TOPエンタメ映画・本荒木博行のbook cafe『まとまらない言葉を生きる』荒井裕樹26:28 2023年1月12日 11,371再生 問題を報告する 再生する シェアする AI目次見返り求めぬ「希待」の真意関係性を縛る「期待」の重さ人を操りたい人間の本質とは?リモート時代の効果的な文章術目的を明確にする文章の骨組みAI文字起こし(β版) # タイトルコール あらキル域のブックカフェ。この番組は独学の地図の執筆者であり、書籍予約サービスフライヤーのアドバイザーを務めるあらキル域がマスターとなり、本からの学びを楽しむカフェです。 # 初めのあいさつ みなさん、おはようございます。 1月12日、木曜日の朝になりました。 今日は、何だったっけかな、ということなんですけど、 いろいろ収録など、ミーティングなど、いろいろある日ですね。 はい、ということで、1月12日、木曜日です。 今日なんですけれども、 今日はですね、「まとまらない言葉を生きる」という本ですね。 柏書房から出ています。 著者ですが、新井雄貴さんですね。 はい、ということで、この本はたまたま本屋で出ちゃった系の本かな。 出たのはつい最近、つい最近というか、 比較的新しい2021年5月に出た本ですね。 そんな半年ぐらい前に出た本なんですけれども、 文学者でいらっしゃいます。 小学者大学文学部純教授、専門は障害者文化論ということですね。 ということで、今日はこのエッセイなんですけれども、 この中の期待という言葉ですね。 ここについて深掘った章があります。 期待という態度というエッセイがありますので、 ここをちょっと深めていきたいなというふうに思います。 では行きましょう。本編スタートです。 # 「希待」という造語 まとまらない言葉を生きるということですけれども、 言葉について考えたエッセイ集ということなんですけれども、 こちらの第3話、期待という態度という、このエッセイを取り上げていきたいと思います。 期待って、普通、漢字で書くと、一学期の期、そして末ということですね。 しかし、ここのタイトルの期待というのは、希望の期に末という字なんですね。 期待という言葉の意味を考えましょうというエッセイなんですけれども、 皆さん、誰かいろんなことに期待するっていうことはあると思います。 しかし、期待というのは重たいという、そういうことって感じることってありません。 期待されてますか?皆さん。期待されている時って、ちょっと重たかったりするじゃないですか。 そんな期待すんなよ、みたいな。 もしくは、自分自身が誰かを期待して、それがある意味裏切られるみたいなことと繋がったりもするじゃないですか。 あんだけ期待してたのに、お前はなぜ?みたいなね。 それは後輩部下であったりとか、自分の子供であったりとか、いろいろ他者に対して期待するんですけれども、 それっていうのは、いつしか裏切りの関係とかになったりすると。 ちょっとですね、その期待という言葉。期待というのは必ずしも純粋な思いを託した言葉ではないと。 例えば、オリンピック選手に期待していますと言ったりすると、 一人のアスリートとしてあなた自身のためにプレーしてほしいという意味にはならない。 どちらかというと、メダルを取って応援している人たち、つまり私たちを感動させてほしいというメッセージになると。 つまり期待には、多かれ少なかれ見返りを求める気持ちが混じるし、 誰かのため、何かのためという力の方向性みたいなものが入ってくると。 もちろん誰かのため、何かのためというのは、人を動かすエネルギー源にもなるものなので、 それ自体はとても大切だと思う。 でも大切なものだからこそ、一方的に押し付けられるとしんどくなってしまうということですね。 だから期待は決して悪いことではないし、パワーを生むんだけれども、しかしシチュエーションによってはめちゃくちゃ重たいものになる。 そして、私を感動させてほしいという、自分こっちが期待をかける側だとすると、 何か知ったことかみたいなことを押し付けたりするわけじゃないですか。 いや、別にね。 例えば、部下に対して期待をかけるみたいな。 でもね、私はあなたの人生に行きたいわけじゃありませんからみたいな。 