TOPエンタメ映画・本荒木博行のbook cafe相談カフェ#93 事業を畳む決断をしたことはありますか?39:12 2023年1月8日 8,181再生 問題を報告する 再生する シェアする AI目次終わらせる決断の真意とは経験に意味を与える「後付け」の思想ルールは変更可能「無限ゲーム」の視点親のエゴが暴走する中学受験の現実人間関係の構造を理解し呪縛を断つAI文字起こし(β版) # タイトルコール アラキル域のブックカフェ。この番組は独学の地図の執筆者であり、書籍予約サービスフライヤーのアドバイザーを務めるアラキル域がマスターとなり、本からの学びを楽しむカフェです。 # 初めのあいさつ みなさんおはようございます。1月8日、日曜日の朝になりました。 さて、今年最初の相談カフェですね。 収録そのものは昨年の早日かな、12月の中旬くらいにやったんで、 だいぶ前のような気がしますね、もはやね。 相談内容は、「事業を畳む決断をしたことがありますか?」という話だったと思うんですけど、 答えはないんですね。ないで終わっちゃうんですけど、 そこから話を展開していったような気がします。 もう正直覚えてない。何話したかな。 いいこと言ったんじゃないかな。 そんなに上滑りした感覚はないんで、ちょっと覚えてないけれども、 私も一リスナーとして新鮮な気持ちで放送を聞いてみたいと思います。 では行きましょう。本編スタートです。 # ありまてん はい、それでは相談カフェのお時間でございます。 今週も先週に引き続きまして、アシスタント倉達さんでございます。どうぞよろしくお願いします。 よろしくお願いします。 さあ、前回が文人みたいな話でしたね。 はい。 改めて振り返っていかがでしたでしょうか。 いろんな問いを誘発するがゆえに、もう少しいろいろ話したかったなという感じがありましたね。 そうですね。いくらでも言えそうな話がありますね。 切り口がたくさんあるテーマだなと思って。 ありがとうございます。そして今週は持ち込み提案ですね。持ち込み相談ですね。 はい。 アシスタント高齢になりそうな感じですけどね。 持ち込み提案がある。 はい。じゃあ、お願いします。 はい。質問です。 マスターは何か自分が作った事業を畳むような決断をしたことがあるのでしょうか。 今、私は現在進行形で自分が企画したプロジェクトを畳む決断をしました。 私自身、それは自分が成し遂げたいことのために必要なプロセスだったと自覚してますが、 どうしてもこれがベストソリューションだったのか、もやもやするのです。 一般的に企業家の素質で語られるのはそれを続けること。 これと相反する辞めるという決断は果たして正しかったのか。 マスターはどんな体験があった時に事業を畳む。 自分が作ったものを終わらすという決断を下すのでしょうか。 というのが今回の質問です。 なるほど。 いやぁ、なかなか大変な経験でしたね。 そんなでも、マスターのスケールに比べたらあれなんですけど。 じゃあ、その背景をぜひ教えてください。 背景としては、実際僕が体験しているというのもありますけれども、 何か終わらす決断をした時に感じる、本当にこれで良かったんだっけ感みたいなのはありますよね。 これってあまり事業に限らないなと思いまして、 つまり何かプロジェクトをやって終わらすというのもあるんですけど、 恋愛の領域でもあると思うし、趣味の領域でもあると思うし、 企業からとか事業を作ってきた人が通る道というよりかは、 何かみんなにとって引き寄せができるようなテーマになりそうだなと思って、 これをピックアップしてみた感じです。 なるほど。 まず、事業を畳むという経験をしたことはないです。 そうなんですか。 ないんですけど、自分が立ち上げた事業から離れるというか、 辞めるという決断をしたことはあります。 自分の意思で? そうそう。自分の意思でね。 自分が立ち上げましたと。 具体的に言うと、グロービスでオンラインMBAというのを立ち上げて、 何年くらいだろう?4年くらい回して、 それで、コロナ前だったけどね、 さよならって言って、僕は外に出たわけなんですけど、 その後、後に残った人たちがちゃんとビジネスとしてしっかり仕上げて、 コロナが来て、味方上がりで大成長みたいな感じでした。 だから、そういう意味での畳むというわけではないけど、 志半ばで離れるとか、 僕がラグビーを辞めた時もそんな心境でしたね。 