TOPエンタメ映画・本荒木博行のbook cafe『中動態の世界』國分功一郎329:53 2022年10月27日 8,290再生 問題を報告する 再生する シェアする AI目次「責任」の出現で生まれた「意思」の概念無意識の選択が生む「意思」の後付け当たり前を疑う哲学:その「意思」は本物か能動でも受動でもない中動態の行動様式現代社会に根差す「意思」という矛盾の正体AI文字起こし(β版) # タイトルコール 荒木隆之のブックカフェ。この番組は、自分の頭で考える読書の執筆者であり、書籍予約サービスフライヤーのアドバイザーを務める荒木隆之のマスターとなり、本家の学びを楽しむカフェです。 # 初めのあいさつ はい、みなさんおはようございます。10月27日、木曜日の朝になりました。 さて、今日はですね、一つご案内があります。 2つかな。はい、今日からボイシーフェスが始まります。ということで、はい、今日の午後からですかね。 はい、ぜひ皆さん、この3日間、 木金土、私は土曜の夜に出演させていただきますけれども、 私の回はさておきというか、さておきを置かなくていいんですけど、ぜひね、3日間面白そうな放送があるので、 聞いていただければと思います。そして、12月1日ですね、ちょっと先なんですけれども、 こちらでですね、4周年記念オフ会というのをやりたいと思います。はい、ブックカフェの4周年がですね、ちょうど12月の 20日か、ちょうどっていう、ちょうどでもないんだけど、 それで4年を迎えるんですよね。放送して丸4年。 4年連続解禁症に向けてあと1ヶ月半ぐらいなんですけれども、 はい、えーと、 まあ、ただね、年末ってみんないろいろ忙しいので、ちょっと早めにね、12月1日に オフ会をやることになりました。はい、で、オフ会の案内はですね、Facebookグループの えっと、 イベントを立ててます。あの、荒木隆一のブックカフェというFacebookグループがありまして、 その中にですね、イベントを立てておりますので、まだ入られてない方はね、あのグループに申請していただいて、 で、もし、えっと、Facebook使ってなくてイベント参加したいという方がいらっしゃいましたらですね、ちょっとコメント欄に 参加しますということを入れてください。そうしたら、ちょっと別途リンクをお伝えします。 はい、出席はちょっとね、どれぐらい来られるのか確認したいので、出席の表明をいただきたいんですけれども、 はい、あの夜7時から、はい、予定です。はい、えー、ぜひ多くの皆さんに来ていただきたいと思うんですけれども、 えっと、相談カフェのですね、アシスタント企画であるとか、それからですね、えープレミアム放送でやっている 超雑談の企画、あと土曜日にやってます経営カフェ大賀さんとのですね、企画、まあそんなことを予定しておりますので、 ぜひ、あの、こちらにも来ていただければというふうに思います。 さて、えー、ということで、ここから本編のアナウンスなんですけど、今日は中道隊の世界3日目ですね。 いやー、ねえ、えっと、今日は、ちょっと、 最も分かりにくい放送になるかもしれません。まだ放送前なんですけれども、あの、 うん、まあ僕は構造は理解したつもりで話すんですけど、 むずいんですよね。 で、うん、ちょっとね、あのパンドラの箱を開けた感がある、あの内容だったりもします。 はい、その辺、意思と選択っていうですね、非常に難しい哲学的な領域に飛び込んでいきたいというふうに思いますので、 ぜひ皆さん、ちょっとついてきていただければと思います。そしてまたコメンテーターの、コメント職人の皆さん、ぜひよろしくお願いします。 では行きましょう。本編スタートです。 # 意志って何よ? はい、ということで行きましょうか。中道体の世界ですね。3日目入りたいと思います。 昨日はですね、その 能動受動の対立軸ではなくて、能動中道という対立軸の言語体系があったと。 そこにはですね、意思というものはあまり問題にならない言語体系、 そんな世界だった。 一体そんな世界ってどんな世界なんだろうね。みたいな、そんな話を ちょっとさせていただいたと思います。 