第2117回「日米禅問答」2026/10/24
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■管長日記「日米禅問答」
https://www.engakuji.or.jp/blog/40892/
■YouTube
https://youtu.be/iAEESLf2Hdg
■note
https://note.com/engakuji/n/n7731ad6c6e5f
最後に一日のはじまりを整える、呼吸瞑想がございます。
-------------------------------------------------
先日は、アメリカからジョアン・ハリファックス老師が円覚寺にお越しくださいました。
ハリファックス老師は、アメリカを代表する女性禅僧の一人であります。
ニューメキシコ州サンタフェにある「ウパーヤ禅センター」の創設者です。
ハリファックス老師は文化人類学者として研究活動を行った経歴をお持ちで、エンゲージド・ブディズムと呼ばれている、禅の修行と社会奉仕を結びつける、社会参加仏教を実践なされています。
ハリファックス老師は、ベトナムのティク・ナット・ハン師や、アメリカのバーニー・グラスマン老師らに学ばれています。
曹洞宗の系譜につながる禅を中心に、さまざまな禅の伝統を学び、実践されている方です。
ハリファックス老師は、坐禅によって養われる智慧と慈悲を、現実社会の苦しみを救う行動へと結びつけることを大事にされています。
特に終末期医療や死にゆく人への寄り添いを重視しておられ、医療従事者に慈悲の実践を教える活動を続けています。
ウパーヤ禅センターの「ウパーヤ」は、仏教の「方便」を意味します。
ここでの修行の特色は、禅の修行を個人の悟りにとどめず、菩薩の誓願を社会の中で具体的に実践しようとするところにあります。
先日は、ハリファックス老師をはじめ、ご一行三十数名がお越しくださいました。
何度か円覚寺にもお越しいただいています。
お顔を存じ上げる方もいらっしゃいます。
棚橋一晃先生もお見えくださっていました。
棚橋先生は、書道家であり道元禅師の著作の翻訳もなされています。
九十三歳でいらっしゃいますが、姿勢もよろしく、歩く姿も美しい方であります。
それから木蔵(ぼくら)君子さん、そしてウェンディさんのことはよく覚えています。
私がしゃべる日本語を棚橋先生が英語に訳してくださり、ハリファックス老師やそのご一行のおっしゃることを、木蔵さんが日本語に訳してくれていました。
佛殿で皆様をお迎えして、佛殿の中からご案内を始めました。
はじめて円覚寺にお越しになる方もいらっしゃるので、ご本尊である、宝冠釈迦如来の話から始めました。
もともと毘盧遮那仏と呼ばれていて、華厳の教えによって、元寇のあと敵も味方も区別せずに平等に供養した話などをしました。
それから佛殿の中の祖師堂にお祀りされている達磨大師像も拝んでいただきました。
とても古い達磨大師のお像であります。
そのあと、新しくできた坐禅堂もご案内しました。
ヒノキの香りにとても喜んでくださっていました。
そしてさらに国宝舎利殿のある修行道場をご案内しました。
前回お見えになった折に、私が毎日独参という、修行僧と禅問答をしている部屋をお見せしたことが印象に残っているらしく、今回もご案内させてもらいました。
そのあと、方丈をご案内して、信徒会館で茶礼をしました。
皆でお茶を飲みながら、いろんな質問をいただきました。
通訳を介してですが、日米の禅問答であります。
まずは、円覚寺が実に美しい場所で、長い歴史と伝統があり、過去から受け継がれてきた建物や文化財なども数多く残されていることに感銘を受けられたようです。
そこで「このような豊かな伝統を持つ場所において、伝統を守ることと、現代に合わせて禅を新しく変化させていくこととの間で、どのようにバランスを取っていらっしゃるのでしょうか。」と聞かれました。
私が、この禅の世界において、大変独創的で、革新的な考え方をしていると感じられているようなのです。
「新しい発想は、いったいどこから生まれてくるのか。
過去の祖師方から影響を受けられたのか、それとも、生まれ育った環境によるものなのか」という問いでもありました。
私は即座に、ただ思いついてやっているだけですと答えました。
すると「その思いつきというものは、どこから生まれてくるのか」と問われました。
そこで私は、次のように答えました。
「今、私たちが伝統だと思って守っているものも、昔の人が作ったものではありますが、それはその当時から古い考えだったわけではありません。
その時代には、新しい考えとして生み出されたものだったのです。
