TOPエンタメ映画・本荒木博行のbook cafe経営カフェDay9 組織文化が変わってしまった!42:26 2022年12月10日 7,468再生 問題を報告する 再生する シェアする AI目次組織文化は意図か結果か?その考察人数・資本・環境が文化に与える影響リクルートが示す企業文化の強さクリステンセン「プライオリティ」が文化の本質文化人類学に学ぶ自己相対化の視点AI文字起こし(β版) # タイトルコール あらキロ域のブックカフェ。この番組は、自分の頭で考える読書の執筆者であり、書籍予約サービスフライヤーのアドバイザーを務めるあらキロ域がマスターとなり、本からの学びを楽しむカフェです。 # 初めのあいさつ はい、皆さんおはようございます。12月10日ですね。10日の土曜日の朝になりました。 さて、皆さんにですね、ちょっと事務連絡があります。 来年1月の28日、29日ですね。この土日、1月の最後の土日ですけれども、ここでですね、 昨年に引き続きまして、また尾長にツアーに行きます。 リアルブックカフェがですね、尾長にあるんですよ。これ昨年作っていただいたんですけれども、 今までのブックカフェでやった本が全部並んでいるというですね、 よくわからないスペースがあるんですけど。 はい、えーと、まあ、 あのー、 それにカコつけてですね、みんなで旅行行こうという、そんな楽しい企画です。はい。 で、えーと、もうすでにですね、フェイスブックグループ、荒木隆之ブックカフェのフェイスブックグループには、 その案内が出ておりますが、改めて、はい、 えー、1月28日、29日、2日間で、尾長一泊二日の旅ということで、 えー、まあもちろん私も行きますし、あとはですね、ボイシーのパーソナリティーである田中恵子さんですね。 恵子さんもいらっしゃるということで、はい。 えー、まあ、すでにもう、 あのー、それで10人ぐらいになってんのかな?わかんないですけど。 まあ、あのー、ね、公開収録もありの、尾長ツアーもありの、 そして、なんかみんなでね、えー、 夜まで語り明かす、えー、そんな感じでですね、ワイワイガヤガヤと合宿みたいな感じでいければと思いますので、はい。 えー、行きたい人いらっしゃいますか?ちょっと今行きたい方は、 今、返事をしてください。はい。行きたい人? はい、ありがとうございます。聞こえました。えー、皆さんの声は私に届きましたんで。 なるほどね。なるほどね。あ、そう来ますか。なるほどなるほど。了解了解。はい。 わかりました。はーい。 という感じで、えっと、詳細はですね、ちょっとね、Facebookグループに入ってください。 まあ、そこで案内がありますんで、ちょっとね、あのー、 まあ、リンク貼っとくのかな? 一応、では、はい。 えー、貼っときますんで、うん。 是非、あの、こちらからちょっとね、あのー、 確認いただければという風に思いますが。 さて、えー、今日なんですけれども、えーっと、KカフェのDay9ですね。はい。 えー、9回目ということで。えー、これ、Kカフェはですね、全10回シリーズでございます。 そして、もう全10回目は、あの、Day10はですね、もう収録済みということで、 もうね、大賀さんは、あのー、 もう、星に帰られてしまいまして。 M78.4にもう帰られてしまったので、今はいないんですけど、 まあ、その大賀さんが残してくれたね、お気にあげ、Day9がまだあります。 そして、次回、Day10がありますので、 まあ、これを聞きながら、大賀さんをしのんでいただければという風に思います。 では、いきましょう。本編スタートです。 # どうやったら良き文化が残せるのか? はい、それでは経営カフェのデイナインになります。 フライヤーCEOの大賀さんです。 大賀さんです。どうぞよろしくお願いします。 よろしくお願いします。 はい、ということで、 今日は何のテーマになりますでしょうか。 今日は組織の文化が変わってしまった、みたいなテーマでいきたいと思います。 組織の文化が変わってしまった。 はい。 言葉としてはネガティブな響きがあるかもしれないですけれども、 組織は常に変わり続けるものなので、 自分は結構その組織だとか人とかには思い出があったりして、 つらつらと思っていることを話していく感じでもいいですかね。 その間に途中突っ込んでいただいて。 はいはい。 まず前提というか、組織そのものはリーダーシップと言われているものと同じように、 独立には存在できないものだなと思っています。 環境があってとか、いろいろな縁みたいなのがあって、 相互作用もあって成り立っているので、外界とのですね。 まず独立に存在できないものだなと考えていると。 あとですね、組織というと一個のものみたいな、一個の個性があるとか考えたくなるんですけれども、 組織の中にもいろんな人がいるし、いろんな特性があってですね、 同じ人が組織として活動していても、ある局面ではこういう特性をするし、 ピンチになるとこういう個性が出るみたいなことがあってですね。 