TOPエンタメ映画・本荒木博行のbook cafe【4周年記念雑談】京都市在住の哲学者 谷川嘉浩さんと交わす哲学的雑談241:26 2022年12月14日 7,686再生 問題を報告する 再生する シェアする AI目次作品を深く読み解く哲学者の視点哲学者が薦める文学作品とその魅力谷川嘉浩の新刊『スマホ時代の哲学』制作秘話【29歳で変わる】高速セルフDCAと最強装備FOMOと「ゆるふわ」精神、しなやかに生きる術AI文字起こし(β版) # タイトルコール この番組は、自分の頭で考える読書の出筆者であり、 書籍曰きサービスフライヤーのアドバイザーを務める荒木博之がマスターとなり、 本からの学びを楽しむカフェです。 # 初めのあいさつ みなさん、おはようございます。12月14日水曜日の朝になりました。 さて、今日も忙しいな。 今日は、また夜6時からDHBRの公開イベントが、月一恒例ですけれども、行われますので、ぜひ興味のある方、来てください。 放送そのものはボイシーでも流すんですけど、流しているのは一部なので、それ以外にもいろいろ質疑応答とかやっているので、もしよければ、今日の夜6時からでございます。 来ていただければと思います。 今回は、営業だったかな。営業組織を強化するという特集号ですので、興味のある方、ぜひお待ちしております。 さて、今日なんですけれども、また昨日に引き続きまして、谷川さんとの、谷川よしはるさんですね、哲学者の4周年記念雑談ということで、 今日はですね、谷川さんにおすすめの書籍とかもいろいろお話を聞いております。 ということで、いきましょう。本編スタートです。 # 最近読んで良かった本は…? それでは対談2日目に入りたいと思います。 京都市在住の哲学者、谷川芳弘さんでございます。どうぞよろしくお願いします。 よろしくお願いします。谷川芳弘です。 昨日ね、まさに雑談という感じで。 そうですね。本当に何も打ち合わせずにね、唐突に雑談して、 こういうのってやっぱり打ち合わせしないこともある程度は大事ですね。 いや、ほんとそう。 打ち合わせが一番面白くなるのはありがちですからね。 昨日お話しいただいた、鶴見俊介の後半でお話しいただいた、 咀嚼的な面白がり方みたいな話。 延々と息の長い。 そうそう。あと記号的消費ではなくて、 我々はそういうこと言っても記号的に物を見てしまうという自覚を持つみたいな。 鶴見は咀嚼しているエピソードのことを生きている記号って言うんですよね。 ああ、おもろ。 あるいは弾む記号。ゴム丸のように弾む記号って言うんですよね。 ゴムボールに例えてるんですよ、記号。 もっとぴょんぴょん動かした方がいいんですよね。 確かにね。一回その記号って着地しちゃうともうそっから動かないみたいなね。 死んだ記号になるわけですね。 そうですそうです。死んだ記号と生きている記号、生きた記号っていうふうな対比を作ってますね。 ちょっとね、それで思い出したというか引用したいのが、 唐谷孝仁のマルクスその可能性の中心という本がありまして、これ読まれたことあります? あ、もう唐谷孝仁は楽部時代にマンマと引っかかった、引っかかったというか、はまってしまった人ですね。 これちょっと冒頭ね、これ国文広一郎さんが引用してたんで、僕もそっから入ったんですけれども、 これね、だから僕谷川さんに感じた部分だったんでちょっと引用したいと思うんですけど、 一番初めです。序章の一番初めに何言ってるか。 一人の思想家について論じるということはその作品について論じることである。 これは自明の事柄のように見えるが必ずしもそうではない。 例えばマルクスを知るには資本論を熟読すれば良い。 しかし人は詩的唯物論とか伝承的唯物論といった外在的なイデオルギーを通して、 ただそれを確認するために資本論を読む。 それでは読んだことにならない。 作品の外にどんな哲学も作者の意図も前提しないで読むこと。 それが私が作品を読むということの意味である。 ここから始まるんですけれども。 なるほど。 いやーなんかそれすごい記憶にありますね。 まさに高段車学術文庫版で私も読みました。 なんかそしたら私も読んでもいいですか? ぜひぜひ。 せるみしゅんすけの言葉と倫理から少しだけ。 先ほどはゴムボールのように弾むものとして記号っていう風なことを表現したんですけど、 柳田国王の言葉を借りてつるみしゅんすけは漠然たるネビュラ。 ネビュラっていうのは星雲、星々の集まりのことなんですよね。 それに例えている場所があって、ちょっと読んでみていいですか? 似たようなことを言っているので。 柳田の言葉を借りれば、それは漠然たるネビュラにある特定の星々に対して今更のように気づくことだ。 気づきは常に今更である。あれはそういうことだったのかと。 星々の認識はいつも遅れてやってくる。 もちろんその星は以前からそこにあるが、 暴爆とした体験の中に充満している星々の一つに過ぎず、注目されることのないまま残っている。 