TOPライフスタイルメンタル・心理学僧侶邦元の「すわらない坐禅」生きづらい、抜け出したいを根っこから解決する12:45 2024年4月14日 348再生 問題を報告する 再生する シェアする AI目次生きづらさの根本原因とは?竹林の知恵から学ぶ生き方自分という枠からの解放新年度、生きづらさを克服するヒント自分がない状態とは?AI文字起こし(β版) # 初めのあいさつ ソウル方言の座らない座禅。私は円通寺副住職方言と申します。この番組は身近な生活と仏教、禅についてお話しする番組です。 今日は息づらさについてお話ししようと思います。 # 生きづらさから抜け出したい 昨日ですね、お寺の墓地の方にある竹林に入りまして、竹を切っていたんですけれども、 竹ってまっすぐ伸びるばかりじゃなくて、そこに障害物があると伸びてた先に他の木があったりとか、何か障害物があるとそれを避けて曲がって伸びるんですよね。 ぐねって曲がるようになってるんですよね。 それはそれでそのまま成長していって、別に問題なく育っていくようにできているんですよね。 それを見てて思ったんですけれども、人間は生きて生活している中で、生きづらさみたいな言葉で表現されますけれども、 何かつらいなあとか感じることがあるんですけど、竹とか植物、動物でもそうなんですけど、他の生き物はどうなのかなとちょっと考えてみたんですよね。 竹を見てても別に生きづらいとは多分感じてないんだろうなあってね。 もちろんそういう感じるっていうことがないのかもしれないですけど、一切そういうことなくですね、まっすぐ、まっすぐって言葉があれですけど、竹自体は曲がってるんですけど、 その竹、一本一本の竹が違うんですけど、その竹らしく成長している、その環境に合わせてそのように受け入れて変化させながら生活しているっていう、そういう様子がありましたんです。 決してですね、それが悪い、今よしよしはね、人それぞれであれなんですけど、何かそういう風に育ってるなあって、それらしく、その竹らしく育ってるんだなあっていう風に思ったんです。 例えば、盆栽とかあんま詳しくはないですけど、見ていると、ぐねっと曲げて育てているんですよね。 意図的に針金みたいなもので、曲げて育てていくわけですよね。 それで形を好みの形にして育てる。 人によってはもしかしたらそういうのすごい嫌だなあって思うかもしれないし、だけども、それはそれで植物は生き生きと生きるんですよね。 生きづら、何か障害、言葉で言うとそういう言葉になっちゃうんだけれども、障害があったとしても、それを受け入れて生き生きと生きている、そういう植物から学ぶっていうのはあるなあっていう風に。 植物だけじゃなく動物とかでも何でもそうですけど、他の生き物から学ぶっていうことがたくさんあるなあっていう風に感じたんですね。 生きづらさっていうのは、どこから出てくるのかなあっていう風に考えると、やはりここで自分というものを立てて、それを中心に物事を捉えるから、それに対して生きやすいとか生きづらいとかっていうものが出てくるんですよね。 自分というものがまずあるっていうのを大前提として生活している。自分を立てる、自分の都合というものさしで物事を見るから、どうしてもいいとか悪いとか、生きづらいなあとかっていうことが出てくるわけですよね。ぶつかるから。 じゃあこのつらいっていうのをなくしたいなあ、生きづらいって感じないように生活したいなあと思ったときに、じゃあ生きづらいって感じないようにしようとして感じなくなるものじゃないってことは多分皆さんわかるんですよね。 もっと根本解決しようとしたら、やっぱり自分というものを立てるからダメなんだってことになるわけですよ。じゃあ自分というものがなければいいのかなあって、そういう風になるわけです。 じゃあ自分というものがなければいいってことはどういうことだっていう風に考えると、まずこの体っていうものがあって、今私喋ってますけれども、この体を使って表現するわけです。 言葉とか文字とか、人によってはダンスとかで体を動かして表現する人もいるかもしれないですけど、身振り手振りとかね、そういう表現するわけですけど、この体があるからこれが自分だという風に思っていると、これがまた違うんですよね。 そうするとやっぱり自分というものから抜け出せない。 