必ずしもハッピーな辞め方ではなくて、 膝がすごく痛めて、 しかもあんまりその組織にいてもいなくても変わらないという存在になってしまい、 中場はちゃんとピリオドがつけられない形で辞めたという 虚しさみたいなものはすごく明確に覚えてますけれども、 だから、倉達さんと決して同じ経験ではないんですけれども、 途中で終わらせるピリオドを打つみたいなことをせざるを得なかった、 もやもやする感覚というのを感じたことは何度もありますよね。 その時っていうのは、 その時っていうのは理想の、 本当はこういう風に終わりたかったみたいな感覚ってあるんですか? ありますよ、ありますよ。 やっぱりこう、 自分が決めた何かを成し遂げたから終わりにできるとか手放せるとか、 っていうのってある意味幸せじゃないですか。 だからプロ野球選手の引退とかもちゃんとセレモニーで何百勝も到達して、 ちゃんと引退試合まで設定して、 マイクスタンドで話せてピリオドを打てるなんていうのはすごい幸せなことなんですけれども、 多くの選手はそこまでできないんですよね。 なんか知らぬ間に引退してたとか、 身内だけの挨拶で終わったとか、 急に首を切られてしまって、 もうロッカーがなくなっていたとか、 いろんな悲しい話とかいくらでもあるわけじゃないですか。 大多数の人は甲子園で行ったら勝ち続けられるのは1チームだけで、 あとはもう全部負けるみたいな、 そんな悲しいのが本当の意味での競争社会の宿命のような気がします。 だから大事なことは何かというと、 それをどう意味付けるかということなんだと思うんですよね。 やっぱりハッピーに終わりたかったけど、 ハッピーには終われなかった。 でもその経験を経験として消すことはできないわけであって、 その意味というのはですね、 これやがてわかるんですよね。 面白いんだけど。 今じゃない? 今じゃない。 だからその今の瞬間それを総括しようと思ったら、 本当に惨めな悲しい経験とか、 もやもやして、 ひょっとしたらこんなことをやるべきではなかったのだろうかとかいう、 そういう後悔とか、 そういう汚点みたいな、 そんな風にも感じてしまうこともあったりもするんだけれども、 必ずそれが意味を持つ日というのは来るわけですよ。 その時に初めて、 あの子を不毛だと思った経験というのはこんな意味をもたらしてくれたのか、 みたいなね。 そんな瞬間がやがて訪れるという、 そんなことなんじゃないかな。 これね、だからロブスターっていうね、 私の知り合いの佐々木康弘さんが書いたね、 いくつもの月曜日という本があるんですけれども、 ここにですね、結構いいメッセージがあって、 ちょっとそれを引用するとですね、 物事はあるレベルに属する単位、上位のレベルに組み込まれた時に意味を持つ。 帽子は野球選手が被っているか逃走犯が被っているかで意味が違う。 文脈や物語も同じだ。 音は言葉の一部になった時初めて意味を持ち、 言葉は文章に収まった時に意味を持つ。 文章は全体の物語に組み込まれて意味を持つということなんですね。 だから今そこに経験として打たれたドットというのは、 そのドットだけでは意味を持たないんだけど、 上位の構造に組み込まれた時に初めてその点が、 星座に例えるならば、 猫の尻尾になるのか、 ゾウさんの鼻になるのか、 キリンさんの目になるのかというのは、 より大きな構造に飲み込まれた時に初めて分かる。 そういうことですね。つまり後付けであると。 じゃあその後っていうのはいつなんだっていう話ですよ。 それは比較的早い段階で、 倉達さんが1年後に何か大きなキャリアチェンジの展開があった時に、 あそこで授業を閉じておいて、良かったとかね。 この授業を閉じたということがすごくこの経験に寄与している。 そんな風に気付ける。 比較的回収速度の早い経験になるかもしれないし。 今の際で意識が薄れつつある時に、 あの経験があったからこそ。 初めてその意味に気付くという回収期間が長い経験になるかもしれないし。 そこまで長いスパンを考えた時に難しいなと思いますよね。 つまり今自分が捨ててきたものとか、 何も感情を伴ってないものって結構あると思うんですけど、 それが後々めっちゃ意味があったっていうのは、 あまり粒感とか関係ないのかもしれない。 例えば大きな授業を畳んだみたいなことでもないかもしれないなと。 そうなんですよ。 そう、まさに粒感でもないんですよね。 何かとある人との些細な会話とかね。 何か覚えている出来事とかもあったりするわけじゃないですか。 そういうのって意味わかんないけど記憶に残るってことありますよね。 だからこそ我々はその一瞬一瞬を大切に生きる。 