『知識人とは何か』エドワード・W・サイード2
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あなたはプロか、アマチュアか?
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コメント

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最後の第12章のタイトルは『意識してアマチュアになる』でした。
『知識人とは何か』は未読のため、マスターの言葉を聴いての感想になりますが、同じような主張なのかな、と思いました。
次は『知識人とは何か』を実際に読んでみて、自分の感想を持ちたいと思います。
今回の放送を聴き、あらためてプロフェッショナルとは何か?という問いが生まれました。
専門特化することではない、そうした認識はある。では求められるプロフェッショナルとは?考えたいです。
日本人の庶民98%がアマチュアなのではないでしょうか?
所詮アマチュアだからと諦めるのではなく、読書内容を自分事に引き寄せ、新しい分野の知識の基礎から造っていこうと思います。
一般的な知識人とは真逆の意味に感じました。
越川さんとの対談ではないですが、こういう5%になりたいです。
斜に構えるのではなく、
内発的問いを持つから熱狂できる。
亡命者やユダヤ人など、アイデンティティが揺らいでいるからこそ、本質的な指摘ができるのかもしれません。
今日のお話を聞いて、自分の研究生活を思い出しました。企業内で好きに研究していた時代は、自由だったのですが、学会で論文発表するようになると、ロジックを立てるため、過去の論文を読み、整理するようになる。
過去の論文は正しいとの前提を一旦置くため、思考のフレームは固定される。
過去の知識はストック型なので、年長者が有利で、固定された議論になりがちかも。
こういう状況では、アマチュアの方が、良い成果が残せると思います。僕の実体験でもそうでした。
ありがとうございました。
朝は狩りを、午後は釣りを、夕方は家畜の世話を、夕食後は批評を行う。
一方で、狩人にも漁師にも羊飼いにも批評家にもならない。
マルクスの一節を想起しました。
何かに特化した専門家になることは、その分野の奴隷になること。
弊社の言う「専門性」に対する痛烈な警鐘を感じました。
大きな組織の中での細かな分業。
針の穴に糸を通すような、限られた分業の範囲。
「糸」に成り果てて良いのか?
「プロ」という言葉の甘美な響きに惑わずに、
アマチュアリズムを忘れないようにしたいです。
政界は、与党も野党も含めて、派閥がパワーバランスを巧みに利用したヒエラルキー構造を持っていると思います。たてつくと排除される世界だということは日ごろのニュースなどで僕らが見聞きしていることで明らかです。
もし、日本の政界に、アマチュアリズムを持つ政治家が何人かいたら、今頃、現状の日本の景色はさぞ変貌をとげているだろうと妄想してしまいました。