TOPライフスタイルメンタル・心理学僧侶邦元の「すわらない坐禅」死にたい【死、いのちについて考える】11:22 2024年8月16日 244再生 問題を報告する 再生する シェアする AI目次生死の境をさまよう気持ち、理解する生きづらさから解放されたい、本音とは?体は生きようとしている、その事実SOSを出せば道は開ける、助けを求める勇気変化を信じて、一歩を踏み出そうAI文字起こし(β版) # 初めのあいさつ 僧侶方言の座らない座禅。私は円通寺副住職方言と申します。この番組は身近な生活と仏教禅についてお話ししている番組です。 # 死にたい、生きていたい、いのち 今日はお盆の最終日、16日ということで、 お繰り本ということで、 地域によって15日の夕方に送るという人もあるだろうし、 16日の朝に送るということもあると思いますけれども、 お繰り日を大抵ですね、 送り出すというようなことをする、 そういう民間信仰的なね、そういうのがあると思います。 風習というか、 ちょうどここで夏休みが終わるような方向に、 雰囲気、世の中全体がなっていくんじゃないかな、 というふうに思います。 このお盆、 終戦記念日というのもあって、 テレビ等でも、戦争、 またこの死について扱うということがすごく増えてきた、 増える時期ではあるなというふうに思います。 今年は、 この円通路のある神奈川県西部、 山北町周辺、 地震がね、起きまして、 8月の頭ですよね、前半、 先週でしょうか、 1週間前に地震が起きまして、 震度5弱だったんですよね、 大きめの地震ということで、 その前に、 宮崎県の方での地震があったので、 南海トラフを昔から育てている地域でもあるので、 その地震に対する意識というのは、 みんな持っているんですよね。 怖いな、と。 そろそろ来るんじゃないかってずっと言われながら、 お盆を過ごしてきて、 震度3か4ぐらいの地震が何度か、 このお盆期間中にもありまして、 みんなそこに意識を向けているわけです。 やはり地震とか災害、 それから戦争、 そういう報道を見ると、 やはり死というのを考える機会が多くなるんですよね。 それに対して、このお盆というところもそうですし、 命とか死とかということを考える。 中には、夏休みが終わるということで、 これから非日常から日常に戻るというわけでもないんですけれども、 変化が起きるわけで、 そこに対する不安だとかプレッシャーが、 結果としては、自分で自分を苦しめているということなんですけど、 ぐっと苦しくなるような、 そういう方もいらっしゃるんじゃないかなというふうに思います。 昨年も実はこういう風な放送を収録させてもらっているんですけど、 やはりこの夏休み明け、 自死、自殺、 自死をしてしまう方がいらっしゃるということで、 死にたいと思われる方もいらっしゃるようです。 ここでまず、大前提として、 この死にたいと思うというのは、 その生きづらさからなんですよね。 そこから解放されたいという思いで、 死という道を一つ考えるんですね。 間違いなく私たちは、 生まれたので全員死ぬということは間違いないんですよ。 だから必要以上にこの死を怖がる必要はないですね。 始まれば必ず終わりがある。 食事を取れば必ず食べ終わるということがあるし、 何でもそうですけれども、 お風呂に入ればお風呂に出るタイミングがあるし、 何でもそうですよね。 始まれば終わりがある。必ず変化がある。 今、瞬間を見てのこの今という瞬間も、 今という言い終わっている頃にはもう終わっているというか、 そういうような中で私たちは、 命の働きをしながら生かされているというか、 川の流れのようにずっとお任せで生きているわけです。 任せっぱなしで。 どのタイミングかわからないけれども、 私たちは生まれたから必ず死ぬんですよね。 そういう中で生きて生かされているんだけれども、 結局苦しいなという時というのは、 本当は生きたいんですよね。 死にたいんじゃなくて、生きたいんですよ。 死にたいと思っている人も本当は生きていたい。 ただ自分の思ったように生きられないから、 苦しいんだけれども、 その苦しさから逃れたいという気持ちで、 死という道しかないんじゃないかって思い込んでしまうんですよね。 実際のところですね、 そこまで追い詰められた時に、そこを選んだ時に、 そこまで追い詰められた時に、そこを選んでしまうというのは、 ちょっと悲しいなというふうに思うんですね。 多くの人は長生きしたいとか、生きていたいなというふうに思うのが、 ごくごく自然なこの働き、思いの働きだと思うんです。 そういう中で、そういう道しかないんじゃないかと思ってしまうんですけれども、 ちょっと気づいてほしいのは、そこで思っているというところに気づいてほしいんですね。 それは、死にたいと今、この瞬間、思っているという働きをしているだけであるということを、 まず知ってほしいんですよ。 