TOPライフスタイル子育て対話の本棚(旧:特別支援の本棚)#618 島根県議会議員 森山ゆうすけさん『多くの声を聴く中で...』57:55 2024年4月23日 716再生 問題を報告する 再生する シェアする AI目次島根県議会議員、森山ゆうすけ氏に迫る政治家としての原点と課題感民の声を政治へ届ける方法とは?北欧の民主主義から学ぶもの理想の自治と未来の街づくりとはAI文字起こし(β版) # 初めのあいさつ こんにちは。特別支援の本棚沙織です。 このチャンネルは、自閉症児2人、一人をしている私が、 育児や仕事、暮らしのあれこれや日常の困り感などについて、 社会課題として見えることをお話をしています。 今日はですね、私の住んでいる島根県の県議会議員、 森山雄介さんに来ていただきました。 森山さんはですね、おそらく私より一回り以上上なんだと思います。 家庭もある中で、すごく能動的に島根県の中の企業さんだとか、 個々人だとか、情報を取りに行かれていらっしゃるんですね。 きっとその中には知りたいっていうね、 県の中で困っている人たちの声を知りたいっていう行動が あるんだろうなとは思っていたんですけれども、 さらに情報を取りに行くと、みんながみんな好きなことを言うわけですね。 そうした意見の分断に対して、どんなふうに思っていらっしゃるのか というのを聞きたかったですし、 あとですね、やっぱり障害児の親として、一人の親として、 マイノリティという属性を持ちながら、 どうやってその声を公の部分、民と公で分けるなら、 政治の部分にお届けして、 そして私たちも言うだけじゃなくて、そこで抱えている問題、 どうやったら一緒にゼコゼにして、 共に考えていくことができるんだろうなって、 私の中の素朴な疑問があったので、 そういうことを分断に受けてよかったなって思っています。 そして皆さんもですね、島根県民ではないとしても、 自分の暮らしの中に政治を落とし込むきっかけになるなと思った、 思えたようなインタビューができたと思っています。 もしよければ皆さん聞いていってください。 どうぞよろしくお願いします。 # 島根県議会議員 森山ゆうすけさん『多くの声を聴く中で...』 おはようございます。今日は島根県議会議員の森山雄介さんに来ていただきました。 朝早いんですけれども、早速自己紹介からお願いします。 おはようございます。島根県議会議員の森山雄介と申します。 ちょうど1年前に初めて当選をして、県議会員になってからちょうど1年が経ったというタイミングでございます。 今日は沢山といろんなお話ができるのを楽しみにしていますが、Voicyが初めてなので少し緊張もしていますが、どうぞよろしくお願いします。 よろしくお願いします。先にお詫びをしておきますと、前回来ていただいたときにたくさんのリスナーさんが来ていただいて、フルエンサーの方とかも来ていただいたんですけど、 ちょっと今日周知していないので、後でアーカイブ残しますので、皆さん質問等ありましたら寄せてください。 まず最初になんですけれども、森山さんが政治に興味を持ったきっかけなんか教えていただけるとありがたいです。 そうですね。私が政治に興味を持った、政治が大事だなと思ったきっかけは、私はここまでいつもこの島根県で育って、大学と社会人8年半、東京で過ごしたんですけれど、 東京にいる時とか、18歳までの時って正直政治とか行政って自分の生きていく世界とは程遠いものとして扱っていて、東京の学生時代とか向こうに行って投票したりとか、 実は投票に行かなかったりすることもあったぐらい、自分とすごく距離のあるものだなと思っていたんですけど、ちょうど8年前に帰ってきまして、 こっちで行政と仕事をするようになってから、行政の物事の決め方だったりとか、当事者の人が本当に困っていることみたいなのに、 どこまで手を差し伸べられたりとか、課題解決ができているんだろうかとか、本当にこのお金の使い道でいいのかなとかですね。 あとは行政の中の縦割りの構造の中で、当事者にとっては関係ないのに、縦割りの中で物事が動いていかないみたいなことを、 私はNPOだったりとか財団法人に勤めて、教育をテーマにして、不登校の子どもたちの支援だったりとか、キャリア教育というテーマを扱ったりしながら仕事をしてくる中で、 そういった中で行政のいろんな物事を決めていくスピード感だったりとか、本当にその税金の使い道、それでいいのかなみたいなことを思う機会が多々あってですね。 私が一番尊敬している先輩の一人に言われたのが、行政と政治とこの民間ってジャンケンみたいなもんだと。 行政は政治の力。行政を動かしたいんだったら政治を動かす。政治を動かしたいんだったら民の人に働きかける。民に働きかけたいんだったら行政を動かすみたいな。 この3つが構造をちゃんと理解して物事を動かさないと社会課題がなかなか解決できないよみたいなことを言われた時に、 今、島根県の中で一緒にやってきた民間のプレーヤーとか、行政の中にもそんなに思い持っている人がいるけど、政治が次のプレーヤーがいないとなかなか物事が動いていかないんじゃないかなって思うことがあってですね。 政治のフィールドに自分も立って、いろんな民間の人たちの課題を、翻訳を行政側にしたりとか、行政をしっかりと動かしていくという立場に、 課題解決のやりたいことはあまり変わってないんですけど、自分の中でポジションをずらして政治家になりたいなと思ったのが大きなきっかけですね。 ありがとうございます。