その期待をかけられた側ってそういうふうに思うわけじゃないですか。 あなたが勝手に期待していることでしょうみたいな。 私に期待してくれなんて思ったことないですみたいな。 そういう話になると、結構裏切りみたいなそんな話になったりするという。 だから、一般的な期待という言葉って、方向性みたいなものがすごくドライバーになっている。 つまり、私の望む方向にやってねっていうね。 そこのディレクションがものすごくあるために、呪いの言葉になってしまう。 縛ってしまうわけですよね。 期待してるよ。 期待してるよっていうのは、表面的にはいい言葉なんだけれども、 私の望む通りの成果を出してねっていう、そういうメッセージにもつながりかねないということですね。 言ってる本人は、あんまりそこを自覚的に語ってない場合があるんです。 期待してるからね。 なんだけれども、言われた本人からすると、その意図を感じてしまって重たくなってしまうみたいなことってありますよね。 そして、ここでですね、丘の上病院というのが出てくるんですけれども、 ここはですね、先進的な精神科病院だったんですけれども、非常に開放的な病院としてですね、とても有名であったと。 精神科医療っていうのは基本的にはですね、閉鎖的だったわけなんですけれども、 この丘の上病院というのは、精神科医療の改革みたいなことをやって、 鍵も折りもないと、そして男女交際は自由ですみたいなね、 そういう患者の自由を可能な限り開放していったというね、 そんなある意味イノベーティブな病院だったらしいんですけれども、 そんな丘の上の病院、メンタリティ、それをですね、一人の職員さんが期待という言葉で表現していると。 ちょっと読み上げます。 丘の上病院の26年の朝鮮は、一見人間の前世や自己治癒力、そして内在する可能性への無条件な期待、 この期待というのは希望の期と末ということですね。 期待に基づく極めてロマンティックな取り組みであったかのように言われることがあるということですね。 この期待っていうのは何かというと、もう一回読み上げると、 人間の前世や自己治癒力を信じ、その可能性を無条件に信頼しようとする態度のことということですね。 つまり、これ新井さんの解釈なんですけど、 この言葉を見返りを求めず相手のことを信じてみようという態度のことだと解釈したということですね。 つまり方向感を与えない期待なんですよ。 つまり、病院側が患者に普通の意味での期待するということになっちゃうと、 病院が望む方向に良くなってほしいみたいな、そういうメッセージになっちゃうんですよね。 ところが、希望の木に待つという、この言葉の期待っていうのは、病院は関係ありません。 あなたの望む方向に良い方向になってください。 あなたの望む方向でベターになってください。 つまり、人間の前世や自己治癒力、そしてその可能性を無条件に信じるという、そういう言葉ですね。 この2つの期待と期待、片方は造語ですけどね。希望の木に待つというのは造語なんですけれども、 しかしこの違いはめちゃくちゃでかい。でかいっすよ。 だから、あんまり人に期待しないようにするっていう人多いじゃないですか。 期待っていうのは重くなっちゃうし、裏切られちゃうし、期待するから苦しくなるっていうね。 それはもう思い通りにいかないから苦しくなっちゃうんですよ。 今までの私たちが使っている期待という言葉ね。 もちろんそれがはまれば嬉しいんですけれども、 そうじゃなくなった時っていうのは、すごい苦しさを覚えてしまって裏切られた感みたいなのが出てしまう。 お互いにハッピーではなくなるっていう、そんなことなんですよね。 だからこそ、希望の木に待つという、そういう意味での期待であるということなんです。 という、そんな言葉ですけど、皆さんどんな風にお感じになったでしょうか。 希望の木に待つ、その期待とは、今悩んでいる人の、その悩みを取り去る鎮痛剤みたいな言葉じゃない。 むしろ今悩んでいる人のことを尊重して、今は悩んでいいよと寄り添うような言葉だという風に書いてます。 本当にその通りですね。 ちょっとチャプターを変えてクロージングしていきたいと思います。 # 人をどれだけ信頼できるか? 期待という言葉です。 