TOPライフスタイルメンタル・心理学僧侶邦元の「すわらない坐禅」【生放送】供養についてアレコレ話しました26:27 2024年12月15日 63再生 問題を報告する 再生する シェアする AI目次現代の供養事情と墓じまいの増加後継者不在のお墓、どうすれば良いか永代供養と檀家制度の課題お寺と檀家、理想の関係とは?悩める現代人に寄り添う供養の形AI文字起こし(β版) # 今夜も生放送やります さあ、こんばんは。始まりますね。そろそろ。 若干早く始まってしまいましたが、皆さん集まるまではもうしばらくかかるかな。ちょっと待ってみたいと思います。 どうでしょうか。もうあれかな。ちょっとまだ早すぎたので、なかなか皆さんも、なかなか集まりにくいのかもしれませんが。 どうでしょうか。 なんとなくね、この日曜日の夜の生放送っていうのが習慣になりつつあるのかなと思っております。 私の習慣にもなってきているのかもしれませんが、どうでしょうかね。 次の日から、今日がどうなんでしょう。皆さんは休みが日曜日で、明日から仕事や学校などあるんでしょうか。 どういうふうな生活スタイルで過ごされているのかわかりませんけれども。 なんか、休日明日から仕事とか言うと、なんとなく気持ちが乗らないとかそういうこともあるんでしょうかね。 今日はそんなに長く話すつもりはないですけれども、生放送でお送りしたいと思います。 今日はちょっと供養のことを話そうかなと思っていまして。 今日は合同供養というのがありまして、団党の方中心に法事をしました。 法事を合同で行うという形です。 本来というか、一般的には一軒一軒それぞれのご家庭とか親戚一族で法事を行うと思うんですね。 誰か一人亡くなった方のため、もしくは二人とか同時にやることもありますけれども、亡くなった一人ないし二人のご先祖様のために法事を計画して行うということをするんですけれども、 それをやるにはそれなりのご準備が必要なんですよね。 特に接種の家庭の方は案内状を出して、当日までにお花とか供物とかそういうのを用意して、もちろんお布施も準備しなければいけません。 一緒に参列する親戚関係の方にお返しとかね。 法事終わった後に食事とかが付き物でしたが、最近はコロナ以降はお弁当を持って帰るとか、もしくはお弁当じゃなくても外で食事に行くということも増えてきましたね。 前は仕出し屋さんとか頼んでお寺で食事をしてとか言うようなことをする方も結構いたんですけど、今はほとんどお寺ではさらっと終わりにしてですね。 それこそ前は住職とかも誘っていただいて、一緒にその後の席で食事をして一時を過ごすみたいなこともよくあったんですが、そんなのはまずなくなりましたね。 あってお弁当とかをどうぞと言っていただけるか、それぐらいですね。 なかなか法事もそういう形変わってきていまして、今ちょっと話が逸れましたけど、そういう準備とかもなかなか大変なので、 合同法要という形で法事をやらないという決断をしてしまうとですね、結局救われる場所がなくなってしまいますので、 法事をしないのではなくて、合同という形で一緒だったら準備もそこまで大変じゃないですし、 親族も集めないで代表の方だけが出席して法事を行うということで、今そういう合同供養というのを今年から始めてみました。 今日はそんなことがあったので、なんとなく合同供養について色々考えていました。 その供養なんですけど、まずお墓。お墓のことについて色々考えてしまいますよね。お墓どうしようかなみたいなね。 お墓を持っている方は、持っている先祖代々守られて、守ってきたお墓がある方はですね、最近この墓じまいというのが流行っていて、流行っているというか、そういうことについて考える時代になってきたんですね。 お子さんとかいて、そのお墓を継ぐであろう人もいても、継がせるのは子供にかわいそうだということになっちゃうんですね。 子供にそういうものを残すのはかわいそうだということで、お墓を閉じる、墓じまいをするということで、それぞれご先祖様のお墓はお骨を回収して、お墓を壊して、 そのお骨は永大供養の合同墓の方に移動するというのが主流になってき始めているという流れがあります。 