今ちょっと伺う中で私の中に湧いてきた質問なんですけども、 NPOなんかにいらっしゃったりして、キャリア教育とか高校の中にいると結構いろんな問題が見えてくると思うんですけど、 これは私が今所属している民の部類で見えてくるものと一緒だったと思うんですね。 実際に政治の中に入ってみたときに、一歩先にすぐ踏み込むことなんかはできたんですか? なかなかうまくいかないなぁみたいな感じで立ち行かないことの方が多かったんですか? 実際政治家になったので、結構そこを自分の中で今1年目を終えて葛藤しているところで、正直こういうふうに動かしたいとかって思っても、 やっぱりこの議員の中での合意形成だったりとか、同じ思いを持ったりとか、同じ課題感を共有しながら動かしていくということをやっぱりできないと物事が前に進まなかったりとか、 ということはある中で、どこまで問題提起していく人たち側の解像度を上げながら共通理解を持てるかというところが一つ大事なんだなと思って、 それを行政とも共有していくというのが大事だなと思っています。 なんか私はこの民の中にいるので、自分の都合の悪いことばかりこうにしちゃうんですけども、やっぱり行政にいらっしゃるとたくさんの意見が飛んできて、 すごいそれって分断されていると思うんですけど、一体どうしていらっしゃるのかなっていうのが一番の疑問で、 私この前今岡さんとか山本山さんにいろいろ伺っているんですけど。 そうですね。そこはなんか私も改めてこの今、日本の民主主義というのがあって、間接民主主義で大議選民主主義というか、議員を市民とか県民の代表として選んで、 その人たちが代弁をしながら、例えば島根県であれば4800億というみんなが一生懸命働いて集めた税金を使い道を決めていくというときに、 やっぱりこの社会ってすごく多面的で課題を内包している中で、一側面だけの課題だったりとか、 それ課題なんですけど、それを全体感としてそれが優先順位が高いのかみたいなジャッジをやっぱり誰かが指していかなきゃいけなくて、 それを議員自体もその全体性をどこまで持ち合わせながら、その社会課題にある意味優先順位をつけていくということって、 ここまだ1年終わったところで、やっぱり自分も思いやるところに偏っているところは正直あると思っていて、 そのあたりは僕もやっぱりこの全体性を自分の中に内包していくという意味で、いろんな人に話を聞きたいなと思って日々活動をしているんですけど、 そこはやっぱりすごく、私もなってみて難しいテーマだなと思っているというのが、今の現在地です。 マリオさん、SNSを見ているとフットワークを軽く、いろんなところにインタビューに行ってらっしゃるんですけど、 インタビューというよりは情報を取りに行ってらっしゃると思うんですけど、そのエネルギーはそこにあったんだなと今思いました。 個人的な政治家さんとしてじゃなくて、個人的なことを聞いてしまうので、ちょっとそれは言えませんとか答えれませんだとかそれでいいんですけども、 さっきジャッジする人が必要だと言われたんですけど、これ今誰がするといいと思う?見えてますか? そうですね。でもやっぱり一番権限を持っているのは首長、市で言えば市長、県で言えば知事が持っているべきだと思いますし、 それを補う意味で下のメンバーがいると思うんですけど、一番は首長だと思います。 あともう一つちょっと個人的に聞きたいんですけども、そもそも民主主義でよかったなって思いますか? あーなるほど。そうですね。僕もそこまで深めて考えたことはないですけど、 やっぱりこの民主主義っていうものは、やっぱりどこまで一人一人の意見を反映できているかは別として、やっぱりこの社会の中で自分の声が拾われているとか、 自分の存在意義を自分の中で認められるっていうことって、人の幸福度にすごくつながっていくと思っていて、そういう意味での仕組みとしての民主主義というのはすごく、 今その実態が日本の中で伴っているかは別として、僕は北欧に行ったときにすごく民主主義のあるべき姿というか、これこそが民主主義なんだなっていうことをすごく体感地として感じたときがあって、 日本はまだそこまで民主主義の成熟度が高くないけど、ここまで成熟できたときにはある程度、自分たちは社会を自分たちで変えていけるとか、そういった手触り感ある民主主義が作れるときには、いい仕組みとして実感ができるのかなっていうふうに思っているという感じですかね。 ありがとうございます。まだなかなかすごい大きな議題なので答えが出にくいと思うんですけど、次の質問に行きたいんですけど、なかなか行けなくてというのがどんどん聞きたいことが出てくるんですけど、今北欧という言葉が出てきたんですけど、北欧に行かれたのはなぜかという聞きかけだったりとか、行かれてみて、やっぱりこの日本人って北欧の福祉はいいなという声がよく聞かれるんですけど、 実際にそれがそのままこっちの国にインストールされたら、それはそれで課題が増えるなと思うんですけど、そのあたりまずなぜ行かれたのかとか、北欧で見てきて学びがあったものだとか教えていただいてもいいですか。 はい。行った理由はですね、私がNPOに勤めていたときに、やっぱり教育系のNPOだったので、教育や福祉の先進部として、デンマーク、スウェーデン、フィーランド、みんなで見に行くわけで、2017年だったかな、12くらいのメンバーで行きました。 