TOPライフスタイルメンタル・心理学僧侶邦元の「すわらない坐禅」仏教といえば供養、供養って何?08:46 2024年7月8日 121再生 問題を報告する 再生する シェアする AI目次供養とは何か?その本質に迫る先祖供養の意味と意義とは?三十三回忌までの供養の作法法要がもたらす心の救いと成長自分自身の修行としての供養とは?AI文字起こし(β版) # 初めのあいさつ 僧侶方言の座らない座禅。 私は遠通自服住職方言と申します。 この番組は身近な生活の中の仏教、禅についてお話ししている番組です。 # 供養とはなんなんだろう 身近な生活の中の仏教とか禅という風に考えると、多くは供養のことを想像するんじゃないかなと思います。 皆さんは供養していますか? 必ず私たち人間にはご先祖様が存在しています。 お父さんお母さんがいたら、その上にもお父さんお母さんがいて、ずっと遡れるようになっているわけです。 必ずお父さんとお母さんという存在がいたわけですね。 それなくして自分という存在はないわけです。 先祖供養というのは、そうした自分の生まれる前のご先祖様の供養をするわけです。 特に身近な親とか祖父母、祖祖父母くらいまでのところで供養するわけですけれども、 基本的に三十三戒期というのが一つの供養の蹴りをつけるところになっています。 亡くなってから、今でいうと一周期の前に四十九日というのが、四十九日までの間に大体法要する。 過ぎてしまったからどうということもないんですけれども、四十九日で法要。 そして一周期、三戒期、七戒期、十三戒期とあるわけです。 三七三七で多くはやります。 私のところのお寺では、二十三と二十七の間に二十五戒期というのがありまして、 二十三と二十七は特にお勧め、こちらからやりましょうとは声をかけない。 二十五戒期というところで、最後三十三戒期で一応納めるというような供養が一段落つくというような形でしています。 もちろんその先でもずっと供養していても問題ありません。 法事とかもしてもらって構わないんですけれども、 最近では三十三戒期までやる方もどんどん減ってきていて、 供養も短い期間で終わってしまうという方がちょっと増えてきたかなというふうな感覚があります。 大きくやるという、昔みたいに親戚をたくさん集めて大きく法要をやるというのはなかなか難しいという、 費用の面も考えて難しいということがあると思うので、 縮小して身近な家族だけでとかというようなことでされる方も増えてきています。 いずれにしてもそういう供養というのがあるわけです。 法要ですね。法事と一般的に言っているものがあります。 この法事は私から言わせるとぜひやった方がいいなと思っています。 なぜかと言いますと、 これは亡くなった人のために、ご先祖様のために、 ご先祖様が喜びそうなことを考えて、 そういう準備をしてですね、お供えをして、 お線香をあげて、お城越して、お経もあげてとやるわけですよね。 そういう誰かのために何かをするという喜びというのがあると思うんですよね。 それは亡くなった人のためでもあるし、 それがめぐりめぐっていいことをすると気持ちいいというね、 そういう無条件のいい効果があるわけですよね。 心が洗われる、すっきりと気持ちよい状態になるということで、 生きている人のための修行でもあるというふうに捉えてもらえるといいかなと思います。 自分が例えば何か生活の中で苦しいことがあったり、悩みがあったり、 解決できないようなことがあったときには、 特に法事の場でですね、お坊さんと話したり、 またそういう、お坊さんの法事というのは何をやっているのかというと、 お経をあげるんですけれども、と同時に事実を示しているんですね。 リアル、現実をそのまま示しています。 声を出せば響いて、音が聞こえて、鐘を叩けばそのように全身に響く。 そこに好きとか嫌いとか、善とか悪とか、損とか得とか、そうしたものは一切ないわけですよね。 そうした事実を示してくれている法要の中で、 自分自身の様子に気づく。自分って一体何なのかというところに目を向けていく。 簡単に言えば自分を見つめるとかね、自分を振り返る。 そういう場になるわけです、法事というのはね。 ですから、人のために何かをすると同時に、自分自身の救いを求めて法事というのはしていきます。 もちろん、身近な人が亡くなった悲しみから救われるということも一つだし、 そこからもう抜け出した後であったとしても、次に自分の仕事場の人間関係でとか、何か子育ての中でとか、 若い子だったらお友達同士の友達関係でとか、恋人との関係でとか、 いろんな人間関係の悩みとかあると思うんですね。 仕事、就職、学校、進学とかね、やりたいことがうまくいかないとか、 自分って一体何なのかというところで悩んでいるとか、 そうした時にこの法事というのは一つのヒントになると思います。 私のところの縁通事では、法事をやるときには基本的に法話というのは必ずしています。 ですから、そうした法話を一つの助けとして生きるヒントを見つけてもらえるといいのかなというふうに思います。 ぜひそうした意味でも、法事というのはやってもらった、やる意味がある。 ぜひやってもらいたいなというふうに思います。 なかなかね、余裕がなくなってくると自分のことばかりで周りのことに目が向かなくなってですね、 そういう法事とかもおろそかになってきてしまうことがあります。 それだけじゃないですけどね、理由はいろいろあると思いますけれども、 ぜひそうした自分エゴの、自分勝手な判断でやらないということをする、 そういう方向に持っていくよりもですね、いろんな意味で法事はしたほうがいいなというふうに思います。 供養についてのお話を今日してみました。 皆さんはどうやって供養を捉えていたかわかりませんけれども、 人にお経をあげてもらって、それで終わりというよりも自分自身の修行であるという、 そういう視点を一つ持っててもらえると、また違った法養の参加の仕方ができるんじゃないかなというふうに思います。 それでは今日も聞いていただきましてありがとうございます。 また次回お会いしましょう。 いいね、フォローなどコメントぜひお寄せください。 それではさようなら。 もっと見る #禅 #仏教 #供養 #お経 #お坊さん #円通寺 僧侶邦元の「すわらない坐禅」プレミアム放送配信中!00:171.初めのあいさつ08:292.供養とはなんなんだろうコメント感想・質問・応援メッセージを書こう
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