TOPエンタメ映画・本荒木博行のbook cafe物語を物語化してみよう/「自分の人生に納得するための物語」近内悠太さん対談138:42 2025年11月21日 5,483再生 問題を報告する 再生する シェアする AI目次「物語」が秘める力と脆さ消費行動を操る「物語」安易な「納得」がもたらす束縛人生を「語り直す」とは何か点と点を結ばぬ「短歌」の視点AI文字起こし(β版) # お品書き キレウキのブックカフェ11月21日版になります。さて今日はですね 近内うたさんゲストにお迎えしてフライヤーブックカフェでキャンプやっていただきますのでそちらの対談 そしてコメント返し何かそして今日の意気込み何かやってます。ごめんなさいもうなんか収録忘れちゃって今慌てて はいということで今日も はい最後までお付き合いください # 初めのあいさつ はい改めまして皆さんおはようございます11月21日金曜日の朝になりました さてまあ今日はねもうあの長らくやってきたプロジェクトを手掛けていたプロジェクトが もうそろそろ終わりを迎えていてまあ今日最終回1個前ということなんですけれどもね ちょっとどう仕上がっていくのかめちゃくちゃ楽しみにしております ようやくこれが終われば僕の年末が迎えられるかなという感じもしております はいということで今日も頑張ってまいりましょうそれでは本編スタートです # 物語の功罪を考えてみよう はい、それでは今日は新しいゲストをお迎えした対談になります。 教育者、哲学研究者の近内裕太さんになります。よろしくお願いします。 よろしくお願いします。 はい、ということで何しに来ましたか? ちょっと、フライヤーというところで次のキャンプが僕は始まるんですけども、 そこのちょっとキーワードで、あるキーワードがあって、 それをちょっと新木さんはそのキーワードについてどう思っているのかなっていうのもちょっと聞きたくて、 遊びに参りました。 何でしょうか、そのキーワード。 物語という概念ですね。 小説とかのストーリーという意味ではなくて、英単語ですとナラティブという言い方をする、 ちょっと独特な、ちょっと専門用語なのかな、 についてちょっと僕は次のキャンプを物語というキーワードで、 ちょっとそれをみんなで考えるという講座をやろうとしておりまして。 タイトルが心を整える哲学の部屋。自分の人生に納得するための物語論というタイトルですね。 はい。 自分の人生に納得するための物語論。 はい。ちょっとじゃあ、何か頭出しお願いしてもいいですか。 物語というときにまずみんなそれぞれ、専門用語じゃないじゃないですか、物語って聞くと。 知っているボキャブラリーの中にある言葉だから、最近あまり良い事例じゃないのかもしれないですけど、 ここは物語によってやっぱり、僕らのある意味消費行動だったり、行動が誘導されるのかなと思った事例が、 とある人がご発注をしてしまって、今商品がいっぱい来てしまったんで、 ちょっと皆さん良かったら買ってくださいっていう事件というか出来事。 本当かどうかは置いといて、それが道徳的にどうなんだかとりあえず置いておいて、 そのミスをしてしまって、今商品というか手元にそういう困った事が起こってしまったんです。 自分のミスなんだけども、良かったら皆さん助けてもらえませんかっていうのは、 一つの物語としてあるわけですよ。 つまり僕らが困っている人がいる。 そういうミスしちゃったんだ、応援してたから応援したいからじゃあ買ってあげるねっていうのを誘導するのって、 良い商品だから買ってくれっていうのも一つの物語じゃないですか。 でもそこにそれだけ売れなくなった時にどうするか。 自分のミスでこういう事をしてしまったんだ、悪いのは自分なんだけども助けてもらいたいってなった時に僕らはそれを聞くと、 そうかそうかと困っている人がいるのか、助けてあげなければっていう物語の中に自分が位置づけられる事によって行動が誘発されるというか、 導かれてしまうっていう。 最近の典型的な出来事、つい何日か前に僕もネット上で見て、 ああなるほど、これは物語を上手く使っているのかもしれないなって思ったんですよね。 よくあれだよね、講師縁とかでもあるよね。 全然縁もゆかりもない学校だと、別に興味も持たないんだけど、 何か事前にテレビ番組で特集されていて、その子の老いたちだとか、お母さんお父さんがこういう風に育ててきたとか、 何かそんなドキュメンタリーみたいなのを見せられた日には、縁もゆかりもないその学校だけれども、 何かその物語に共感して応援したくなっちゃうみたいな。 確かにありますよね。こういう苦難があって、なかなか練習もできない中、 このチームメイトで頑張ってきたこの学校を、みたいな前振りがすると、 やっぱりそうですよ。