そのときに私が衝撃を受けたのは2つあって、1つは教育と民主主義がすごく地続きに語られているということで、びっくりしたエピソードが1つあるんですけど、 幼稚園、森の幼稚園に視察に行ったときに、園長先生と話をしていたんですけど、園長先生が、この5歳、小学校入るまでにどんな子供を育てたいですか、みたいな話を一回投げかけたときに、 それは自分自身が尊重されるべき意見や気持ちや感情を持っているということと、他者にも同じように尊重されるべき意見や気持ちがあるということ、それが異なったときには対話をするということを、この園で過ごす中でその3つを学んでいくということができれば、僕は素晴らしいことだと思っている。 それが、僕はこの国家の民主主義を育んでいくということと思っている、みたいなことを言い切られたときに、僕は結構衝撃を受けて、教育って確かに国の根幹だし、一人一人の民主主義とそういうふうに紐づいていくという考え方を教育者が、一教育者がしているということに結構衝撃を受けて驚いたというのが、1つ大きなエピソードとしてあったのと、 やっぱりあとは、若い世代に当たり前に、発言の機会とか子どもたちの権利というのを当たり前に保障しているという、行政のスタンスもそうだし、国のスタンスもそうだし、全ての子どもたちに学び続ける、そして居場所があり続けるということを当たり前に考えていくという、 権利として保障するということが、社会のインフラとして当たり前になっているということが、この2つがやっぱり自分の中で衝撃を受けたことでした。 はい。ありがとうございます。私もすごい、自分と他者が分断されたものだということは、意識しないとできなくて、でも意識は大人になったからこそ、親になったからこそするようにしているんですね。 今ちょっと、その北欧のお話が出たので、少し私のお話をすると、以前このSNSをする中で、私はカナダにいらっしゃる、カナダで育児をされていらっしゃる方と、 スウェーデンで学校の先生をされていらっしゃる方と、フィーランドで子育てをされていらっしゃる方と、みんなと話したんですね。その方々、みんなが口を揃えて言われていたのが、例えば自分がマイノリティになってしまったときとか、お金が立ち行かなくなったとき、 立ち行かなくなったというのも、日本と全然感覚が違って、子供を産んだから仕事がなくなって、お金がなくなったときとかに、その国から補助が、一時的に、自分は税金を納めるものだから、一時的に生活保護を使うということに対して、そうするとみんながよかったじゃん、という声がけをするというのをされていて、我々と少しマイノリティに対する認識が違って、 認識が違うというか、施しを受けるということの認識がすごい違うなと思ったし、もしかするとこれは私の見解なんですけど、やっぱりみんなフィーランドもスウェーデンもカナダも寒い地域だから、助け合わないといけないというものが根付いていて、そういうところから来ているのかなと思ったのがありますね。 あと今おっしゃったように、居場所としてのインフラが当たり前というのはすごく大事だと私は思っていて、今ってこの日本って居場所づくりがすごい大きな声として聞かれるようになったんですけど、そもそもの私の中の議題としては、作られないといる場所がないというのはすごい問題だなと思いながらも、 でも居場所を誰かがこうやってぼちぼち作っていかないといけないというのも、この過渡期、過渡期というかすごい過渡期で、居場所を作るということはすごい良いことなんだけど、作られることで、作られる側もその居場所に行くかどうかの選択権というのがあって、すごい私の中で問題だなと思っていたので、今お話できたのがすごい嬉しいなと思いました。 次の質問に行くんですけど、なぜ森山さんは市議ではなくて県議を選ばれたんですか? そうですね。私、行政機関としては隣の雲南市というところと仕事をしていたのと、最初の3年は雲南市と仕事をしていて、残りの4年は県と仕事をしていたというところがあって、 雲南市はすごく小回りが利いて、行政の中でもフットワークが悪かったりとか、民の力をうまく活かしながら、官民連携みたいなことで社会課題を解決していくという感度を立てながら動いていらっしゃる皆さんがすごく多くて、 僕はその民の立場で共同するということを雲南市はやっていて、雲南においてはそんなに行政に対して問題意識とかはあまり持っていなかったんですけど、島根県と一緒に仕事をするようになって、動きの鈍さだったりとか、やっぱり組織が大きくなるので構造的な縦割りだったりとか、 そういったことを強く感じる中で、県に対して問題意識を持つようになった。教育の問題ってやっぱり県が所管することが多いので、県がどういう風な方向性を見ながらその教育行政を作っていくかというのがすごく大事だなと思ったというのが最初のきっかけとしてはありますけど、 私実は祖父の代から政治をやっていたというところを経緯としてあって、祖父は市議をやって、県議をやって、父は県議をやらせていただいてというところで、次父が挑戦しないのであれば自分が挑戦をしたいという風に父を話す中で、 身近なロールモデルとしてそういった県議というところがあったというのはもう一つ大きな理由としてあるかなと思います。 ありがとうございます。今の中でも私の中ではいっぱい質問が出てきたんですけども、官民連言とか共同って最近私もインプット本を読んだりする中ですごい聞くようになって、すごい良いことだなって思っているんですよ。 