これは時代の流れでごくごく当たり前というか、しょうがないことだと思うんです。それが悪いとかいいとかということではなくて、それも一つだと思っていて。 私のところのお寺でも地木層という永大供養坊の地木層があるので、そちらの方に移動していくというのが今多い流れになってきています。 誰かのお墓を壊して、墓じまいをして、離団をして、地木層の方に移る。私も別にそれでいいと思っていますので、そういう方もだいぶ1年のうちに何件もそういう形で出始めています。 本当は潜在的にはもっとたくさんいらっしゃると思うんですね。今多分悩まれている方とか、ちょっと言い出しにくいなとかいらっしゃると思うんです。 やっぱりご先祖様は何十年何百年かわからないですけど、ずっと守ってきたお墓というものがあるから、それを自分の代で壊してしまうということにやっぱりいろんな思いがあるんですよね、皆さん。 だから、決断できないという方もいらっしゃいますけど、あと祀る方がいないのであれば、これはやらないといけないことなんですよね。 お墓を守りたいんだけど、その気持ちはわかるんです、すごく。残してあげたいんです。だけど後継者がいなかったらですね、これはもう畳むしかないんですよね。誰か見てくれるのかっていう話で、お寺の方でもですね、実はこれ、手出せなくなっちゃうんですよ。 変な話、お墓の土地の部分、地面の部分はお寺の管理の中であるんですけど、上物、上に乗っているお墓の部分はお寺の使用権があるわけじゃないんですよ。お寺の方でどうにかできるっていうわけじゃないんですよ、基本的には。 もちろん無縁仏とかそういう扱いに変えてね、どうにかするってことはできなくもないのかもしれないんですけど、なかなか難しい、正直言うと。 なので、生計、後継者がいないのであれば、生きているうちにですね、最後の世襲の方が中心となってですね、親族みんなでですね、畳むっていう方向に持って行っていただける、畳む方向に持って行っていただくってことがすごく大事なんですよね。 だから本当に世襲の方一人でどうにかするっていうよりも、近しい親族の方みんなと相談してお金出し合ってですね、今墓仕舞も結構お金かかるんですよ。墓仕舞ってお石を壊すのにお金がかかるんですよね。 本当に作りと大きさとかによって全然金額変わってくるんですけど、それこそ土葬みたいな形で、昔の土のままのところに石が乗っかっているだけだったら、そんなに費用かかんないんですよ。 20万円ぐらいで多分できるんですよ。だけど、今もう石で囲まれていて、カロートとかあってとかいうと、30万40万ぐらいは普通にかかっちゃうんですね。 場所によって、立地とか広さとかによったらもっとかかると思います。100万とかかかるっていうのも聞いたことあります。 だから壊すっていうのもすごい大変なことなんで、本当に親族一同で気持ち固めて、そういう風にしていかないと難しいと思います。 困るのはそのままにしていなくなってしまうと、連絡も取れなくなってしまうということ。これが一番困るパターンですね。 実際そういう風なことで困っているお寺さんがたくさんあって、うちのお寺でも連絡つかない方がいらっしゃいます。 やっぱり困りますね。長い時間かけて、そのお墓が石とはいえ、やはり朽ちていきますからね。そうした時に手を出せないというのが困りますよね。 そんなことで、墓縛りをしたい方も多くなってきているし、しなければいけない方も人口減で出始めているのも現実です。 もし後継者がいらっしゃるんだったら、その後継者に譲るというか、そのお墓を守ってもらうということで、 それも悪いことのように最近言う方がいるんだけど、実はそれも大事なことだったりするんですよね。多少子供に迷惑かけてもいいと思うんですよ。変な話ですけど。迷惑とは思わないと思うんですよ。 この暖化という制度が多分迷惑だと思われている部分なんじゃないかなって私は思っていて、本当はこの暖化というのは、もともとはお寺とか仏教を守っていきたいという方が、 お寺を守るために寄付をしますということで、自分の罪を投げ出してお寺を守るということなんですよね。 要するにこだわりのあるものを手放すという修行です。不正行という修行。