平田圭一郎さんというところの文人主義じゃないですけれども、 組織の中にもいろんな人もそうなんですけれども、 組織自体にも個性がいろいろあるなと思っていて、 個人と集団の間にフラクタル構造じゃないですけれども、 近しい構造があるなと思っていたりします。 ちょっとまだつらつらいくとですね、 あと一人一人の人と向き合うというときのマインドセットと、 組織全体を考えるときのマインドセットというのは結構違うなというふうに思っていてですね。 やっぱり人がある程度の人数が集まってくると、 ドライに見ると確率論というか科学反応みたいなのが起こる。 確率みたいなのが方向性とか指針によって違っていて、 それをどういうふうに導かなければいけないのかという、 クールヘッドで考えなければいけないみたいなところもある一方で、 そうするとすごい冷たい感覚になるので、 やっぱり一人一人に対するものと同様に、 組織に対しても愛情を持ってというか、 親しみを持って接することが大事だなと思っていますというのが、 何となく組織に対しての思っていることですね。 なるほど。 そうですね。 文化ってすごく難しいというか、目に見えないものなので、 意図をするものなのか、結果として出てくるものなのかということによって、 また捉え方が変わってくると思うんですよ。 だから、やっぱり文化というのは、 僕もその組織を自分で作っていたこともあるし、 あと学校を作るみたいなこともやっていて、 例えば、拠点を立ち上げますといったときに、 例えば仙台校を立ち上げますとか、 福岡のオンライン校を立ち上げますとかいったときに、 校風を作るみたいなことも考えるわけですね。 これってすごく難しくて、 意図を持って作りにかかる部分もあるんですけど、 結果的にいろんな人が集まって出てきちゃうものなので、 結果論でもあったりするわけです。 集まってくる人によっても変わりますしね。 当然、どっちかというよりは、インタラクティブに、 当然、力を持った人がいいと思って働きかけるという側面もあるんだけど、 参加者側がそれに対して反応してくるみたいな、 結果として出来上がってくるみたいなものもあって。 いやー、わかんない。 何ですかね、子育てに近い感覚もあってですね。 こうしたいってリーダーが言ったところで、そうはならないじゃないですか。 結局、意思を持って動くのは一人一人の人だったりするので、 こういう組織を作りましたとか、こういう組織にしますみたいなのって、 ある種の傲慢性みたいなのを感じるところもあってですね。 結局、相手の人たちが、一人一人が、何ですかね、 分かりにくくなって、 こういう文化ですっていうよりも、 何て言うか、一言一言、日ごろオフィスとか会議とかで 交わされる一言一言に宿るものだという風に思っているので、 リーダーが何と言おうが、変わらないものは変わらないし、 言わなくても変わるものは変わるし、育つものは育つんですよね。 そういう感覚を自分は持ってます。 あと多分、いろんなレイヤーで文化みたいなのを考えなきゃいけないと思うんですけど、 例えば、日本文化とか言ったりするじゃないですか。 日本文化って、我々が想像する日本文化ってあるわけなんですけど、 日本文化って誰が作ったんですかとか、どうやってできたんですかっていうのって、 多分にその文化というか、 どうやってできたんですかっていうのって、 多分に一国の首脳が何かいいと思って作ったわけでもないし、 日本国民が、それこそ芸術家とかそういう人たちがやったという側面もあるんだけど、 その個人と組織の長みたいなものと、 さらにもう一階層上のある意味構造みたいなものがある。 例えば日本であれば、そういう島国である感覚であり、 そして太陽側はもう何もないっていう、海しかないみたいな、 そういう環境だからこそ育まれる日本文化っていうのはあると思う。 自然災害が多かったりとか、四季があったりとか。 そうですよね。 比較的人口が多かったりとか。 そうそう。 それも企業と同じで、その企業がどういうドメインを選んでやっているのかとか、 その競合環境であるとか、 そういうことによっても文化っていうのは規定されてしまうものもあるということですよね。 あとはまさにその外部の環境とか、そのドメインもそうなんですけど、 よく言われることかもしれないですけど、やっぱり人数によっても変わってくるなというふうに 思っているんですよね。 私どっちかっていうとフラットだったり自立性みたいなのを とても今でも大切にしているんですけれども、 差はさりながらですね、50人とか60人とかになってくると、 一定の規則みたいなのが必要になるし、 あとは例えば自分が全員を当然ながら見ることはできないので、 評価制度みたいなのもやっぱり必要になってくるしとか、 次多分150人くらい顔と名前が一致しないフェーズみたいなのが 一般的にはあると言われていて、 それはもう完全に仕組みの方もありながら身の回りの人に どう接するかみたいなフェーズになってくると思うんですね。 