『意味と無意味』メルロ=ポンティ
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私たちは常に「初めて」に接している
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コメント

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そうした体験で得た感動は、毎回新鮮なのですが、それはもしかして単に忘れているだけなのかも?と自身に問いかけることがあります!
もしかしたら、脳のトップダウンアプローチの結果なのかもしれないし、単に記憶力が低いのかもしれない😅
そうした心の持ち方は、容易に揺らいでしまうので、自分の心の動きを認識するよう心掛けてました!
以上、自分の体験談の紹介でした💦
庭にある桂の木の葉に丸く光るもの。
10年以上住む家の庭にある木なのに、今まで気づかなかった美しいもの。
なぜ今になって?と夫と語り合って気付きました。
「今、小学生たちと一緒にいるからじゃないか?」
常に感覚知が開いていて、毎日が「初めて」で満ちている子どもたちは、
「初めて」に気づかせてくれる先生だな、と思いました。
こういう話、大好きです。この世界にはまだまだ美しいもの、不思議なものが沢山ある。
それを感じる「初めて」を探す実験を楽しみたいと思います。
2つ、連想しました。
1つは、超相対性理論。「意味」がゲシュタルト崩壊した神回。
深井さんが繰り返し仰っていた「意味パッケージ」というフレーズ。
もう1つは、書評で目に留まった、『ストーリーが世界を滅ぼす 物語があなたの脳を操作する』という本。
ストーリーによって人の認知、現実の見え方が歪められる、という中身のようです。
脱パッケージ・脱ストーリーして、
具体―抽象間の思考の可動域を広げる、
五感のストレッチ体操。
「初めて」に出会う営み、こんな言葉で理解しました。
お話を聞いていて、河口湖美術館の回でのルオーの話、「知ってるつもり 無知の科学」が思い浮かびました。
頭で考えるのではなく感じた本質を表現したルオー、見ている知ってると思っていても知覚は断片的で脳でそれを補っているという事実。
見たまま感じたままを経験からくる知性で覆い被せて別なものを見ている…
そうかもしれません。
日頃接しているものに「初めて」として接し直してみる。そこに新たな発見と可能性を見出せれば人生はいつもフレッシュで楽しいものになりそうですね♪
今日の放送、とてもワクワクするお話でした。日々のよく見た風景も、解像度グッと上げると、全く新しい世界が見える。
この体験、よく考えてみると、僕は登山の後、よく起こると思いました。
厳しい山登りでは、過去の自分の経験が効かないので、全身センサーの感度が高めて、その場で判断してると思います。
登山の後、街に帰ってくると、今まで見てなかったものが見える気がしていましたが、今日のお話で理由がわかった気がします。
今後はもっと意図的にできるかもです。