それが後から意味を持つからね。 どれが意味を持つのかわからないから、 これは意味がある、これは意味がないっていうのは、 残念ながら今の僕らに読み解く力はないんですよね。 だから目的信仰が強すぎると、 意味のあるなしっていうのをものすごく合理的に判断しちゃうじゃないですか。 2年後までにこれになるぞという風になったら、 それになるために逆算でいろんなことを考えて、 そうすると意味のあること意味のないことみたいなことが、 結構はっきり見える感覚に陥ったりするじゃないですか。 こんなことしてても意味ないなとか。 なんだけれどもその意味ある意味ないというジャッジの目利きというのは、 本来的にはできないんだよね。人間にはね。 とんでもない寄り道が大法村になるみたいなこともあったりするじゃないですか。 そうだから、残念ながら我々はそんな賢くないという前提を持って、 我々のちっぽけな視点で持つ意味みたいなものって、 もっともっと壮大なストーリーの中で回収されていくんであるぐらいの感覚の方が、 僕はいいような気がします。 でも瞬間的に目的のスイッチが入っちゃうときとかすごいあるなと思ってて、 今の話聞いて、そういう生き方をできてるのかって言われると、 全然できてないような気がするよね。 まあね、まあね、いやそりゃそうですよ。 だからそれはまたそれも人間だから仕方ないことなんだけど。 あとね、全然違う観点の話をすると、 最近のDHBRのね、2023年1月号で、 イベントをやって対談して、 このボイシーでこっちが先か収録が先かちょっと分からないんですけど、 その中で一つ面白いキーワードがあってですね、 先の見えない未来で恐れを抱かずに生きる方法みたいなね、 そんなちょっと自己啓発っぽい論文が珍しくDHBRの中にあって、 その時の心構えの一つとしてね、 面白いキーワードが無限ゲームっていうキーワードがあったんですよ。 無限ゲーム。 だから無限ゲームっていうのは何かっていうと、 ゲームって一回きりだと思うとめっちゃ怖いじゃないですか。 それによって生死が決められてしまう。 生死っていうのは大げさですけど、 成功か失敗か決められてしまうってなったら、 まあそれは慎重になるわなと。 だからみんな恐れを持ってサイコロをなかなか振らないわけですよ。 しかしこのゲームは無限ゲームであるという風に認識した瞬間、 みんなサイコロ振れるんですよ。 これは何かというと無限ゲームっていうのは、 ルールが後から変更可能であるという認識なんですね。 だから例えばですよ。 今倉達さんがサイコロ振ってくださいと。 奇数が出たらOKですと。 偶数が出たらグブですと。 事業畳まなきゃダメですみたいな話になって。 そうすると怖いじゃないですか。 でも仮に偶数が出たとしても、そのルールは後から変えられると。 そういう風に思えば一回とりあえず振ってみっかと。 とりあえずダメでも次振る機会もあるし。 トータルとしてそれが勝つまでやればいいじゃないかみたいなね。 これだから倉達さんが相談の中に入れてくれた、 企業家のマインドセットの話はやっぱりそういうところありますよね。 どうやったら勝てるんでしょうかとか、どうやったら成功できるんでしょうかという問いに シンプルな答えで成功するまでやるんだみたいなことをよく言う人いるじゃないですか。 それってある種のルールを自分が変更できるのであるという前提なんですよね。 ルールを設定するのは誰か。 外側がルールを決めるってなっちゃうとめっちゃ怖いんだけど、 ルールを決めるのは自分であるって考えた瞬間、いつまでもサイコロを振るっていうことなんですよ。 そう考えたときに最終ゴールは何なんだって言ったら、 自分が幸せに生きることだったりするじゃないですか。 事業で成功することっていうのは手段でしかなくて、 結局的には自分が幸せになるみたいなことだったりしますよね。 だとしたらこれ無限ゲーム可能なんですよ。 だって幸せの定義って変えられるでしょ。 だからいつでも変えられるんですよ。 はじめはこの企業の中で部長になることみたいなのが幸せだったとしても、 部長になれなくてもこの会社に居続けることとか、 この会社にいられなくても友達がリタイア後もたくさんいることとか、 どんどん幸せの定義を変えていけば無限ゲーム的に幸せになり得るみたいな。 変えた瞬間に過去のものが再定義される。 変えるという行為があるから、 過去のものを改めて捉え直せるんだろうな。 すごく気持ちが楽ですよね。 そうなんですよ。 