ある意味感情移入しやすくなるというか、させられてしまうというか。 だからそれが僕は、だから物語に警戒せよっていうつもりは別にないんですよ、あんまり。 良きにしろ悪きにしろ、僕らは必ず物語を通してしか物を考えられないし、物を思い出せない。 例えばよく言うのが、高校生の頃どんな高校生だった?って人から言われた時に、 俺は高校の頃部活ばっかりやってたなって言った時に、部活ばっかりやってたわけないんですよ。 クラスメイトの時間もあれば、学校外の時間もあるはずなのに、 そこで部活ばっかりやってたって出来事だけを拾ってきて提示したわけです。 これちなみに、アサイ・リョウさんの『In The Mega Church』っていうすごくレトロな小説の中では、 こういう表現をするんですよね。 明かす部分と隠す部分、そして開示する情報の順序を整理するだけで、 現実は自分を最も美しい被害者とする物語に生まれ変わってくれる。 これはつまり、物語の中では自分はこういうかわいそうな人の状況にあるんだ、 みんなから見られなきゃいけない存在なんだっていうのを提示するために、 自分の生い立ちとかで、本当は恵まれた部分があるなのにそれを言わずに、 明かす部分と隠す部分、あとは提示する順番を入れ替えるだけで、 自分は美しいただの被害者である、無垢な被害者なんだということも提示できるみたいな。 ある意味だから物語というか編集ということですよね。 そうだね。ちょうどだから最近僕もボイシーでその話をしたばかりなんだけれども、 世の中の出来事っていうのは全部ランダムな点でしかないと。 なんだけれども、そこにランダムな点を受け入れることは非常に難しいので、 点と点をつなげるということで、一つの線として理解したくなると。 例えば、あらきさんはなんでそんなリーダーシップがあるんですかって言われたときに、 関係ない点とかを無理やりつなげて、だから私はリーダーシップがありますみたいな。 そうすることにより、お互いにそうかってなってくる。 分かったら気になるというか、問いが閉じたというか、安心できるということだと思うんですよね。 それっぽい物語でもとりあえず暫定的でも言えると、 そういうことなんだねとりあえずというふうに着地できるっていう。 そこに一回筋が通ると、ある種獣道みたいに一度通った道になるから、 また同じこと聞かれるとまた似たようなことを話すわけだよね。 だんだん踏み固められていくと、すごく綺麗なストーリーが出来上がっていくみたいな。 結構ね、僕も自分の過去の話をする時に、すごく僕自身は調整型の人間で、 いろいろ全体を見渡して、だからファシリテーションとかがやっぱりすごい好きなんだけど、 それって実は僕小学校の頃からやってたんだよねみたいな話をよくするわけですよ。 小学校の校庭で遊ぶ時にみたいな、そういう話をよくするんだけど、 実はそれって別にそんな因果がある話じゃないかもしれない。 単なるランダムな点なんだよね。 でもそれとそれを結びつけると自分も納得できるし、相手もそういうことかみたいな。 そうなんですよね。 これ不思議ですよね。僕大事なのは物語が生まれる瞬間ってすごく大事だと思ってて。 ある時思ったんですけど、あ、そういえば小学校の頃からやってたかもなって、 この瞬間って物語が切り替わったわけですよね。 例えば実は大学生とか社会人になってからの自分の特性に気づいていったみたいな、 ファシリテーションみたいな、あるいはリーダーシップでそういうことかなと思ったら、 実はもっと手前に由来があったっていうふうに発見した瞬間って物語が切り替わる瞬間。 物語が切り替わり続けるってことが僕は生きることというか、 発見し続ける、何かに気づき続けるとか、思い出し続けるみたいな。 そうなんだよね。それって最高のアハ体験というか、 そうか自分の人生はこういう意味だったのかとかね。 だから僕はこういう過ちを繰り返してきたのかとか何でもいいんだけれども、 何かそこに一本筋が通ったように見えた瞬間って、 何かすごいカタルシスというか、 何かですごく本当に体が軽くなるというかね。 何かこのエリアしか歩けなかったところの、何か扉が開いて牢屋から出ていけるような気がするとか、 何かこんなに色々歩き回るんだったんだって気づけるとか、 そういう爽快感というか、生きてる心地ってすごく感じるというか。 そうね。 だから多分キーワードで言うと、僕らは普段納得したフリをしてるというか。 無理やり自分でこういうことなんだよな、そういうことなんだよ、きっと。 いいの?それで。っていうのって思い込もうとすると。安心したいから。 何でなんだろうなって考え続けるって苦しいじゃないですか。やっぱり。 