TOPエンタメ映画・本荒木博行のbook cafe『芸術×力〜ボストン美術館展』東京都美術館28:46 2022年10月11日 8,309再生 問題を報告する 再生する シェアする AI目次ナポレオンが芸術で示唆した権力の正当性現代社会に残る権力とアートの関係性とはアドラー心理学が導く人間関係の真髄意思の力の限界と人生における手放す勇気年齢と共に訪れる変化への受容と自己肯定感AI文字起こし(β版) # タイトルコール あらきる浮きのブックカフェ。この番組は、自分の頭で考える読書の執筆者であり、書籍予約サービスフライヤーのアドバイザーを務めるあらきる浮きがマスターとなり、本からの学びを楽しむカフェです。 # 初めのあいさつ はい、みなさんおはようございます。10月11日火曜日の朝になりました。 さて、今日なんですけれども、また、またといってはあれなんですけれども、 美術館シリーズということで、今日はですね、ボストン美術館展の 芸術×力、アート&パワーというですね、それを先日見てきました。 もうこれは、ギリギリに行ってきたんで、今もうやってないんですよね。 どこだったっけな。東京都美術館だったっけな。 上野だったと思うんですけど、東京都美術館だな。 はい、これもとても面白く、そして権力とは何かということをね、すごく考えるきっかけにもなりました。 はい、なので、ちょっとね、その辺を考えながら深めていきたいというふうに思います。 はい、それでは行きましょう。本編スタートです。 # ローマ皇帝の正式な継承者をアートで表現したナポレオン それでは行きたいと思います。 ボストン美術館展 芸術×力 これは東京都美術館上野で7月23日から10月2日までということで 1週間前にクローズしてしまったものなので 今さら言うかってか 見に行きたくてもいけないじゃねえかみたいな感じかもしれませんけれども 私の整理まとめのためにしっかりと言葉にしておきたいというふうに思います。 この展示は パワーですね。権力っていうことを前提に ボストン美術館から取り寄せたアートをキュレーションしたというものになりますけれども 面白かったです。 その権力っていうことが その芸術とどう関わりがあるのかっていうことをね 考えるきっかけになりました。 なのでもう古今東西ですね いろんな権力者がどんなアートを作ってきたか もしくは作らせてきたか ということがですね 並んでるわけです。 ヨーロッパもあればアジアもあれば そんな形で並んでおります。 面白かったね。 いきなりですね こう入るとナポレオンの絵があるんですよね。 これがドーンとあって すごい綺麗な展示されてたんですけれども それが何かというと 体幹式の清掃したナポレオン一世の 肖像ということで ロベール・ルフェーブルですね。 これ1812年に描かれた作品なんですけれども ナポレオンがですね ちょっと彼方の方を向いて 清掃した上でですね ドーンと立っているという そんなことなんです。 単にねすごい総言で 綺麗な絵だなと思うわけなんですけれども ここにはそのいろんな インプリケーションがあるという話で 何を言わんとしているか ということを読み解いていくとですね 結構面白いんですよね。 ナポレオンはご存知の通りですね コルシカ島出身で フランス人ですらないわけですよ イタリアの家系に生まれたわけですよね かなりつつましい家の出身だったということなんですけれども その人が 強大な権力を握ることになった しかし彼自身 その権力の正当性ということを やっぱりどこかね しっかりと示さなきゃいけないと思いましたと 皆さんだったらどうします? 