私たちがその星々に気づいていないだけだ。 要するにつるみが可能性が残っていると語ったのは、 生きた記号から得ることのできる可能性が普段は意識されることのないまま記号の中に置かれていると考えていたからだ。 生きた記号の中に様々な可能性が複雑しており、繰り返しそれに目を向けることで、 現在とは別の可能性を生きた記号の中に見つけ出すことができる。 残っている。金がね。持っている。 というつるみと柳田の言葉は、そうした別の可能性への希望を語った言葉遣いに他ならない。 最後の方の、この本の私のつるみしゅんすけの言葉と倫理という本の最後の方で語ったことなんですが、 自分の体系の中にいろんな可能性が充満していて、繰り返しそれを目を向ける。星を見て、 あそこに気づいていない星があったって気づくように繰り返し目を向けるっていうことをやるんだ。 これがつるみの哲学的な方法なんだよって話を書いているやつですね。 いやいいないいな。 たぶんその唐谷さんのそれも似たようなことだと思うんですよね。 あれ、谷川さんでしたっけ? 星座の話、どこで書かれてたのかな? ちょっと忘れちゃったんだけど。 それもつるみの本で書いてました。 そうでしたっけ? 要するに解像度が高くなれば星座は見えなくなるみたいな、そんな話があったような記憶してるんですけど。 たぶんこの本じゃないかなと思いますね。つるみしゅんすけの言葉というのは。 その意味だと星座っていうのは他者が与えたすごい強い記号じゃないですか。 オリオン座とか。 そうすると我々はあれがオリオンに見えてしまうみたいな。 そういうことなんだけど。 ただすごい可能性に満ちているというかね。 そうですね。本当はあの星とこの星をつなげば自分で星座を作れるはずなんですよね。 かといって無数の点の散りばめられた夜空を見上げて星座を描けるかというと、人はすぐには描けないわけで。 その時の星に対する注目の仕方の取っ掛かりとして、オリオン座とか北極星っていう言葉はやっぱりとても大事で。 この北極星の隣にあるあの星は何なんだろうとかって考えればいいわけですよね。 というふうに思いますね。 そういう星座の話も常にしゅずけの言葉取りにしているのでよかったらね、本棚の小屋敷にしてください。 皆さんも。 えっと、谷川さんなんか他最近読んで面白かった本だとか。 そうですね。なんか色々用意してはいるんですが。 用意っていうか机の上に置いてるだけなんですけど。 今年読んで面白かった本いくつかあるんですけど。 言葉の話をしたので、死の誕生。これたぶん荒木さんにもお勧めしたいと思います。 谷川俊太郎と大河さんの主人と主人の対談本ですね。 岩波文庫から。 2018年に出た本なんですが。 岩波文庫にある死の誕生。大河真子と谷川俊太郎。 これ死の誕生って書いてるんですけど。 むちゃくちゃ渋いのが最初なんか死が死んでいく瞬間っていう見出しから始まるんですよね。 これが最高ですよね。 あとはなんか、谷川俊太郎と大河真子という日本の代表する詩人たちが 最初どういう瞬間に疲れていたか、原体験として持っていたかっていう時。 谷川俊太郎は、私は朝だ。日記に。 今朝初めて、生まれて朝を初めて、朝美しいと思ったって。 日記に書いてる日があるんだよねって話から始まったり。 大河は一方で、いつも僕は夕暮れのことばっかり覚えてるみたいな話を言ってたりする。 すごいおしゃれなところから始まる、むちゃくちゃかっこいい対談ですね。 ちなみにこれ、表題の入試問題で出たんですよ、この対談が。 あ、そうなんですか。 はい、何年か前に、2、3年前ですかね。 そうなんだ。 いやこれ、レコメンドして買ってまだ読んでないんですけれども。 おすすめですよ、何て言うんですかね。 人柄が見える編集者のあとがきなんかもあって、 普段はあることないこと喋る適当な間柄だそうですね。 2人は仲良いらしいので。 あ、そうなんだ。 いざ対談となると、急になんかパキッと始まって、 あーもう今日の話は終わったなって、 どちらが言い出さなくても編集者の私もわかったみたいなことを書いていたりしてありますね。 あ、面白い。谷川俊太郎の朝。 次の見出しが夜なんですよね。 そうかもことの夜。 いいですね、こういう。 現体験が朝と夜っていうのもまたね、かっこいいですけど。 なるほど。 ほか何かありますか。 あー、そうですね。 それから今年読んで面白かったのは小説なんですけど、 ルシア・ベルリンっていう人のアメリカの小説家の 掃除布のための手引きっていう短編集ですね。 掃除布。 ルシアための手引き。 マニュアルフォークリーニングウーマンっていう。 はい、ありました。 これはね。 これか。 これ表紙よく見ます。 なんでみんなこんな話題にするんだろうって思ってましたけど、 やっぱすごいからですよ。 なんかね、本当にびっくりしました。 