まあね、近隣に危ないとかっていうこともあるかもしれないし、まあ、あの、ね、古い家とかもですね、まあまあ壊れそうでね、あの あの、ね、古い家とかもですね、まあまあ壊れそうでね、あの、ね、近隣に危ないとかっていうこともあるかもしれないし、まあ、あの、ね、古い家とかもですね、まあまあ壊れそうでね、あの、ね、近隣に危ないとかっていうこともあるかもしれないし、まあ、あの、ね、古い家とかもですね、まあまあ壊れそうでね、あの、ね、近隣に危ないとかっていうこともあるかもしれないし、まあまあ壊れそうでね、あの、ね、近隣に危ないとかっていうこともあるかもしれないし、まあまあ壊れそうでね、あの、ね、近隣に危ないとかっていうこともあるかもしれないし、まあまあ壊れそうでね、あの、ね、近隣に危ないとかっていうこともあるかもしれないし、まあまあ壊れそうでね、 で、まあ認識できないけども、まだ大切さ、そのものが持っている価値をですね、認識できていないってものが、私たち今の目の前にあるものの中にあるわけで、あるんですよね。 そういったものを、まあ何でもですね、まあ全部とっとよくなんてことはできないけども、うーん、そんなにめちゃくちゃ邪魔にならないようなものっていうのは、残しといていいんじゃないかなっていうようなことなんですね。 で、まあお墓や仏壇もまあどうなんですかね、一応的にまあ大事だというふうに認識するものではありますけども、まあこれはもうね、知らない、もう何代も前の人のね、字もよく読めないから、えー、ね、処分しちゃえみたいなね、別に邪魔にならないけども、なんかね、さっぱりしたいから、みたいなこともまあ気持ちはわかるけども、まあね、それが何か未来に対して意味を持つ可能性がありそうだし、 まあ邪魔にならないようなものをとっといていいんじゃないかなというふうにまあ思うわけですよね。 で、以前の放送でですね、確か葬儀の感想とグリーフですね、悲嘆の関係についての研究をちょっと紹介しましたけども、これについてはですね、またちょっとコラボ配信でですね、えっと、あの、ドクターリンさんと話をする予定になっておりますけども、えー、まあそういった義理や手を合わせるっていうことをきちんとやることがですね、悲しみの経過に影響を与えるっていうこういう研究結果も出てるわけですね。 で、例えば、いはいとかまあそういった仏壇とかお墓とかですね、まあ三骨とかもありますけども、どこに向かって手を合わせればいいのかわからないというような戸惑いっていうのはね、実際に起きているなんて話もあるわけなんですね。 で、まあ仏教にはこう縁起っていうものの考え方がありますけども、まあそのものの意味はそれ自体があるんじゃなくて、やはり関係の中で立ち上がってくるっていうことがある。 だから今の自分の判断だけでは、その個々点を見てですね、えー、いるだけでは価値を測りきれないものがあると。 まあそして、えー、まあ無常でもある世の中で状況も自分も変わり続けるからこそ、慌ててですね、不要な判断までも過剰にしていないかってことは、まあ常に自分自身にも問いかけてもいいんじゃないかなというふうに思うわけですね。 これはまあ今の世の中の流れとは全く逆のことを言っていると思いますけども、まあそういうもんなんですね。 坊さんというのはね、冷や水を浴びせるものなんですよ、メインストリームに。 でですね、えー、まあ断捨離みたいなこともね、まあちょっと流行ってますけども、まあ就活とかね、流行ってますけども、 なんかあまりにこう、ビジネス的にそういった何でも処分するのを煽るというこの風潮はですね、ちょっと僕はヘキヘキしてまして、特に就活絡みはですね、過剰に煽っていて、それがですね、 高齢者のストレスになっているんじゃないかなというふうに思って、煽りすぎですよね、就活ね。本当に最近僕はどうかなというふうに思ってですね、あまり就活とかそういう話をしたくないですね。 そういう肩棒を担ぎたくないというのが、最近の僕の立場ですね。 まあまあとはいえですね、まあ何でもかんでも先送りしていいと先送りしろというふうに言い放すつもりはなくてですね、 家族系を急ぐ方には、まあ体力と反対力があるうちにある程度やっておくということは当然必要ですし、残せば子どもが本当に困るというものもあるというような現実的な理由もあると思うんですね。 だからまあまあ条件、どんな条件があるかなというふうに思うと、まあしばらくですね、考えてみて誰も負担にもならない。 物理的にも金銭的にも、今、そしてしばらく先、次の世代ぐらいも誰もとりあえず困らないというようなものですね。 それはまあ先送りしていいんじゃないか。 次、判断する材料を残してある由来とか、それにかかる費用とか、例えばお寺のことだったら寺とか、含めて関係先の窓口とかそういったものを引き継いだり、 子が将来決める時に困らない情報を書き残しておく、伝え残しておくということですね。 申し送りをきちんとするということですね。 あとは任せるときちんと明言してあげる。 どうするか、それを引き継いだ上で、どうするかはあなたに任せると。 片付けても構わないし、残しても構わないということを伝えておく。 だから引き継ぎをしっかりするということですね。 全部片付けて渡すんじゃなくて、離保するものも含めて判断する材料と、それを任せるということを自由を渡すということですね。 これが先送り決めないという決断の美学の中身ではないかなというふうに思うわけですね。 今日はこんな話をしてみたんですけれども、僕自身もお寺の住職をやっていると、 何を残して、何を自分の代で片付けるかということをずっとここ数年考えていて、 片付けるべきことというのはどんどんまたこれからも生じ続けるわけなんですよね。 そういった中で適切に次の世代に大きな負担にならないものを、なるべく負担にならないものをですね、 そういったものをですね、いい形で残す。 これはもうちょっとね、何とかしていかないといかんなということは適切に片付けるということをですね、 ちゃんと考えるということですよね。考える。 なんかね、なんていうの、もん切りがだにというか、パサッと切ったら全部片付ける。 これまでも片付けて、なるべくさっぱりして、木も切って、みたいなことがいいみたいなことでは決してないということを 言いたかったというわけでございます。ということで、今日はあえてすぐに決めないという決断をするという、 すぐに何でもかんでも片付けない、先送りするという、タイパコスパ合理化の時代に逆行するような話ですけれども、 しかしそういったものが何か大切なものを未来につなぐということは確実にあるなというふうに見ていて思うので、 そんな話をしてみましたということでございます。 皆さんも身の回りのこととかで考えていただけるとありがたいなというふうに思っております。 ということで、今日も死ぬほど暑い日になるようでございますので、皆さんお気を付けてお過ごしください。 ではまた明日。 もっと見る #先送り #先延ばしをやめた話 #タイパコスパやめとけ #断捨離やりすぎ #終活煽りすぎ 横山瑞法のお寺の縁側ラジオ【初月無料!】プレミアム放送配信中!14:431.不必要なことまで判断する必要ないでしょう。コメント感想・質問・応援メッセージを書こう ドクターりん🎓🕊7月22日先祖との繋がりが自分を大事に感じることに繋がるって研究もあるのでわたしも簡単に捨てるのはどうかなーと思います。簡単ではないかもしれないけど煽られてというのはありそう4返信
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