752.自然と人とが響き合うこと 紫式部『源氏物語』文章の魅力
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タイトルコール ※リンクは関連放送「229.とかいのむささび? 平安時代の女流日記文学の作者の違い」です。
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火曜日は個性豊かな古典の書き手です。今日は大河ドラマ「光る君へ」の主役 紫式部の文章の魅力について。和歌、また、私が哲学者大森荘蔵のエッセイで知った「天地有情」という言葉を補助線にして語っております。
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公開録音!紫式部の文章の魅力を『源氏物語』絵合・松風から ※リンクは関連放送「225.目にする風景に己の心を重ね…紫式部日記の憂愁〈水鳥を〉」です。
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コメント

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折々挟まれる風景描写の見事さには、勉強や訓練ということを脇に置いても「これはぜひ読み味わっておきたい文章! 」と思わされます。
人との別れ、生別も死別も、『源氏物語』では秋が多いですね。
藤壺が春に亡くなるのが特別珍しいものとして印象に残るぐらい、秋の死別が多かったと思います。
自然と自分を同一視する視点が、平安時代のそれより一段高いところで再び結ばれるというか、
「『自然と自分を同一視する視点』を持つ自分を見つめる視点」から見つめ直され、そのような自然や自分を改めて描いたのが、京極派の叙景歌ですね。
メタ視点といいますか。
仏教の唯識論も京極派の成立に関係しているという指摘があります。
こうしたことが、歌を詠む貴族層にとり困難になってきた武士の世の始まるころに、
そのような京極派叙景歌が生まれる前段階として、新古今時代の「無批判に無邪気に自然と自分を同一視しているとは言い難い和歌」が成り立ったことも、
必然であるし、興味深いことだとも感じます。
(参考:竹西寛子『式子内親王/永福門院』)