なので中の人数によっても結構変わるなという感覚がありますよね。 あとかなりベタな話をすると、 資本の構成によって、 あります。 全然違いますね。 違いますね。 オーナー経営者が過半を持っているような会社は、 かなりオーナー経営者の意向が強烈に働きやすいみたいなところはありますよね。 そうでない会社もあれば、 例えばもう5代目ですみたいな、 社長は別に家がついていないような、 一般的な大企業の姿であったりとか、 全然違いますよね。 だからそれこそ資本構成みたいなものっていうのはある意味で、 社員からしてみたら目に見えない大きな方数だったりするじゃないですか。 だからIPOをするとかいうので、 企業文化を大きく変えてしまう可能性がありますね。 当然ながらステークホルダーが増えるので、 まず明確にあるのは、 一般的な社長のワンマンみたいな会社は許されなくなるんですよね。 その色がまだ残っている会社もありますけれども、 例えば社長がパタッと倒れたら、 株主が大相撲を追うみたいなことは許されないじゃないですか。 そうすると比較的持続可能であったり、 一定の権限の分散とか異常みたいなものがあったりとか、 それによって組織の形をこうしてくださいみたいな要件が、 例えば証券会社とかから要請があったりとかですね。 究極的には当省なんですけれども、 当省から発せられるんですけど。 こういうカルチャーにしたいんだよなって思いながら、 そういう要件とも擦り合わせていくみたいなところが、 結構アドというか難しいところかもしれないですね。 いやー、ほんとなんかしょうもないルールとか色々出てきて、 立場上言いにくいかもしれないですけど。 そうですよね。 ぶっちゃけ日陰にしてくれみたいなものもね、 出てくるわけだし、 大変ですよね。 不正が起こらないようにとか、 当然一人に任せきらないとか、 そういうところは多分仕組みに反映されてきます。 そういうこと考えると、僕何回か例出してるんですけど、 リクルートとかすげえなって思います。 本当にすごいですよ。 凄さが分かりますね。 こういう準備とかしてくると。 そういう意識の図体で、 上々企業でありながら、 やっぱり創業者の、 もういない創業者に、 エゾリズムがありますよね。 なんでだろうみたいな。 あとは何ていうか、 やっぱり人を元々大切にされているんですよね。 採用というものに対して、 もの凄く執念じびたものが創業の頃からある会社ですし、 今の組織の形も凄いですよね。 そういう企業文化って、 外側の人間からすると、 まさにモーメント・オブ・トゥルースじゃないけれども、 細部のある、とある瞬間にパッて出てくる、 みたいなことって感じるわけですよね。 例えば僕が、 リクルートに、 当然外部の人間として、 例えば研修であるとか、 何だとかっていうところに行くと、 今どうか知らないんですけど、 めっちゃフランクなんですよ。 今日ちょっとうちのボスが、 前にスピーチしたいって言ってるんで、 スピーチさせてもいいですかと。 当然どうぞどうぞみたいな。 そういう話をした時に、 じゃあうちのボスですとか、 あだ名で呼ぶんですよね、まずね。 だから例えば大賀さんが、 じゃあ今日大賀どん来てるんで、 じゃあご挨拶お願いしまーすみたいな感じで、 そうすると偉そうじゃない人が出てくるんですよね。 どうもどうもみたいな感じで。 俺もさ、いろいろ大変だけど、 これ予算かけてるんで、 おめえら分かってるか?みたいな。 意外とオラオラだね。 なんか、人間が喋ってるって感じですね。 だからそこに、 本当だったら出てきてしまう、 冷えられる気みたいな。 肩書きの人が喋ってるみたいな感じがなくて、 上々とかって肩書きとか組織図が入ってくる、 あれじゃないですか。 人じゃなくて組織が入る。 これ永続性を意識すると、 もちろんすごい大事なことなんだけど、 人間というものを人間と見なくなる、 みたいな側面があるんですけど、 いや、このDNA強えなって思います。 その瞬間ね。 個人に対する信頼の度合いですよね。 すごい強いんでしょうね。 だから彼らからしてみたら、 別に日常の些細なコミュニケーションだと思うんですけど、 僕にとってはそれがまさにモーメント・オブ・トゥルースで、 というのはもう散々見てるわけですよ。 他の企業で、 今日はなんとか部長にお越しいただいておりますので、 じゃあ、なんとか部長どうぞよろしくお願いしますと言って、 肩書きで喋ってるみたいなね。 我々の組織は。 なんか、海の岸としたりして、 そういうところで、 企業文化っていうのは感じたりするんですよね。 失敗した時とかも結構、 夜日に現れますよね。 そういう時にどういう周りが反応するかとか。 そうそう。 究極的にはコントロールできないものなのが、 逆に言うと組織ってすごい、 永遠に知的好奇心をくすぐられる対象でもあって、 変数が多すぎるんですよね。 