共同って素晴らしいなって協力して動く、働きかける、すごい良いなと思っているんですけど、さっき森尾さんの口からも動きの鬼武者が起こると言われたんですけど、これはなぜ起こるんですか? これは、やっぱり行政側のスタンス、あとは首長のスタンス、行政機構を統治している首長のスタンスによるかなと思っているんですけど、今の時代というか、社会課題で公だけで解決できることってものすごく少ないと思っているんですけど、 それを民とどういうふうに共同しながらやるかっていうのはすごく大事だと思うんですけど、行政って基本的には使用書と言われるもので課題設定をして、解決策もある程度方向性を見出して、この課題に対してこういう解決策でやれると募集しますみたいなので初めて民間が入ってくるっていうのが今までのやり方だったと思うんですけど、 ただその課題設定とか解決策を立案するということも含めて民と共同していかないと、そもそも課題設定がずれていると解決策がずれてしまうみたいなことがたくさんあるので、そういった今まで仕事の仕方をしてきていないというところで官民連携が進まないというのは正直あるのかなと思っていますね。 時代背景ももしかするとあるかもしれないですね。今それこそ高齢の方が増えていて、こんなにも若者が減っている国ってないので、その中で動いていくのは民も大変ですし、公の方々もきっと大変だしっていうのが今一瞬思ったところですね。 もう一つ私が、また私が過去の話をするんですけど、この前実は今初めて対談するような素振りをして森山さんと前回来ていただいた市議の今岡さんとお話をオフレコーディングでしたんですけど、 その時に森山さんと今岡さんの話の中から、森山さんのおじいさまがこの地域に初めて福祉施設を建てられたと、だから福祉の森山だって言われたってことを伺って、それは素晴らしいなってすごい思ったんですよ。 なぜすごいのかって思ったら、やっぱりゼロイチをその時代ありきで作っていくって、ゼロイチってすごい大変なことだし、そこに注がれたエネルギーだとか、いろんなきっと抜信が飛んできただろうし、それってすごい苦しかっただろうなって思ったんです。 それは私の素直な意見。もう一つの意見として、私がずっと思っていたのが、今やっぱりインクルージョンとかインクルーシブって言われてて、言われてるんだけどやっぱりなんちゃってで、誰かと誰かの肩書きの間に線が引かれてるっていう部分がインクルージョンじゃない、むしろはなんちゃってインクルージョンだって思ってたんですけど、 私、そこでなんでこんな考えになるのかなって思って、お家に帰って紙広げて考えてたら、きっとおじいさまがされたことはその時代に見合っているもの、素晴らしいことだったって思ってて、じゃあなぜ今分断されてることにもやされるのかって言ったら、やっぱり時代の本当に過渡期なんだなって思ってて、幕を越えていく必要があるって思ってて、 それで先ほど言われたようにフィーナンドとか北欧のインクルージョンが今このまま入ってきたら、すごい大変なことが起こる。じゃあこの中で日本のインクルージョンってどうしていけばいいんだってのがすごい課題だなって思ってて、そういうのを多分私たちって不幸的な場所になんとかしてよって思っちゃうんですよ。 そういうふうに思っちゃうけど、でも実際動いていくのは甲の部分じゃなくて甲とミッドの両方なんだなって思ったんですね。そのあたりちょっと話が長くなったんですけど、有山さんどう思われますか。 本当におっしゃる通りだなと思っていて、福祉というもの一つとしても時代の中で見方がすごく変わっていくということもそうですし、障害というもののあり方の捉え方も変わっていくと思いますし、 そういった中で今まである意味施設にそういう同じような障害を持っているある方々があそこに集うみたいな形で福祉を受けるような形で、ある意味効率性が高かったかもしれないですけど、 これからの時代、それがどういうふうな形になっていくべきなのかということも含めて考えていかなきゃいけないと思うんですけど、そのプロセスも含めて公だけで解決できるものでもなくなってきているというのは本当そうだなと思うので、そこはやっぱり民間と行政が一体となって取り組んでいかなきゃいけない。 だから一つ一つの社会課題に対してどう当事者性を持てるかとか、いろんな社会の課題に対して一人一人がいろんな人の当事者性を自分の中に含めれるかみたいなことってすごく大事なテーマなんだろうなっていうのはすごく思っていて、 それがやっぱり分断が進んでいるという中で、より自分の課題と他者の課題というものが切り離されていっているというのがすごくもどかしさを感じているというのはありますね。 ありますね。私もおっしゃった通りで、みんなが当事者性を持つことはすごい大事だと思っているし、やっぱり当事者性がない人たちが声を上げられることってここが問題じゃないだろうかって、声を上げられるのはすごくいいことなんですけど、 でもそれってやっぱり知っている課題だけを手を挙げてしまって、知られない課題ってやっぱりないものとされてしまうことが多いんですね。だから何かの節目だとか何かのいいことがあるときには幸せと不幸せの増幅を広げてしまうって私は思っていて、 だから何か学んでいくって大事だし、教育って大事だしってそれを思っているから今すごいああって思いました。 そうですね。僕も今この1年間こんな社会があるんだみたいな発見がすごいたくさんあったんですね。