TOPハウツー・学習歴史十二単着付け師の【にちにち気づきだより】第669話 神様の留守を守る「恵比寿さま」12:44 10月20日 74再生 問題を報告する 再生する シェアする AI目次カンナ月に出雲に残る神様とは?商売繁盛を司る恵比寿さまの役割目立たぬ場所を守る「留守神」への感謝「べったら市」が今に伝える恵比寿講日常を支える「見えない貢献」の価値AI文字起こし(β版) # 今日はどんな日? 日々気付きだより佐藤美奈子です。 今日もお聞きいただきありがとうございます。 このチャンネルでは、毎朝、平安の行事、季節の移ろい、 当時の人の暮らし、そして衣のこと、その日の暦を一つお話ししています。 千年前の営みが、今の暮らしや仕事にどう繋がっているのか、 毎朝一つお届けしています。 はい、今日は10月20日ですね。 もう10月も終わります。 そうなると、もうあと2ヶ月です、今年も。 早い、もう、この10月になってから早いとしか言っていないような、そんな日です。 今日はエビスコのお話をしたいと思います。 10月はカンナ月ですよね。 神がいない月。 今月の2日にもお話をしましたが、 昔から旧暦の10月には全国の神々が出雲へ集まるという言い伝えがあります。 そのため出雲では神あり月、他の土地ではカンナ月と呼ばれてきました。 さて、ここで少し気になることがあります。 神様が出雲へお出かけになっている間、出雲の土地や家は一体誰が守っているのでしょうか。 考えてみたことありますか。 実は、ちゃんと残ってくださる神様がいるんだそうです。 それが今日お話しするエビス様です。 # 留守神 はい、恵比寿様と聞くと、にこやかなお顔に、釣竿と大きな鯛を思い浮かべますね。 七福神の一人で、商売繁盛や、豊良の神様として親しまれています。 そんな恵比寿様には、カンナ月になっても出雲へ行かず、土地に残るといういい伝えがあります。 なぜ出かけないんでしょうか。 耳が遠くて神々を呼ぶ声が聞こえなかったという話など、土地によって様々な伝承が残っています。 面白いですよね。 神様が出雲へ集まるという大きなお話の中に、出かけずに残る神様のお話もちゃんとあるわけです。 こうして家や土地を守る神様を、留守神と呼びます。 留守神は恵比寿様だけではありません。 かまど神もその一つです。 かまどというのは、昔の台所で木を焚いて、食べ物を煮炊きする場所ですね。 そこを守る神様です。 他にも、村の入り口や道の境を守る道走神などが留守神とされる土地もあります。 こうして並べてみると、どれも私たちの暮らしに近い神様ですよね。 台所で火を使うこと、家族が食事をいただくこと、道を行き来して飽きないよう営むこと、 毎日の生活に欠かせない場所を神様たちが守ってくださると考えられていたんですね。 その恵比寿様をお祭りする行事が恵比寿講です。 行われる日は地域によって異なりますけれども、10月20日は古くから恵比寿講の日として親しまれてきました。 特に商売をなさるお家では、商売繁盛を願ってお供えを整えて、親しい人たちを招いて祝うこともあったそうです。 東京の日本橋では今も恵比寿講に合わせて、べったら市というのが開かれています。 お大根を甘くつけたあのべったら漬けですね。 江戸時代から続く市で、今年も10月19日と20日の2日間、露店が並ぶそうです。 中央区の観光協会のホームページをお調べになると出てきますので、もしも空いている方がその日が空いていたら、ぜひ行ってみられたら良いと思います。 神様へのお供えから始まった習わしが、人々の集まる賑やかな市として今も受け継がれているんですね。 そして私はこの恵比寿講のお話で、留守を守る神様をわざわざお祭りした、というところに心がひかれます。 遠くへ出かける神様だけではなくて、いつもの場所に残ってくださる神様にもきちんと感謝を向けている。それがいいなと思います。 考えてみると、私の仕事にもよく似たことがあります。 問答とかきつけとか、祭事や行事のために、いつもの道場を離れて仕事することがいくつかあります。 例えば、私の師匠と同僚とともに外へ出かけて行って、きつけの講習とか、あとは十二単位のお深げをご覧いただく機会もあるんですけれども、 そうした機会は日々のお稽古とはまた違う特別な時間です。 多くの方に所属をご覧いただいて無事に祭事が終わると、ほっとすると同時に大きな喜びもあります。 けれども、私たちが外へ出ている間も、いつもの場所には変わらず仕事があります。 この道場の開け閉めをして、あとはいろんな行事の準備をしたり、あとは私が担当する以外の講習を担当してくださるというスタッフもいます。 大きな行事などで外に出かける人というのは、華やかな感じがして目に留まりやすいものですけれども、 そういう場面が写真に残ったりとか、皆様の毎度お話しする機会もあるので、そちらの人の方が目立ちますけれども、 普段の場所を守ってくださる方々の仕事はなかなか表には出ませんよね。 