情報が出てくるタイミングとかがすごいんですよね。 小説って応援して何か強いこだわりを持った人物が 主人公になりがちだと思うんですけど、 私たちと同じように。 なんかそのこだわりみたいなものって 普通いきなりこだわりインストールされると 読者としてはウッてくるわけですけど、 情報の出し方がうまくて、 例えば表題作じゃなくて、第1話目っていうんですかね。 最初に入ってるのがエンジェルコインランドリー展っていう 10ページぐらいのすごく短い話なんですけど、 コインランドリーにいつも同じ時間に行くと ネイティブアメリカンの男性がいるっていう そういう話なんですけど、 主人公の女性が人の手とか、 あれは手に関する広告のフレーズとかに 毎回自然に目を止めていくんですよね。 だから注意しないと見落とすぐらい自然に その人なりのこだわりとか、 それに投影しているものとか、 語られないんですけど、 その背後にあるだろう過去の出来事とかを 自然に想起させるっていう。 むちゃくちゃ読みやすいのに、 むちゃくちゃ技巧に凝らされてて その技巧に気づかせないっていう。 名作ですね。 読んでみよう。 なんか今の話聞いて、 レイモンド・カーヴァーとか思い出しましたね。 確かカーヴァー読んでたんじゃなかったですかね。 この人が。 プロ覚えですけど、 もしかしたら違うかもしれないですけど。 でも短編の名刺なんですよ。 カーヴァーもよく短編を確か書いてまして。 そうですね。短編ですもんね。 カーヴァー。 かといって、 毎回短編で読み味一緒だったら来ちゃうんですけど、 違うんですよ。 それがまたすごい。 表題作とか、 バスの南郷線とかってあるじゃないですか。 あれに従って物語が進んでいくんですよね。 南郷線に乗ると街が見えてくるみたいな。 そういう短編ですね。 そこには大きなドラマ性であるとか、 結論とか、 それとも淡々と日常が描かれるみたいな感じなのか? でもちょっとした感情の起伏があるんですよ。 引いてみると何も起こってないんですけど、 当事者の目線からすると感情的な盛り上がりとか、 文体上の盛り上がりとかがしっかりあるんですけど、 他人からしたらそれはどうでもいいくらいの出来事ですね。 だから、 間くらいって言ったらいいですかね、その質問は。 イース&ノーですね。 なるほど。 どれだけこれからたくさんの情報が読み取れるかが 試されてるような、 そういう短編ですね。 これ僕も思うんですけどね、 カーヴァーの本とかも読みながら思うんですけど、 これすごいある意味、 昨日の話の延長でいくとすごい咀嚼、 何度も咀嚼できるというかね。 しないこともできるんですよね。 さらっと読めるから、シャベルリンの。 カーヴァーもそうですよね。 だからなんか推理小説みたいな、 犯人はお前だ!みたいな、 それで終わりみたいな話ではないところって、 ある意味余韻を引きずるというか、 あれは何だったんだ?みたいな話もあったりするじゃないですか。 毎回思い出すたびに変わっていくとか。 それをですよ、読み手としてはいいんだけど、 書き手としてそういうの作れるかっていった瞬間、 何を考えたらこういうのができるんだろうとか、 すごい思っちゃったりします。 しかもそれ結構分かりやすい答え、 要求されるし意識しちゃうじゃないですか。 こちらも書いていると。 だって誤解なく読んでほしいじゃないですか。 本音トークですけど。 でも今回のスマホ時代の哲学は、 できるだけうねうねした書き方をしたつもりなんですよね。 一旦答えを出したかと思えば、 いやでもそれだけでもよくなくて、とかって、 ずっと覆していく書き方をしたんですよね。 種明かしを一つすると、 この副題が失われた孤独をめぐる冒険。 孤独っていうもののある種の大切さを主張しているんですけど、 でも一方で、終わりにでは、 そうだったよね、孤独は大事だよね。 でも孤独は危険だし、 孤独だけではよくないよねって話をしたり、 もうなんか話して大事だよねって言って、 どれだけはしごを外せるか。 っていうことをすごい心がけて書いたんですよね。 それがうまくいってるかどうかは、 あんま本を読み慣れない人が、 そこまで感じ取ってもらえるかどうかだなと思って、 まだそれは出て、 11月の半ばくらいに出たばかりなので、 分かんないんですけど、 難しいですよね。 でも分かりやすい答えを出さない。 犯人はお前だって言わないっていう。 いやでもこの本に関して言えば、 その辺の配慮はものすごく感じましたね。 ありがとうございます。 ビジネス書的に書くとするならば、 孤独が大事な3つの要因、 1これこれ、2これこれとかね、 ただし注意点は3つありますみたいな、 そういう書き方になるんだろうけど、 思考を一緒にトレースするみたいな感覚があって、 こうだよね、でもこうだよねみたいな、 そこに読書的に付き合いたくなる、 かっていうのがその場合すごい大事だと思うんですよ。 