だって、さっきの話じゃないですけど、 個人個人にも、一人一人の中にも、 いろんな文人というか、 多様性みたいなのがあって、 で、その何を組織に持ち寄るかっていう話だと思って、 善人も悪人もいないんだと思うんですけど、 でも、一人の人の中のどういう面を、 より何ていうか、 自分たちの中で、 一人の人の中のどういう面を、 より強調した形で、 プロジェクトとか会社っていうものに 集っているかっていうのは、 これはやっぱり、 コントロールできないながらも 文化みたいなのがあって、 それって一言一言の会話とか意思決定、 一つ一つの意思決定の積み重ねで成り立っていて、 結局、人はやっぱり合理的な人が多いので、 もちろん感情もあっても合理的なので、 何が良いフィードバックを受けるかとか、 どうすると居心地が良かったかとか、 そういうのを作り出さないといけないというところがあるでしょうね。 クリステンセン師匠が、 組織のケイパビリティとは何かということで、 フレームワークを提示していて、 それがリソースプロセスプライオリティと 彼は言ったわけですよね。 組織が何ができて何ができないかというのは、 リソースによって決まると。 リソースというのは社員の能力とか、 金がどれくらいあるかとか、 それはすべてのリソース。 フィジカルであったり、見えないリソースみたいなのがあるんですけど、 あとプロセスね。 仕事の手順ってあるとか、 どういう決済手段、手続きを得るかみたいなプロセスみたいな。 最後大事なのはプライオリティ作るんですよ。 多分ここに企業文化の本質って僕は宿ってるんじゃないかと思っていて、 何を優先順位の上位に置くか、 何は劣勢をするかみたいな、 そういうことが、 さっきのリクルートの話であっても、 すごいプライオリティがはっきりしていて、 例えばこの場の時間効率を最大限高めようって考えたら、 社長の堅苦しい話なんていうのは、 あんまり効果にはならないわけですよね。 でもプライオリティっていうのが、 社長の機嫌を損ねてはならないみたいな、 その優先順位が高いところっていうのは、 もうははーみたいな、 そんな感じになるかもしれないです。 だから各企業内で、 ビジョンとかバリューとかすることをやっている、 究極的なあれは、 プライオリティの話じゃないかなって思っていて、 みんな自由にやっていいんだよっていうことなんだけど、 ただ優先順位っていうのはあるんだっていう、 そこの部分が、 各現場で自律的にその優先順位が、 ちゃんと動くようになっているのかどうかみたいな、 そういうことって、 すごい大事なんだろうなって思いますね。 そうですね。 どっちが良いとか悪いとかじゃ、 決してないとは思っているんですけど、 多分トップダウンが非常に強いところって、 構造でビジネスができる、 ビジネスモデルが強固であったりとか、 競争優位性がしっかりあったりとかですね、 そういう業種だと、 しっかり定められたものをきちんとやることが、 むしろ合理的なんだと思いますし、 でも今あるスタートアップみたいな世界だと、 ほとんどの、 何ですかね、 物事が動く瞬間って、 メンバーにあるというか、 現場にあるんですよね。 現場でどういう会話をお客さんとしているかとか、 どういう企画を、 プロダクトの先の姿を練るかとか、 何でしょうね、 関わる人の接点って、 もちろんCEOとかの仕事でも、 関わる人がたくさんいますけれども、 組織全体からすると、 ほんのちょっとなわけですよね。 おそらくなんだけれども、 その人たちが、 能力をできるだけ発揮するとか、 伸び伸びと、 目を輝かせて仕事をするみたいなところを、 優先した方が、 うまくいきやすくなりつつあるってことなのかな、 というふうには思っていますね。 時代の変化とか、 世代の変化とか、 何ですかね、 中心の、 どちらかというと、 製造業みたいなものから、 ITとかコミュニケーションみたいなところで、 できるようになるんですよ。 結局は環境に依存している感覚はありますよね。 だから、 ダイバーシティみたいな言葉が、 まずもって、 問答無用で大事だっていうのはあるんですけど、 ビジネスモデル的に、 ダイバーシティが重要である、 いろんなカテゴリーの人たちを、 そうなったときに、 ダイバーシティをダイバーシティで放置してしまうと、 多分、 収集がつかない、 右往の収になってしまうわけなんですけど、 そこに、 クリステンセイのように、 プライオリティみたいな、 ある意味、 企業文化みたいな、 プライオリティみたいな、 ある意味、 企業文化みたいなのを、 ビルトインできたとしたら、 ものすごい、 機能する、 右往になっていくわけですよ。 右往? まあ、分かんないな。 右往の収だ。 機能するんだろうって。 でも、一定の一貫性は大事ですよね。 そうなんですよね。 こういう環境の中において、 こういう事業をしていて、 一歩の筋が通っているってことは、 大事ですよね。 何でしたっけ? あの実験あったじゃないですか。 