それが長い年月を経て、今では古い伝統だと感じられるようになっただけでしょう。
昔の人たちも、その時代に新しいことを考え、新しいことを始めていたのだと思います。
私が今やっていることも、何百年も経てば、伝統になっているかもしれません」と申し上げたのでした。
伝統といっても、その時代には革新的だったかもしれないのです。
そもそも禅は仏教の中で革新的な教えだったのです。
それから参加者の中で、鈴木大拙先生がこの場所で学ばれ、その後、アメリカに禅を伝えるうえで大きな役割を果たされたということに、大変興味を持っているという方がいらっしゃいました。
そこで、私に現在のアメリカの禅を、どのように見ているのか聞かれました。
日本の禅とアメリカの禅との関係について、どのように考えているのかということでした。
私は、「禅は、もともと中国から日本に伝わってきたものです。
しかし、中国の禅が、そのままの形で今まで続いてきたわけではありません。
中国から伝わった禅は、日本の文化や風土の中で、さまざまに変化し、新しい形を生み出してきました。
たとえば、禅の庭園や茶の湯なども、その一例だと思います。
中国から伝わった文化をもとに、日本の風土や美意識の中で、独自に発展してきたものです。
中国から伝わったものを、ただそのまま守り続けてきたのではありません。
日本の人々が、新しいものを生み出してきたのです。
ですから、皆さま方が今、アメリカで行っていらっしゃることも、何百年か経てば、アメリカ独自の禅となっていることでしょう。
ひょっとしたら、その頃には、日本の禅は、滅んでしまっているかもしれません。
それでも、禅は新しい土地で、新しい形となって受け継がれていくのだと思います。」と申し上げました。
アメリカの方々を拝見していて、ハリファックス老師のもとで禅を学びながら、きっとそれぞれ独自の活躍をなされていくのだろうと思いました。
日本の禅をそのまま受け継ぐのではなく、アメリカの文化や風土の中で、新たな禅として発展していくことを願うのです。
横田南嶺
https://www.engakuji.or.jp/blog/40892/
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https://note.com/engakuji/n/n7731ad6c6e5f
最後に一日のはじまりを整える、呼吸瞑想がございます。
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先日は、アメリカからジョアン・ハリファックス老師が円覚寺にお越しくださいました。
ハリファックス老師は、アメリカを代表する女性禅僧の一人であります。
ニューメキシコ州サンタフェにある「ウパーヤ禅センター」の創設者です。
ハリファックス老師は文化人類学者として研究活動を行った経歴をお持ちで、エンゲージド・ブディズムと呼ばれている、禅の修行と社会奉仕を結びつける、社会参加仏教を実践なされています。
ハリファックス老師は、ベトナムのティク・ナット・ハン師や、アメリカのバーニー・グラスマン老師らに学ばれています。
曹洞宗の系譜につながる禅を中心に、さまざまな禅の伝統を学び、実践されている方です。
ハリファックス老師は、坐禅によって養われる智慧と慈悲を、現実社会の苦しみを救う行動へと結びつけることを大事にされています。
特に終末期医療や死にゆく人への寄り添いを重視しておられ、医療従事者に慈悲の実践を教える活動を続けています。
ウパーヤ禅センターの「ウパーヤ」は、仏教の「方便」を意味します。
ここでの修行の特色は、禅の修行を個人の悟りにとどめず、菩薩の誓願を社会の中で具体的に実践しようとするところにあります。
先日は、ハリファックス老師をはじめ、ご一行三十数名がお越しくださいました。
何度か円覚寺にもお越しいただいています。
お顔を存じ上げる方もいらっしゃいます。
棚橋一晃先生もお見えくださっていました。
棚橋先生は、書道家であり道元禅師の著作の翻訳もなされています。
九十三歳でいらっしゃいますが、姿勢もよろしく、歩く姿も美しい方であります。
それから木蔵(ぼくら)君子さん、そしてウェンディさんのことはよく覚えています。
私がしゃべる日本語を棚橋先生が英語に訳してくださり、ハリファックス老師やそのご一行のおっしゃることを、木蔵さんが日本語に訳してくれていました。
佛殿で皆様をお迎えして、佛殿の中からご案内を始めました。
はじめて円覚寺にお越しになる方もいらっしゃるので、ご本尊である、宝冠釈迦如来の話から始めました。
もともと毘盧遮那仏と呼ばれていて、華厳の教えによって、元寇のあと敵も味方も区別せずに平等に供養した話などをしました。