その世界というのはですね、 未来が過去の延長であるということですよね。 だからあまり意思ということを差し挟むことでなくて、 川の流れのように、みたいな、 そんな社会、世界だったんじゃないかなという 想像なんですけれども、 しかし、しかしですね、 今日からここのテーマに入りたいと思うんですけど、 責任という言葉が出てくるわけです。 そんなね、川の流れのように。 じゃあ川はね、誰流したんだっつっても、ちょっとね困っちゃいますよね。 しかし、そこに誰かが責任を取らなきゃいけないという社会が到来するわけなんですよ。 当たり前ですよね。人がある程度の距離感で過ごしているとですね、 思わぬ不足の事態とかも起きてしまうわけですよね。 その時に、その落とし前をつけるっていう、 そういうこう、なんかある意味での感情の正当化みたいなことですよね。 そういうことをやらなきゃいけなくなるわけです。 人間って厄介ですよね、そういう意味でね。 誰だと、こんなことをしたのは。責任者出てこい、みたいな。 そういう話になるわけなんですよ。 で、そうなった時に初めて、意思という概念を作り上げなきゃいけなくなったという、 そんな今日は話です。 はい。 で、えっと、 例えばなんですけれども、そうだなぁ。 えっと、皆さん今、今何やってますか。 Nowですよ。今何やってますか。 まあひょっとしたらね、あの コメンテーターの皆さんじゃないけど、今出勤中で、なんか電車の中で聞いてるかもしれない。 はたまた今お化粧中かもしれないし、食事中かもしれない。 ね、まあいろんなシチュエーションがあるでしょう。 しかし、その行為というものは、 どうやってなされたんですか。 これって、結構この、 人間の行為というのは、選択の連続じゃないですか。 何をするか。まず化粧するか。 それとも、最初にご飯食べるか、みたいな。 そういうことも選択ですよね。 で、じゃあご飯食べるかつって、もうご飯食べる時に、何から手をつけるかっていうのも、 これも選択ですよね。 はい。 で、じゃあ、まずは納豆から食べようと思った時に、 納豆を何回こう回すか、みたいな、これも選択ですよね。 で、 常に我々はそういう選択の連続をしているっていうのは、 当たり前ですけどそうですよね。そしてその選択は、 じゃあちょっと注目しましょう。その選択は、 意識下でやった選択ですか。 無意識下での選択ですか。 例えば納豆の話しましょう。納豆を食べている人、 あなたはその納豆を何回転させましたか。 そこに意識はあったでしょうか。 こういうふうに言われると、はがはが怪しいよね。 ほとんどの選択は、無意識で行われていると言ってもいいかもしれない。 この無意識はどこから来ているのかと言ったら、さらに前の選択から来てたりするわけじゃないですか。 納豆を自分がここのテーブルに置いたというね、 その位置に置いたというところからスタートしているわけですよ。 で、そのこの位置に自分が納豆を置いたというのは、 意識的ですか無意識的ですかって言ったら、これまた無意識かもしれない。 つまり無意識な選択の連続なわけですよ。 もちろんそこには意識を持って行った選択もあります。 まず納豆から食べようっていうのは意識的な選択かもしれない。 何回転したかというのは置いておいてね。 でもその納豆のどの粒から食べようっていうのは 多分無意識ですよね。つまり何かというとですね、我々はたくさんたくさんの選択をしているんだけれども、 そのたくさんの選択は無意識と意識がごっちゃに混在しながら選択をしている。 そして無意識の選択というのはですね多分に前の選択に引きずられて やっているというそんな話なわけです。 つまりかなりグジャグジャした 選んでるのか選んでないのかすらわからない中で 生きてきている。生きる生きるというのはそういう行為ですよね。 無意識的な選択の連続そして意識的な選択のミクスチャーである。 さあそこに 出てきました。責任という概念が出てきたんですよ。 誰だと。 この納豆食ったの誰だみたいな。 まあ納豆を最初に食べたんだ。そこに何か責任持ってきにくいけど、そういう問題が仮にあったとしたときにそこで初めて 後から意思という概念を持ってくるわけなんです。 