ランダムに動くロボットなんだけど、 何かのアルゴリズムを、 各ロボットにインストールして、 適当に話すと、 みんなが集団的に、 むちゃくちゃ機能的に動くっていう、 実験があって、 何だったかな? 全部ランダムに動いてるんですよ。 ランダムで動いてるんだけど、 全体を見ると、 むっちゃ機率整って動いてるっていう、 そういう実験があって。 面白いですね。 神の視点ですね。 神の視点、神の視点。 恐れに近いのかもしれないですけどね。 だから、どこまで、 アルゴリズムっていうと、 ちょっとすごい語弊あるんですけど、 どの抽象度で、 それをインストールできると、 組織が最大限調和とれるのか、 みたいなのって、 神の視点的なものも必要だし、 かといって、 過度に操作主義になっちゃうと、 ダサいですしね。 特性があるっていう中でですね、 やっぱり、 一貫性のある形ではあれども、 好き嫌いもあってですね、 一人一人の人とか、 例えばリーダーとか、 好き嫌いみたいなのもあって、 何もないよりかは、 意思を持って何かを進めた方が、 結局いいわけなんですよね。 よくなるか。 何も無策であるってことの方が、 一番害が大きいので、 意思を持って、 こうしますって言って、 それを繰り返し言って、 いろんな会議体とか、 全体会議とかで言うっていうのは、 やっぱり大事だし、 それを促進するような、 核となるカルチャーを、 広めていくような仕掛けっていうのは、 やらなきゃいけないんだろうなと。 前の場合、 6つのバリュー、 浸透させるバリューワークっていうのが、 あるんですけれども、 浸透させるっていうよりかは、 それぞれの人の言葉にするっていうような、 ワークなんですけれども、 そういうものは、 やるべきことっていうのは、 いくつかあるなって思いますね。 だから、 意図する部分と、 結果的に出てくる部分の、 どっちも尊重するっていうことなんですかね。 意図通りにはまずならない。 そうですね。 一方で、 成り行き任せってはいけないし、 子育てに近い。 子育ての場合ね。 感覚があります。 ということで、 今回Day9、 そしてなんと、 Day10で一旦、 終わりだという話を、 カゼの噂で。 そうですね。 カゼの噂で。 そうですね。 ちょっと、 区切りがいいところですね。 区切りがいいところですね。 区切りがいいところですね。 シーズン1とか、 終了できるかどうか。 そのDay10は、 あそこでやるんですよね。 4周年記念のイベント会で。 もっとガヤガヤした感じの、 空気があるんじゃないかなと思います。 はい。 そちらでの、 また期待をしたいと思います。 ということで、大賀さんでした。 どうもありがとうございました。 # 『これからの時代を生き抜くための文化人類学入門』 それでは今日のフライヤーのコーナーです。 今日はですね、これからの時代を生き抜くための文化人類学入門という本になります。 著者ですが、奥野克美さんですね。立教大学異文化コミュニケーション学部教授でらっしゃいます。 1962年生まれて、82年メキシコ先住民の村に滞在。 83年バングラデシュで定座仏教僧。 84年トルコを旅し、88年から89年インドネシアを1年間放浪。 94年から95年ボルネオ島焼肌民カリス。 06年以降、同島狩猟民プナンのフィールドワークというですね。 なるほど、すごいですね。いろいろ書かれていて。 モア・ザ・ヒューマンか。 モア・ザ・ヒューマン書かれたんですね。 想定が印象的な本がありましたけれども。 そんな奥野さんが書かれた。 竜見出版からですね、出されてます。 2022年6月ということなんですけど。 文化人類学ということで、まさにこのフィールドスタディであり産業観察みたいなことを いろんな各地でやられたという経歴ですよね。 文化人類学って本当に僕は全然知らないし、ちょっとね、かじったというか本で読んだぐらいで 何も語れることはないのでね、本当にでも面白いなというふうに思っている学問分野です。 文化人類学とは異文化や人類のことを扱う学問を指すと、 そこに生きている人たちのことをただ書き溜めて観察するだけでなく、 相手側の視点から私たちの世界を見つめ返すことで、 既成のやり方や考えを疑ってみる姿勢を持つということですね。 それはこれからの時代を生き抜くことができるという思い込みを問い直すことにもつながると。 そうなんですよね。 我々、メタ視点とかいろいろ言いますけどね、相対化できないと自分のことを俯瞰することってできないんですよね。 自分が自分で絶対になった瞬間に、自分以外の視点で物事を見るということはできない。 メタ視点というのは相対的であるということでもあるわけですよね。 このレビストロースの話とかもありますけれども、 レビストロース以前の話は歴史みたいなことがすごく重要されていたわけなんですけれども、 人間は進化の歴史がある。 進化という言葉を使うとちょっとあれですけれども、進歩の歴史というのかな。 西洋文明の発展とともに進歩してきたと。 