思っているんだけど、これは思いであって、本当に死にたいのか。 本当に死にたいのかどうかというと、体は生きようとしているんですよ。 どんな状況であれ、お腹はすくし、髪は伸び、爪は伸び、心臓は動いて、 そうやって体は生きよう生きようとするんです。 最後の最後まで命を全うしようとするんです。 ですから、そこの体に学ぶということはまず一つ大事。 どんなにつらい時でも、どんなに苦しい時でも、眠れないとかという時もあるし、 なかなかお腹がすかないということもあるけれども、 必ず生きようとする働きをしているはずなんですよ。 思いとは違うところで。 まずそこに目を向けてもらって、自分の体は生きようとしているということをまず知ってもらいたい。 そして、物理的にというのかな、周りの環境としても必ず助けてくれる人がいるということです。 SOSを出せば、何かしら道は開けるということです。 助けてくれる人は必ずいるはずなんです。 そのSOSを出すか出さないか、自分の頭の中、心の中だけで解決しようとしなくていいから、 いろんな人を頼ってみてください。 相談して10人助けてくれなくても、11人目の人が助けてくれるかもしれない。 SOSを出し続けるということは絶対に大事なことで、 本当に身近な人、いろんな人に助けを求めるということは大事だと思います。 そんな時に、生きて死にたいと思っていたことが、ちょっと変化する時が来ると思います。 生きていてよかったなと思える時が必ず来るんじゃないでしょうか。 今すぐ変わらなくても、その瞬間、そう死にたいと思ったとしても、 次の瞬間には変化する可能性がある。 思いというのはそういうものですから、好きとか嫌いとかというものも含めて、 その思っている瞬間の思いであって、必ずそれは変わるものなんですよ。 変化するものなんですよ。 そこにあまり自信を持ちすぎないで、そこを信用しすぎないで、 ちゃんと自分の体に学んでいくということが必要だと思います。 # 終わりのあいさつ そういうね、物事にはですね、こうあるべきとか、こうしなければならないとか、世間体とか、周りの目とか、なんかそういうことをね、ついつい考えてしまって、自分で自分を苦しめるっていうことはあると思いますが、まずそういうものを取っ払って、自由な存在なんだってことをまず知ってもらいたいってことですね。 で、自由な存在だからこそ、助けを求めるのはもちろん自由だし、助けてもらっていいんですよ。 身体は生きようとしてますからね。本当は思いの上で苦しい、死にたいと思っていても、それは生きたい、生きていきたい、楽に生きたいっていうことの裏返しの思いであるってことをちゃんと気づいてほしいです。 生きたいって、生きていきたい、幸せに生きたい、そう思う自分の心に気づいてほしいってことです。 そして、SOSを出して、先にね、変化が起きると信じて行動してみるってことは絶対必要なことだと思います。 この夏休み、終わりの時期、学校行きたくない、仕事行きたくない、その気持ちの先に死にたい、そういうふうに思ってしまう人いるということでね、毎年注意しましょうっていうね、気を付けましょうっていう話が出てきますけれども、 運よくご縁があって、この放送を聞いてくださった方の気持ちに届けばいいなというふうに思っています。 今日はお盆最終日ですけれども、ちょっとこの死について、そして生きるという命についての話をさせていただきました。 それでは、いいね、フォロー、コメント、ぜひよろしくお願いいたします。 聞いていただきましてありがとうございます。 それではまたお会いしましょう。さよなら。 もっと見る #禅 #仏教 #死にたい #お坊さん #幸せに生きたい 僧侶邦元の「すわらない坐禅」プレミアム放送配信中!00:131.初めのあいさつ09:042.死にたい、生きていたい、いのち02:073.終わりのあいさつコメント感想・質問・応援メッセージを書こう みい2024年8月16日ありがとうございます🙏1返信 邦元2024年8月16日コメントありがとうございます。何かの役に立てたら嬉しいです。1 舞ちゃん2024年8月16日今日の放送を聞けて、死にたいと思うわたしが、生きづらさを感じているんだと、気がつけました。去年、大失敗をして、そこからずっと死にたい気持ちと共にいます。始まりがあれば、終わりがある。そんな当たり前のことの中で、今ここから目を背けたい現実の中でも生きていることを、客観的に捉えることができました。またの放送を楽しみにしています。ありがとうございました。1返信 邦元2024年8月16日自分の様子に気づけると一歩進めますね。仏道は自分を知る道、自分知るとなぜか救われます。また聞いてください。コメントありがとうございます。1
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またの放送を楽しみにしています。
ありがとうございました。
また聞いてください。コメントありがとうございます。