『戦争論 われわれの内にひそむ女神ベローナ』R・カイヨワ1
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タイトルコール
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初めのあいさつ
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戦争への「傾斜」を認識せよ
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我々か「戦争反対」を唱える意味
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『ゼロからはじめる働き方改革』
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頂いたコメントへのお返し
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終わりのあいさつ
コメント

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「みんなわかりあえるよね」を起点に考えると、わかりあえない状態に苦しさを感じる。「我々はわかりあえない」を起点にすることは、人間の中にベローナがいることから始めることと似ている気がしました。
傾斜と眩暈の話で色々想像しました。傾斜に対して三半規管が無意識に調整する。眩暈には回転性眩暈と浮動性眩暈があるが、三半規管に関するのは回転性の方か…とか連想しながら、全く着地しなそうなので、一度凍結させ、また解凍したいと思います。
戦争は反対です。人が傷つけ殺し合う事も悲劇ですし、この暗澹たる世の中で精神を病む人も増えています。しかし、心の奥にはベルーナが潜むこの矛盾。人間とは矛盾に満ちた存在だと再認識しました。
また、今の世界の現状によって「ウクライナ」「ロシア」「戦争」などの学びについて関心が深まった事も皮肉に感じます
戦争は否定するべきものだと思います。一方で闘争心や対抗心として揺らぐ自分の暗黒の炎を認め、理性で抑えれる思考の筋力を付けたいと思いました。
動物愛護の話。
限りあるリボンを分ける多様的合理性のようなお話と繋がりました。
ベローナとは、プリミティブな状態での競争心のように感じました。
それは悪魔ではなく天使かもしれないという点が、ピュアなエネルギーでもあり創造心ですらあると。
例えば、子どもどうしが、自分のおもちゃを独り占めしようとして他者を攻撃をする。
そんなことはよくあるわけですが、職場でもパワハラ・モラハラはダメよとなってます。
子ども心に戻らなければならないということかもしれません。
軍備の増強は、すでに仮想空間で戦争している状態で、ある意味マトリックスの世界であるならば、かの国の人は、赤い薬を飲んでしまったネオなのかもしれない。少なくともご本人は、そんな孤独の世界にいるのかも。