いいですか。ほとんど無意識な選択だったにもかかわらず 責任が発生しちゃった行為のみ、そこに意思というラベルを貼らなきゃいけなくなるんです。 はい私です。納豆を食べたのだと。 このタイミングで納豆を食べたのは私です。 そこには多分に無意識的な選択の連続の結果として私がこのタイミングで納豆を食べた という行為が発生しているんだけれども、そこに私には意思がありましたか?と言われたら しかしこの意思というのは 始まりを作る行為だと。 ここでアーレンとの言葉を借りて国文先生が言うわけなんです。 無意識的な選択って 始まりが定義できないじゃないですか。どこからこの行為は始まったんだっけ?って言われると いやここかな。いやでもその前にこれの影響を受けてて、いやその前にこういう影響も受けてたかもしれない。 そもそも私がこのタイミングで家の中にいるっていうのはこういう 無意識な選択の中で そもそも納豆を買ったのって、みたいなそういう話だったりするじゃないですか。 始まりが規定できないんですよ。私の食卓の上に納豆があって、それを私が朝に食べたっていうことの始まりをもう規定できないんですね。 しかし意思というのは そこの始まりを明確に記しマーキングすることであると。 本当は そんなことできないんですよ。 でも明確にそこに線を引くんです。はいこっからが意思です。 ここからここは 過去と未来との断絶がある意思の線です。 これを引くっていう 行為なんです。 すでにこの説明からわかる通り これって矛盾がありますよね。 矛盾の正体わかりますか。それは責任が発生したから後付けで線を引いているということなんです。 はい私こっから意思ですっていう宣言をした上で行為しないんですよ。 何か責任が発生しちゃってから後付けでそこに意思がありましたっていう線引きをするというここが矛盾があるということなんです。 多分に人工的なものだと。この意思というのは。 自然にふわーって流れているわかめに対してわかめぶつかっちゃったじゃないかと。 どうしてくれんだと。そうした時に私はこのこの瞬間こういう意思を持ってそっちになびきました。 ごめんなさいということをやらなきゃいけない。でもそこに本当に意思はありましたか。 という極めてあやふやなものであるというのがこの意思という概念であるという話なんですね。 尺がなくなってきましたしあんまりこの抽象的な話をしても たぶんねちょっとねあれなんで一旦 内容はここまでにして最後次のチャプターでクロージングまとめに行きたいと思います # 当たり前と思っている世界に疑いを挟む。これぞ哲学。 はいということでですね ちょっとねその意思の話を説明してきたわけなんですけど何が一体かと言ってですねその人間の歴史をひも解いていくと 必ずしもするとかされるみたいなそういう二分法みたいなことで私たちの行為は語れるものでは なかったっていうことなんですよね どちらかというと そういうするされるみたいなこう世界ではなくて 怒るみたいなね あのそういうこう 世界観で我々は日々を営んできたのではないかという だから我々が日常的に感じている矛盾とか息苦しさというのはその中で 責任という概念が生じてしまっている ここにですね こう怒っちゃったでは済まされない だから あなたがやったんですよねと 厳密に言うと私がやったというものではないのですがそんなことを言っても始まらないので だって他に責任者いないじゃないですか って言ってはい私がやりましたというね あのそういうことになるわけなんです まあ そんなことはいろいろあってまあそんなこと言ったってしょうがねえじゃねえかみたいなね 事故みたいなものってあるわけじゃないですかまあ自動車でも何でもいいんですけれども それもあれですよね まあ多分にその過失的なものもね糸を含んだものもあるかもしれないけれどもその いや なっちゃったみたいなでもなっちゃったから責任ないんですかって言ったら当然ね 責任はあるわけ発生するわけでしょ ねっ だから今の現在の世の中を考えると何わけわかんないことグダグダ言ってんだみたいな