本来は楽しいはずなんですけど。 だからみんなとりあえずありきたりな物語というか、こういうふうに言うと本人も自分も納得した気になるし、 相手もそうなんだねって言って問いを終わらせてくれる。問いを突きつけてこなくてすぐ。 でもそれって本当の深い納得に至ってるのかなと。 だから物語は呪いになる。自分を縛りつける。自分のアイデンティティはこれなんだって固定。どんどん固定していってしまう。 さっき言った獣道が舗装された、何度も通った道になると、本当に実在する。これが正しい道なんだってなっちゃうと、 それ以外に歩けるはずの道が見えなくなってしまう。 そうなった時に僕らはふと自分が心からやりたいことってなんだろうと分からなくなっちゃう。 その充実感みたいなものにも繋がって、充実感が失われていくっていうところにも繋がるんじゃないかなっていうのが、 語りによって納得する時の軽い浅い納得をせずに、深い納得にどうすればたどり着くのかみたいな。 講座あるってことだよね。講の部分は、やっぱり理解できたみたいな。そういうことだったのかみたいなことなんだけど、 それで思考を止めてしまうというかね。だからさ、学生とか大好きなんだけど、 なんかあるじゃん。ENTJとかなんだっけ。 MBTI? あ、そうそうそうそう。 レスリングスファインダーとかね。 それで、俺もよく学生から聞かれてさ、 あらきさんはどの体質なのか教えてくれよ。 あらきさんって何型なんですかとか言われて、いややったことないから分かんねえよとか言って。 じゃあちょっと今スマホでできるんだよとか言って。やってなんとか型みたいな。 意外とかそういう話とかあったりするじゃん。 ありますね。意外とか、やっぱそうだと思ったとか分かりますみたいな感じで盛り上がってくれるみたいなね。 でも学生たちも絵も言われぬ自分の型が定義されてないから、ENTJとか言われると、 そうだったのねみたいな。だから私はみたいな。そこでちょっと安心できちゃう。 それは別に功の部分としていいと思うんだけど、一方でその裏側に罪の部分があるみたいなね。 浅いまま思考を止めてしまうというか、その呪いにかかってしまうというか。 なんかね、やっぱ言い方悪いんですけど、安直というか、お手軽すぎると思うんですよ。その物語を獲得するまでのプロセスが。 僕も一回やったんですけど、10分くらいかな。項目で1から5から。全く思わないですか。 バーってやっていくと、ポンと電子レンジでチンって出てきましたみたいな感じで整理されるんですけど、 僕あれ見たとき、自分で見たときに、うん、そうでしょうねっていうふうに。そんなぐらいの物語は僕も思ってたよとは思ったんですけど。 なんていうのかな。僕、あのMBTIとかのあれで一つ遊びとしてやれるなと思ったのは、 10年前の自分を憑依させて選ばせたら別のものが出てくるだろうなみたいな。 そういうふうに変化したんだな。差分が大事だと思ってて。変化のどれだけ変わったかみたいな部分。 つまりそれって物語が、あの頃は自分はこういう物語、世界をこう捉えて、人間はこういうものだと思ってたっていうのと、今は別のふうに捉え方をする。 と同時に変わらない部分もあるみたいな。そういうところに本当の自分らしさというか、 自分の居場所の心地よさみたいなものは見えてきて納得できていくっていうふうに思ってて。 なんかね、多分浅井亮さんのインザメガチャーチの中にもMBTIにすごく絡め取られてるというか、若い主人公の一人が出てきたりするんですけど、 なんかやっぱり今、何で物語っていうキーワードかっていうと、おそらく物が売れなくなったからと思うんですよね。物理的なもの。 その時にやっぱりある意味、例えば不動産の今行動してるのも一つの物語があるわけじゃないですか。 より価値が上がっていく都心部はみたいな、物語にあって消費というかそういう経済がより活性化していくじゃないですか。 やっぱりもう僕ら、例えば着る服、ユニクロでもGUでもそれなりのクオリティのものがあるしとなった時に、物がもうないから、 じゃあ何をするかというと商品に物語を付帯させて、全く同じ商品だとしてもそこに物語がくっついてるものと物語がくっついてないもので言うと、 物語の差があれば物が売れるっていうことになって、おそらく今物語というものがだいぶ僕らを絡め取ろうとしてるのかなっていうのは今思ってますね。 それまさに、それこそ7、8年前に浜口秀史さんというコンサルが、不可価値の厳選の推移ということで、ファンクションデザインストーリーっていうそういうサンダル活用。 だから最初は機能で売るみたいなね。例えば掃除機を考えてみると吸引力が何倍あるみたいな。ファンクション勝負。そのうちファンクションも勝負がつかなくなってくるとデザイン勝負。