要するにね 血筋としては良くないんですよ なんだけれども ひょんなことで権力を握ってしまいます あえて言いますけれども どうしますか? ということなんですよね その時にナポレオンがやったことというのが この絵に表現されているわけなんですけれども それは何かというと 彼自身をですね ローマ皇帝の後継者として描かせたわけなんですよ なので私には そういう正当性があると まさにルネサンス期というのは ローマ時代の復興ですよね 美術的なものであったりとか 思想的なものの復興なわけなんですけれども それに乗っかったわけですよね ナポレオンはね だから自分は血筋を引くものであるという そんなことをこの肖像画に託すわけなんです だからそういう示唆がいっぱい散りばめられている これ実際にはですね 何枚描かれたって言ってたかな 30枚以上描かれたみたいですね 工房が描いてるんですけれども だからナポレオンがパトロンとしてその絵を描かせて パトロンとしてそれをいろんなところに展示させるわけです それによって やっぱりナポレオンって 今権力の座にあるけれども 権力の座にいて誓るべき人なのだと そんなことがこの絵1枚から いろんな形で読み解くことができるわけなんですね 描くのごとくですね 全てのアートを見ていくと いかにして権力者がですね 自分の権力を正当なものとして 自己表現するかっていう アートを使って 自己表現しているわけなんですよね だから時代によっては 自分自身をナポレオンみたいに立派に見せて そして 三千と輝くような形で描かせる場合もあれば 自分の姿をわざと隠して 私は絵になんかされないような 荘厳な人間なのであるという そんな姿勢を残したりとか 時代とか地域によって全然この 権力の表現の仕方が違うっていうのも とても面白いことでしたね これってでも 今の時代でもそうだし昔もそうだし だから 自分が 人間って基本的に みんなフラットで平等じゃないですか 姿形が明確に違う人って 別にその人が権力を握るわけではない 明確にね 体がでかいとかね 体が3mあるとかそういうわけでもなくて みんな似たり寄ったりの体型をして どんぐりの性比べですよね 多少人より頭いいかもしれないし 多少人より運動能力があるかもしれない それぐらいの中でやっていくときに 圧倒的な権力を持つっていうことって これやっぱおかしいことなんですよ だって同じじゃんって でもその圧倒的な権力というのが 運命の流れによって たまたまできてしまった その時にいかにして後付けで その権力でござるっていうことを ちゃんと認めてもらうかっていうことを これ必死に考えなきゃいけないんですよ その結果としてのアートなんです めちゃくちゃ面白いね だから認めてもらう なるほどねと やっぱ違うんだと 例としてあげたのは ナポレオンが ローマ皇帝の後継者である 違うんだと コルシカ島から出てきた田舎侍みたいな そんな話ではないのだと だから自分が ああいう権力の座につけるなんてことはなくて やっぱりつくべく人がついているのだなということを どう風にストーリー化していくか 私たちが今日ですね すごいアートだねと これかつてこんな風に残っていたんだねと すごい技術を使ってるよねと いう風に見たりする作品もあるんですけれども その大半はですね いかにしてこの権力ということを正当化するか というものなんですね だから僕がすげーなと思った 他にも挙げると アルブレヒト・デューラーの マクシミリアン一世への凱旋者というのがあるんですけど 超細かい絵なんですよね 本当ね どうやって描いてるのっていうくらい細かい絵が これは何かというと その絵の細微さとか細かさとかに目が行っちゃうんだけれども これが表しているのは 統治者ね マクシミリアン一世の特性とか美徳とか そういったものを賛美して 正当性を主張してるわけですよ この人は王になるべくしてなった人なのでござるみたいなね そんなね 神聖ローマ皇帝ですからね ローマの血筋を引いてますと それだけの 然るべき人間なのでござるみたいな そんなことを表しているわけですよね さてちょっとチャプターの時間が来ちゃったので 次のチャプターでクロージングしていきたいと思います # オフィスに何でそんな投資するの? さて、そういうアート&パワーの話を見てきたわけなんですけれども、じゃあこれは過去の話かっていうと、現在にも似たようなことっていうのが起きているということなんです。 権力っていうものをいかにして表現するかということですね。 私たちは、昔と違っていろんな情報があるから、そのアートの力、そのカビな絵とかで、その表現なんか、そんなのをすぐ見破るぜみたいな、そういうところもあるわけじゃないですか。 