要するに信仰心がより強い方というか、私は仏道によって救われますという決意と、 そういう修行をしっかりとやっていく覚悟がある人がこの暖化になるわけですよね。本来そうであるべきなんだけれども、多分江戸時代の制度的な部分で、暖化という制度で地域に住む人をくくってしまった、 その弊害がですね、何百年か経つ中で、気持ちの部分がついていかなくなってしまったというところなんだと思うんです。だからそうなるとですね、やっぱり気持ちの部分をしっかり大事にして、暖化でなくていいんじゃないというふうに私は思っています。 だからお墓を守るんだったら守ればいいし、暖化じゃなくてもお墓を置けるようにお寺の方ですればいいんだと思うんですよ。大事なのは後継者がいればいいということです。後継者がいるうちはお墓を置いておいても大丈夫だということです。 だけど後継者がいなくなった時にどうしてもやっぱりお墓は畳まなきゃいけない。その時に変な話、その方が急にいなくなっちゃうとか連絡取れなくなっちゃうとか、こういうことになってしまうのが一番怖いんですね。 だから今の暖化ということの制度というか決まりの中でいらっしゃれば、そんなに急にいなくなるということは考えにくいんですけど、それが形が変わった時にどうかというところで、やはりその辺のなんていうか約束、信頼関係で信用してですね、お寺の方で住職とかがですね、 大丈夫だろうこの人ならって言ってね始めたことだったとしても2代3代代が変わった時に私はそんなの聞いてないとか私は継ぐ気はありませんとかっていう人が出てきちゃうと困るんですよね。 だからその辺のところまでしっかりこう見通してですね、お墓を作るってこともそうだし、壊すってこともそうだし、暖化になるってこともそうだし、暖化やめるってこともそうだし、なんかその辺もよく考えていかなきゃいけないポイントなんだと思うんですよね。 お寺さんによっていろいろ考えは違うかもしれませんが、私としては基本的には来るもの拒まず去るもの追わずですね、本当に気持ちのある方が信仰してもらえればいいし修行してもらえばいいし、そこまで気持ちないです正直ね。 暖化っていうほどのお付き合いはできませんという方は離断していただいて、まあでもお寺との関係は切らないで法事とかお葬式とかは引き続きやってもらって、お墓も置いてっていうようなね、そんなことができれば一番いいんでしょうね。 多分皆さんが気になってるのって多分寄付の話なんじゃないかなって思ってます。暖化が大変だって思ってるのは、寄付、お寺からの寄付があった時に、なんかこう強制的に払わなきゃいけないっていう風なことが、実際ね、過去にはずっとあったことなんで、多分そこが一番怖いというか不安なものなのかなと。 あのバブルの時代は、皆さん喜んで出してくださったものが、今ちょっとこう生活が厳しくなってきて、寄付なんてとんでもないというようなところの状況の中で生活してる方もたくさんいらっしゃると思うんで、私も普通に働いて自分でお給料もらって稼いでる立場なんで、すごく気持ちわかるんですよ。 子供いたらですね、子育てお金かかりますし、お寺に収めてる場合じゃないっていうようなね、そういう気持ちになるのもよくわかる。だからまあ、無駄なところっていうか、その生活と関わりないところはできるだけ削っていきたいっていうのはね、すごくよくわかるんで、別にそれはそれでいいと思うんですよ。 だから、いいところどおりじゃないですけど、皆さんが多分期待してる、多くの方がお寺に期待してるのは、葬儀とか法事とか、そういう供養の部分だと思うんですよね。 だから、葬儀とか法事あったときは、お寺にお願いできる、そういう信頼関係とか、普段からのお付き合い、こういう関係ができてればいいんだと思うんです。段下とかいちいち、そういうくくりはどうであってもね。 だからまあ、そういうことでやっていけるのが一番いい関係なのかなというふうには思います。で、一個気になっている皆さんが気にしてるんじゃないかなって私は思っている寄付の部分については、気持ちある人、お金の余裕がある方がやってくだされば、それでいいんだと思うんですね。 