シュッとしてるみたいな。 でもデザインもほぼほぼ勝負も差がなくなってくると、この私が作りましたみたいなね。こうやって巧みの技とかでこういうことでやりましたみたいな。 あるいは環境負荷がここまで少ないので作られたものですとかね。プラスチックを利用せずに新素材で作りましたっていう部分とか。 だからキャンプファイヤーとかそういうクラウドファンディングとかっていうのはまさにストーリー勝負というか、どれくらいエモさが伝えられるかっていうことだったりもしますね。 ちなみに今回僕のキャンプではアサイリオーのインザメガチャガチャは本として取り上げないんですけど、裏設定本として読みたい方は僕が読んだし、読んでおいて繋がるとは思うんだけど、メインの課題本としては皆さんで読みましょうとはしてないんですけど、 アサイリオーさんも本の中で何となく物語という今の話で、消費というものと正しさというものが混ざり合っている。それこそ環境負荷が少ない。あるいは貧困の途上国の人々を搾取してない商品であるみたいな。 消費というものと正しさというものが結びついたというところに、ちょっと硬さというか、不健全な消費をする人への攻撃というか非難みたいな。ものすごく含まれているような。 つまり消費活動が僕らの政治的な態度を決定するみたいな。それがより前面に出てきているというのも、消費が物語を附帯しているというか、物語が必ずそこに付随しているから、その商品を選ぶということは、ある国家を支援しているということですよね、みたいなことにもなってしまう。 結構やっぱり物語に僕らはがんじがらめにはなっているようなと思うんですよね。 これだから、どういうことを訴求したいの?参加者には。自分が別に物語から離れて生きろという話ではないわけ? ではないですね。 あとは、僕らが思っている認識のパターンって、これは物語ってことなんだ。自分は物語を見ていたんだ。物語によって僕らは動かされていたのだという。物語ってこれのことかという感覚レベルでまず分かってもらいたいというのが講座の前半かな、というところですね。 まず物語という概念を物語化して相対化するという。まず体から分離して、自分の中に蠢いていたこの感覚ってこれ物語ってものだったんだというふうに。 まずこの癒着してしまって認識できないものを剥がして、これね物語って。まず分かってもらうという。 そこから自分の人生をこれまでこういう人間だと思ったんだけども、それも一つの物語、一つの語り方に過ぎなかったんだって気づいたところから語り直しって始められると思うんですよね。 なのでまあ講座の前半ではまず物語っていう。物語化批判の哲学って新書の。やっぱりとっかかりね。ただ僕は本のノリほど物語を物語から離れる。 あんまり批判というよりは物語3点、良いこともあるし悪さもしますよね、ぐらいのつもりで始めるつもりなんですけど。 っていうところから始まり、後半で本村博史さんの初めたの単価っていう本。 僕はこうたろうも大好きな本だよね。 そうですそうです。こうたろうさんから勧められて読んだらこれだって僕も思って。 物語を中和したり解読できるものは単価というか、あるいは打ったみたいなものなんじゃないかっていう仮説からですね。 さっきつまり、物語ってランダムな点をどうしても僕らは線で結んでしまうと。 夜空を見上げると星座を見出してしまうと。つなげて一つの物語というか。 やっぱその能力ってあると思うんだけど、単価ってこの点を点としてめでるというか。 私の人生にはこんな点があったんだ、こんな風景があったんだだけで留まるのが僕単価だと思ってて。 例えば、本村博さんのところには出てこないんですけど。 本当にあたしでいいの?ズボラだし、傘もこんなにたくさんあるし。 岡本真帆さんという歌人の方が歌ってる単価があるんですけど。 これ弱い物語だと思うんですよね。 本当にあたしでいいの?ズボラだし、傘もこんなにたくさんあるし。 この玄関口で恋愛の相手か告白の場面かわかんないんだけど、 ビニール傘がいっぱい玄関に置いちゃってるような、こんなズボラな私なのにいいんですか? っていうのを言ってる歌なんですよね。 これって、この二人はどういう関係で、この後どうなって、 あるいはどういうところから始まって、そういう状況に至ったのか、 歌の中には含まれてないんですよね。 だから聴く側が、この歌はこういう関係性だと僕は思うんだよねっていう、 こちらに物語を作り出す余地が残されてる。 風景だけ残すっていうのが、たぶん優れた単価の、 余白をたっぷり残すっていうのがたぶん、 物語ってやっぱり、できた物語ってやっぱり余白がないんですよね。 ギチギチに、辺が結ばれてるから。 