そういうだからもうその世界に我々はどっぷり染まってんですよね でこの 哲学的なこの思想の素晴らしいところは何かっていうとその世界観すら疑おうっていう そういうことなんです 極めてなんかね こう不穏な感情になるんですよねこういう話聞くと多分皆さんもそうだと思う そんなことなんか意味あんのみたいな でもさもうなんか そこへ世界じゃみたいな そこに何か問いを立てるっていうのが やっぱ哲学の効果だなぁ誰も疑わないところに悔いを打つ そしてそうでなかった世界があったかもしれないと いうことに思いを馳せる 思いを馳せたところで何か明日のビジネスに役に立つんですかみたいな そういう問いも封印していくみたい あのそんな意図を感じますさてということであのこの意思ということのねあやふやさ ということしかしその中でも 私たちは その極めて怪しい意思というこの言葉を頼りに進んでいかなくてはならないのであると いうまあそんなことでもありますねはい そういう矛盾に満ちたあのそういう社会に私たちは生きているのであると さてそんなことを踏まえてですねじゃあこの中道体的世界観 私たちはどんな風に受け止めていけばいいのか はいまた どっかでお話しするかなぁそれとも明日またこの話の延長するか まあちょっと気分によってなんですがいずれにせを中道体の世界はクロージングはし なきゃいけないと思っているので ベッドまた放送を期待していてくださいということで本編はここまでになります # 『売上最小化、利益最大化の法則』 それでは今日のフライヤーのコーナーです。 今日はですね、売上最小化利益最大化の法則 利益率29%経営の秘密という本になります。 著者ですが、木下勝久さん 株式会社北野達人コーポレーション代表取締役社長でらっしゃいます。 元リクルートの方なんですね。 ということで、数々の実績を成し遂げて とても有名な方でらっしゃいますけれども 木下さん、ダイヤモンド社から2021年6月に出た本になります。 健康食品とか化粧品のブランド、北野快適工房を運営する 北野達人コーポレーションですね。 この会社は売上約100億円、営業利益約29億円と 極めて高い営業利益率を誇るということですね。 タイトルにもある通り、売上は多い方がいいとは限らないと 同じ利益であれば売上は少ない方がリスク耐性が高いということですね。 確かにこの利益率はすごいですよね。 ここで書かれているのはコストの話ですね。 特に固定費。固定費が大きいと 売上が小さくなった時の打撃が大きいということですね。 それはその通りかなと思います。 これは当たり前のことなんですけど この話がすべての企業に適応できるという話ではないかなという気がします。 当然その利益はあまり大事ではないという会社、フェーズかな というのもやっぱりあります。 ちょっとね、単年度的な売上利益なんか見るのではなくて 中長期的な、ある意味ファイナンス的なものの見方しないと経営できないようなステージの会社というのも当然ある。 それはスタートアップなんかその典型的だったりするんですけれども ただある程度その業界的にステーブルで安定していて しかも法定式が確立しているような事業体であれば あとはそのコストっていうのをどういうふうにマネジメントしていくかっていうのが 一種としては大きくなる。 あんまり売上にこだわっていても意味ないよっていうね。 だからここで言うこの隠れコストみたいなものを炙り出して それをねしっかりと利益を出す、利益体質にしていくみたいな 5段階利益管理みたいなね、そんな風に書かれていますけれども それがやっぱ大事になってくる場合もある。 ところがそうじゃない、フィールドもあるっていう話ですよね。 やっぱりそのコストは少ない方がいいのは間違いないんだけど コストに意識注ぐよりはいかにして面を取っていくか そっちの方がステージとしては大事な場合もあるっていうね。 だからそういう意味ではこれ場合分けっていうことがとても大事だと思うし どういう業界もしくはどういう会社であればこの法定式は この利益29%みたいなね、意味があるのかみたいなことを 考えた方がいいのかもしれません。 