本当ですかってことですよね。 確かにいろんなテクノロジーでいろんなことが解決できるようになって、一歩ずつ進歩主観みたいなのがありますけど、 それはあくまでも西洋型のものの見方であり、 それは相対的に見ればワンオブゼムに過ぎないということですよね。 だから全ての文化そのものが価値の優劣がなく、 ただそこに存在しているものである。 これは理屈は簡単なんだけどなかなかそういうふうには見れない。 難しいですよね。 でも文化人類学を学ぶということはそういうことでもあるんだよな。 だから我々がいかにちっぽけなものにとらわれているかとか、 そんなことにも気づける機会になるんじゃないかなという予感がしております。 ということで興味ある方ぜひかじってみてください。 これからの時代を生き抜くための文化人類学入門です。 # 頂いたコメントへのお返し はい、コメント返します。今回は相談カフェですね。短期的な視野しか持てないっていう、そういう問題の話でしたけれども、 ぐるぐる鈴木さんです。小説を読もう。メタファーの魔術師でコメント職人の泉さん。さすがです。 そしてこの放送にどうコメントするのか大変興味深いです。 さて今日の話の中で完全に同じ視点を持つことは不可能ということでしたし、僕も社長の視点は絶対無理と同感でした。 しかし実用レベルでどうにかしようとした場合、構造に依存した人の基本的な行動は取り入れ出せるかもとふと思いました。 先日の真山さんの放送会で小説を読もうという話がありましたが、一つの解決策でしょうか。コメントで相談に答えてみました。 いやぁ、ありがとうございます。相談に答えない相談カフェであったんでね。 小説を読もうみたいなのはいいソリューションかもしれないですね。 確かに他人の何だろうな、視点登場人物ってね、真山さん言ってたけど、その視点から覗くことができる手段ですよね。小説というのは。 さすが。さすがでございます。 イタルさん、短期的な視野しか持てない理由には、酔い腰の善意を持たないような切な的な生き方のスタイルからくるものと、 変化の激しい中で足掻く虚しさによる学習性無力感からくるものがあるかなと思います。 それでも同じ構造に置かれれば、視野は共有できるのか、そもそも視野を共有できる構造とは何か、 それは共感を埋めるのか、泉のように問いが溢れ出します。 それにしても、さすが職人仲間の泉龍太郎さん、相談カフェが知らんがなにはならないということですか。 うん。 いやぁ、さすがですね。知らんがなには、僕は知らんがなと半分言ってたかもしれませんけれども。 うん、ですね。 いやでも、本当にね、この視野共有問題っていうのは、 泉龍太郎だけに泉のように問いが溢れるのかな、これは。 いや、これは僕が言ったんじゃないよ。これはね、イタルさんがね、 これは拾ってあげなきゃダメなんじゃないかと僕は思って拾ったんですけど、 これ、狙ってますよね、イタルさんね。 スルーしようかなぁとも思うんだけど、それはさすがに不憫だと思い、 拾ってあげました。泉だけに、泉龍太郎だけに、泉のように、 問いが生まれると、問いが溢れ出すという、 イタルさんの冴え渡るダジャレでございました。 ごちそうさまです。はい。 ヘグさん、初コメント失礼します。 私が最近対面する他者と関わる悩みの多くは、構造的問題に行き着きます。 技術的確信により他者と意識が共有できれば、この問題は解決するかなと思いましたが、 自我を捨てない限り難しいと思います。 マスターがおっしゃるように、他者を完全に理解することはできないと受け入れつつ、 それでも分かりたいと思うことが大切なのだと感じます。 言い換えるならば、ネガティブ・ケイパビリティと他者に対する尊敬・好奇心を持つ。 いやー、これはね、本当に深い問題で、その通りではあるんだが、 ちょっとね、来週火曜日からね、おそらく火曜日からなんですけど、 哲学者の谷川よしはるさんと、この辺の語りをしていますので、しばし待たれ! この辺の話はまたしていきたいと思います。 はい、げんさん、お話を聞いて思い出したのは、測りすぎという本です。 同じ構造に置かれても、個人が違えば見えるものは違う。同じ人でも毎日経験を積んで少し変わっている。 自分の中に短期君と長期君を同期させ、対話させることでいろんなことを面白く考えたいです。 例えば子育てをしていると、彼らは成長曲線が早いので、毎日短期君と長期君を垣間見せてくれる感じがします。 私もトレード思考から出したくて、短期思考と長期思考の往復ができるよう、いろんな人と話したり行動したりして、自分の限界を超えたいのかな、そんな風に考えました。 いいですね、短期君と長期君って、なんか僕が言いそうな話だな。 先回りされたな、これは。 しかしね、この短期君と長期君もね、これ難しい問題がありましてですね、 長期君だと思っていたものが、実は短期君だったっていうことって結構あるんですよ。 それはどういう時かっていうと、超長期君が現れた時、その長期君は短期君になるんですよね。 