やっぱ単価っていうもの、ある風景、 景を切り取るっていう言い方をするらしいんです。景って風景の景。 歌人はある生活の中で、この場面が歌になるっていう感覚があると思うんですけど、 その場面を場面として味わう。 なんかふと思い出すときって、意味を考えずに、 なんか中学校のとき、教室でこういうときあったんだよな。 だから何?ってわかんないんだけど、オチが言えないんだけど、 なんか今ふと思い出したんだよなってあるじゃないですか。 まさに歌的なものを思い出したんですね、きっと。 なんか今の話を聞いたら、小学校の頃の遊んでたときにさ、 って言って、だから今なんでその話を思い出したんだろうって、 この後に物語ってやってきて、 あ、だから今この話を僕してたんだって気付けるのって、 後からやってくると思うんですよね、物語。 物語の手前にそういう風景だけを切り取るっていう、 言葉の機能も僕らは持ってるよねっていう。 つまり物語という、あるいは星座からまずばらして星に戻すみたいなのが、 僕は単歌っていう一つの機能なんじゃないかなと思って、 物語に対しては単歌、歌というものをちょっと考えてみようっていう。 単歌もそうだし詩もそうだしね。 例えば僕にとっては絵本とかもそうなんだけど、 結構ね、ある種僕絵本とかをセラピー、 自己セラピーとして使うような感覚があってね。 どういうことかっていうと、 要するに絵本なんかもストーリーの完成度とか具体性、抽象度いろいろあるんですけど、 すごく抽象的で絵しか描いてないような絵本とかもあったりするわけですよね。 そうするとね、 ストーリーが毎回自分の中で想起される形が違うんですよ。 これ絵でもいいかもしれない。絵画でもいいかもしれない。一枚の絵でもね。 そうすると何が理解できるかっていうと、 今自分が執着している物語に気づくんですよ。 そういうふうに読んだの?みたいな。 これを悲しいストーリーと読むこともできれば、 例えば絵画一枚見てもね。 でも自分はそういうストーリーを今立ち上げたいんだなぁ、みたいな。 ありますよね。だからある一場面を見て、 その前後にどんなストーリーがあると感じるかって、 多分同じ人間でもタイミングによって違うだろうし、 僕は今この短い短編とかで、 あるいは絵本のこのちょっとしたストーリーを読むときに、 これはこういうストーリー、こういう関係性の登場人物なんじゃないかなって感じたっていうのは、 おそらく感じたというよりも、自分がそう感じたかったっていうのが理解できる。 だから例えばランボーでもいいけど、強いストーリーとか読むとさ、 もう感情が規定されるじゃん。 よっしゃー!ランボー勝った!みたいな。 もう以上で100人見たら100人同じ感情を持つみたいな感じなんだけれども、 それはそれでいいよね。それはそういうのがあっていいんだけど、 なんかみんな違うストーリーとか見るタイミングで違うストーリーが想起されるっていうのは、 ある種こう単価的な描写のみで留めているっていうのは一つポイントなのかもね。 ランボー見て、あるいはスタッフ・ウォーズ見て映画館出た後、 みんな傘を、ライトセーバーみたいに傘を持っていると振り回したくなっちゃうみたいな、 っていうのももちろん爽快なストーリー、物語の味わい方だと思うんですけど、 それとレールが決まっているジェットコースターに乗っているだけというか、 1回乗ったらこういう動きをしてここに戻ってくるよっていうものに対して、 もうちょっと探索的な、ブラブラ歩き回るような感覚っていうのが、 詩とか絵本とか。 自分はこっちに今日歩きたいと思ってたんだとか、 こういうものを発見できたらいいなって自分は願ってたんだって気づくっていうところから、 やっぱり自分の心に納得するとか、 っていうところはあるんじゃないかなっていうのがありますね。 はい。じゃあちょっと初日はここぐらいで。 一応そういうコンセプトの。 そうですね。ちょっと大きな全体の話というか。 明日もうちょっと具体的な話を聞いていきたいと思います。 はい。 はい。ということで近渕優太さんでした。どうもありがとうございました。 ありがとうございました。 # 今日の一曲/Bjork「human behaviour」 それでは今日の一曲をお届けしたいと思います。 今日はですね、BjörkのHuman Behaviorという曲をお届けしたいと思います。 とても懐かしい曲ですけれども、こちら1993年ですね。 Björkのですね、デビューアルバム、デビューという、ソロデビューですね、のアルバムがあります。 これが93年でしょう? だから僕が大学1年の頃かな?に買った記憶があります。 