だからそこにある種の作者のパーソナリティみたいなものに対する共感だとかね。 だからその書き方って決してマスにはならないんだけど、 ニッチにディープな、 人間関係と同じだと思うんですよ。 マスに人間関係広がる人いないけど、 ニッチに深くつながれる人がいるだけで幸せじゃないですか。 それはそう思いますね。 例えばでも部数として何万とか数千とか出たとして、 そのうちの100%伝わるかっていうと、 まず勝手すぐ読む人ばっかりじゃないし、 読んだとて、 これこいつが犯人やって読む人もいるかもしれないわけですよね。 そう思うと確かに狭い中範囲ぐらいで届く人がいればいいなっていうのはそうかもしれないですね。 この本の成り立ちって面白いのが、 編集者の人がもうちょっと分かりやすさを避けましょうかみたいなアプローチを 結構してくれはったのが印象的で、 よくビジネス書でハイライト書いてるやつあるじゃないですか。 蛍光ペン引いてあるようなものとか、 ポイントとか読めましょうかって早々に言われたんですよね。 最初の原稿を出したときに。 なんかこれは合わない気がするって。 合わないし、内容をかえって阻害する気がするって言われて、 別に私はいいんじゃないかって最初思ってたんですけど、 そうかもしれないってむしろ説得されましたね。 いいですね。 なるほど。 犯人をこいつだって言わない体裁の形にしてくださってますね。 僕は谷川さんというキャラクターを知ってるっていうこともあるんですけど、 たぶん普通に素の読者が読んでも、 その辺のパーソナリティは、 自己紹介文章とかも含めて感じるところあるような気がする。 そうですね。知り合いはみんな自声で聞こえるって言われますね。 知り合いじゃない方がどう思うかちょっと分かんないですけど。 意図せず書いたんですけど、 その間抜けさが出ててよかったなと思うのは、 自己紹介でめちゃくちゃNetflixとかも見てるみたいな話をどうやら書いていて、 でもNetflixとかを眺めにするような生活だけだと別にそれもいいんだけど、 自分だけだとよくないよねみたいな話もしていて、 自分で自分を批判してるんですよね、本の中で。 その隙のある感じはよかったよって言われて、 気づかんかったっていうのがあります。 次の本のネタも今構想中というか、執筆されてるんですか? 種になるようなものを書いているものと、 あともう一つはまだほぼ完全書き下ろしになるだろうものが、 直近で書かないといけないものですね。 一個は、中央口論にこれまでここでも紹介してくださってた、 あれをもっと膨らませて、 その文化、しかも文化といっても無数の量、 そしてメディアを超えたいろんなジャンルのメディアのコンテンツを貫いて、 時代のトレンドを取っていくようなこと、 しかも表面的に見える以上のことを読み解くっていうタイプの本と、 もう一個は異常な情熱みたいなものってあるじゃないですか。 ダニエル・ピンクのモチベーション3.0とかありますけど、 1.0が強制されるで、2.0がインセンティブでしたかね。 3.0が内発的動機付けみたいな。 もっと異常な意味わかんない取り憑かれたようなものってあると思ってて、 4.0じゃないですけど、 そういう異常なパッションみたいなものを持ってしまうっていうことについて書こうかなと思ってます。 何それ。面白い。 結構大事な気がするんですよね。 学びとかの上でもインセンティブあったり、これはあった方がいいですよね。 内発的動機付けやりたいっていう気持ち、これはあった方がいいと思うんですよ。 でも、やむにやまれずやってしまうっていうのもある気がして、 これがある人って学びにおいて強いと思うんですよね。 誰に頼まれたわけでもないのに三国志のことを調べてたやつとかいたじゃないですか、学校に。 そういうことだと思うんですけど、 ああいう謎のパッションについてちょっと書きたいなと思ってます。 確かに謎のパッションはありますね。 これと哲学的作法みたいなものってどういう組み合わせになるんですかね。 どういうことですか。 ある意味哲学的なものの見方って、メタな自己批判みたいなものも含まれるわけじゃないですか。 一方で、モチベーション4.0っていうならば、 自己批判を許さない領域というかね。 没入みたいな感じがする。 哲学が、哲学者が得意なことって、概念を分析化していく。 これとこれ違うよねって細かく見ていたり、 あるいは違うと言われていることが実際には同じだよねって言ってみたりするってことだと思うんですよね。 だから、異常なパッションみたいなことをまずうまく定義をして、 こういうものがあるよねっていうことをなざすことで、 ああ、私はそういうのに取り憑かれていたかもしれないということを よからわしから自覚できる、あるいはないなって気づくということがまず大事だと思っていて。 