だから今おっしゃっていただいた気持ちの問題なんですよね。 こういうものって。 全ては認識であるっていう。 その有意識の考え方ってあるじゃないですか。 この世の中を規定しているのは全て私たちが持つ認識。 あらやしきがどういうふうにこの世界を見ているのかであると考えたら、 認識さえ変えれば世の中はハッピーになるのであるって。 そこまで言い切っちゃうと脳天気すぎるんだけど。 でもそういうところってありますよね。 過去が変わった感覚にもなりますよね。 本来的に過去って変えられないんだけど、 認識を変えたら実は過去って変えられますよね。 本当そうなんですよ。 過去はいくらでも過変ですから。 そういう意味において全然アリだと思うし、 いい経験ですね。 そんな感じですよね。 という感じですけど、 もう一回相談に振り返ると、 辞めるという決断は果たして正しかったのか。 マスターはどんな体験があった時に事業を畳む。 自分が作ったものを終わらすという決断を下すのでしょうか。 後半のどんな体験があった時に畳むかというのはあまり答えていないけど、 辞めるという決断は果たして正しかったのか。 果たして正しかったのか。 正しいかどうかも語っていないな。 知らんがな回ですね。 でも知らんがな的でもないような気がするんだけど、 相談者は目の前にいますから。 相談者としては、 本でいうと正しいか正しくないかの答えが欲しかったという感覚はなくて、 マスターの視点からこの体験をどういうふうに解釈したりとか、 マスターだとどういうふうに決断するのかという、 そこの好奇心で僕はこの問いをマスターにつけた感じです。 なのでそういう意味だと、 僕としては結構満足だけどな。 じゃあ、採点をお願いいたします。 採点。 採点はむずいですね。 採点、今日は。 今日はでもすごく楽しかったし、 質問した本人として採点するってことですか? もちろんですよ。 質問した本人が採点するんだったら、 この時間はもう100点ですよね、僕は。 初来ました。100点が出ました。 この形式やって何回?4回くらいですか? これ4回。初めがC点だったんですよ。 なんじゃそりゃっていう。 で、2回98、98ときて100点がとうとうきました。 そしてこれはですね、100点が満点とも誰も言ってないんですよね。 確かにそうです。 100点もいいのか悪いのかよくわからんという。 ということで、4回にわたり、倉達さん、これで終わりということなんですが、 まだコミュニティとしてのアシスタントグループがわいわいやってますので、 ぜひそっちでまた交流してもらって、何らかのカムバックを果たしてもらえればと。 コミュニティが魅力ですよね、アシスタントカフェとか。 そんな活用受けますね。わきあいあいな感じが素敵です。 はい。ということで、倉達さんアシスタントでした。どうもありがとうございました。 ありがとうございました。 # 『勇者たちの中学受験』 はい、それでは今日のフライヤーのコーナーです。今日は勇者たちの中学受験 我が子が本気になった時、私の目が覚めた時、という本になります。 著者ですが 太田俊政さん、教育ジャーナリストの方でらっしゃいますね。 大和書房から2022年11月に出た本になります。 いやー、えっと、そろそろね、2月の、首都圏は1月から、2月の1日から3日が、その受験日のピークになりますけれども。 いやー、そろそろ近づいてまいりました。 あのー、このね、 勇者たちの中学受験という本では、その、実話をもとにしたね、 フィクションが描かれているということなんですけれども、このね、中学受験、 まあ、うちの次男も経験しましたけれども、いや、なかなかのもんなんですよね。 この、ようやくに書かれている、ストーリーはですね、 なかなか読ませますね。これは、ほんとに。 まあ、すごく優秀なお子さんの中学受験の話なんですけれども、 まあ、優秀なはずだったんだけど、 こう、だんだんボロボロになっていくと、家族もだんだん崩壊していくみたいな、 そんなね、こう、 なんか、何とも言えないストーリーですね、これはね。 この、次男、早人くんの中学受験で、三冠に最も近い男。 三冠というのは、なだかいせつくこま。 これにすべて合格するっていう、まあ、こんな子いるんだ。 まあ、そういう実力を持ったと言われている子供を持った家族が、 ねえ、なんか大変なことになるというストーリーがね、ここに書かれてますけれども。 まあ、結構ね、まあ、子供というより親のエゴがありますよね、これね。 