本当にね、あの頃結構ですね、ブリッドポップだとか、ロックに傾倒していた僕なんですけど、 その時にね、確かHMVだったかにね、そのBjörkのこのデビューというアルバムがあって、 すごい可愛らしいアルバムジャケットなんですよ。 でね、ジャケ買いしちゃったんですね。 結構売り出してたんで、よくわからないけどなんか可愛らしくて買ってみたいと思って買ったんです。 そうしたら聞いたらね、ちょっとよくわかんない音楽だったんですよ。 なんだこの世界観みたいな。 でも当時ですよ、なけなしの小遣いで買ったアルバムをですね、そんな邪剣に扱うわけいかないんですよね。 何があるかというと好きになる努力をするんですよ。 今はね、そういうことできないんだけどほとんどね。 直感的に好きか嫌いかでも、あぁもう合わねえなと思ったら、 だってね、サブスクでいっぱい曲聴けるからね、 あれなんですけど、昔はね、そういうことを本気でできてたんですよね。 で、聴いていくうちにですね、やばいんじゃねえかこのアルバムはって思うようになり、 もう、まあそれからBjörkは大ブレイクしていくわけなんですけれどもね。 僕はそのBjörkがちょいブレイク、まあブレイク前夜と言ってもいいんだと思うんですけど、 その時点で発見し、結構好きになっていたというですね、自負がある。 Björkにはね、結構な思い入れがあるんですよ。 このデビューというね、アルバム。 で、その中の一曲ですね、Human Behaviorってね、結構象徴的な歌なんですけれども、 いやー、意味不明でしたね、初め聴いた時。 なんだけど、この世界観、聴いてみて、本当にみんなどういう感想を持つんだろう、 このHuman Behaviorを最初に聴いた時。 僕もなんか変なね、感情にとらわれたんですけれども、 まあ、人間のロジックの無さみたいのを人間外生物が見た、描写するような、そんな曲なんですけどね。 めっちゃかっこいい。一言で言うとかっこいい曲です。 なんだけれども、何回も聴かないとこのかっこよさがわからない人もいるんじゃないかなっていう気がする。 僕が最初そうだったからね。 うわー、なんか驚々しい曲だな、みたいな。 そんな感じでした。いい曲ですよ。ぜひ聴いてみてください。 今日の一曲はBjörkのHuman Behaviorでした。 # 頂いたコメントへのお返し コメント返しはノート不根性ですね。共同体のタブーの話でしたけれども 砂野本さん。よく考えると仕事の時に依頼してきた会社での業務内容を聞いて、なんでこんな非効率なことや時代に合わないことをしているのということを聞いてしまうことがあります。 もしかするとその会社内でのタブーだったりすることもあるかもしれないので気をつけないといけませんね。 当然踏み込まないといけない時もあるので、踏み込まないようにすればいいという話ではなく、意識した上で踏み込み方を気をつけるということですよね。 おっしゃる通りです。タブー、壊さなきゃいけないタブーたくさんあります。 なんだけど踏み込み方間違えると大変なことになるってことですね。 ナオミさん。今放送されているザ・ロイヤルファミリーというドラマを想起しました。 有名企業が競馬の競争場を育てる事業が存続できるかのストーリー。 合理的な考えの息子と社長の父親との対立。 なぜ価値のあると思えない馬を飼って無理と思える事業を続けるのかという息子に、 そういうことじゃないんだ、の社長のセリフにタブーが潜んでいるように感じます。 企業でもタブーを語る人が少なくなっていると、夢も希望もなくなり衰退してしまうという危機感が社長にはある。 社会貢献と事業の在り方にもつながるお話と思いました。 こういうのあるよね、本当に。 本当にそれが悪の恩賞になってしまう危険性もあるんだけど。 大事だよね。 高育さん。私も第三者として顧客先に入り込む立場なので、タブーを犯さないようにとても気を使います。 良かれと思って既存のドキュメント構成を意味が通りやすいように変えようとしても、 親会社が決めたことだからと言われると、現場の人たちは達成ではなく、その場に生きる調和を目指しているのだなとしみじみします。 そうした現場へのリスペクトが落ち着いた先の集合体が日常なのかなと思います。 そうね、確かにそういうところはあるかもね。 達成ではなくその場に生きる調和を目指している。 素晴らしい表現。 あきらんさん。私の場合、心のどこかでタブーを恐れるなという声が聞こえそうです。 ブラックハウスへ行ってきましたが何も怖くなかったですよ、の新たな表現を支援してみました。 ブラックハウスの怖さを知らなかったので間違って行ってしまったんですけど、私は皆さんのように恐怖心をもらうことができませんでした。 相手の価値観を否定せず他者には違う観点があることを、やんわりと気づきを渡す表現としていかがでしょうか。 