この課題を顔を持っている当事者の人がいるんだみたいな、自分が今まで33年生きてきて触れてこなかった課題を持っている人がいるっていうことを、 政治家ってある意味いろんな現場にいて話を聞きながらその課題を自分の中に内容を知りながら問題提供していくっていうのが一つの仕事だと思っているんですけど、 そこまでいろんな人の背景だったりとかを理解したりとか社会課題に触れていくための余裕も時間的な余裕も精神的な余裕も含めて、 普通に生きていたら多分ないだろうなっていうのを僕もセラリーマンの時に振り返ってみてすごく思いますし、それをいろんな人が内包していく余白をどういうふうな形で社会に取り戻していけるかとかっていうのはすごい僕も考えていて、 例えばなんですけど、いろんな市民、裁判員制度とかで全く関係ないというかランダムに選ばれた裁判員制度みたいな、それの政治版みたいなのって、例えば一年限定でみんな一回政治化してみるとか、 例えばですよ、他のやり方もたくさんあると思うんですけど、なんかもっといろんな人がそういう社会の多面性とか自社性に触れていくっていう仕組みをどうやったら進めるのかなっていうのをすごい自分の中のテーマとして深めていきたいなと思います。 その気持ちはわかりますね。私、ちょっと政治じゃないんですけど、一番最初に入った会社が大企業で、それをなかなか辞めるのに勇気がいったんですよ。時代背景もなんか、安年工場列だとか就寝雇用の時代だったので辞めるのに勇気がいったんですけど、 でもその後に今振り返ってみると、よく考えると若い人って新卒で大企業に行けないようにすればいいなと思ってて、中小企業とか、高の部門なんですけど中小企業とか、4,5年働いてそれでも公務員になりたいとか、それでも大企業に行きたいって人たちが次のフェーズに行けさえすれば、 本当はやりたくない仕事で身をとがめて辞めることができないみたいな人が減るんだろうなって思ってたんですけど、今の政治の部分も裁判員制度じゃないんですけど、みんなが一回じゅんぐりやってみて進むっていうのはすごいいいなって思いました。 あともう一つ言うと、今見えないものって言われたんですけど、私はやっぱり障害者の親になってみて、一人親になってみて、やっぱりその一人親っていうものがどれだけ苦しいのかっていうのと、障害者の親っていうものがどれだけ保障がないのかっていうのをすごい声を上げさせてもらってるんですけども、やっぱりマイノリティーの中のマイノリティーだから、声が届きにくい。 誰も無視してるわけじゃなくて、声が届きにくいんだっていうのがあって、私が声を大きくしてしまうと、やっぱり当事者性が強すぎる。だからある種の架け橋になるといいなとは思ってるので、皆さんももし質問等あればせっかくなので、投げかけてくださいって思ってます。 今その中でちょっと私も知りたいし、知ることで皆さんも投げかけることができる。あとそのコアのコーンの中にいらっしゃる方もちょっと何かあるんじゃないかなと思ってくるんですけど、そもそも市議さんと県議さんの違いって大きなものって何ですか? すごくでも分かりやすく言うと、市の課題を扱う。市という単位での課題を扱うのが市議。県という少し広域な単位での課題を扱うのが県という形になる。 例えばですけども、警察みたいなのって基本的には県の管轄だったりとか、あとは教育も市町村の教育委員会とかいるんですけども、教員のこの市が管轄するのは小中学校で、高校は県なんですよね。 で、教員の人事とかって基本的に県が管轄するので、そういう風な教育の分野でいけば違いがあるというか、義務教育課程は市町村があると、高校は県外みたいな感じですかね。 なるほどですね。じゃあ例えばなんですけど、自分の子育てのことで小中で悩んでいるときは市に行って、高校のことで悩んでいるときは県に声を届けるという感じですかね。 そうですね。基本的にはそうですね。ただ、例えば子育ての不妊治療を何とかしたい、経済的な負担を軽減してほしいとか、あとは有給制度をちゃんと広げてほしいみたいな時があるときに、 市でできることと県でできること。一番身近に相談が行ったりとか、事務手続きするって基本的には市町村の窓口でやっていくってことなんですけども、その裏側に県が例えば予算の半分を持ちますみたいなことをしながら、市の制度を後押ししていくことみたいなことも結構あるんですね。 なので、基本的には市に要望してもらうってこともそうなんですが、県としてもそれをしっかり課題を把握しながら、市町村のいろんな課題解決をしていくための後押しをしていかなきゃいけないなと思うので、どちらに行ってもらってもいいとは思います。 あとちょっとこれ、個々人の意見もあると思うので、個人的に伺わせてもらいたいんですけど、前に防止パーソナリティの中にも衆議院議員とか参議院議員の政治家さんたちがいるんですけど、その方々が対談されていたときに発せられていた言葉で、 やっぱり個々人で不公明として送るよりも、母体となって送った方が認知しやすいっておっしゃってたんですね。それはありますか? それは絶対にあると思います。1人の声よりも10人の声、100人の声の方が受け止めやすいというのは絶対行政としても政治家としてもあると思います。 その母体っていうのは署名とかでもいいんですかね? 署名とかでもいいと思いますし、よくあるのは声を上げる団体みたいなもので、声を取りまとめてもらって、要望書みたいなので、障害者福祉であればこういったことを県として取り組んでほしい、市民として取り組んでほしいみたいな感じで要望されることが多いです。 どうもありがとうございます。 あとちょっとやっぱり私たちって、他国のお話を読んでいると、みんながそもそも国とか市とか県とかに期待していないところから個人が動くみたいなところがあるんですけど、やっぱり我々日本人ってどうしても期待してしまっちゃうんですね。 だからそれのブロックを少し解除するために知りたいんですけど、今その権利として働く中で良かったことと大変だなって思うところを、特に大変だなって思うところを皆さんに知らせてもらうと、じゃあ一緒に頑張っていこうみたいな考えが生まれると思うんですけど、両方教えてもらってもいいですか? そうですね。