本当に、親の都合、塾の都合みたいなことに、 子供が翻弄されていくみたいな姿ってやっぱりありますよね。 これはもうちょっとね、かわいそうすぎるような気がする。 でももう、受からなくてはならないみたいな風になっちゃうとね、親もヒステリーになっちゃうし、 なんでできないの?みたいな感じになって、 こう、プレッシャーで潰れていくみたいな、そういうこともありますよね。 まあ、これからちょうど受験を迎えられる方もいらっしゃると思いますし、 これから、もしくは関係ないという方も大多数でしょうけれども、 まあ、こんな世界があるんだということをね、ちょっと知っておくだけでもいいかもしれません。 ということで、今日のフライヤーは勇者たちの中学受験でした。 # 頂いたコメントへのお返し はいそれではコメント返しです。今日は母という呪縛娘という牢獄ですね ラムさん、共感はできないですがなんとなくわかるような気がします。私も亡き母のコントロール 私の亡き母もコントロールしたい性格でした。子供の頃そんな母から逃げたくて家出や自殺も考えたこともあります。 しかし思春期にはありがちな感情で、やはり母の思いも受け止められたので大事にはいたらなかった。 この娘さんはなぜ自ら死を選ばずして殺してしまったのかの問いが生まれました。私も娘がおりとても感慨させられます。 愛のある対話をしていきたいと思いました。でも愛って簡単には言えず一人よがりになるので難しいなぁと まあいや本当ねしかも同性っていうのがね結構 きつい呪縛になるっぽいですね だから男性の息子 女性にとっての娘その関係ね ぐるぐる鈴木さんやってしまう人間関係の構造してしまうやってしまう今日の話は僕も少なからず覚えがあるのでその傷が疼きました個人としては無意識に引っ張られるという感覚です この話の別の例として野球でピッチャーとバッターの例が伊藤浅さんの体が行くの 系に掲載されていました ピッチャーがバッターに打たれるなという感覚で投げる瞬間があるという話です その時には自由意志がなくさせられているという感覚らしいです こう考えると僕たちの周りに構造が溢れているのかも研究したいと思います いやほんとそう なんかねそうなってしまう構造というのはあるんです水が下から上に流れるっていうね あのそのメタファーよく使いますけど ねだからそれを理解するって大事だと思います 伊藤さん元旦にそしてバターを渡されたという映画を見ました 見ていて改めて感じたのは強烈なまでの母親の子供への影響力でした 親子関係の呪縛牢獄そこには愛と社会責任と自分の要求との葛藤があり 思わず出る本音に受け取り手は矛盾不条理を感じ 行き通りへと転換して歪んだ人間関係になってしまう構造を変えるそれができない なら構造の捉え方を変えるでも極限ではそれをできないので 構造との関係を立つしかないのでしょうかね 映画は心がほっこりするもので見てなければ口直しにぜひということですね まあ見てないですなので機会があったら見たいなと思いますけれども 構造を変えるっていうねまあそれがねできれば苦労しないんですけれども ただやっぱり構造を変える努力そのなんだろうな自分の主体性だけではどうにもならない っていう部分があるんでね 仕組みそのものを変えるっていうのが大事かなと思います et さん人間関係の多面化の大切さ本当にその通りだと思います 職場の悩みのほとんどが人間関係に起因すると聞いたことがありますキャリア面談で何がやり たいかをよく聞かれることがありますが何をやるかではなく 誰とどのように働くかが仕事の充実感 ヒートはパフォーマンスに大きな影響がありそうです 個人のキャリア選択や組織の適材適所の検討の際 フォワットではなくハウの大切さは再認識されてもいいと思っていますことですね まあね そう適材適所ってあるし人間関係 誰とどう働くかと本当に大事 何をやるというよりも誰と働くっていう方がね大事な場合では結構ありますよね 本当に人間関係に左右されるから だから怖いんだガチャになっちゃうんだけどね 泉龍太郎さん 支配非支配の関係ある時点の断面で見た場合に程よい距離感があっても通時的に見ると 遠心力が働きその状態は維持されないかもしれないですね 管理統制は蜜の味より大きな強制力の行使に借り立てる中毒的な誘因 しかる機会が減るのは望ましいはずなのに必要にしかるポイントを探して それを見出すくらい&喜びを得てしまう加速する支配に対して 非支配側はいつか抑圧のデメリットが被誤のメリットを上回り関係の崩壊やまさにドツボですね