これはちょっと私の思考パターンなんですけど、 そういうものがあるって気づいたら、 その異常な自分を突き動かすエネルギーをちょっとずらしていく方向とかってことも多分できるだろうし、 あとは依存症とかカルトとか、そういう問題もありますよね。 ああいうのに行きかねない自分というのも自覚することができるんじゃないかなというふうにも思ってはいますね。 なるほど。 でも基本的には肯定的に評価したくて、 異常な情熱って息が長いと私は思うので、基本的には。 息の長いモチベーションって基本的には成立しづらい社会じゃないかなと思うんですよ。 学校しかり会社しかり、 もっと細かく自分のこの時間にやるべきこととかを細かくふわけしていくような体制にむしろなっていて、 それとは関係のないことを見ないように見ないようにって、 いろんなところで訓練されているようなところがある気がするので、 だとすると多分異常なパッションについて、非合理な情熱って言ったらいいんですかね、 は結構持ちづらいんじゃないかと。 これが体験を咀嚼することに繋がっていくといいなって多分思っているんだと思います。 それスマホ時代の話の趣味論みたいな話との延長線上にあったりするのかしら。 あれもそうですね。 趣味の背後にあるのは開発的動機づけではなくパッションじゃないかなと若干思ってますね。 何かものづくりしたいなとか何か表現してみたいなって思うとき、 何か動機づけがあってやるって別にそれはソーシャルメディアでやってることですよね。 自分が書いた文章をみんなに見てもらっていいねが欲しいとか、 これも別にモチベーションとして十分成立していると思うんですけど、 スマホ時代ではそうやってソーシャルな関係性抜きで 自分自身がとにかく何か作りたい、語りたい、表現したいっていう そこについて語る言葉として趣味っていう言葉を出してるんですけど、 その意味での動機ってもっと非合理なもののような気がするんですね。 子供の工作とかそうじゃないですか。 こないだ遊びに行った人の家にロフトから1階に掛けて ピタゴラ装置を子供が作ってて割り箸とかで。 これやなって思いました。これが趣味やなみたいな。 別に誰かに見せるためじゃないんですよね。 お父さんとかにも見て欲しいかもしれないけど、 何かインスタグラムに上げたいとかブログで紹介したりバズりたいとか じゃあないんですよね。 そういうものとしての趣味の背後にあるのは それやってなんなんって周りに言われるような動機じゃないかなと思って。 そういう意味では僕もボイシーこれ1日も休まず4年間続けてます。 本当でしょ。 それってなんなんってよく言われますよ。 それを支えるものなんなんって言われると 習慣だけだと説明できない気がしますよね。 本当そうなんですよ。 習慣ももちろん大きいとは思うんですけど だってストックがなくなっていくっていう心理的な負担とかあると思うんですけど なんでなんですかね。 本当にあんまりロジカルに答えられないです。 最初はどれくらい続けようとかそういうことを考えていたんですか。 最初は3ヶ月くらいは続くかなとは思ってたんですけど まさかこんな風になるとは想像もしなかったですね。 自分の続けていることってなんやろなんて一方でも多分読書とか研究なんでしょうね。 どっちも結構負担というか 山登りみたいなもんで疲れはするんですよね。 しんどいし 行きたくないなって思うこともあるんですよね。 やらざるを得ないというか不思議な感覚ですね。 急に言葉が出てこない感じから伝わるといいと思うんですけど。 ちょっとその辺のまたおいおい形になることを期待しておりますけれども そろそろ時間になってしまいましたので 対談はここまでですが楽しかったです。 こちらこそちょっと喋りすぎた感もありますけど いえいえ全然 ということでまた遊びに来てください。 もちろん呼んでいただければいつでも喋るの好きなので。 というか今度リアルで会いましょうね。 そうなんですよね。また年が改まったら是非。 イベントもやりたいですね。 イベントもやりたいですね何か。 是非是非。 アフラッキーさんの本が出たらやりましょう。 ありがとうございます。是非。 そういう外側の約束が付け加わることでまた執筆セレバ感が出るといいなということで。 でもスマホ時代のでも何かできたらいいですね。 確かに確かに。 ちなみに2月ぐらいにまた本が出ます。 何の本? それは座談本でタイトル多分言っていいと思うんですけど ネガティブ・ケイパビリティで生きるっていうタイトルで。 いいじゃないですかいいじゃないですか。 3人で座談してビジネスパーソンと公共政策の研究者と私という形でやってます。 じゃあまたその際にでも。 ということで2日間にわたり谷川さんと対談というか雑談させていただきました。 どうもありがとうございました。 ありがとうございました。 よければスマホ時代買ってください。 