情報が全然ないわけじゃないからね。昔と比べてね。 しかしながら、やっぱり、なんていうのかな、美しさとか力強さっていうことに、心動かされてしまうというのは、その人間の本質は変わってないわけなんですよ。 だから、例えばですね、なんかオリンピックとかに、なんであんな金かけんの?みたいな話とかね、あれあるわけじゃないですか。 あれはやっぱり、その国の権力の故事なわけですよね。 だから、スポーツの祭典ということを言っているって、そういう側面もあるんですけれども、一方でですね、あそこのプレゼンテーションによって、いかにしてその国というものが権力があるかっていう、そのアートなんですよ。 それによって、印象づけられるわけですよね。 この国ってやっぱりすごいんだ、みたいな。 データだとか、そういう話っていうのは、さておき、人間の本能に、ダイレクトに、こう、訴えかけるものによって、やっぱりあの国、すごいのかも。 なんか、ちょっとやそっとで、ダメになっちゃう国じゃないのかも。 それを、我々は、こう、分かってるからこそ、金をかけて表現する、っていうことをやる。 だから、当時と今も何も変わってないってことなんですよ。その側面だけ見ると。 だから、ナポレオンがね、すごい工房で立派な絵を描かせて、30枚配るっていうのと、同じインセンティブで、そういうことをやってる。 例えば、今、国の話でしたけども、例えば企業の話でも、立派なオフィスを作る、みたいなものも、そういう意味では、アート&パワーの話ですよね。 なんでこんな、会社がそこまで投資するの、と、オフィスに、みたいな部分ってあるじゃないですか。 失敗する、あるあるのパターンだったりもするんだけれども、でもそんなこと分かっていながら、なぜそんなリスクを踏むのかっていうと、やっぱり直感的に分かりやすいっていうことがあるわけですよ。 その企業がこれから伸びていくぞ、とかね、なんかすごい力を持っている、とか、その企業家がいかにカリスマかっていうことを、やっぱり、こう、伝えるときの分かりやすい手段っていくつかあるんですよね。 で、その社長とか企業家そのものにですね、は、だって同じね、人間なんだから、そんなにね、こう、ね、見かけとか、話せば分かるみたいなのあるかもしれないけれども、ね、なんか限定的じゃないですか、そうしたときにそれになりかわって表現してくれるものがディスプレイされているっていうのは、やっぱりものすごい力を持つと。 だから、オフィスのエントランスとかね、ものすごい金かけて、わっ、っていう、ね、冷静にですよ、ロジカルに考えると、アホくさいじゃないですか、そんなね、見栄えよりも中身だぜって、みんな思うし、そんなことはもう百も承知なんですよ。 百も承知なんだけれども、なぜそういうところに投資をするかっていうのは、やっぱり私たち人間だからっていうことなんだと思う。だから、きれいなもの、力強いものみたいな、その直感に訴えかけているものに、私たちはどうしても印象づけられて、動かされてしまうっていう、ある意味ちょっと、まあ、愚かな部分ってあるわけですよね。 まあ、だからこそ、このアートの力っていうのは、やっぱり未だに残り続けるし、だからその権力の表現手段としてのアートね、今言ってるのは。 そういうアートっていうのは、残り続けると思うし、多分、当時はAだったかもしれないけれども、その手段はいろいろ変わってくると思う。しかし、一瞬で、脳まで、こう、届く、分かりやすい手段っていうのは、永遠に消えないんだと思う。 だから、財務書評がどうだとか、数字がどうだとかなんだとかっていうのって、やっぱり分かりにくいんですよ。多くの人にとっては。もちろん、リテラシーある人にとっては、そういう方がよっぽど大事なんだけど、大衆、このアートもまさに大衆向けだったりもするじゃないですか。すげえな、みたいな。 その時に、本当にリテラシーのない大衆が直感的に凄さを分かるっていう、その手段としてのアートっていうのは、もう人類史が証明していて、いまだにそれは残っているということでもあるんだなっていうのを改めて感じた次第です。 