やっぱり権利になって良かったことっていうのは二つあるかなと思っていて、一つはやっぱり皆さんから寄せてもらった声をある意味代弁者として公の場で問題提起をしたりとか提案をしたりとかするっていう中でやっぱり動いていくことがあるんですよね。 そういう中で今まで日の目を浴びていなかった課題が社会として認知をされ、それがある意味解決に向かっていくっていうことを微力ながらしていけるっていうのはやっぱりすごくやりがいだったり面白さかなというふうには思っています。 もう一つは、これは自分が議員としていろんな社会課題の現場とかいろんな当事者の方とお話をすることが仕事になっていくという意味で、どんどんこの社会の解像度が自分の中で上がっていくことの面白みみたいなのがやっぱり自分の中にあって、それは仕事の特性上の結構やりがいだなというふうには思っています。 あとは難しさみたいなことですか。それはなんだろうな。 僕は一番、今までどちらかというとプレーヤー側にいて、民のプレーヤーとして、こういう社会課題があるから解決させてくれ、そのために予算をこれだけ自分たちのやっていることに対して投資をしてほしいというセッションが基本的に行政と多かったんですけれども、 基本的にこの社会課題って予算をつけただけで解決していくことじゃないじゃないですか。 誰がどういうふうな形でそれを解決まで持っていくかって、行政も民間もやっぱり同じ目指すべきところを目指して、行政はそこに対してお金をつけたりとか、助言をしたりとか支援をしたりとかということがやっぱりすごく大事になるのかなというふうに思ったときに、 これ、進めたいけれども、例えばプレーヤーがいないとかですね、そういったことはやっぱりあって、そこはやっぱりもやもやするというか、プレーヤーだったりとか課題解決まで持っていこうとすると、そこまで含めてやっぱり考えて動かないというか、 っていうのがすごくあるなと思って。だからいろんな民間のプレーヤーの人たちとつながりながら、何かあったときにその課題が解決前に動かしていけるようなつながりみたいなものを、あれに行政と民間の足渡しをしていくっていうのも政治家の役割なんだろうなっていうのはすごい私は感じています。 プレーヤーがいないってすごい、なるほどなって、今すごい私の中ですごいなって驚きの発言があったんですけど、そうですよね、なんか当事者性が強い人たちってなかなか問題を抱えているわけだから動くことができなくて、動くほどの余力がないってなったときに、 じゃあなんか動けるバイタリティーのある人か、もしくは当事者性はないんだけどそれに気づいて動く人が必要だけど人口も減ってますよね。 いや僕、もしかしたらさっきの一人親の方だったりとか、障害者福祉のテーマだったりとかもそうなんですけど、私子供が今2歳で、この2年間子育てに初めてなんですけど、子育てで追われることが結構あって、 なんかこう、この前お母さんに言われたのは、子育て世代の人たちって本当に子育てに一生懸命すぎて声を上げる余力すらないみたいな人たちがたくさんいるけども、ただそこには課題がたくさんあって、これをこう見える化して、声を上げていくほどの余力がなくて、 本当は声を上げたいタイミングで上げれるといいんだけど、ちょっと余裕があると自分が当事者性からは過ぎ去った課題になっているから、声を上げる出前制度が必要性がなくなってしまっている。 だから子育て世代の、さっきのプラットフォームじゃないけど、ちゃんと声を上げる仕組みを作った方がいいんじゃないみたいなことを提案しましたことがあって、こうやって子育てにとどまらない、いろんなこの声なし声をちゃんと拾い上げていく仕組みだったりとか、余力のない人たちがでもすごい課題感を持っているという時に、どう声を拾っていくのかということがすごく大事なテーマだなと思って。 うんうん。 っていうのはすごい話が逸れたかもしれないんですけど。 いえいえ、すごい重要で、私はですね、実は動きたいんですけど動けなくて、なぜかというと、子育てをする中で障害地育児ってやっぱり本当に大変で、小さな子と、口にもなるんですけど言うと、 いい週末をとかって言われた時に、全然その言葉、素敵な言葉なにをすればすごく苦しくて、なぜかというと、週末、福祉施設とか支援が全く空いてない中で自分が全部見ないといけない。 よくそんなことが言えるよねって思ってたんですけど、でも今それを俯瞰的に見えるのは、たぶんきっと自分の子供たちが育ってくれていると。 うちの娘っていうのは二人とも障害児なんですけど、娘が施設で見てもらえているから、私の中にささかの余裕が生まれたんですね。 今おっしゃったように、当事者性がなくなったからどうこうしたいとかじゃなくて、今度は私が恩返しをすることが、今まで本当は苦しくて、なんで私のことを誰も助けてくれないのって思いながらも、自分はすごいたくさんの人に助けられていた。 今度は自分が少しずつ返していく側だなって思っていて、だけど私の中ではまだグラデーションとして生きづらさは続いている子育てがあるから、一人親っていうグラデーションもあって、まだまだ本当に時間的にも資金的にも全然苦しい。 だから動けないのもあるけど、でも決して少しで自分が楽になった育児の側面での苦しかったことは忘れちゃいけない。忘れずにこうやって音声配信したりだとか、何かを少しでも立ち上げて社会に還元していかないといけないということを忘れちゃいけないと日々意識しているんですね。 