はい。 # 『29歳の教科書』 それでは、今日のフライヤーのコーナーです。 今日はですね、29歳の教科書という本になります。 著者は、こしかわしんじさんですね。 我らがコッシーということで、 株式会社クロスリバー代表取締役でいらっしゃいます。 コッシーといえば、 AI分析で分かったトップ5%社員の習慣、 ベストセラーになっておりますけれども、 ものすごい、あれですよね、 数々のスピードで本を出しまくっておりますけれども、 最近ちょっとペースを落としたとはいえ、 すごいですね。 そしてこちらの本、 プレジデント社から2022年10月に出てますけれども、 まためちゃ売れてるということを聞いております。 すごいなぁ。 こしかわさん、これ29歳なんですけど、 こしかわさんは29歳の時に働きすぎによって精神疾患を発症と、 その後意識と行動を大きく変えて、 RPG、ロールプレイングゲーム型でスキルアップして、 マイクロソフトの執行役員に就任。 現在は起業してビジネスパーソンの働き方を支援しているということですね。 29歳がターニングポイントだったということで、 そんなコッシーの経験を踏まえて、 人生のターニングポイント。 新卒した大手企業では時に会社で寝泊りするほどがむしゃらに働いた。 ところが29歳の時、働きすぎから精神疾患を発症する。 このままではマズイと外資IT企業に転職し、 残業ゼロと給与アップを実現した。 快適な生活を手にしたのもつかのまま、 会社は9ヶ月で倒産してしまう。 この経験が意識と行動を大きく変えた。 成果を残して社内外で評価されるように心がけ、 一人ではなくチームで難題を解決するだけでなく、 学びと睡眠の時間を確保してレベルアップ。 コッシーがすごいのは、 本当にこういうことを実現している。 例えば、僕の今、Structured Thinkingという授業を フライヤー、ブックキャンプでやってるんですけど、 そこに来てるんですよ。受講生ですよ。 受講生で来てるんですよ。すごくないですか。 一緒に学んでいると。 ここまでのスキルセットを得た人が、 一緒に演習を解きながらみんなと議論しているみたいなね。 そういうのもすごいですよね。 なので、Web3時代の経験値の積み上げ方みたいな。 そんなことも書かれてますけど。 PDCAサイクルって言われますけど、 もはや時代遅れになりつつあると。 Pに時間かけても成功確率は上がらないと。 高速セルフDCA。 はじめにDが来るってことですね。 そっちの方がよっぽど効果的である。 効率的であると。 三つの最強装備というのが書かれてます。 かつては誇るべき学歴、大企業への入社、正社員への雇用、 都市部への居住、この四つだったと。 しかし今、一つ目、苦労を乗り越えた経験に 2、数字で表現できる実績。 3、いつでもどこでも自立学習する姿勢。 そんなことですね。 僕は1、3はあるけど、2は特にないかな。 そんな感じですが。 特に29歳に限らずですね。 ぜひ。 キャリアに悩んでいる方、非常に参考になる本だと思います。 今日のフライヤーは29歳の教科書でした。 # 頂いたコメントへのお返し はい、それでは今日のフライ…間違えた、コメント返します。 今回は久保さんとの対談ですね。 塩野さんとのライブを振り返るという回でしたけれども、 泉龍太郎さんからです。 クラブハウスが盛り上がった時によく目にした フォーモ、フィアオブミシンガウトという言葉を想起しました。 テクノロジーがこの感覚を増幅する 飽くなきタイパー、追求欲に駆られる 自ら資源を賢くマネージしているようでいて その実、加速し続けるトレッドミルで走らされるかのような状態に ミスアウトしたっていいじゃないと バーチャルな機械損失の方でなく リアルに得たもの、積み上げたものの方に着目しよう こんな気構えがゆるふわ精神のあり方の一つだと思いました。 うん、ほんとそうミスアウトしたっていいと。 まあなかなかね、そう言い切れない心境もよくわかります。 僕もね、ミスアウトしてもいいと言いつつ やっぱミスアウトされるとね、ちょっと不安になるもんね。 なかなかそこまで言い切れないというのがちょっと歯がゆさもありますけど まあみんな似たような感覚なんじゃないかな。 ぐるぐる鈴木さん、強い思いと操作容易性の食い合わせの良さ ライブ参加させていただいたので振り返りできました。 強い思いは操作側からは付ける好きになる思い当たることが多々あり怖くなりました。 例えば関節照明が欲しいという思いが強いと 操作する側は情報をうまく出すことでその行動を制御可能になる。 政治や宗教も同様である政党への気持ちを高めることは 比較的容易にできてしまう。 これは赤い車が欲しいと赤が目に入ってくる人間のバイアスをうまく使ったもので 防ぎにくい。ゆえに適度にゆるふわでいきたいです。 本当そうなんですよ。本当そうなんですよ。 