ですけれども、そういう方がいるからこそ、きちんと私は安心して外に出られる、そう思って感謝しています。 私は長くこの仕事に携わる中で、そうした方々の存在を以前にも増してありがたく感じるようになりました。 安心して外の仕事に向かえるのは、留守を任せられる人がいるからですよね。 もしも出かける度に普段の稽古が止まってしまったり、普段の日々の業務というものが止まってしまったら、私たちは外での仕事に専念することができないわけです。 そして、その行事などが終わって戻った時に、いつもの場所でいつもの学びが続いている、そのことがどれほど心強いかと思います。 留守を守るというのは、ただその場にいることではなくて、出かけた人が安心して仕事をして、また戻って来られるように、その場所の日常を続けていくことなのですよね。 目立つ役割ではなくても、そこには誰かに代わって引き受けている大切な仕事があります。 私自身も出かける側にいる時には、そのことを忘れないようにしたいと思っています。 そして、よくあることは、例えば私の師匠が海外に出向いたり、外で大きな仕事をする時に、弟子として私がついていくかというと、実はそうでもなくて、 私自身は逆に、この拠点にいて、何事もないようにその後を任されるということ、そこの部分を守っているということもあります。 なぜならば、例えば、師匠とともに私が外に出向いた時に、もしも何かあった場合、その何かあったことで、その後が続かなくなるということを一番避けたいからですね。 よく聞くのは、例えば、どなたかとどなたか、どちらもお偉い方だとしますが、同じ飛行機に乗らないとか、同じ電車に乗らないとか、あえて同じ目的地なんだけれども、別の便で移動するという考え方も同じかもしれませんね。 出かける側にいる方と、そこの拠点を守る人と、どちらも大切ですけれども、拠点を守る人にも心を傾けたいなと思います。 # 暮らしに近い神様 かんなづきには神々が出雲へ集まる。そのお話はよく知られていますよね。けれども出雲へ行かずに留守を守る神様がいるというお話は、あまり知られていないかもしれません。 私はこの二つがそろっているところに、昔の人たちの暮らしの感覚が現れているように思います。 どこかへ出かける人がいれば残る人もいる。大きな行事があっても家の火は消せません。毎日の食事も、暮らしの営みも続いています。 神様たちがお出かけになっても、自分たちの日常は変わらず守られていて欲しい。そんな願いから、留守神という考え方が育まれたのかもしれません。 そしてもう一つ私が好きなのは、残って下さる神様にもお礼をするというところです。 エビス公ではその神様のためにお供えを整えてお祭りをします。留守を守って下さることを当たり前にはしなかったのですよね。 私たちは誰かが大きな仕事を成し遂げると、その人に目を向けます。表に立って活躍した人には自然と感謝や賞賛が集まります。 ですがその人が安心して外へ出られたのは、いつもの場所を守ってくれる誰かがいたからかもしれません。 留守を任せるということは、その人を信頼しているということでもあります。そして任された人は、その信頼を受け取って日々の仕事を続けているわけです。 私はそこにとてもうつくしさを感じます。特別なことが起きないようにいつもの一日を続けていく。それは目立たなくても決して小さな仕事ではありません。 出かける人と残る人、どちらが一方だけでは成り立たないことがあります。 恵比寿公はそんなことを思い出させてくれる行事なのだと思いました。 今日は恵比寿公のお話でした。 神様たちが出雲へ集まる間、いつもの土地や家には恵比寿様をはじめとする留守神が残ると伝えられています。 台所を守る神様、村の境を守る神様、そして秋内を見守る恵比寿様、どれも私たちの暮らしに近いところにいらっしゃる神様ですね。 今日は少しだけいつもの場所を守って下さる方のことを思い浮かべてみませんか。 自分が出かけている間も、変わらず仕事を続けてくれている人、戻る場所を整えて迎えてくれる人、普段はなかなか言葉にする機会がなくても、その方々へ心の中で感謝を伝える、それでもいいと思います。 恵比寿公はそんな一日にしてもよいのかもしれません。 それではまたごきげんよう。 もっと見る #七十二候 #道祖神 #衣と暦 #恵比寿講 #日本橋恵比寿講 #べったら市 #留守神 #竈神 十二単着付け師の【にちにち気づきだより】さとうみなこ01:461.今日はどんな日?07:442.留守神03:143.暮らしに近い神様コメント感想・質問・応援メッセージを書こう
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