にこさん、あきらんさん、さすがです。しかし私は疑問です。 村民さんはタブーを恐れているのでしょうか。新たな視点を必要としているのでしょうか。 私にはタブーの怖さを共有して楽しんでいるような気がします。 ちっちゃい頃はあの川はとてつもなく怖かったよね、的な。 さすがです、にこさん。本当にその通りなんですよ。そうなんです。この話はね。 そういうことを求めてないってことなんですよね。 いやそうなんですよ。 池梁さん、うちの組織の中にお互い仲の悪い派閥があり、以前からなんでよくできないんだろうとか思ってましたが、 実は仲が悪くなった原因が20年以上前のとある事件にあったことを数年前に知りました。 それ以来タブーに無自覚のまま突っ込んでいく前にきちんと歴史を抑えておくようにしています。 その組織なりコミュニティの歴史を知ることは問題の構造的理解をする上で重要だと思います。 話を大きくすれば国家同士の争いにも通じる話かなと思います。 そうだね、歴史問題とかを知らずにね、合理だけで やってしまうという手もあるんだけどね。 まあただ中途半端に踏み込むと地雷ですよね。 めぐさん、とうとう来ましたね、フレンズ。そういう歌詞だったのと思い聞いてしまいましたよ。脳内リピート真っ最中ですね。 ジジババソングが沼ります。そして手元には近内さんの本。今不思議なコラボが起きていますということで。 あら、ちょうどいい。本編と重なるコメントですね。ありがとうございます。 はい。ニコさん、マスター、子供の頃からちゃんと観察して地雷を踏まないこと、 無自覚で踏む子がいますよね。これは性格でしょうか。それともある種の能力でしょうか。 学校等親族以外の集団で過ごすことの良い点は、子供たちがこういった小さな失敗を見たり、 したり見たりすることができることかなと思います。人間は主に集団で生きていく生物だと思いますので。 でもあまり周りを見すぎて忖度するばかりになると本末転倒ですね。 本当そうだよね。本末転倒になるね。そう、空気を読むけど、あえて 読んでね。タブーを踏み抜くというのも必要かもね。 北村直文さん、組織のタブーとは、振り返りますが、自分の所属する組織が何をタブーとするのかがわかっておりません。 何か不乏したことを指摘されると気づけるのでしょうか。相手に悪気がなくとも、もやもやした消化不良感が残るような関わりは、 体験して初めて気づけるのかもしれません。また意識しなくとも、相手組織のタブーに踏み込んでいくときもありそうです。 ただ、これもまた指摘されないとわかりません。どこにでもタブーは存在する。そのように心の片隅に刻んでおくと、いざという時の対処が建設的に進められるかも。 そうね。 何事も明けっぴろげにすればいいという話でもないし。 どうしても出てきちゃうんだよね。闇の部分ってね。 かつけいさん、組織の生意気を苗頭にしないというところから知り合いの経営者の話を想起しました。 先代の旧姓で、急遽修行先から大企業に戻り、創業140年の新日誌企業の社長に就任した際、 いろいろ気になるところがあって、まず口出しにせず、じっと観察していたそうです。 そして社員一人一人と対話を重ねて、会社の物語を理解した上で、徐々に改革を進めたということ。 まさに今回のお話の通りだなと思い出されました。 いや、ほんとそうだよね。その辺が英知だよね。 大事なことだと思います。 豆リンゴさん、会えない時間が愛育てるのさ。 ゴーヒロミのよろしく哀愁ですね。今日は1日レベッカが頭から離れそうです。 離れなそうです。 よろしく哀愁ね。西田さんが歌うんですよ。よく。 なるほど。ありがとうございます。 松田勝利さん、今日の独り言、タブーではないが、ある種のコミュニティ、例えば私の好きなサッカーにしようか。 サッカー好きなコミュニティに新しく入ってきたメンバーがいるとしようか。 その子は元からコミュニティにいるメンメンとは違った視点でサッカー好きだったりする。 新しいメンバーを仮にAさんとしよう。Aさんが語る言葉を最初は興味深く聞いていたが、何かのきっかけで元のメンメンは切れ出した。 主義主張が違うからなのか、激凛に触れたからなのか、そんな経験を思い出す。 まあありますよね。 そういうコミュニティの面倒くささみたいなことね。 はい。 ということで、コメント返しは以上になります。いつも皆さんありがとうございます。 # 終わりのあいさつ はい、ということで今日はね、チカチユタさんでしたけれども、相変わらず楽しい話でした。 2日にわたって対談してますので、明日もね、キャンプ話続いております。 リンクも貼っておりますので、ぜひそちらもご覧いただければというふうに思います。 