強い思いっていうのは操作性と表裏一体のものであるっていう そこなんですよね。 ちょっとのゆるさが必要なんです。 イタルさん、あたふた落ち着かなかった久保綾さんが マスターの抜群な安定感、微動だにしないに影響され 次第に落ち着きを取り戻し 穏やかになっていくのが印象的な放送でした。 逆にマスターは話が進むにつれややテンションが上がり 雄弁になっていく。なんかコンビとして絶妙ですね。 確固たる信念を持った人は動かしやすいから操作されないように ゆるふわが良い。なるほど。 ふと信念と自分の軸ってどう違うのだろうという声が浮かびました。 操作されずに地に足のついた状態を保たせるのは 信念以外の何ですかねと。 いや何なんだろうな。 しかしこの放送で久保さんと僕のコンビ芸のことが書かれてますけど そんな感じでしたか。落ち着きを取り戻しみたいな。 久保さんは大抵この収録の時はいろいろ考えてきていて 持ってきているものがあるので前半にそれをとにかく伝え切るぞ みたいな感じでブワーってくるんですよね。 なので僕はそれを喋るを終えるのを待っているという そんな感覚ですけれども。 ETさん、熟達者ほど力が抜けている。 スポーツで言うと体幹や基礎体力がしっかりできていて あとは適度にリラックスした状態でしょうか。 仕事における体幹とは基礎知識だったり 基本的なロジカルシンキングだったり コミュニケーションスキルでしょうか。 これらのベースを鍛えた上であとはリラックスして ありのままの自分で勝負する。 言うはやっしーですが目指していきたいです。 そうですね。おっしゃる通りで 基礎知識とかロジカルシンキングとかコミュニケーション まあこのベースのね、あとは経験とかもあると思いますけど あーなんか見た光景だなーっていう それだけで落ち着きますよね。 すっすーさん、脱力系切れものコンサルタント クロニクルの日曜日、塩野誠さんの視野深いコメント いつも楽しみにしています。 塩野さんの柔らかい語り口にどんな経歴の方なのか 推測していましたが まさか経営競争基盤のパートナーの方だとは 信じられなかったです。 若い頃ダンスをかじっていたことがあり 上手い方は体に力が入ってなく脱力で動いているので 自然に見えるのです。 塩野さんの択感できる境地に達したので 柔らかい語り口になったのでしょうかねと。 本人は昔からそうだったという感じですけどね。 昔からだと困るんですけど。 もうちょっとあたふたしててほしい。 町田和人さん、ニュースコネクト日曜版で 塩野さんの語りを楽しみにしているファンとして とても楽しく拝聴することができました。 久保さんもおっしゃっておりましたが 塩野さんの絶妙なスタンスはどこから来るのだろう どうやって形作られたのだろうと考えることがあります。 もちろん考えてもわからないことなんですが 勝手な妄想としては塩野さんの仕事柄 多種多様な価値観に触れる機会が多いことが 関係してそうだなと思っています。 様々な価値観に触れる中で 美気論に囚われて凝り固まっていると 意見の相違の際に衝突し どちらもダメージを受けてしまう そんな時に柳の葉のようにしなやかでいることが 心身の健康のためにも重要だったのかな そんな妄想をしました。 先日の近内さんとの対談ともつながり 刺激的なひと時を過ごせました。 ありがとうございました。 ということですけれども しなやかさは本当に大事ですね。 心身の健康 だからねばならないようになっちゃうと 難しいですよね。 時にそれは大きくことを変える原動力にもなるんだけど 折れてしまう可能性にもつながる。 やっぱりゆるふわは生活は大事なんですよ。 本当にそう思います。 はい。 ということでコメント返し以上になります。 いつも皆さんありがとうございます。 # 終わりのあいさつ はい、ということで今日は 2日連続で谷川さんとの対談でしたが、いかがだったでしょうか。 はい、ということでまたね、 年末近くまで対談は続きますが、 はい、引き続きお楽しみにということで、 今日はここまで。また明日。 もっと見る #モチベーション #熱狂 #柄谷行人 #鶴見俊輔 #スマホ時代の哲学 #掃除婦のための手引き書 荒木博行のbook cafeプレミアム放送配信中!00:111.タイトルコール01:142.初めのあいさつ29:183.最近読んで良かった本は…?04:144.『29歳の教科書』06:095.頂いたコメントへのお返し00:226.終わりのあいさつコメント感想・質問・応援メッセージを書こう 町田和敏(変な髪型をしたポンコツ薬剤師)2022年12月16日解像度を上げると星座は見えなくなる。なるほど〜確かに!と1人で唸り声をあげておりました。book cafeを聴きはじめてから、解像度という言葉で色々と考えることが多くなった気がします。