そうまあお互いねドツボにはまっちゃうっていうことってありますよね なんかこれは良くないと思いながらもなぜか言わざるを得ないみたいな なんかそんな状態になってしまう 悲しい人間関係ですね本当に まあこれこの本の事例は極端なんですけど そういうことってあるんですよ本当にね すすさん長年同じ部署で同じ上下関係が続くと人間関係は硬直化し中にいる人はお 互いに前に踏み出せなくなる光景を社会人になり何回か見てきました そうした意味では定期的な人事異動は大切だろうなと思いました しかし親子関係は日仕事のような人事異動はできないのでどちらかがその場所から育たないと その関係はずっと続きますね私もそうでしたが自分の息子には自分の視野を広げ良い 親子関係を構築するためにも20歳過ぎたら独立してもらいたいと改めて思います まあそう本当ねー こう人間関係って ちょっとねやっぱどんな良い人間関係でもやっぱなんか あり方を変えていかないと ハマっちゃうねと思いました 北村直文さん固定化された人間関係またそれが見えていない闇 やはり開催できる第三者は必要なのだと思います私も仕事上いびつな関係の人間に関わる ことがありますが関わり始めるとその親子関係が変化することも稀にあります そのいびつな関係を生み出しているその人独自の特性と 家族の構造をつかむことが必要でさらにそこから何 何らかの手立てをチームで考えています 組織内での人人事異動の話についても納得でした 今日の放送全般についてコメント返しと同じく水を指す効能を考えました そうですね第三者が入ることでその関係に水を指すことができる ということはあるのかもしれないですね だから親子の間に誰かカウンセラーが入ってその関係を整えるみたいな そんなことっていうのは実は効果的なのかもしれないです はい水を指す効果ですねはい ありがとうございますお里さんまさに現在進行形で常に向き合ってきた問題で紹介いただき ありがとうございます 母との2人暮らしで牢獄という表現がピッタリすぎて頷きすぎて首がもげるかと思いました 著者の方がそこまで追い詰められたのかと思うと心が痛いです 私は結婚もしておりますが母からの精神的な誘着がひどく子供の頃からの癖で母を 傷つけないように無理して優しくしようとしている自分に違和感があり つい先日高校時代の教師がコーチングをしているとのことで自分の考えや捉え方を変えよう として講師を受けました 取りとめもない文章で申し訳ないです いやーそういう人は多いんだと思いますね お互いにその人間関係の牢獄に入ってしまうみたいなことっていうのはね ありますねしかもどうしようもない逃げ場がない 大事に至る前にね何か 逃げ道を探せるようなことがあればいいんですけれども いやーでもね そういう意味でのこの本というものが与えるインパクトは大きいような気がします 山下明さんかなはい母 あらゆる人間関係に上下はない方がいいと思います一方で私は人間関係については ぬるーくなりすぎないこと フラットなことをバランスよく構築したいと思っていますが シーソンのようにどちらかに傾き出すと止まりません閉鎖的ではなく関係をオープンに することがストッパーなのかな そうですね閉鎖的だとねあの ちょっと危ういですよね 極端な方に行っても誰も気づかない sos も出せないそんなこともあるかもしれないです オープンにするそういうことね大事ですね 秋広さんあなたのためを思ってという危うさ親子関係でも上司部下関係 そうですねあなたのためなんだっていう言葉はちょっと危険な言葉ですよね それはあなた本当にあなたのためなのかと自分のためなんじゃないかっていうところはあの を改めてリマインドしたいそんな風に思います 松田和俊さん職場の人間関係についてマスターの語りを聞き私自身の職場の 日失敗振り返りうなずきまくりでした日々のちょっとしたやり取りの中でこれも許される ならと思って調子に乗った挙句従業員の怒りにつながるそんなことを繰り返してしまった ダメな男です もちろん蒸気のように言うこれが許されるならとその時その瞬間に思っていたわけではなく後から 振り返るとそうだったかなレベルですがそうした自分の甘えに気づいた失敗でした またこう持つ父としていろいろ考えさせられる内容でした 毎日の子供との会話の中でも後からあーしておけばよかったなぁとか期待かけすぎかな とか もっと子供の声を聞くべきだったなと反省ばかりですなかなかヘビーな内容の書籍だと思いますが機会を見つけて 読んでみたいと ヘビーですよヘビーですよなかなか読めないですけどね僕は ちょっと流し読み的な感じになっちゃいましたけど まああのとても参考になると思いますね いろいろしさはあると思うのでぜひ読んでみてください まだコメント続きますチャプター変えます # 頂いたコメントへのお返し2 はいコメント続きます。 