特に近い人間関係で起きやすい話だと思います。 分かりやすい話だと、親子関係の中における期待というのは、ものすごく大きいですね。 例えば受験の話とか、子供の中学受験みたいな話があったとした時に、期待しますよね。子供に対して。 しかしそれは、親から子への一方的な期待になっちゃってるわけですよね。 こういう学校に受かってほしい。 子供の意思を尊重しますみたいなことは言いつつも、親の望む通りになってほしいみたいなニュアンスを多分に含んだ期待ですよね。 ここに希望の木に待つというニュアンスはあまりないと思うんです。 その人の自己治癒力とか、その人の前世を踏まえて、ベターになるという。 私は別に受験したくありませんみたいな話というのは、期待を裏切ることになってしまうわけですよね。 でもいいじゃないですか。その子供自身が自分の幸せということを考えて、そしてそっちの方向に切り出すということなのであれば、 ひょっとしたらいい選択なのかもしれない。 しかし、期待は裏切られたと親は感じてしまうかもしれませんね。 これは非常に難しい問題のような気がします。 当然それは親子とかパートナーに期待をかけるとか、もしくは部下後輩とか組織への期待とか、いろいろあると思うんです。 そういう身近なものに対するものにも同じように出てくる。 勝手にやっちゃうんですよ。 だからそのディレクションを手放して、その人が良くなればいいという、 あなたが幸せだったらそれでいいんですみたいな。 そういう意味の期待ってどれぐらい私たち持っているかなって思うんですね。 言葉で言うのは簡単なんですけどね。これが実はすごい難しい。 他人をコントロールできるというふうに思ってしまうし、 他人をコントロールせずにはいられない。 自分がもっと関わることによってこの人の人生はより良いものになるかもしれないと思ってしまう。 この差事加減が難しいよね。 その人は何も分からない。世間知らずであり。他者をね。 私はいろんなことを知っている。だからその人にいろんなことを教えて、 ディレクションしてあげればその人の人生はハッピーになり、 そこに関与した私もハッピーになるということを勝手に描いてしまうのが、 ある意味人間の差がないような気がします。 期待って言葉は重たいんだよね。 皆さんはそういう意味で期待、このどっちの言葉の期待をイメージするでしょうか。 僕はね、普通の言葉としての期待をいろいろやってきた気がします。 これは自己反省ですね。 あんまりだから希望の木に待つっていう、そこが。 これは他者への信頼っていうことにつながっていくんでしょうね。 他者、もしくは人類への信頼。 それがないとね、この希望の木に待つっていう、その期待には至れないね。 そんな風に思いました。 皆さんはいかがでしょうか。 ちょっとね、この希望の木に待つというのは造語なんですけれども、 一つのですね、新しく考えるきっかけを与えてくれる言葉なんじゃないかなと思って今日紹介をしました。 はい、ということで今日の本編はここまでです。 # 『THE FORMAT』 それでは今日のフライヤーのコーナーです。 今日はThe Formatという本ですね。 著者ですが石倉秀明さんですね。 現在キャスターの取締役、リモートワーク、全員がリモートワークで働く株式会社、キャスターの取締役に就任と。 そのリモートワークを通じて磨き上げた文章術、そのフォーマットを本書で初公開しているということで。 こちらサンマーク出版から2022年11月出た本になります。 会って話せば早いのにっていう言葉ってあるじゃないですか。リモート時代。 会って話した方がいいよねみたいな。 しかしビジネスのコミュニケーションは書く読むを中心にした方が早いと。 書いてあるもの動かないからね。 だから言った言わないみたいな話がなくなるし。 やり方さえ分かれば書いた方が早いと。 そのやり方っていうのが何なのだっていうことを明示したのがこちらですね。 ザ・フォーマットという本なんですけれども。 それではですね。この著者が使っているフォーマット。 この8つかな。8つ考えればだいたい対応できると。 1.この文章を何のために書くのか。 2.この文章を誰が読むのか。 3.