つまり全ては相対的であるということなんです。 絶対的短期、絶対的長期っていうのは存在しないということにおいて、常にですね、何かが現れた時に、それは容易にですね、 うん、短期だね、君っていう話になってしまう。 というのは本編でちょっと語りましたけどね。 はい、泉龍太郎さん。 視野の短期長期以外、例えばメタ認知でも同じことが言えそうです。 自分が仮に5階にいるとして、2階より地図は高いけど、6階、7階がないとは言い切れない。 自分のメタ認知が1万階正しいと言えたとしても、1万1階目にはより高次なメタ認知に覆されるかもしれません。 ヒューム的というか、ドリカムの何度でも的というか、 私の強みは〇〇力と断言するのはここがマシく、〇〇力という山を登る気概を持っているくらいが健全な態度ではないかと思いました。 いやー素晴らしいな、ここでデビッドヒュームとドリカムが出てくるとは思わなかった。 確かにね、デビッドヒュームこういうこと言うわけなんですよ。 1万階でも1万1階目、そうなる保証はどこにでもない、どこにもないと。 ドリカムじゃないですか、1万ダメでも、1万、なんだっけ、どんな歌詞だっけ、もう忘れちゃったけど。 何度でも何度でも、なんだっけな。 1万階だね、でも、まあいいや。 ETさん、質問に回答しない相談カフェ。なぜ質問に回答しないのか。 それはあるきっかけでトピックが発生して思わぬ方向に思考が発展していくからだと思いました。 先日、箇所から帰宅して妻に思考を深めるというスローガンを10年間掲げてきたけど深まってないことが今日の仕事で分かったとぼやきました。 すると妻から思考を深めるんじゃなくてふわふわと広げてみたらと言われました。 まさにそれが質問に回答しない相談カフェで実践されているのかもしれないと思いました。 お、なんかいいね。 というか、このお妻さんが素晴らしくないですか。 帰宅してね、思考を深めるんじゃなくてふわふわと広げてみたら。 みたいなことってなかなか言えないですよね。 お妻さんすごい。 と思った。 いやぁ、いいですね。いいですね。 ちょっと素晴らしい夫婦だと思います。 町田勝利さん、 泉さんと会話するマスターはとても楽しそうで聞いているこちらもほっこりしました。 さて今回の相談を聞き、自分も同じように思ってしまうことがあるなぁということです。 他者がどんな景色を見てどんなことを考えて行動したか。 分からないはずなのにまるで分かっているがごとく考え、 結果的に自分の判断の方が正しいと言わんばかりの想像をしてしまいます。 今回の話で言うと、相手が短期的な思考に見えるだけで長期的な思考した上でそう振る舞っているのかもしれないですよね。 そう思えないのはなぜなんだろう。 そんなことに興味関心が向きました。 こんな感じで考えるのが好きなのですが、答えは分からないですね。 いやしかしね、 このブックカフェのリスナーの方ってこういうの大好きね。 こんな答えの出ないものをこうでもないかああでもないかとか言ってもね、 答えなんか出ないですよ。 答えなんか出るわけないじゃないですか。 でもねみんながそういうの好きでね、 だからそんな相談が寄せられて、 僕も適当に返して、 いやいい空間じゃないですか本当に。 本当にありがとうございます。 おかげさまですよ。 そんな感じでございます。 ということでいつも皆さんコメント返しありがとうございます。 # 終わりのあいさつ さあ、ということで、今日、K-CAFE DAY9ということで、もうカウントダウン来ちゃいましたね。 もうあと1回しか、大河さんの寿命は残されておりませんけれども。 もう収録しちゃってるからね、もう。 M78帰っちゃってるんですけど、最後ね、ラスト。 来週のDAY10でございます。 どういう風にフィナーレを迎えるのか、とても楽しみでございますけれども、 ぜひ期待していただければと思います。 ということで、今日はここまで。また明日。 もっと見る #組織文化 #クリステンセン #バリュー 荒木博行のbook cafeプレミアム放送配信中!00:111.タイトルコール03:442.初めのあいさつhttps://facebook.com/events/s/book-cafe-onagawa-1%E5%91%A8%E5%B9%B4%E8%A8%98%E5%BF%B5%E5%A5%B3%E5%B7%9D%E3%83%84%E3%82%A2%E3%83%BC%E5%85%AC%E9%96%8B/701391171404172/24:563.どうやったら良き文化が残せるのか?04:244.『これからの時代を生き抜くための文化人類学入門』08:345.頂いたコメントへのお返し00:396.終わりのあいさつコメント感想・質問・応援メッセージを書こう 町田和敏(変な髪型をしたポンコツ薬剤師)2022年12月13日お話をきいて頭の中に浮かんだのは、マザーテレサの有名な言葉でした。「思考に気をつけなさい、それはいつか言葉になるから。」