ということで、今日のフライヤーは 売上最小化利益最大化の法則でした。 # 頂いたコメントへのお返し はい、コメント返します。今日はサステナ読書室、魚編2日目ですね。 イタルさんです。 海の資源を顧客に置き換えて考え、ブルーオーシャン戦略という言葉が頭をよぎりました。 もうブルーオーシャンありません。どこも血の海です、みたいな。 人口が減り市場が限られて沈んでいく。 そこで皆の事業の持続可能な顧客数を枠として設定すると、公正な競争がなくなってしまいますけど、 DHBRの回でもあったように、経営から競争という言葉が消えてきているので、ありなのかも、と。 リミットがあるから価値観の変化、持続可能性と進歩、成長のジレンマ。 このテーマは考えれば考えるほど燃やりますね、ということですね。 まあそうですね、もっと全体最適を考えた上で強調的な施策を取らなきゃいけない、みたいな領域が ここの、まさに競争ではない、もっと大事なキーワードがあるという領域がこの辺かな、という気がしております。 ほんとその通りですね。だから競争という概念が必要なマーケットと、そうでないマーケットがある。 当たり前のことなんですけどね。改めてそんなことに思いが至りますね。 ぐるぐる鈴木さんです。今日の話を聞きながらある時になったら、頑張れば先継的に伸びるから、頑張って非先継で進まない、 という価値観の転換が必要かと思いました。後者になった時、そもそも私たちの振る舞いを変えないと苦しくなる。 漁業もそうですが、国内向けの事業は近い状況にあると思います。手近な例で言えば、身長もそうですね。 大人になってから伸ばそうと思っても、1ミリ伸びるかどうか、牛乳を飲んでも背伸び体操しても無理ですよね。 ああ、もっと身長が欲しくても別のところを鍛えよう、ということです。 いや、これは本当に良いメタファーですね。本当に頑張ったところで伸びない、というところはいっぱいある。 というか構造的にそうなっちゃうよね。これからの日本社会の人口減とかを見据えた時にですね、 ほとんどの市場は伸びない、ということになるわけです。 まあ、少なくともローカルビジネスというかね、ドメスティックのビジネスをやっている限りにおいては。 どうしていくか。 そんな問いが立ちますね。 泉龍太郎さん、資源は有限。言葉にすると当たり前ですが、行動に落とし込むには大きなパラダイム転換が必要だと思いました。 スターが言及した人的資源に引き付けると、みな嫌いな残業が状態化するのも、時間の資源や金や有形資産と違って湯水のごとく注ぎ込めるという意識がほびりついているからかも。 この湯水のごとくなる費用も、水資源は実質無限と見る前提に立った我が国の環境に依拠した表現ですね。 世界の水資源事情に対してレンズが曇っているかも、サステナのお題としてどうでしょう。 これはいいな。湯水のごとくっていうのは、本当に湯水が無限にあるというメタファーじゃないですか。 そういう前提のメタファーだから、確かにね、水資源って本当に限られますからね。水と食料って。 松下幸之助の水道哲学とかもありますけどね。蛇口をひねるがごとく、そういう家電プロダクトを生み出していきたい、広げていきたいみたいな。 でも蛇口ひねって水出んのっていう、それって前提なんでしたっけっていうのが、これからの世の中で問われることですね。 幸之助の時代はさておきですよ。 一本旅天地さん。魚が食べられなくなるということはどういうことか。僕は寿司が大好きです。魚を最も美味しく食べる技術だと思っています。 日本人として誇らしいです。魚が食べられなくなるということは、すなわち日本人の誇りを捨てることではないか。 グローバルな時代、多様性の時代だからこそ、日本人としての僕ということを考えたい。そう思ってしまいました。 いいんじゃないですかね。確かにお魚を一番というかね、それは比較は難しいんですけれども、やっぱ美味しく食べる技術の一つですよね。 そこにね、その日本人的な価値観も出てますし。やっぱりそういうのは大事にしたいよね。 町田勝志さん。前編後編で聞きながら農業の資源ってなんだっけと考えていたら、農業との対比が取り上げられていました。 