今日相談したいこと。 4.現状はこうなっています。 5.問題はこれです。 6.こういう対策をしようと思っています。 7.判断してほしいこと。 8.いつまでに返事が欲しいかということですね。 これぐらいを抑えればすっきりと簡単に書くことができると。 これがわからない文章が裏を返せばいかに多いかということですね。 何のために書くのか。誰が読むのか。 そういうことがおろそかになって、とりあえず筆が動くままに、手が動くままに書いてしまう。 そんなことっていうのはあったりします。 なので、文章の骨組みですよね。ここで書いてあるのね。 骨組みさえ意識できれば、あと中身は多少ガチャついてもなんとかなると。 でもね、本当その通りなんですよね。 目的とかゴールっていう、そこが結局何なの?何が言いたいの? いやー、そう言われるとちょっと分からないですね。 それ分かって書こうよ、みたいな。そんな文章って多いですよね。本当にね。 なので、その辺がフォーマットとして提示されているというのが、この本の一番のポイントかな。 なので、コミュニケーションが楽になるというね。書くコミュニケーション。 そんなことが分かる本かなと思います。 今日のフライヤーはThe Formatでした。 # 頂いたコメントへのお返し コメント返します。 今日はEMC学生トークですね。 01じゃなくて一銃って話ですね。 ハリー・オーさん。 01じゃなくて一銃が好きなんですと言える19歳。素敵です。 自分が19歳だった時は何を考えていたか昔過ぎて思い出せないが、 どういう思いや仮説を立てて生きてきたのかファクトは振り返れるなぁと。 今日のやることリストに書き留めてみる。 長すぎるのでとても250字には収まらない。 記録に残して記憶に残す中から自分が好きなことあっていることは何かを考え続ける。 この繰り返しこそが人生だ。 にしても最後にもっと経験して何があっているのか探します的な言葉を導く。 マスターの和術からたくさん学んだTGIFということで。 TGIFおじさん。 コメントありがとうございます。相当ご無沙汰じゃないですか。 リスナーの皆さんも忘れてらっしゃるかもしれませんがTGIFおじさん。 金曜日に降臨する。 1年ぶりじゃないかな。もっと前かもしれないけど。 ありがとうございます。 ぐるぐるすずきさん。実例をもとにしたパス回し。 01から100という抽象フレームから具体におり、 お客様との距離感という抽象に展開していて楽しみました。 学生さん羨ましい。 ある講座をきっかけにこのような対話の流れをサッカーのパス回しに例えたりしています。 具体的なワンタッチのショートパス。スペースに走らせる抽象的なロングパス。 話をしながら次の展開を考えるのはボールを受けながら次に向けて体を動かす動作でもある。 最初は考えないとできないですが、鍛錬すると自動でできる。 対話って楽しい。 本当そうなんですよね。対話の楽しさみたいなものありますよね。 だからその対話からのインスピレーションって僕はとても大切にしていて。 多くの人とできるだけ対話をして、その場で思いつく何かみたいなものを紡ぎ合わせて何かができていく。 とても嬉しい瞬間だと思います。 また今後も学生さんたちと話が出てくるかもしれません。またお待ちを。 イタルさん、01から10か。学生の頃そんなこと考えたかなとも思いましたけど、 社会人になる前って誰しも何がしかの仕事感は作るかもですね。 思えば私の場合、好きなことを仕事にして行き詰まったら死にたくなる。 好きなことは好きなままでいたいと考え、割り切って死がないサラリーマンになっています。 間違ってなかったとは思ってますけど、機会を失ってきたかもしれないと思います。 マスターがおっしゃる通り仕事感は変わっていくもので、仮説をもって読み進め、 固定せず何度か見直すと良いのかもしれないですね。 でもね、まだ1年生ですよ。仕事感なんて作らないですよ。 ようやく就活の時に初めて考えるみたいなことはあるかもしれないですけど。 だからすごいですよね。総熟、総熟。 泉龍太郎さん、01か10か。相対的というか視点によって可変な感じがしました。 企業と聞けば01に思われますが、既に土壌が耕された市場に参入するのであれば一重的でもある。 