はい、ということで今日はここまで。それではまたごきげんよう。 もっと見る #物語 #フライヤー #flierbookcamp 荒木博行のbook cafeプレミアム放送配信中!00:271.お品書き00:372.初めのあいさつ26:143.物語の功罪を考えてみようhttps://booklabo.flierinc.com/camp/251211503:364.今日の一曲/Bjork「human behaviour」07:295.頂いたコメントへのお返し00:206.終わりのあいさつコメント感想・質問・応援メッセージを書こう 町田和敏2025年11月26日今日の独り言なぜ岩手に来たんですか?東京出身と伝えるとお決まりのように質問される内容だ…何度も何度も答えるうちに自分の中で強固な物語となりへばりついて離れない…私が語る物語は本当にそうだったのか…もう一度過去の記憶を掘り起こしてみようと思う…返信 かつけー2025年11月22日物語化することで深く考えることから解放される、思考を止める経験は、学生との採用面談でやっているなと想起しました。毎年何十人も採用面談をするので、必ず聞かれる私自身の就活時代のストーリーは古典のようにしっかり固まっています。当然、学生時代はそんな綺麗に考えていたはずはなく、一つ一つの点をランダムに歩いていたらたどり着いたな、と今回の話を受けて思い出しました。自分自身も騙せるほど物語のパワーは強いですね。1返信 タカイク2025年11月22日仮に人生の点と点がデジタルに記録されていく時代になると、AIがストーリーを自動生成して自分が浸りたいストーリーを選択する。さらには、そんな自分のストーリーをハックして、「ウチの商品はあなたのストーリーをこんな風に彩ります」と提案してくる世界をお話から想起してしまいました。デジタルのスイッチを切らないと余白という贅沢な時間はもてない時代になってくるのかもしれませんね。1返信 イケリョウ2025年11月21日イン・ザ・メガチャーチでもMBTI診断や、陰謀論に縛られる人達が出てきますが、型にハマった安易さに気持ち悪さを感じます。今の時代は選択肢が多すぎて、これこそが私の正解であり、生きる道なのだと信じ込むほうが楽なのでしょうか?物語には人を奮い立たせる効用もあるとは思いますが、私自身は、物語を安易に分かった気になりたくないし、迷ったり、寄り道したりしたいとも思う。そういう意味で、近内さんから紹介のあった解釈の余白の多い短歌に興味をそそられました。1返信 きたむらなおふみ2025年11月21日私は自分の人生を語る時、分かりやすい因果を点にして繋いでますし、綺麗に装飾して並べてもいます。お二方の対談で気付きました。気付けたことで相対化しつつ、自分と離して考えれば、記憶から忘れ去られてしまっている様々な履歴の数々もきっと存在しますね。自分が「経験を通して感じている」のではなく「感じたいと思って変換している数々の経験」があるのかもしれません。浅い理解で分かった気になってもいました。こうした相対化と客観視は、自分を深め、冷静な精神を保つためにも必要かもしれませんね。1返信 もっと見る
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なぜ岩手に来たんですか?
東京出身と伝えると
お決まりのように
質問される内容だ…
何度も何度も答えるうちに
自分の中で強固な物語となり
へばりついて離れない…
私が語る物語は
本当にそうだったのか…
もう一度過去の記憶を
掘り起こしてみようと思う…
毎年何十人も採用面談をするので、必ず聞かれる私自身の就活時代のストーリーは古典のようにしっかり固まっています。
当然、学生時代はそんな綺麗に考えていたはずはなく、一つ一つの点をランダムに歩いていたらたどり着いたな、と今回の話を受けて思い出しました。自分自身も騙せるほど物語のパワーは強いですね。
デジタルのスイッチを切らないと余白という贅沢な時間はもてない時代になってくるのかもしれませんね。
物語には人を奮い立たせる効用もあるとは思いますが、私自身は、物語を安易に分かった気になりたくないし、迷ったり、寄り道したりしたいとも思う。そういう意味で、近内さんから紹介のあった解釈の余白の多い短歌に興味をそそられました。
気付けたことで相対化しつつ、自分と離して考えれば、記憶から忘れ去られてしまっている様々な履歴の数々もきっと存在しますね。自分が「経験を通して感じている」のではなく「感じたいと思って変換している数々の経験」があるのかもしれません。
浅い理解で分かった気になってもいました。こうした相対化と客観視は、自分を深め、冷静な精神を保つためにも必要かもしれませんね。