ブックカフェあるあるです。以前放送されたヘビ長すぎるの放送を思い出しました。サプライチェーン長すぎるという話だったと記憶しております。 長く繋がっているからこそ見えづらく、そしてどこかに問題が起こるとドミノ倒し的に影響を受ける。 繋がりすぎた世の中でそれを是正するのは難しいので、私たち一人一人が考えて行動していくしかない。 そうすると啓蒙や教育が重要なんだと改めて感じました。 私の具体レベルの話ですが釜石にいることもあり、漁業関係者と接する機会も多いので本書も読んでみます。 釜石にいらっしゃるんだったらね、本当に結構ダイレクトなイシューだと思いますので、ぜひ読んでみてください。 私なんてね結構内陸に住んでるからやっぱり海から離れてるんですよね。 だから漁業の人とあまり接する機会がないのでいまいちピンときてない部分が多いんですけど、 縁起に住んでる方なんかはぜひ読んでほしい話です。 アンパンさん、スーパーの魚を資源と捉える視点に気づかされました。 私の父は収入源として農家を営んでいるのですが、有限無限という観点では漁業と農業は大きく異なると思います。 今回のサテスナ読書室も学びになりました。ありがとうございます。 農業ってね、同じ漁業と一時産業という風にくくられますけれども、やっぱり本質的に違う部分ありますよね。 だから、同じで違うっていうところって、それを皮切りに漁業の難しさみたいなことを考えてみると、見えてくるものがあるかもしれません。 ということで、コメント返し以上になります。いつも皆さんありがとうございます。 # 終わりのあいさつ はい、ということで、えー、中度体の世界。 いやー、これどうしようかなー。 まだなんか、ちゃんと語らなきゃいけないことたっくさんある。 まあ、スピノザの話とかもしなきゃいけないし、 そのね、ビリバットの話も最後しなきゃいけないし、とか考えると、 ちょっとこれなんか終わらなそうな気がしてきて、 一方でね、ちょっとこんなことばっか聞いてらんねーぜっていう、 読者のこう、声なき声を考えると、 ちょっとね、一回時間を置いた方がいいのかななんて気もしております。 はい、ということで、えー、まあ、考えますね。 えー、今日はここまで。また明日ー。 もっと見る #無意識 #納豆 #選択 #責任 #意志 荒木博行のbook cafeプレミアム放送配信中!00:111.タイトルコール03:592.初めのあいさつhttps://facebook.com/events/s/%E8%8D%92%E6%9C%A8%E5%8D%9A%E8%A1%8C%E3%81%AEbook-cafe4%E5%91%A8%E5%B9%B4%E8%A8%98%E5%BF%B5-%E3%82%AA%E3%83%95%E4%BC%9A/471019551673929/09:413.意志って何よ?https://amzn.to/3D6oZdp04:194.当たり前と思っている世界に疑いを挟む。これぞ哲学。04:235.『売上最小化、利益最大化の法則』06:396.頂いたコメントへのお返し00:447.終わりのあいさつコメント感想・質問・応援メッセージを書こう Yoshiyuki Okamoto2022年11月7日知的刺激にあふれる番組をいつも楽しみにしています。超相対性理論からこちらにたどり着きました。イベントの参加を希望します。よろしくお願いします。岡本返信 荒木博行2022年11月7日ありがとうございます!改めて後日URLお伝えします ブライアン2022年10月29日意志とは過去との決別なのかなと思いました。確かに、いまやってる行為は過去からの接続で、自分が能動的な意志をもって行為しているものは少ないかもしれません。でも、その過去を捨て去って新しい行為を始めることは意志と言うのではないかなと思いました。不正が蔓延る企業にファンドから送られた社長が過去と決別して、意思をもって決断する。一方でその社長の意思決定支援システム軸はファンドに在籍していたときの思考フレームを引きずっている意味では過去と決別していないですね。矛盾が出てきますね。。