TOPライフスタイルメンタル・心理学生きづらい世の中を歩くラジオ2016年の相楽暁07:45 10月11日 問題を報告する 再生する シェアする 2026年の相楽暁がやっていたこと。AI目次2016年のラジオディレクター時代先駆的なYouTube配信への挑戦語り手が抱える当時の心残り「声と言葉」で届ける原点10年越しの「今」への繋がりとはAI文字起こし(β版) # 2016年の相楽暁 おはよう、こんにちは、こんばんは。 コロコロ友クラブの佐川貴也です。 今回のテーマは、Voicy10周年の特別テーマ 2016年の私について語らせていただこうと思います。 2016年ですね、私佐川は何をしていたかと言いますと 当時は超風FMというラジオ局でディレクターをしていました。 当時は一本だけではなくて、ディレクターとして いろんな番組を作っていたんですよね。 企画を考えたり、支援者の方と打ち合わせをしたり、 収録に参加したり、今の居場所しか作り続けている 私の活動しか知らない人からすると 何か意外な過去かなと思うかもしれません。 当時、僕が掛かっていたラジオ番組で 面白い試みとして、ラジオで放送したものを YouTubeでもそのまま配信するという試みをやっていました。 今ではラジオやポッドキャストの番組を YouTubeで配信するというのが誰でもやっていることで 全然ポピュラーなことになっているんですけど 当時2016年の頃、このコミュニティFMの番組を そのままYouTubeでも届けるというのは まだまだ難しいことだったんじゃないかなと思っています。 自分で営業して獲得したスポンサーさんのCMコマーシャルも そのまま配信していたんですよね。 今振り返ると、あの頃の僕のチャレンジは 時代の先を行っていたんじゃないかなと思っています。 そこはね、自分の中ではちょっとした心にはなっているんですけど でも同時にちょっと心残りでもありますね。 せっかく早い段階でインターネットを使った 新しいメディアの発信というのに触れていたのに 僕自身はそのチャンスを十分に活かすことができなかったと思っています。 あの頃、もし路線のままもっと続けて頑張っていたら もっともっとYouTubeや音声配信を力を入れていたら 一体どうなっていたんだろうなって考えることはあります。 ただですね、僕は昔も今もいわゆるバイル人間ではありません。 カメラの前に出て、見た目や派手なリアクションで見せるYouTuberみたいなものは 昔から自分には見ていないなと思っていました。 その一方で、昔から強く関心を持っていたことがあります。 それが、言葉で人に思いを伝える、思いを届けるということでした。 顔なんかも見えなくなってもいい、派手な映像がなくてもいい 生まれ持った声と言葉、これだけで誰かの心に届くものがあるんじゃないか。 アジオというメディアに仕事として関わっていた頃から 僕はそこにすごい魅力を感じていました。 だから2016年の自分にも、今につながっている心たちはすでにあったんだと思います。 まだまだこんな居場所コミュニティをやるなんて思ってはいなかった頃なんですけどね。 ただ、その後の10年間ですね。 僕の人生は温泉阪神を一直線で生きていった訳で申し訳ありません。 もういろんなことがありました。 本当にいろいろ辛い挫折なんかも経験していました。 そして今は、その頃の辛さを糧に、生きざさや孤独を抱える方のためのリアルな居場所を作ったり、 既死燃料を抱えた方の話を聞く、電話活動をしたりしています。 10年前にはこんなことをやっているなんて思ってはいなかったことです。 でも最近すごく思うのが、一見するとバラバラだったことが 実は今に至る道として全部繋がっていたんじゃないかな、なんて思ったりもしています。 ラジオディレクターとして人の言葉を届ける仕事をしていたこと、 音声だけで思いを届けるということに可能性を感じていたこと、 そして僕自身もいろんな辛さを経験したこと、 人の話を聞くこと、リアルな居場所を作るようになったこと、 そして今、このボイシーで自分の声を届けていること、 全部今に至る道だったんじゃないか、運命だったんじゃないかな、なんて思うと今感無量なんです。 特にこのボイシーというメディアは、僕にとってただ音声を配信できるということだけではありません。 厳しい審査を通らせていただいて、そして自分の言葉を届ける場所をいただいた。 2016年、コミュニティFMのラジオ局の中で番組を作っていた自分に、 10年後、お前自身がボイシーのパーソナリティによって自分の言葉を届けているぞ、なんて言っても多分信じないなと思います。 そしてもう一つ伝えるとしたら、お前が10年後に作っているのはただの番組じゃないぞ、ということです。 望まぬ孤独を感じている方、汚さを感じている方、今日一日をなんとか生きている方、 そういう方にとって自分自身の経験から言葉を届けるようになっている。 2016年に思い描いた未来とは違うようでいて、実は今でも繋がっています。 でもあの頃、当時からYouTubeが出始めた時代ではあったので、 あの頃、YouTubeのチャンスを生かして、もっと生かしていればという心残りは今でもあります。 でも人生って、あの時チャンスを逃したからもう終わり?ではないんですね。 遠回りをしたように見えても、10年後に別の形で繋がることがある。 むしろ僕の場合、その遠回りがあったからこそ、今話をしたいことがあるんです。 ずっと裏方のディレクターだけにいたら、今の僕のことはなかったかもしれない。 だから今は全部この道に繋がっていたんだなと思っています。 そして2016年の僕に伝えたい言葉。 あの頃感じていた、言葉と声だけで誰かに思いを届けたいという気持ち。 10年後もちゃんと残っています。 形は変わったけれども、今はもう僕は声と言葉で誰かと繋がろうとしています。 そして今度はその先に、一人でも孤独じゃないと思える方がいたらいいな、 そんなことを話しながら今はスマホで喋っています。 10年前の自分へ、ちゃんと今に繋がっているぞ。 はい、そんな今回は2016年の私についてお話しさせていただきました。 はい、コウトモクラブサガランでした。 皆さんありがとうございました。またねー。 もっと見る #ラジオ #居場所 #若気の至り #隙間時間の学び方 #秋の夜の内省タイム #聞かれなくても話したいこと #2016年の私 #教科書に書いてないこと #反抗期どう向き合った 生きづらい世の中を歩くラジオ相楽暁|孤独・孤立問題活動家/ココトモクラブ代表07:451.2016年の相楽暁コメント感想・質問・応援メッセージを書こう
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