げんさん、年始より大切なご意見ありがとうございます。 確かによかれと思って癖のある家族間の限度は引力が強く近視眼になりがちです。 できるだけ俯瞰してその人の作法なんだと受け止めたいです。 よかれと思ってのことであれば。 人間対人間として相手を傷つけないように想像力を持って対話を大切にしようと思います。 身近な人の家族間でも起こっていることかもしれないので話してくれたら聞いてあげたいな。 そんな風に思いました。ありがとうございます。 これの一番のポイントは自分自身がそれをやってしまう可能性があるということなんですよね。 決して家族だけではない。周りの人に対しても。 これがやっぱり構造の怖さなんですよ。 そうなってしまうと。 自分の醜い部分がその人の前だとどうしても出てしまうみたいなことっていうのはあるんだと思います。 怖いんだけどね。 私自身親や子に強く言ってしまうことがありその感情の正体は何なのかと考えていました。 程度はそれぞれでも本の内容のようにドメスティックで逃げ場がない苦しみにあえている人も多いと感じます。 荒木さんの構造の問題というご指摘はとても重要だと思いました。 ギフテッドと原因を認識すると楽に生きられるように。 ドメスティック地獄に苦しんでいる人も自分が何か欠けているのではなく、構造の問題だと認識できたらそれだけで本当に救われると思いました。 構造の問題という認識が広がってほしいです。 本当そうなんです。 実は我々は見えない何かのフォースによって動かされているという、そんな意思の強い人間ではなくて、動いてしまうという側面もあるということです。 必ずしもそれだけではないんですけど。 そこはちゃんとメッセージとして伝えていきたいなというふうに思っています。 ということでコメント返し、今回はたくさんいただきました。 ありがとうございます。 ということでコメント返しは以上になります。 # 終わりのあいさつ はい、ということで相談カフェ、久しぶりでしたけどもいかがだったでしょうか。 えー、ということで明日また、これかな、ソロ活かな。 はい、ということでお楽しみに。今日はここまで。また明日。 もっと見る #いくつもの月曜日 #無限ゲーム 荒木博行のbook cafeプレミアム放送配信中!00:111.タイトルコール01:072.初めのあいさつ22:313.ありまてん03:344.『勇者たちの中学受験』09:425.頂いたコメントへのお返し01:586.頂いたコメントへのお返し200:137.終わりのあいさつコメント感想・質問・応援メッセージを書こう yamayumi2023年1月10日2023の初めに、なんという示唆深い内容でしょう。何かの扉を閉めるときの虚しさや申し訳なさやみじめさみたいなもの、それを率直に語れる会話に思わず聞き入りました。やがて訪れる「未来が過去を変えるとき」まで、その虚しさやみじめさをどう取り扱うのか、みんなに聞いてみたいテーマです。例えば・・・①抱えたまま生きる ②どこかに置いておく ③その他 etc… いずれにしても「その意味はやがて分かる」の言葉の力強いことよ。大切で優先順位の高い「後で聞くリスト」にランクインしました。1返信 人、本、旅、あまのっち2023年1月10日思わぬ哲学的な対話。クラタツさんではないですが、僕的にも100点の放送でした!もちろん100点満点です笑放送を聞き、意味付けを待つ終わり方って、どんなだろうと思いました。それはきっと、弱さを含んだ余韻の残る終わり方なんだろうな、と。太陽のように強く完璧な星は、星座にはなりません。同様に、もう悔いはない、これ以上ない終わり方だ、と思う出来事は、星座にはなりにくいのではないでしょうか。クラタツさんのように、これで良かったのか、という余韻が残る方が星座に連なる星になるのかも。知らんけど。1返信 町田和敏(変な髪型をしたポンコツ薬剤師)2023年1月10日別れる。手放す。捨てる。そうした変化は、未練や後ろめたさと結びつきやすいです。そうした気持ちをどう認識し、どう対応するのか、という問いに対して、今回の相談カフェで答えていただき、何だかホッとしたひと時となりました。より大きな構造に回収されたときに初めて意味を持つ。『いくつもの月曜日』の過去放送を聴き直しました。