会社で言えば事務所内は相応に文脈が積み上がった施策でも、 タブ書との間では01案件としての調整が必要だったり、 自分に当てはめると、いずれにせよ同じ道筋を踏んだ先達あらま干しと感じます。 あとは2から1。何なら0へフォールバックする裁量が欲しいかも。 内製の機会ありがとうございました。 天の地さん、なるほど10は思いつかなかった。破壊と再生ですね。 逆回転みたいなものはどういう意味なんだろうね。 ぶっ壊すってことかな。 それはそれで面白いのかもしれない。 01じゃなくて10ね。 もうすでにあるものを壊すみたい。 一本旅天の地さん、01という言葉もビッグワードだったんだなと改めて気づきました。 僕も01ではなく一重派でしたが、 これはある意味言い訳の道具として01という言葉を使っていた気がします。 これはもともと僕が作ったものじゃないからと安全地帯から発言していたような。 小太郎さんの作ると作らないの淡い講座に参加して、 誰もが表現者であり一重と思っていたものでも自分の制作物ではないかと思い始めています。 すべて01かもしれないです。 そうなんですよね。これ結構いい加減な言葉ですから定義ない。 定義をちゃんとすれば明確になるんですけど。 意外にいい加減ですよね。 すべてのことは01と言えるかもしれないし、逆に一重なのかもしれない。 町田和幸さん、EMC学生トークを聞くたびに思いますが、 しっかり考えているし、問いを持って生きている感がめっちゃいいですね。 と書きつつ、誰もがみな色々なことに悩み考え、問いを携えながら生きているのかもしれないなと改めて思いました。 私もたまにではありますが、 学生さんと話をすると、こちらの想像を超えて色々考えていることに気づかされます。 また私の娘は4歳ですが、表情や仕草を見てきっと色々頭の中で蠢いているんだろうなと感じることがあります。 こちらが勝手に想像しているだけで相手の話を聞くと、その想像を超えてくるので驚いてしまうだけなのかもしれない。 そう思う今日この頃です。 板本さん、小泉さんの話も興味深かったですが、 佐藤さんの話を聞き、ご自身の感覚を大切にしながら仮説を持って行動している姿勢に感銘を受けました。刺激に感謝です。 そう、みんな色々問いを持って悩んで考えて、 っていう部分が感じられていいですよね。 僕の学生時代を振り返ってももはやしょうがないんですけど、 なんか可能性を感じますよ本当に。 教育っていいですねって思っています。 ということで、コメント返し以上になります。いつも皆さんありがとうございます。 # 終わりのあいさつ はいということで今日の放送ここまでまとまらない言葉を生きるでしたがいかがだったでしょうか 最近いろいろね、ソロ活で本を紹介できていて、だんだんストックが片付いている感がありますけれども はい、またこれからもお楽しみにということで、まだまだいっぱい語るべき本はあります はいということで今日はここまでまた明日 もっと見る #言葉 #期待 荒木博行のbook cafeプレミアム放送配信中!00:111.タイトルコール01:372.初めのあいさつ09:033.「希待」という造語https://amzn.to/3GP1dpB04:484.人をどれだけ信頼できるか?03:395.『THE FORMAT』06:446.頂いたコメントへのお返し00:297.終わりのあいさつコメント感想・質問・応援メッセージを書こう なり2023年1月14日いつも興味深い配信ありがとうございます。今回のテーマの「期待」は、期待される側だけでなく、期待する側にとっても、イライラの基になると、長男の高校受験の頃に感じて、人にも国にも会社にも一切期待することをやめたところ、子供との関係だけでなく、全てにおいてストレスが無くなり、快適に暮らせるようになりました。子供に対しては、正に期待から希待に変えたような感じです。そのせいかどうか分かりませんが、子供達は自分で考えて決断し、主体的に行動出来る立派な大人になりました。本当にオススメです!返信 町田和敏(変な髪型をしたポンコツ薬剤師)2023年1月13日昨年、個人的に『期待』というキーワードで物思いに耽っていたので、この本も手に取ってみようと思います。