TOPライフスタイルメンタル・心理学僧侶邦元の「すわらない坐禅」発達障害と仏教10:33 2024年4月2日 371再生 問題を報告する 再生する シェアする AI目次発達障害とは何か?改めて問う生きづらさを抱える人々への寄り添い仏教が示す「障害」の捉え方とは?多様な個性と共存する社会へ違いを受け入れ、共に生きる道AI文字起こし(β版) # 初めのあいさつ 僧侶方言の座らない座禅。私は遠通寺副住職 方言と申します。この番組は身近な生活と仏教禅についてお話しします。 今日のトークテーマは発達障害についてということでお話しします。 # 発達障害ということ さあ今日はですね、発達障害についてお話しします。 発達障害という言葉が、今じゃ当たり前に聞かれますけれども、 いろんなところでですね、そういう話があります。 何かこう自分の中で不都合なことが起きたり、うまく生活できなくなったりすると、 周りの人とうまくお付き合いができなくなったり、バランスが取れなくなったりすると、 自分が発達障害なんじゃないかって心配になる大人の方もいますし、 親御さんが自分のお子さんを見ていて、周りの子たちとうまくなじめていないみたいだということで、 発達障害なんじゃないかということで疑うということもよくある話として聞くということがあると思いますけれども、 そもそもですね、発達障害という言葉はですね、 ある程度専門家の人が名前を作って分類しているわけですよね。 ある一定の検査等をしてですね、そういう傾向がありますよなんてことで、 お医者様が診断をするわけですけれども、 そこっていうのはですね、すごくわざわざ背を引くこともないようなことなんだと思うんですね。 私自身もですね、私の娘も発達障害じゃなくて障害児と言われているんですけれども、 重度障害とも言われていますけれども、 そういった障害という言葉を一般的にはどこか線を引いてですね、 いうわけです。 そのおかげでですね、様々な助けをいただけている、障害と認定しているからこそ、 助けてもらえる部分というのはたくさんあるんですね。 ですから、そういう意味でね、制度的な意味としては、 そういうのは一つ線引きがあると、いろんなところで助けてもらえるという良さはあると思うんです。 発達障害という言葉もそれ一つなんだと思います。 私は発達障害がありますとかってことで言うと、何かしら周りの見る目っていうのかな、 それは別に差別を受けるとかってことではなくて、許してくれるっていうことが一つあるのかもしれませんね。 例えば、片付けをするのが苦手な性格なんですって言ったら、この人は片付けが苦手なんだ、 じゃあまあしょうがないかとかね、ある程度しょうがないか、一生懸命努力してるしなとかね、 そうやって許すってことがしやすくなるのかもしれません。 しかしですね、それは制度とか人に説明する上での道具的な部分として、発達障害って言葉はあってもいいのかもしれないですけど、 何でもかんでもそういう風になっちゃうと、レッテル張られたがりの人もいたりなかりはするわけですね。 自分はそういう風に言われることで安心したいから、どうしても発達障害って感じてもらいたいみたいなね、そういう人も出てきてしまう。 そしてもう一つはですね、これは仏教的にというか、真理の部分から言うとですね、障害なんてことは一切ないわけです。 男とか女とか、どこの国出身だとか、そういったこともないし、障害とか障害じゃないとか、そういうこともない。 ただありのままの様子がそこにある。自分は自分としてある。 字を書くのが苦手な人もいれば、字を読むのが苦手な人もいる。人と会話するのが苦手な人もいれば、聞くのことが苦手な人もいる。 絵を書くのが得意な人がいれば、苦手な人がいる。 みんなそういう得意不得意っていうのは、十人十色、百人百色、本当に世界に一つだけの花とかいう歌もありましたけど、みんな違うんですよね。みんな違う。 だからそれで、違うっていうことで、そういう様子があるっていうだけですよね。違うってことがある。 それぞれの違いを認め合ったらいいし、違うんだなってことで、その人がより生きやすいようにお互いに認め合えばいいし、助けてあげられるところはお互い助け合えばいいし、 違うことを攻めたり攻撃したり、ないがしろにしたり、差別したり、そういうことをしなければいいだけのことですよね。 間違いなく言えるのは、同じ命であるってこと。花や木や草や豚や牛や鳥や魚や人間もそうだし、様々な生き物、虫もそう。 様々な生き物もいるけれども、それも全部人間が値身をつけただけであって、全部命。一つ一つというよりも全部が命の大きな働き。 そういう大きな働きの中で人間というのがある。方言という働きもあれば、Aさんという人もいればBさんという人もいるし、Dさんという人もいるけれども、 みんな同じ命の働き。違いはあっても、それはそれ。そういうことなんだと思います。 ですから、あえて便宜上、ネーミングをつけることで説明しやすくなるとか、人に伝えやすくなるということはあるんだと思います。 私も難病の病気がありますけれども、そういう風に、そういう病気が治んないんですけど、それはそれで、別にいつもそれを気にして生きているわけじゃないし、何の問題もなく生活できる。 お薬さえちゃんといただけていれば問題ないんで、そういう生活をしている。 でも別にそれについて、周りの人がどうこう言うわけでもないし、問題ないわけです。自分も問題だとは思っていない。それでいいんだと思うんですよね。 ですから、説明する上で、こういう病気があるんですとか言うことはあるけれども、あまり気にしなくていいんだと思うんですね。そういう違いがあっていい。いいというのは良い悪いじゃなくて問題ない。 そういう生活、生き様をしているのは人間であって、人間だけじゃない命の働きであって、それが仏性であり、仏様の働きであるという風に言えます。 # 終わりのあいさつ ことによるとですね、発達障害ってことを 発達障害の中身にもよると思うんですけども こうこうこういう障害がありますってことで 言われたことで安心している方もいるかもしれないし 逆にショックを受けている方もいるかもしれない どちらにしてもですね 実際の生活はそんな障害なんて言葉を一切意識しないで 過ごしていると思います ただそういうふうに言われることで ちょっとね、なんとなく すっきりしない部分が出てくるのかもしれないですけど 自分の生き様そのものはありのままですから 生き生きとやってもらえたらいいんだと思います もう一つ大切なのは人と考え方が 違ったりすることもあります これは違うってことも認めなきゃいけないから 自分が正しいではなくて そういう考え方もあるんだと 周りの人はそういうふうに考えるんだとか ということも冷静に知ってないと 進めないってこともあるかもしれませんので その辺はお互い勉強でね 勉強しながら知識として学びつつも よりよく生きる道を 見つけていく、選択していくってことが大事だと思います それでは今日も聞いていただきましてありがとうございます いいね、フォロー、コメント、感想など ぜひお寄せください ご質問などもあれば またお話ができるかと思いますので よろしくお願いいたします それでは 今日も聞いていただきましてありがとうございました また次回お会いしましょう さようなら もっと見る #禅 #仏教 #お寺 #お坊さん #円通寺 #発達障害を語ろう 僧侶邦元の「すわらない坐禅」プレミアム放送配信中!00:181.初めのあいさつ08:242.発達障害ということ01:513.終わりのあいさつコメント感想・質問・応援メッセージを書こう
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