からはじまり、言葉、行動、習慣、性格、ときて最後は運命までたどりつきます。これは、いち個人の言葉ですが、組織文化にも通じるものがありそうだなぁと感じました。どんな人が集まるかによって、それぞれの思考が混ざりあい、その組織の日常で使われる言葉に影響され、そうした細かい相互作用の末、組織文化が形作られる、そんな感じでしょうか。返信 町田和敏(変な髪型をしたポンコツ薬剤師)2022年12月13日あらためて、組織が生き物であることや、文化という言葉について考えさせられました。文化という言葉は、手軽に使ってしまいがちで、社会と一緒で、何だかよくわからないけど、わかったような気にさせられるものだなぁと。今日も貴重なお話ありがとうございました。 すっすー2022年12月10日現場のやりとり大賀さんの言葉で印象的だったのはスタートアップのような企業では、物事が動きだす瞬間は現場にあり、現場の人が能力を発揮しやすい方を優先するとのコメントでした。確かに、スタートアップのような少数精鋭の職場では現場の一つ一つの判断や決断が会社を動かす原動力になる位、重いものなのかなと思いました。自分のように、規模のある会社に勤める身としては自分の行動が会社に大きく影響することはありませんが、それ位、自分の行動や判断に責任を持てるようになれたら、視野も広がるのかなとも思いました。1返信 泉 龍太郎2022年12月10日経営カフェday9ちょっと斜めから入りますが、市場経済のプレーヤーたる企業が、こと組織内においては、計画経済的な物事の進め方なのが興味深いなと思ったりします。組織文化も然りだなと。組織を特定の状態に作為的に導こうとするのは、ハイエク風に言えば設計主義的で、自生的秩序を損なうのかも。人事や経営企画の役割は、「市場の失敗」への介入に留めた方が良いのかも。昨今疑問を投げかけられる新自由主義的な物の考え方も、組織論を考えるのに拝借すると、また違った趣になると思いました。1返信 ぐるぐるすずき2022年12月10日文化というアルゴリズム我々の組織集団の活動は、組織の資源、プロセス、優先順位の3つで成り立っている。抽象化すれば、アルゴリズムのようなものである。このアルゴリズムが組織上、明示されていることよりも、組織の中で一人一人が実行している部分の方が影響が強い。弊社の中で組織を渡り歩いただけでそう感じます。事業部間で感覚が違いますし、本社は一層違う。弊社の役員が風土とか文化は変わらないから風土なんでしょ?って言ってたことを思い出しました。文化人類学的に様々な組織を研究したいですね。1返信 ラム2022年12月10日ドリカム、「何度でも」検索しました!10000回だめで へとへとになっても、10000回だめで かっこ悪くても、10001回目は 何か 変わるかもしれない。10000回だめで 望みなくなっても、10001回目は 来る。10000回だめで〜の後が覚えてられないのは何故だろう?1返信 もっと見る
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大賀さんの言葉で印象的だったのはスタートアップのような企業では、
物事が動きだす瞬間は現場にあり、
現場の人が能力を発揮しやすい方を優先するとのコメントでした。
確かに、スタートアップのような少数精鋭の職場では現場の一つ一つの判断や決断が会社を動かす原動力になる位、重いものなのかなと思いました。
自分のように、規模のある会社に勤める身としては自分の行動が会社に大きく影響することはありませんが、それ位、自分の行動や判断に責任を持てるようになれたら、視野も広がるのかなとも思いました。
ちょっと斜めから入りますが、
市場経済のプレーヤーたる企業が、
こと組織内においては、
計画経済的な物事の進め方なのが興味深いなと思ったりします。
組織文化も然りだなと。
組織を特定の状態に作為的に導こうとするのは、
ハイエク風に言えば設計主義的で、自生的秩序を損なうのかも。
人事や経営企画の役割は、
「市場の失敗」への介入に留めた方が良いのかも。
昨今疑問を投げかけられる新自由主義的な物の考え方も、
組織論を考えるのに拝借すると、
また違った趣になると思いました。
我々の組織集団の活動は、組織の資源、プロセス、優先順位の3つで成り立っている。抽象化すれば、アルゴリズムのようなものである。このアルゴリズムが組織上、明示されていることよりも、組織の中で一人一人が実行している部分の方が影響が強い。
弊社の中で組織を渡り歩いただけでそう感じます。事業部間で感覚が違いますし、本社は一層違う。弊社の役員が風土とか文化は変わらないから風土なんでしょ?って言ってたことを思い出しました。文化人類学的に様々な組織を研究したいですね。
10000回だめで へとへとになっても、10000回だめで かっこ悪くても、
10001回目は 何か 変わるかもしれない。
10000回だめで 望みなくなっても、10001回目は 来る。
10000回だめで〜の後が覚えてられないのは何故だろう?