私が考えていたのは、日常の些細なやり取りも期待に溢れているなぁと感じたことがキッカケでした。例えば、Twitterにて、誰かのツイートにリプを入れる際、その行為には、相手の反応を期待してるのではないか?とか。あるいは、日々の会話でも、相手の反応を期待していることもあるのでは?とか。返信 町田和敏(変な髪型をしたポンコツ薬剤師)2023年1月13日ちょうど今読んでいる三木那由多『言葉の展望台』のプロローグにて、コミュニケーションは約束ではないか?ということが語られていました。約束だからこそ、聞き手が言葉の意味を占有し、勝手に解釈した結果、約束を破られ裏切られたと感じる。そんなことがあるのではないか?と。希望を待つ『希待』についても考えてみたいと思います。 すっすー2023年1月13日期待と希待テレビドラマではないですが、「期待しているよ」と言われると、その裏側には失敗できないぞ!という意味が内包されているように感じます。本人からすると、強いプレッシャーですね。一方で、「希待」だと、あなたの意志に任せますと、言われているようで、プレッシャーはなくなりますね。同じ読み方でも漢字が違うと、ニュアンスが大きく変わり、面白いですね。1返信 あんぱん2023年1月13日荒木マスターこんにちは♪「期待」は他律的、「希待」は自律的に捉えながら聞いていました。私は何者にもなれていない自分に対し、自己否定的な感情を持つことがあるのですが、希望を持って生きた方が人生楽しいですね。今日は心が温かくなりました。ありがとうございました(^^)1返信 きたむらなおふみ2023年1月12日私は福祉の仕事をしていますが、振り返ると利用者さんに対して「期待」していると思いました。利用者さん自身についてを、私が思う姿に当てはめて「こうなってほしい」期待。これが強すぎると摩擦を生んでしまうかもしれません。一方で利用者さんがあるがまま成長したり、自身の人生を歩んでいける「希待」。初めて聞いた造語ですが目指すものが見えた感じでピンときました。「希待」これは自分も意識したいし、職場で広めたい造語ですね。支援者同士も「期待」ではなく「希待」。潤滑油にもなり得そうな言葉です。4返信 もっと見る
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今回のテーマの「期待」は、期待される側だけでなく、期待する側にとっても、イライラの基になると、長男の高校受験の頃に感じて、人にも国にも会社にも一切期待することをやめたところ、子供との関係だけでなく、全てにおいてストレスが無くなり、快適に暮らせるようになりました。
子供に対しては、正に期待から希待に変えたような感じです。
そのせいかどうか分かりませんが、子供達は自分で考えて決断し、主体的に行動出来る立派な大人になりました。本当にオススメです!
例えば、Twitterにて、誰かのツイートにリプを入れる際、その行為には、相手の反応を期待してるのではないか?とか。あるいは、日々の会話でも、相手の反応を期待していることもあるのでは?とか。
希望を待つ『希待』についても考えてみたいと思います。
テレビドラマではないですが、「期待しているよ」と言われると、その裏側には失敗できないぞ!という意味が内包されているように感じます。本人からすると、強いプレッシャーですね。
一方で、「希待」だと、あなたの意志に任せますと、言われているようで、プレッシャーはなくなりますね。
同じ読み方でも漢字が違うと、ニュアンスが大きく変わり、面白いですね。
「期待」は他律的、「希待」は自律的に捉えながら聞いていました。
私は何者にもなれていない自分に対し、自己否定的な感情を持つことがあるのですが、希望を持って生きた方が人生楽しいですね。
今日は心が温かくなりました。
ありがとうございました(^^)
一方で利用者さんがあるがまま成長したり、自身の人生を歩んでいける「希待」。初めて聞いた造語ですが目指すものが見えた感じでピンときました。
「希待」これは自分も意識したいし、職場で広めたい造語ですね。支援者同士も「期待」ではなく「希待」。潤滑油にもなり得そうな言葉です。