昨日のコメントにも書いたので重複してしまいますが、本能的に記号でみてしまうのは仕方ないとして、その記号を安易にレッテル化させないようにするのが、解像度をあげることなのかなと思ってます。返信 町田和敏(変な髪型をしたポンコツ薬剤師)2022年12月16日テレビで例えると、2Kだと1920×1080、4Kだと3840×2160、と縦と横の線で区切られたドットの数が増えていきます。そうしたドットが記号だと考えると、ドット数が多ければ多いほど鮮明な画を見れるように、記号が多ければ多いほど、相手を全人的にみたときに人間らしく見れるのかな。そんなことを考えていたので、今回の話も頷きまくりでした。谷川さんとの次回の雑談も楽しみにしています。 E•T2022年12月14日谷川さん雑談2止むに止まれずやってしまう謎のパッション。誰かに見せるためじゃない。なぜやるのか理由を聞かれてもロジカルに答えられない。ただ自分がやりたいからやる。それがある人は羨ましく感じます。自分には、そのような内から滲み出るような好奇心やモチベーションを感じるものが、今はありません。見つけようとして見つかるものでもなさそうですね。自分に素直に向き合って、様子を見たいと思います。1返信 ぐるぐるすずき2022年12月14日思考体力の真の姿今日のお話を聞き、あーでもない、こーでもない、これでいいと思ったら、梯子を外すように、これもある。複雑さというか、頭の中のありのままを、感じました。遠くから見たら星座だけど、近くから見たら星座ではない。抽象度をあげると、概念は、見方で変わる、無形なもの。具体的には、昨日の放送の本の例。一文ずつ書いて積み上げたものも、書き終わって全体から見たら、違う星座に見える。だから、それってなに?を追いかける。思考体力とは、この行程を飽きもせず走ることかもしれないと思いました。1返信 いたる2022年12月14日ダニエル・ピンクのDrive(モチベーション3.0)では、内発的動機はPurpose、Autonomy、Masteryの三つの要因と言う事になってるので、たしかに取り憑かれたようになる謎のパッションはそれと別次元のものに思えますね。自分の価値観ないしはアイデンティティに絡んでくるものは無意識に惹き込まれるのかも。それと依存症もまた別物のようにも思いますけどその辺りは本を読んでみたいと思いました。二日間の対談、知的好奇心が刺激されて楽しく聞かせていただきました。ありがとうございます。1返信 泉 龍太郎2022年12月14日谷川嘉浩さん対談2物事を記号化して見ること自体は避け得ない。ただ、記号が固定化されることが問題。見たものを記号に変換する眼鏡が顔面に張り付いた状態。普段かけている眼鏡を外す。裸眼で見る。そして眼鏡をかけ替える。前提として、自分がどんな度や色の入った眼鏡をかけているか、知る必要がある。自分には青く見えている何かについて、いやいや赤じゃね?とツッコミを入れてくれる他者の存在が、眼鏡を知る作業に必要だと思いました。1返信 もっと見る
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止むに止まれずやってしまう謎のパッション。誰かに見せるためじゃない。なぜやるのか理由を聞かれてもロジカルに答えられない。ただ自分がやりたいからやる。
それがある人は羨ましく感じます。
自分には、そのような内から滲み出るような好奇心やモチベーションを感じるものが、今はありません。見つけようとして見つかるものでもなさそうですね。自分に素直に向き合って、様子を見たいと思います。
今日のお話を聞き、あーでもない、こーでもない、これでいいと思ったら、梯子を外すように、これもある。複雑さというか、頭の中のありのままを、感じました。
遠くから見たら星座だけど、近くから見たら星座ではない。抽象度をあげると、概念は、見方で変わる、無形なもの。具体的には、昨日の放送の本の例。一文ずつ書いて積み上げたものも、書き終わって全体から見たら、違う星座に見える。だから、それってなに?を追いかける。
思考体力とは、この行程を飽きもせず走ることかもしれないと思いました。
自分の価値観ないしはアイデンティティに絡んでくるものは無意識に惹き込まれるのかも。
それと依存症もまた別物のようにも思いますけどその辺りは本を読んでみたいと思いました。
二日間の対談、知的好奇心が刺激されて楽しく聞かせていただきました。
ありがとうございます。
物事を記号化して見ること自体は避け得ない。
ただ、記号が固定化されることが問題。
見たものを記号に変換する眼鏡が顔面に張り付いた状態。
普段かけている眼鏡を外す。
裸眼で見る。
そして眼鏡をかけ替える。
前提として、
自分がどんな度や色の入った眼鏡をかけているか、
知る必要がある。
自分には青く見えている何かについて、
いやいや赤じゃね?
とツッコミを入れてくれる他者の存在が、
眼鏡を知る作業に必要だと思いました。