ということで、アートっていうことに対して、権力っていう補助線を引くと、また見え方が変わってくるという、そんなキュレーションだったんですね。とても面白い内容でした。ということで、今日はポストン美術館展、芸術×力、お届けしました。 # 『アドラー心理学』 はいそれでは今日のフライヤーのコーナーです。今日はですねサクッと明るビジネス教養 アドラー心理学という本になります 著者ですが 岩井俊則さんですね はい 有限会社ヒューマンギルド代表取締役 ハリウッド大学院大学客員教授 アドラー心理学カウンセリング指導者 いらっしゃいますねはい えっと こちらの本は新生出版社から2022年8月出た本になります このサクッとわかるビジネス教養シリーズですね知性学とかすごく売れましたね はいそのシリーズ本になって まあもういいかな時効かもしれないんであの僕にもオファーがありまして 監修やってくれませんかということだったんですけどちょっとねー 忙しいのとテーマが合わなかったのでお断りをしました はい 今回アドラー心理学編ということですけれども アドラー心理学の理論まあこれあれですよね嫌われる勇気で一躍有名になりまして そんな理論っていうのがね自己決定論目的論 全体論認知論対人関係論この5つの要素にまとめることができると書かれております はい 勇気づけとか共同体感覚みたいなキーワードそれからね褒める多い ことを 否定してましたよね確かね 褒めるのではなくて感謝とか勇気づけるみたいな まああの そんなことだったしこれねすごい難しいですよね共同体感覚ってね まあ僕もちょっとこれわかってるようでわかってないなぁ なんかうん すごくね感覚的にはわかるんですよ はい こう自分と同じ世界で こう 何をやってもこうなんだろうな その共同体の中の一員としてね 関与していると ダーマ相手の存在そのものをね本当に あの認めるっていうところから始める そういうこう繋がりとか絆の感覚みたいなものがあるんですけどこれもねちょっと なかなか難しいですよね 理解するのがね 僕もあんまり理解しているとは言えませんけれども まあいずれにせよ なんかこう 自己啓発的にねやっぱ使える部分が多いですよね それがそのアドラー心理学の正しい使い方かどうかっていうのは正直よくわかんない んですけどただ そのいろいろその人間関係とかで悩み多いわけじゃないですか アドラーはにあの悩みのあの ほぼ全ては人間関係であるみたいなこと言ってた記憶がありますけれども だからそこに対して具体的な示唆を与えてくれるという意味においては本当に ね まさに力を与えてくれる 考え方かなという気がしています ただアドラー自身がこれをどうふうに考えどうふうに使ってほしいって言ってたのか っつうのはちょっと正直わからないんで なんとも言えないんですけどねはいということで a 今日のフライヤーはアドラー心理学でした # 頂いたコメントへのお返し はいそれでは今日のフライヤーのコーナーです。今日はですね 群蔵10月号ですね。医師の力への進行が揺らぐ時代にということで。はい イタルさんです。興味深いお話でした。論考自体も、論考集自体も面白そうですね。 医師の力の進行があるとして、そこから抜けられないのはそれに依存しているのではと思います。 それがいけないというのではなく、おそらく他の拠り所がない、あるいは知らないのかもと。 レッドイットゴー、ひょっとしたら流れに身を任せるのは必ずしも弱いのではなく、進行を手放す強さなのかもしれませんね。 それも医師の強さ。 まずはカズさんがコメントされてますが、イタルさんのコメントで 熊谷真一郎氏の自立とは依存先を増やすことという言葉を想起しました。 思い出した言葉と今回の放送を聞き考えていることの関連を言語化できるようにしたいと思いますということですが。 これは本当にその通りです。 難しいですよね。医師の力を手放して 流されるがままというのって、ソリューションになり得るのかというのはちょっとやっぱり難しいですよね。 時としてそういうオプションがあるというのは十分わかる。 