『読書について』ショーペンハウアー2
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荒木博行のbook cafe
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タイトルコール
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初めのあいさつ
- 09:504.
思想は言葉にした時点で死に、また他者から新たな生を与えられる
- 04:365.
『ダイバーシティ・マネジメント大全』
- 09:556.
頂いたコメントへのお返し
- 00:207.
終わりのあいさつ
コメント

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本から著者の思いや考えが言葉や文脈を通じて、私の一部となったり、私を介して広がっていく様子は、まるで私がプリズムになったような感覚です。
光が著者の思いとすると、屈折した光が虹色に広がる場合もあると思います。
その屈折の過程の規則性に惹かれる場合もあると思います。
色から別の世界観を想像する場合もあると思います。
博物館の恐竜の化石を見て当時の臨場感を感じるように、風説に耐えてきた言葉にも、時代を生き抜いてきた強い自信を感じます。
『読書について』ショーペンハウアー2、拝聴しました。
思想の言語化は難しいだけでなく、それができたとしても人によって解釈が異なるため、意図した形で伝わらない。ただ、その他人の解釈が意図していないとしても新しい視点を持たせてくれる。
その上で重要なのはまずは言語化すること、他人から違う解釈をされたり批判を受けることもあるかもしれませんが、それを発しないかぎり何も生まれない。アウトプットの大切さを改めて考えさせられました。
一つは自分の頭では考えの及ばない先人の叡智に触れることができるという素晴らしさ。
もう一つは自分の置かれた環境において、その著者の思想や文章を解釈し腹落ちさせれば良いという自由の素晴らしさ。
そしてそれはこのbook cafeも同じだと思いました。荒木マスターの解釈と、コメンテーターの解釈に触れることで、毎日の自分の生活という文脈に沿った気づきをたくさんいただけていることに感謝です。
思想は言葉にした時点で死ぬ、という話を聞いて、言葉を使わず見様見真似で型を体得する師匠と弟子の関係を思い浮かべました。
自分の思いを言葉にして表現することは難しい。それでも一生懸命、1番近い表現を選んで表出するものの、相手は相手で、それを誤読する。
ならばいっそ言葉を使わない方が本質が伝わるということでしょうか。
言葉を信用してないという意味では、その場のライブを大事にするオンラインサロンも、そういう事か?
すると、元祖はソクラテスか?
「思想は言葉にした時点で死に、また他者から新たな生を与えられる」は考えさせられました。
頭の中にある映像は、言葉になった瞬間にその一部分しか表せていないなと感じることがあります。
しかも、その一部分をさらに他者から切り取られると、まったく違う形に変わってしまうこともあります。
自分自身のコミュニケーションの質と量という問題が多分にありますが、思想と言葉の壁は、もう少しメタな部分の価値観のすり合わせや、時間の積み重ねでしか越えられないように感じてます。