1返信 町田和敏(変な髪型をしたポンコツ薬剤師)2023年1月10日大きな構造を認識するためには、自分の認識の外側にあるものとの出会いが必要なんだろうなぁと感じました。それは、時間経過に伴う経験だったり、肉体の変化と心理的な変化だったり。あるいは、人、本、旅だったり。これからも認識の外側にあるものとの出会いに感謝していきたいなぁ。そのためには、塩野誠さんのように、ゆるふわである必要がありそうだなぁ、と感じました。1 E•T2023年1月9日「ドットだけでは意味を持たず、上位のレベルに組み込まれて初めて意味を持つ。意味は後付けである。」というのはなるほどと思いました。僕は一昨年、16年勤めた会社を思い切って辞め、新たなチャレンジをしましたが、残念ながら一年でまた次の会社に移ることになりました。その転職は、それ自体は失敗でしたが、人生の長いストーリーに組み込まれた時、必ずプラスになると信じています。大ホームランにはなるかはわかりませんが、意味のある寄り道だったと、感じ始めています。2返信 すっすー2023年1月9日勇者たちの中学受験この要約を拝聴しながら、昨年僕ら家族が取り組んだ小学受験を思いだしました。中学受験が加熱する中、前哨戦である小学受験熱も年々上昇しています。中学受験回避型の大学付属小学校派と、難関中学の合格実績が高い小学校派の親が子供を介して、感情を露わにして、競い合うシーンがそこにありました。自戒の念になりますが、親のエゴに翻弄される子供には本当にいい迷惑でもありました。2返信 もっと見る
仕事が自然とできるようになる仕組みがあるんです/G-POPマネジメント実践講座 中尾隆一郎さん対談1 34分・昨日・ 2,409再生AI目次仕事が自然と進むG-POPの正体GPOP:日報を越える自己成長ツール目標達成を促す振り返り術の真価心理的安全性を育むGPOP会議の力急増する導入企業が語る成功体験
感情を爆発させた後に何が残る?/絵本カフェ『なきむしなきこちゃん』 『ほげちゃん』絵本ナビ編集長 磯崎園子さん対談2 35分・9月8日・ 2,999再生AI目次大泣き体験から紐解く感情爆発の意義ホゲちゃんが暴れる!怒りの感情を解放する感情爆発後に残る「空白」その正体とはTLCが彩る90年代R&B、栄光と悲劇アート作品に投影される主観と客観の対話
何かの扉を閉めるときの虚しさや申し訳なさやみじめさみたいなもの、それを率直に語れる会話に思わず聞き入りました。やがて訪れる「未来が過去を変えるとき」まで、その虚しさやみじめさをどう取り扱うのか、みんなに聞いてみたいテーマです。
例えば・・・①抱えたまま生きる ②どこかに置いておく ③その他 etc…
いずれにしても「その意味はやがて分かる」の言葉の力強いことよ。
大切で優先順位の高い「後で聞くリスト」にランクインしました。
放送を聞き、意味付けを待つ終わり方って、どんなだろうと思いました。それはきっと、弱さを含んだ余韻の残る終わり方なんだろうな、と。
太陽のように強く完璧な星は、星座にはなりません。同様に、もう悔いはない、これ以上ない終わり方だ、と思う出来事は、星座にはなりにくいのではないでしょうか。クラタツさんのように、これで良かったのか、という余韻が残る方が星座に連なる星になるのかも。知らんけど。
より大きな構造に回収されたときに初めて意味を持つ。『いくつもの月曜日』の過去放送を聴き直しました。
それは、時間経過に伴う経験だったり、肉体の変化と心理的な変化だったり。あるいは、人、本、旅だったり。
これからも認識の外側にあるものとの出会いに感謝していきたいなぁ。
そのためには、塩野誠さんのように、ゆるふわである必要がありそうだなぁ、と感じました。
僕は一昨年、16年勤めた会社を思い切って辞め、新たなチャレンジをしましたが、残念ながら一年でまた次の会社に移ることになりました。
その転職は、それ自体は失敗でしたが、人生の長いストーリーに組み込まれた時、必ずプラスになると信じています。
大ホームランにはなるかはわかりませんが、意味のある寄り道だったと、感じ始めています。
この要約を拝聴しながら、昨年僕ら家族が取り組んだ小学受験を思いだしました。
中学受験が加熱する中、前哨戦である小学受験熱も年々上昇しています。
中学受験回避型の大学付属小学校派と、難関中学の合格実績が高い小学校派の親が子供を介して、感情を露わにして、競い合うシーンがそこにありました。
自戒の念になりますが、親のエゴに翻弄される子供には本当にいい迷惑でもありました。