しかしそれによって自分の人生を他者に委ねるというのが良い生き方なのか、みたいなのは正直僕もわからない。 これ難しいよね。僕が紹介しときながら難しいなぁと思うんだけど。 ぐるぐる鈴木さん。スターターとしての意思。先日の佐々木さんとマスターとの対談は聞かせていただいたので、そこから考えていた内容でした。 スラムダンクの名言。諦めたらそこで次第終了だよ。にもありますが、意思の力は僕にとっても信仰の一つでした。 ただ花道が三脳線で体を壊してしまうように、断固たる決意の限界は必ずある。意思でどうにもならないことが起こった時にどうするかが問いですよね。 登山など自然の中にいるとわかるのは諦めて待つこと。マスターのコメントであれば手放すということを改めて思いました。 ぐるぐるさんが言ってくれたことがさっきの悩みの具体的な延長の話ですよね。 頑張る。だけどある瞬間手放す。 どの瞬間手放すのか問題が多分一番の論点なんだよね。 やることをやったらもう後は結果を運に任せるだけだっていうのってみんな言うじゃん。 その通りだと思うんだ。みんなわかってるんだよ。でもどこまで行ったらやることをやったと言えるのかというのでみんなバグるんです。 人によってそれがバラツキがでかいんだよね。 この問題なんだろうね。 泉龍太郎さん、あえて対局に振ってみて意思の力を完全に捨てた場合を考えてみると、 会社の決めたことだからが口癖の死んだら魚の目をしたサラリーマン、自己肯定感がだいぶ低そう、創造的な思考が生まれにくそう、 範囲を会社からさらに広げると民主主義の死なんて大行なイメージも湧きます。かといって意思があれば何でもできる。 というのも生存者バイアスに多分にかかっている気がします。ルールの檻の中の自由、檻を強調するか自由を強調するかシチュエーショナルだと思いました。 本当はシチュエーショナルだし、程度問題だし、このメッセージは常に微妙なんです。 僕と佐々木さんとの対談も終始微妙だったんですよ。 こっちである、みたいな言い切りができない話。 ケースバイケースだよね。 頑張らなきゃいけない時もあるよね。 これが難しい問題ですね。町田克司さん、今週シレッダー本図にて中村秀夫さんの本が紹介され、その本のタイトルと今回の話が繋がり腹落ちしました。 資本主義社会の中で成長することが求められる。求められる姿は、自らの内発的動機の結果として求める姿とのギャップが生じやすい。 そのギャップを受け入れられないと苦しみ悩むことになる。そんな感じでしょうか。 マスターがおっしゃったように、ご高齢の患者さんと話をする中で、自らの変化を受け入れられない人とそうでない人は、表出する幸福感が異なるなぁと感じております。 資本主義における成長以外にも、求められる場面がたくさんある昨今。以前マスターがおっしゃったように、自己を守る、もう一人の自分の存在が必要だなと思う今日この頃です。 そのままでいいよと認められる社会、自分を愛することのできる社会、どうすればそんな社会になるのか、半径数メーターの中で考えて実践していきたいと思います。 ということで そうねー これは本当そうなぁ まあね松井さんはその 高齢の患者さんとね話す機会があると思うのでまたねこれ多分 すごい違う角度でご覧になってんじゃないかなと思うし我々がまさに 年を取っておいていくわけじゃないですかもう僕なんかほんと最近それ感じますよ ね体がねやっぱね思うように動かなくなってくるわけですよ まあ具体的に言うと足首なんだけど ねえほんとねー なんか手放す勇気がないとね 病むねこれは だからこれは俺のプロセスなんだと思う ちょっと話しながら思ったんだけど若い頃もこんなこと言わなかったもんね 多分ね tmt 通算医師の力自分にとっては2つの意味合いが含まれるなと思いながら聞いて ました一つは気分的に乗らないけど自分を奮い立たせて頑張ろうという思い もう一つはこれをやりたい絶対に成し遂げたいという思い 年齢を言い訳にしたくないですが気がつくと前者の割合が増えている気感覚があります 校舎は理想の状態ではありますが無理やり見つけなきゃという脅迫観念ではなく自然と自分の 内面から沸き上がるのが見つかるよう経験の幅を広げていきたいと思います