TOPライフスタイルメンタル・心理学僧侶邦元の「すわらない坐禅」今ここ、この言葉の意味 なぜ救われる?09:07 2024年7月9日 144再生 問題を報告する 再生する シェアする AI目次「今ここ」とは何か?その本質に迫るマインドフルネスの誤解と真の目的自分中心の修行がもたらす弊害とは?安心感を得るための実践と慈悲の心座禅会へのご案内と継続の大切さAI文字起こし(β版) # 初めのあいさつ 僧侶方言の座らない座禅。私は遠津寺副住職方言と申します。 この番組は身近な生活と仏教、禅についてお話ししている番組です。 # マインドフルネスなどでいうイマココ よくマインドフルネスで言う、今ここという言葉があります。 様々な場面でも、この今ここという言葉が使われております。 この今ここについて、今日はお話ししたいと思います。 まずマインドフルネスについてなんですけれども、 座禅から派生して、信仰、宗教的な部分を削いだ、 自分のための瞑想みたいなことでしょうか。 専門家ではないのでわからないんですけれども、 良い所取りをしようとして、こそぎ落としていくということなんですが、 このマインドフルネスもですね、やり方を禅と言おうとね、 マインドフルネスと名前はどうでもいいと思うんですけれども、 一般的で言うマインドフルネスというのは、自分自身の救い、救われ、 自分だけの特別感みたいなところでやろうとすると、少し違う方向に行きます。 これは多分ヨガも同じです。 自分によって、自分自身のために、自分だけが美しくとか、 自分だけの特別感とか、そういう感覚、ファッション的な感覚とか、 すごくエゴのような、もうちょっと言っちゃうとナルシスト的な雰囲気、 もうちょっと出てきてしまうような取り組み方をすると、 ヨガにしろマインドフルネスにしろ、ちょっと方向性がずれてくると思います。 いずれにしても、そういうところでよく使われている、今ここという言葉についてなんですけれども、 今とかこことかっていう、この言葉に、ある程度自分でイメージを持っていて、 今ここを意識して、今ここに行かなければならないという風に捉えている方がいらっしゃるかもしれません。 意識して、そうなろう、そうなろうとして、取り組もうということで、 もしくは集中しようとか、そういう取り組み方をする方もいらっしゃるかもしれません。 ですけれども、私たちの生活というのは、集中するとか、そうなろうとしなくても、 ちゃんと今ここという言葉の通りになっているんですね。 今、私がこのように話しているこの瞬間も、今ここという言葉にあたると思います。 不思議な話なんですけれども、と言いつつも、 じゃあ今ここというものがあるのか、そういう時間があるのか、そういう場所があるのか、 今ここというものが存在しているのか、と言うと、そうじゃない、掴みようがないものであるということですね。 物って言葉を使ったとしても、そういう掴めるようなことや物ではないということが大事です。 イメージできるようなものでもない、今ここというのはそういうことです。 今ここ以外に生きている人はいません、はじめから。 生きているというのは、今ここでしか生きられない。 世界というのも言葉はあるけれども、今自分がここで見ている様子以外の世界はどこにもない。 けれども、一応知識の上では、世界というと、宇宙があるよとか、外国があるよとか、そういう話にもなってくる。 存在していることは頭の中では承知しているけれども、今ここに存在している世界というのは、この見える範囲のこと、これが全ての世界であり、宇宙の働きであると言えるわけです。 この今ここという言葉によって、それをイメージするもの、イメージする必要はないのですが、そこにいるということ、そこに安心しきって、そこにどっしりといればいいのですが、 そこに慣れていない、今ここに慣れていない、集中できていない、というふうに思って、何か自分から能動的に動こうとすると、それが余計な働きになって、安心できなくなってくるわけです。 じたまたし始めるわけです。頭も働き始めます。脳もね。そしていろんな考えとか思いが出てきて、葛藤が起きたりとかですね、するわけです。 ですから、禅とかマインドフルネスとか仏教とか、言葉はどうであれ、そうした安心を得ようと、また安心したいと思う、そういう行を積んでいくという段階で、そこはすごく大事なところ。 もう一つは、自分のためだけの特別なものであるというふうに思ってはいけないということです。自分のためだけじゃなくて、みんなのためのものである。 というとまたちょっとずれてくるかもしれませんが、周りの人をも救うぐらいの大きな働きの中で生きているというふうに捉えて、慈悲なんて言葉もありますけれども、本当に分け与えるようなぐらいの大きな生き様であるという、 自分自身がそういうふうになっているということですね。そこに目を向けるといいんじゃないかなというふうに思います。 いいことを進んでしたくなるような、もしそうじゃなかったとしても、してみたら、行動を起こしたら、気持ちよかった、やってよかったなって思えると思うんです。 そうした行を重ねていくことで、またこれも素敵な菩薩行と言えると思います。 今、さまざまな言葉で表現されているものが、少し外縁として捉えられるようなことがたくさんあると思うんですけれども、 そうしたものと無意識に結びつけて、想像してしまうということがあると思いますので、ぜひその辺は気をつけて修行してもらうといいのかなというふうに思います。 ぜひですね、縁通寺でも座禅会を毎月第一土曜日に行っております。次回は8月になってしまいますね。もう8月の3日だったかな。 8月の3日、第一土曜日、朝です。朝7時半から座禅しております。その後ですね、社経、そして茶道もその日のうちに3つイベントというか、毎月行っている行事がありますので、もし興味がある方はぜひそういったところで参加してもらえると、少し入り口が広がるかもしれません。 そしてですね、1回で終わりにするのもいいんですけれども、続けて何とか体験していくうちに何か気づくところがあると思いますので、ぜひ続けてご参加いただけたらというふうに思います。 それでは今日も聞いていただきましてありがとうございました。また次回お会いしましょう。それではさようなら。 もっと見る #マインドフルネス #禅 #仏教 #イマココ #今 #ここ #円通寺 僧侶邦元の「すわらない坐禅」プレミアム放送配信中!00:151.初めのあいさつ08:532.マインドフルネスなどでいうイマコココメント感想・質問・応援メッセージを書こう
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