返信 大山 晋2022年10月29日いや中動態、面白かったです!久々僧侶としてコメントします。仏教で一つの出来事は常に因という直接要因と縁という間接要因で起きると語りますが、中動態は、その二つを包含出来る考えかも。企業は経営者の意思と責任の対価を利益を私物化出来ますが、ほんとは環境や資源に恵まれた縁もあるはず。でも地球には特に利益を還元してない。世界は意思と責任を賛美し過ぎて地球から受動的にうけた恩を忘れている。中動態的経営者が増えるといいのに。返信 Tico (たいちゃん)2022年10月27日中動態の世界は、雲を掴むような話で難しいなと思いながら聞いていました。全て聞いて繋げて考えると救われた気持ちになりました。私たちは、全てを意志をもって決められるわけではないし自分の決めた事に対して責任を取れるわけでもない。本当は“起きた”こと。“する”、“される”だと常に白黒はっきりさせないといけない。だから、犯人探しがでたりするし、正解・不正解の世界になって答え探しになってしまうなと思いました。“起きた”とすると、例えば雨が降っても誰も怒らないように、寛容な世界になれるのかなと思いました。返信 ハラッチ2022年10月27日放送を聴いて、自己責任論について、考えを巡らせました放送の中で、「責任が発生した行為にのみ、あとから意識というラベルを貼らなければならなくなる」とありました。ここで、「なぜ人は、意識を求めるのだろう?」という疑問が、頭に浮かびました。そして、この「意志を求める」気持ちが、自己責任論を生み出していると感じました。「意志などなく、仕方がなかった」と思うにはどうしたら良いのだろう?まずはこの本を手に入れて、考えを広げたいと思います。いつも大切な気づきをいただき、感謝です。返信 もっと見る
仕事が自然とできるようになる仕組みがあるんです/G-POPマネジメント実践講座 中尾隆一郎さん対談1 34分・16時間前・ 2,083再生AI目次仕事が自然と進むG-POPの正体GPOP:日報を越える自己成長ツール目標達成を促す振り返り術の真価心理的安全性を育むGPOP会議の力急増する導入企業が語る成功体験
感情を爆発させた後に何が残る?/絵本カフェ『なきむしなきこちゃん』 『ほげちゃん』絵本ナビ編集長 磯崎園子さん対談2 35分・9月8日・ 2,978再生AI目次大泣き体験から紐解く感情爆発の意義ホゲちゃんが暴れる!怒りの感情を解放する感情爆発後に残る「空白」その正体とはTLCが彩る90年代R&B、栄光と悲劇アート作品に投影される主観と客観の対話
やりたいことあるなら全部やっちゃえ!/絵本カフェ『ぜんぶやりたいまにちゃん』絵本ナビ編集長 磯崎園子さん対談1 31分・9月7日・ 3,070再生AI目次「ぜんぶやりたいまにちゃん」が問う大人社会の規範マルチな才能を肯定するキャリア思考マニちゃんに学ぶ「楽しむ」ことを最優先する生き方Radwimps「セプテンバーさん」に込められた想いPaul Smith展から探るアートの新たな価値
確かに、いまやってる行為は過去からの接続で、自分が能動的な意志をもって行為しているものは少ないかもしれません。
でも、その過去を捨て去って新しい行為を始めることは意志と言うのではないかなと思いました。
不正が蔓延る企業にファンドから送られた社長が過去と決別して、意思をもって決断する。
一方でその社長の意思決定支援システム軸はファンドに在籍していたときの思考フレームを引きずっている意味では過去と決別していないですね。矛盾が出てきますね。。
“起きた”とすると、例えば雨が降っても誰も怒らないように、寛容な世界になれるのかなと思いました。
放送の中で、
「責任が発生した行為にのみ、あとから意識というラベルを貼らなければならなくなる」
とありました。
ここで、「なぜ人は、意識を求めるのだろう?」
という疑問が、頭に浮かびました。
そして、この「意志を求める」気持ちが、自己責任論を生み出していると感じました。
「意志などなく、仕方がなかった」と思うにはどうしたら良いのだろう?
まずはこの本を手に入れて、考えを広げたいと思います。
いつも大切な気づきをいただき、感謝です。