いや年齢を言い訳にしたくないですがって書いてありましたけど僕年齢の話をさっき しましたね これね年齢はありますよ本当にあります それも認めるっていうのがだから年齢を言い訳にしていいんですよ ねそうふうに肩の力を抜いていく自分は刻一刻 あの昨日までできることができなくなっているのだということを認めるっていうことも 大事なこう生き方のプロセスだと思いますはい というそんな話でしたコメント返し以上になりますいつも皆さんありがとうございます # 終わりのあいさつ はいということで今日は権力かけるアートでしたねはい えっととりあえず もうアート系は 美術館系は終わったかなぁ全部話したかなぁ ちょっと最近まだあんま行けてなくてまだ早く行きたいなぁいろいろ いろんなね展示が秋はねいい面白そうなのいっぱいあるんですよ なのでまた皆さんにねご紹介していきたいというふうに思います はいということで今日はここまでまた明日 もっと見る #アート #オリンピック #オフィス #ナポレオン #権力 荒木博行のbook cafeプレミアム放送配信中!00:111.タイトルコール01:032.初めのあいさつ09:313.ローマ皇帝の正式な継承者をアートで表現したナポレオン06:114.オフィスに何でそんな投資するの?03:515.『アドラー心理学』07:266.頂いたコメントへのお返し00:367.終わりのあいさつコメント感想・質問・応援メッセージを書こう 町田和敏(変な髪型をしたポンコツ薬剤師)2022年10月12日今日も色々と考えさせられました!ありがとうございます!想起したのは、良い服を着て、良い時計をつけて、良い車に乗って、みたいなものも、影響力に結びついているのかなぁということです!他には、銅像が建つ際に、その銅像のモデルとなる方が存命の場合は、権力を表現することにも繋がっているんだろうなぁと思いました!中身が大事なのは承知だけど、視覚や聴覚から得る印象というのは、情動と結びつきやすいのかなぁとも連想しました!身の回りの出来事を振り返り、今回の話と結びつけて考えると面白いですね!返信 泉 龍太郎2022年10月11日『芸術×力~ボストン美術館展』権力者による芸術品と聞くと、驕り高ぶりの表れとのイメージが湧きますが、今日のお話から違う解釈も引き出せそうです。怖くなったのでは?大き過ぎる力を前に、それが砂上の楼閣ではないと安心する為に、目に見えるアイコンを欲したのかも?当事者が実際どう感じたかは不明ですが、一般に、何かを強く誇示したり誰かを強く威圧したりする作り物は、それが有形であれ無形であれ、アートであれ実用品であれ、自信の無さから来る虚飾かも?と留保すると見え方が変わりそうです。返信 ナカタサトシ2022年10月11日平民から成り上がりアートの影響力を利用した人物としてナポレオンが挙げられているのを聞いて前澤友作さんのことを思い出しました。彼の目的は権力を誇示することではないと思いますが、 ZOZOのオフィスにアート作品を飾ったりしていたことが記憶に残っています。またバスキアのコレクターとしてレオナルド・ディカプリオのような著名人との交流があったようです。現代では自らを描かせるということでアートのもつ影響力を利用することはないものの、宇宙旅行というパフォーマンスがアートとして機能するのかもしれません。1返信 いたる2022年10月11日権力を認めてもらうため、正当化するためのアート絵画に限らず、権力を持った者が自らを美化するのは世の常なのかもしれないですね。歴史書も然り、当時の人に訴えると同時に後の世に自分の偉業を美化して残してるのかな、と。一方で権力者にはそれに相応しい美しさを大衆は求めるものなのかもしれないですね。当時は「美しさ」と「立派さ」が同義でそれで「素晴らしい人に違いない」と納得してしまう、とか。今はどうですかね?美しく飾られたものは立派で権力者に相応しいのか?それとも嘘くさくて裏がありそうなのか?返信 ぐるぐるすずき2022年10月11日現代のパワーの源泉今日のお話、興味深かったです。どうやって権力を持つことを正当化するか?という問いですね。現代で考えてみると、学歴、受賞歴、フォロワー数は、スタートポイントになりそうです。その裏にあるのは、他の人が認めているということでしょうか?下世話な話ですが、人事権と賞の関係を書きます。外から見ると権威があり、組織の中から見ると内輪で決められる。そんな賞があります。受賞がその後のキャリアと結びつき、人事権になっていて、受賞が権威付けにもなる。ありがとうございました。2返信 もっと見る