それから佛殿の中の祖師堂にお祀りされている達磨大師像も拝んでいただきました。
とても古い達磨大師のお像であります。
そのあと、新しくできた坐禅堂もご案内しました。
ヒノキの香りにとても喜んでくださっていました。
そしてさらに国宝舎利殿のある修行道場をご案内しました。
前回お見えになった折に、私が毎日独参という、修行僧と禅問答をしている部屋をお見せしたことが印象に残っているらしく、今回もご案内させてもらいました。
そのあと、方丈をご案内して、信徒会館で茶礼をしました。
皆でお茶を飲みながら、いろんな質問をいただきました。
通訳を介してですが、日米の禅問答であります。
まずは、円覚寺が実に美しい場所で、長い歴史と伝統があり、過去から受け継がれてきた建物や文化財なども数多く残されていることに感銘を受けられたようです。
そこで「このような豊かな伝統を持つ場所において、伝統を守ることと、現代に合わせて禅を新しく変化させていくこととの間で、どのようにバランスを取っていらっしゃるのでしょうか。」と聞かれました。
私が、この禅の世界において、大変独創的で、革新的な考え方をしていると感じられているようなのです。
「新しい発想は、いったいどこから生まれてくるのか。
過去の祖師方から影響を受けられたのか、それとも、生まれ育った環境によるものなのか」という問いでもありました。
私は即座に、ただ思いついてやっているだけですと答えました。
すると「その思いつきというものは、どこから生まれてくるのか」と問われました。
そこで私は、次のように答えました。
「今、私たちが伝統だと思って守っているものも、昔の人が作ったものではありますが、それはその当時から古い考えだったわけではありません。
その時代には、新しい考えとして生み出されたものだったのです。
それが長い年月を経て、今では古い伝統だと感じられるようになっただけでしょう。
昔の人たちも、その時代に新しいことを考え、新しいことを始めていたのだと思います。
私が今やっていることも、何百年も経てば、伝統になっているかもしれません」と申し上げたのでした。
伝統といっても、その時代には革新的だったかもしれないのです。
そもそも禅は仏教の中で革新的な教えだったのです。
それから参加者の中で、鈴木大拙先生がこの場所で学ばれ、その後、アメリカに禅を伝えるうえで大きな役割を果たされたということに、大変興味を持っているという方がいらっしゃいました。
そこで、私に現在のアメリカの禅を、どのように見ているのか聞かれました。
日本の禅とアメリカの禅との関係について、どのように考えているのかということでした。
私は、「禅は、もともと中国から日本に伝わってきたものです。
しかし、中国の禅が、そのままの形で今まで続いてきたわけではありません。
中国から伝わった禅は、日本の文化や風土の中で、さまざまに変化し、新しい形を生み出してきました。
たとえば、禅の庭園や茶の湯なども、その一例だと思います。
中国から伝わった文化をもとに、日本の風土や美意識の中で、独自に発展してきたものです。
中国から伝わったものを、ただそのまま守り続けてきたのではありません。
日本の人々が、新しいものを生み出してきたのです。
ですから、皆さま方が今、アメリカで行っていらっしゃることも、何百年か経てば、アメリカ独自の禅となっていることでしょう。
ひょっとしたら、その頃には、日本の禅は、滅んでしまっているかもしれません。
それでも、禅は新しい土地で、新しい形となって受け継がれていくのだと思います。」と申し上げました。
アメリカの方々を拝見していて、ハリファックス老師のもとで禅を学びながら、きっとそれぞれ独自の活躍をなされていくのだろうと思いました。
日本の禅をそのまま受け継ぐのではなく、アメリカの文化や風土の中で、新たな禅として発展していくことを願うのです。
横田南嶺
【鎌倉円覚寺】毎日の管長日記と呼吸瞑想
臨済宗大本山円覚寺
- 12:311.
日米禅問答
コメント

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『伝統』について「伝統は変える事なく守るもの」と思い込んでいた自分がカチコチの石頭だったのに気がつきました。
3年くらい前にご老師と一照さんとハリファックスさんの対談されたのをYouTubeで拝聴したのですがみなさん3年前より更にはつらつとされておられて驚きました。
私は劣化しております笑
ありがとうございました。
voicy アップデートしたのでもたついております😅
→その場で問答を見てみたいです。😀
→一照さんやその他の曹洞宗のアメリカでの禅の本を読んで興味深く思ったことを思い出しました。🥰