今はクラウドファンディングとかもありますし、それがなかなかうまくいかないという話も聞いてますけど、でもそういうので多くの人からですね、このお寺を守りたいとかって思ってもらえるような、そういうお寺になっていくっていうかね。 それぞれのお寺がそういう魅力的なお寺になってですね、そういうふうにしていくしかないんだろうなというふうには思ってます。 私自身がですね、何ができるのかわかんないんですけど、自分ができることって、ただの人なんでね。皆さんと同じ住職とはなってますし、教育にも関わってるんで、そういう部分で皆さんにお伝えできることはいくらかはあるのかもしれないですけど、 そういったところで、仏教とか、救いとか、悩み解決とか、そんなところで多少お力になれればいいのかなというふうに思います。 パッとね、皆さんがお寺っていうと、イコール供養の部分、補奏式、法事とかね、そっちの部分が大きいんじゃないかなと思うんですね、イメージとして。 そこを切り口に、窓口にしながらでもいいと思うんですけど、いずれにしてもですね、皆さんの生活がイライラしたり、悩んだり、苦しんだり、そういうちょっと重たい方向にいったときにどうしたら楽に生活できるのかなっていうね、 そこが一番大事なところなんで、そこをですね、ぜひ皆さんにお伝えできるような、そういう活動、このボイシーもそうですけれども、発信していけたらいいのかなと思っております。 特にですね、皆さんからコメントなさそうなので、今日はちょっとこれぐらいにしとこうかな、一人ごとでですね、お話しさせてもらいました。 また何かお聞きたいこととか、質問とかありましたら、お寄せいただいたらありがたいです。 ありがたいです。またですね、固定のコメントところに、すいません、リンクを貼らせていただいてるんですが、お悩み相談、Googleフォーム、貼らせていただいてますので、そちらの方に悩み相談などもできるようにしましたので、 今聞いてる方だけじゃなくてですね、いろんな方、ぜひ何かありましたらですね、相談してもらえれば、またボイシーの方でもお返事できるかななんていうふうにも思っております。 なかなかね、一人で話すと一人ごとになっちゃって、キャッチボールができないもんで、長時間話すっていうのはなかなか難しいですけれども、また何かありましたらですね、お便り、そしてコメント、フォローもぜひしていただけると嬉しいです。 励みになりますので、よろしくお願いいたします。 また明日からあれですかね、皆さんお仕事とかあるんですかね。どういう心境なんですかね、お仕事。前の日とかね、どういう感じなんでしょう。 私なんかはもう、それこそ仕事始めた頃なんかは、なかなか仕事になれなくて、もうサザエさん症候群って感じですよね、本当にちびまる子ちゃん症候群ぐらいの感じでしたけど、なんかもうドキドキしちゃって、明日から学校だなんていううつでね、最初の3年間ぐらいはそんな感じだったような気がしますね。 気づけばもう20年近く教員やってますけど、慣れるもんですね。しかもなんかそれがやっぱりちょっと生きがいにもなりつつあるし、お寺、お坊さんと別のものって考えてたけど、結局この生き様はお坊さんそのものだし、教育って言ってもね、人を導くっていうことは同じだし、 なんかすごく共通の点の多い職業なんだなーってことを感じています。 なんかやっぱりその辺の教育とかね、人を導く、育てるとかっていうことについても、今後もたくさん発信していきたいなーなんて思ってますんで、よろしくお願いいたします。 また年末ちょっとね、忙しくなる時期なんで、もしかするとポイシーの方も時にはサボってしまうかもしれませんが、ちょっと気にして聞いていただけると嬉しいなーと思いますんで、よろしくお願いいたします。 それでは終わりにします。おやすみなさい。ありがとうございました。聞いていただいている方、すいません。失礼します。 もっと見る #禅 #仏教 #お墓 #供養 #僧侶 #お坊さん #樹木葬 僧侶邦元の「すわらない坐禅」プレミアム放送配信中!26:271.今夜も生放送やりますコメント感想・質問・応援メッセージを書こう
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