うまくいかない対話の落とし穴をふさげ!/G-POPマネジメント実践講座 中尾隆一郎さん対談2 34分・12時間前・ 1,509再生AI目次自立自転組織を育むGPOP講座成果を生むGPOPシート作成術ポジティブ対話を生む会議の仕組み対話の課題を解決するファシリテーションGPOPで成果と「ご機嫌」を得るには
仕事が自然とできるようになる仕組みがあるんです/G-POPマネジメント実践講座 中尾隆一郎さん対談1 34分・昨日・ 2,638再生AI目次仕事が自然と進むG-POPの正体GPOP:日報を越える自己成長ツール目標達成を促す振り返り術の真価心理的安全性を育むGPOP会議の力急増する導入企業が語る成功体験
感情を爆発させた後に何が残る?/絵本カフェ『なきむしなきこちゃん』 『ほげちゃん』絵本ナビ編集長 磯崎園子さん対談2 35分・9月8日・ 3,007再生AI目次大泣き体験から紐解く感情爆発の意義ホゲちゃんが暴れる!怒りの感情を解放する感情爆発後に残る「空白」その正体とはTLCが彩る90年代R&B、栄光と悲劇アート作品に投影される主観と客観の対話
想起したのは、良い服を着て、良い時計をつけて、良い車に乗って、みたいなものも、影響力に結びついているのかなぁということです!
他には、銅像が建つ際に、その銅像のモデルとなる方が存命の場合は、権力を表現することにも繋がっているんだろうなぁと思いました!
中身が大事なのは承知だけど、視覚や聴覚から得る印象というのは、情動と結びつきやすいのかなぁとも連想しました!身の回りの出来事を振り返り、今回の話と結びつけて考えると面白いですね!
権力者による芸術品と聞くと、
驕り高ぶりの表れとのイメージが湧きますが、
今日のお話から違う解釈も引き出せそうです。
怖くなったのでは?
大き過ぎる力を前に、
それが砂上の楼閣ではないと安心する為に、
目に見えるアイコンを欲したのかも?
当事者が実際どう感じたかは不明ですが、
一般に、何かを強く誇示したり誰かを強く威圧したりする作り物は、
それが有形であれ無形であれ、アートであれ実用品であれ、
自信の無さから来る虚飾かも?と留保すると見え方が変わりそうです。
彼の目的は権力を誇示することではないと思いますが、 ZOZOのオフィスにアート作品を飾ったりしていたことが記憶に残っています。
またバスキアのコレクターとしてレオナルド・ディカプリオのような著名人との交流があったようです。
現代では自らを描かせるということでアートのもつ影響力を利用することはないものの、宇宙旅行というパフォーマンスがアートとして機能するのかもしれません。
絵画に限らず、権力を持った者が自らを美化するのは世の常なのかもしれないですね。
歴史書も然り、当時の人に訴えると同時に後の世に自分の偉業を美化して残してるのかな、と。
一方で権力者にはそれに相応しい美しさを大衆は求めるものなのかもしれないですね。当時は「美しさ」と「立派さ」が同義でそれで「素晴らしい人に違いない」と納得してしまう、とか。
今はどうですかね?
美しく飾られたものは立派で権力者に相応しいのか?
それとも嘘くさくて裏がありそうなのか?
今日のお話、興味深かったです。どうやって権力を持つことを正当化するか?という問いですね。
現代で考えてみると、学歴、受賞歴、フォロワー数は、スタートポイントになりそうです。その裏にあるのは、他の人が認めているということでしょうか?
下世話な話ですが、人事権と賞の関係を書きます。外から見ると権威があり、組織の中から見ると内輪で決められる。そんな賞があります。受賞がその後のキャリアと結びつき、人事権になっていて、受賞が権威付けにもなる。
ありがとうございました。