ということは、こうやって私と同じような人を集めてプレイヤーが増えると、向こうの方々もアクセスしやすいですか? それは絶対あると思いますね。 そのテーマの解像度って当事者の方々が一番持っていらっしゃると思うので、正直一人親の当事者でも今はまだ自分はないですし、障害のある子どもを自分も持っていないので、 そこの辺の苦しさとかしんどさみたいなのもあって、やっぱり当事者の人にしか分かり得ないことってあると思うので、そこの解像度を行政や政治家がちゃんと持ち合わせているかって、やっぱり声を上げてもらわないとなかなか受け止められない、知り得ないことだと思うので。 なるほど。それは例えて言うならば、障害児育児って本当にマイノリティの中のマイノリティで、みんなが声を上げたところですごい小さな声だと思うんですけど、それも拾い上げられる可能性がある? それは絶対あると思います。 ありがとうございます。もう一つ私が今、素朴にお金の話をすると、ちょっと汚いと思われる方もいらっしゃるかもしれないんですけど、大事なことなので聞いていきたいと思うんですけど、 森山さんの対象のところで4800億円という、島根県、小さい県なんですけど、税制って言われて、やっぱり民の方から思うと、個々人が動かすお金って毎月数十万、100万、103桁のお金になるとすごいお金だなって思う人多いと思うんですけど、 だからその視点で見ると4800億円ってすごいお金なんですね。これは実際には足らないものなんですか? はい。島根県のいろんな社会課題を解決していこうとすると、十分なお金ではないなというのはなってみて、私も感じたところですかね。 なるほど。例えば県とかで一番お金がかかってしまうのって何の部分なの?これ聞いてもいい?喋れなかったら全然喋らなくていいんですけど。 正確に答えられるかなというのが自分の中にあって、やっぱり一番かかっているのは人件費が一番かかっていて、教員の先生だったり公務員と、警察とか職種も含めて3割ぐらいが人件費でかかっている。 事業費で一番かかっているのは、やっぱり確か、医療福祉課、あとは道路だったり建設、建築の予算が大きくかかっているかなと。 やっぱり社会保障費、医療費だったりとかもだんだん年々増えているので、そういったところでちょっと正確なのがすぐパッと今お答えができないんですけど。 これ聞いたのが、やっぱり知っておくことで、公表もされていると思うんですけど、やっぱりなかなか文字ベースだと見ない人も多くて、知っておくことで社会の回復って早いなと思っていて。 人件費3割って言われて、私も今事業をしているんですけど、事業をしていないときの3割って少ないじゃんって思うかもしれないんですけど、やっぱり3割ってすごい多いからすごい。 でもじゃあ何とかしなさいよって言われて何とかするものじゃなくて、人が人を助けるから人って削れないなとは思っていて、すごい難しいなって思うし、 なんかこの辺りやっぱり、それこそみんなが今おっしゃったように、校の中に少しでも入っていて、こんなにかかるんだって知ることで、その苦情がもやっと消えていくなとはすごい思いました。 だから政治って私よく思うのが、属することだけが政治じゃなくて、知っていくこととか学んでいくこともすごく自分のクラスの中に落とし込めるから、その部分、教科で言えば公民ですね。 公民でただ覚える作業だったんですけど、もう少しインストール性が高いといいなとは思いました。 僕の中にも政治って政治家が得るものみたいなのが、東京にいたときとかは特に広かったんですけど、政治ってやっぱり一人一人が日々の日常の中で行っていくもので、それを公の場で代弁していくのが政治家であって、 政治ってそういうふうなものなんだなっていうのは、僕はこれを学校に行って、日本の中で政治って政治家が得るもので、ちょっと汚いものとか黒いものみたいなイメージが一般的なイメージとして強いかなと。 それは今まで政治家がやってきたものとか、やっぱり見えないブラックボックス感みたいなものを含めて、そうさせているところをやっぱり変えていきたいなと、僕はすごく思っています。 そうですね。政治家の方々に限らないんですけど、主婦という方々だけだとしても、もっと大きなこと言うと人生みたいなのにしても、やっぱり私たち日本人という属性が、みんな同じ肌の色で、みんな同じ髪の色で、宗教観もみんな同じで、幸せな肩みたいなものがあって、そこからはみ出しちゃうと危険だよっていう考えがいまだにあると思うんですね。 だからこそ、今おっしゃっていた教育に携わっているという中で、課題だと言われているんですけど、学校に行けないことが肩からはみ出していると思われちゃうんですけど、実際そう教育が幅が広いと理解すれば、そうかなと思いますね。 いっぱいお話を聞けて嬉しかったんですけど、最後に森山さんの中ですごい、これは伝えておきたいとか、今自分の中でこういう熱い思いがあってとか、何かお話してもらえるとなぁと思うんですけど。 そうですね。 やっぱりなんか僕は、政治ってみんなで作っていくものだなって思っていて、そういう時に自分の声を上げれば聞いてもらえる、変わっていくみたいな、 あとはそれを政治家だったりとか行政に変えてもらうっていうのは、自分が翻訳ができる課題解決と見んでしかできない課題解決、すごくグラデーションだと思うんですよね。 