過去のこの祖師と言われる偉いお坊さんたち、お坊さんだけじゃないんですけどね、そういうお坊さんたちのお悟りっていうものを捉えていくと、探っていくと、皆さん共通しているのは自分というものが落ちきるっていうことが必ずあるんですね。 自分というものはなかったってことに気づくって言うんですよ。 自分あるでしょって、この体あるんだから自分あるでしょって、そう思いたくなると思うんですけど、そういうことじゃなくてですね。 体はあるんだけれども、この体を通していろんなものを感じたりしているんだけれども、自分というものを立てない、自分の都合みたいなもの、自我というもの、そのものを立てないで生活することができるということなんです。 というよりも、もともと自分なんていうものは存在していなかったっていうことに気づく。 そうすると、生きづらさってこともなくなる。善や悪もなくなる。そういうことになるわけですよ。 楽になる。理解の上でもわかると思うんですよね。想像すれば、なるほどなって、根本なければ悩みもなくなるよなって。 それが仏教っていうことなんですよね。面白いなと思いませんか。 だから、これは学ぶというよりも、知識として、最初は知るってことは大事ですけど、あとは自分の体で本当にそうかなって実践してみるってことが大事になるんですね。 私は禅宗の禅僧なんで、そういうことを座禅を通して実践していくっていうことになるわけです。 以上です。 # 新年度 いろんな生活の中での会社なのか、学校なのか、家庭なのか、それぞれいろいろあると思います。 お母さんとかだったら、ママと元の関係がとかいうこともあるかもしれないし、 親戚関係、近所の人とかね、いろいろ会社でこんなことがあっても、 いろんな人間関係の中で悩まれることが多いと思うんですけれども、 そうした時に生きづらいなとか苦しくなる時ってあると思うんですけど、 そんな時にですね、何かをする、行動を起こす、他に求めるっていうよりも、 自分自身のこのアリを、自分って一体何なの?っていうところに疑問を持って、 それを解決しようと、それをはっきりさせようとすると、自然とそういうことが問題じゃなくなるっていうことなんですね。 それが仏教、仏道ってことなんですよね。 生きづらさから逃れたい、その気持ち、それがまた母大心となって、 そしてそれは自分だけ救われればいいっていう、そういうエゴの考えのもとに行動を起こすとですね、 結局そこに自分というものが存在しちゃうので、自分だけ良ければいいっていうことじゃなくてですね、 周りにいる人、周囲にいる人も含めて、みんな救いたい、救われましょうっていう大きな気持ちでですね、 実践してもらえると、そういうことが腑に落ちる時が来ると思います。 自分なんてないでしょって思うかもしれないけど、自分があるって思うと思うんですけど、 自分の生活そのものをですね、振り返ってみると、自分なんてものがなくてもちゃんと行動できている様子っていうのがあると思います。 草むしりをしてたって、昨日の私のように竹切りをしてたって、お掃除したって、お経読んだって、 何をしててもですね、自分なんてものがなくてもできるようになっているはずなんです。 料理をするって言ったって、車を運転するって言ったって、そういう瞬間が必ずみんな一日の中にあるはずなんです。 自分というものを意識していない時間があるはずです。 そうしたところを大事にして、自分の生活、自分というものをもう一回産休していくとですね、 生きづらさというものからも楽になる。肩の力が抜けて自由になれる、そう思います。 ぜひですね、生きづらいなって感じている。特に環境が変わる4月の時期、年度始まってある程度時間が経ってですね、 少し落ち着いてきたところで、いろいろ思いが出てくる時期かもしれません。 ぜひですね、そんなところでもう一度実践してもらえるといいんじゃないかなというふうに思います。 それでは聞いていただきましてありがとうございます。 またご質問、ご感想などもお寄せください。いいね、フォローも併せてお願いいたします。 それではまた次回お会いしましょう。さようなら。 もっと見る #禅 #仏教 #生きづらい #お坊さん #楽になりたい 僧侶邦元の「すわらない坐禅」プレミアム放送配信中!00:191.初めのあいさつ08:322.生きづらさから抜け出したい03:543.新年度コメント感想・質問・応援メッセージを書こう
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