その中で自分たちが何ができるんだろうとか、行政だったら何ができるんだろうっていうことをある意味翻訳しながらできることをみんなで考えていくプロセスこそが政治だと思っていて、そこの橋渡しをするのが政治家なのかなってすごく思っているので、 いろんな人が声を上げやすい、アクションを起こしたいと思った時に、そこに対して働きかけれるとか仲間がいるみたいな環境ってすごく大事だなと思っていて、 そういう社会をすごく作っていきたいなって思っているのと、やっぱり僕は最近の探求のテーマというのが自治。 自治。もう少し詳しく教えてください。 結局自分たちの地域とか自分たちの街っていうものを一人一人がどうやったら自社性を持って自分たちのものとして作っていけるのかっていうのが究極的な自治だと思っていて、 それを全員ができないから、ある意味この行政という役割というか仕組みを作っていると思っているんですけど、 だから街づくりって行政とかせじらするものじゃなくて、本来であれば一人一人がどういうふうな形でそれを行っていくかということを考えていくという時に、 例えば今の日本であれば47都道府県があって1700の自治体があるんですけど、 この統治の仕組みみたいなものも含めて、どうやったら一人一人が統治者性を持てるこの街のサイズってどういう形なんだろうとか、 どういうふうな形でそこに権限とか裁量みたいなものを委ねていけば、本当の意味での自分たちの街を自分たちで作るという手触り感を含めた未来ある街づくりができるのかとか、 例えば僕が今問題意識として持っているのは、県って本当に必要なのかなみたいな。 分かります。私今お話聞く中ですごく全く同感で、それは私も思ったことがあります。 というので、県が持っている裁量って大きすぎないかなとか、もっとそれを市町村に渡していくということがあってますし、 市町村という単位は今までどちらかというと平成の大学、昭和の大学と平成の大学で統合統合で進めてきて、法律化を進めてきてますけど、 それでできたことと、やっぱり特に統合された側のところって、ある意味自治権だったりとかを失い、 自分たちの街を自分たちで作るという意識だったりとか裁量も含めて失ったがゆえに、 衰退が加速したみたいなことも正直あるんじゃないかなと思っている中で、 どういうふうな形で街を考え、どういうふうなところに裁量を渡しながらこの街を全体を作っていくのかというのが、 広域でしかできないことももちろんあると思うんですけど、そこら辺を考えて深めていきたいなというふうに、 という問いを最近持ち始めたというところで、僕もこの絶対解を全然持っていっていないので、 私も同じことを思っていて、やっぱり県の枠があったのって、人口増が望めていたときとか、 同じ方向にみんなが向かっていたときに多分必要だったんだろうなと思っていたんですけど、 今って本当に高齢者がすごく多くて、県によって高齢者の数も違うし、 若い人の比率というかバランスも違って、そうなってくると収められる税金も変わってくるし、 街のあり方も違う中で、でもやっぱりみんなって今までの仕組みを頭の中にあるから、 公的セーフティーネットワークに依存しちゃうわけですね。 そうなってくると、公的セーフティーネットワークを新たに作っていくのはすごくありかなって私は思っていて、 その中でこの枠が何かを私たちにバイアスを押し込んでいるみたいなことをすごく思ったことがあるけど、 でも私一人に何かできることはないなって思っていたんですけど、 今こうやって私の放送を聞いてくださっている方とか応援してくださっている方も、 我々の中でそうだよねって、そうで分かる分かるとかじゃなくて、 福祉を仕事される方も聞いてくださっているので、 みんなでこの苦しいよねが届いて地域の森山さんみたいな人たちに届いて気にかけてもらう。 じゃあそこだけじゃなくて、他にこんな課題を自分たちも抱えているからっていうのが、 双方が対話できるといいなと私常々思っていて、 この前今子さんを呼ばせていただいたし、森山さんを今回呼ばせていただいております。 本当にそうだと思いますね。 なのでちょっと時間もなくなってきたので、この辺りで終わるんですけど、 私たちのことをまた気にかけてもらって忘れないでおいてもらうと嬉しいなと思います。 今日は森山さんも聞きに来てくださった方も本当にありがとうございました。 失礼します。 # 終わりのあいさつ はいいかがだったでしょうか 私はですねお話を伺う中でやっぱり 声を母体にして届けていくってすごく大事だなぁって思ったし マイノリティだからマイノリティの中で困っているから自分たちの意見は愚痴としてみんなで言い合うんだとか 傷を舐め合うんだってことだけじゃなくてだからこそ傷があるからこそこれをどうやって届けていけばいいのか 届けることで何か社会が変わっていくんじゃないかって思えたインタビューになりました 皆さんはどう思われましたかもしよかったらコメントなどでお寄せいただけるととっても嬉しいです はい私のチャンネルではアガヤの自閉症児2人と一人親の暮らしの中で私が経験というフィルターを通しながらお話をさせていただいております もしよければフォローしていただけますととっても嬉しいですしいいねはコメントしていただけますととっても励みとなっております 今日はここまでにします もっと見る #自閉症 #島根県 #発達障害 #シングルマザー #ひとり親 #うじうじしない 対話の本棚(旧:特別支援の本棚)プレミアム放送配信中!01:451.初めのあいさつ55:162.島根県議会議員 森山ゆうすけさん『多くの声を聴く中で...』00:553.終わりのあいさつコメント感想・質問・応援メッセージを書こう
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