TOPエンタメ映画・本荒木博行のbook cafe『世界は贈与でできている』近内さん対談135:50 2020年5月19日 12,823再生 問題を報告する 再生する シェアする AI目次哲学者ウィトゲンシュタインの「言語ゲーム」とは?「16時の徘徊」が示す、見落とされがちな贈与の真実感謝のその先にある、贈与の連鎖を生む「罪の意識」技術革新から国際標準化へ、QRコード普及の軌跡当たり前を問い直し、世界を豊かにする「贈与」の視点AI文字起こし(β版) # タイトルコール あらきる駅のブックカフェ。この番組はビジネス書図館、世界盗賛図館の執筆者であり、書斎企業役サービスのフライヤーにて主要を務めるあらきる駅がマスターとなり、ビジネスパーソンにおすすめしたい書籍の内容を紹介していく、そんなカフェです。 # 初めのあいさつ 皆さんおはようございます。5月19日火曜日の朝になりました。 今日は先週紹介したばかりの、ようやくが出て紹介させていただきましたが、 近渕雄太さんの名著ですね。 世界はゾヨでできているという本なんですけれども、対談です。 近渕さんとの直接の対談の機会に恵まれまして。 きっかけそのものは、ようやくを踏まえて学びメモというところで、 私なりの解釈を紹介したところですね。 担当編集の富川さんがそれをご覧いただいて、ニュースピックスパブリッシングですけれども、 そこから対談ということになったという経緯があります。 ということで、先日私の語りを聞いていただいた上で、間を空けずに対談ということなんですけれども、 本当に深かった、面白かったです。 3日にわたる対談になりますけれども、ぜひ近渕さんの直接の言葉を聞いていただければと思います。 今日も後半の方では16時の拝会という、私も前回紹介しましたけれども、 そこの放送で語った概念も近渕さんなりの話を紹介していただいていますので、 ぜひ聞いていただければというふうに思います。 あと、ようやくも出ておりますので、まだ読まれていない方はこれを機にようやくご覧いただければと思います。 では本編スタートです。 # ウィトゲンシュタインの「言語ゲーム」とは何か さて、これからはですね、収録、対談の収録ということで 以前、先日もですね、私のVoicyでご紹介させていただきまして ようやくも出ましたけれども 世界は雑魚でできているという本ですね 素晴らしい本、お書きになられた近内裕太さんをゲストにお迎えして これから対談をしていきたいという風に思います 近内さんどうぞよろしくお願いします よろしくお願いします はい、とっても今日楽しみにしておりまして 近内さん、まずはじめに簡単に自己紹介をしていただければと思うんですけど 一応、肩書としては教育者、哲学研究者ということになっておりますが ここに至るまでの経緯も含めて簡単にご説明いただけますでしょうか お聞きの皆さんはじめまして、近内裕太です そうですね、僕はもうずっと小さい頃からというか中学校の頃から 教える仕事に就きたいなというのが一番最初にあったんですね そういう中で、教育もやりながらと思ったんですけど イトゲンシュタインという哲学者の言葉に触れて これが僕が小さい頃からなんかもやもや考えていた問いというか疑問というのを 多分僕よりも先に考え抜いていった人なんだなというのに出会って 僕は学部が数学専攻だったんですけど 大学院は哲学に変えてというのがまず僕の学生時代というか でもやっぱり研究の道というのは自分の中でちょっと違うというか 挫折みたいなものも少しあって やっぱり教育だというところで終始まで大学院は教育を主にやっていたという中で 造与という言葉が本のタイトルにもあるんですけど 大きく言えば利他的な誰かに何かを見返りを求めず何かを与えたり 差し出したり何かをしてあげたり助けてあげたりというのを総称する言葉が 一応造与というキーワードで それを本の中では冒頭でまず それはトータルで考えると結局お金で買えないものっていう作り方ができるよねっていうのが まずその本の造与というものの一時禁止というか まずざっくり考えるとそういうものとして考え始めていこうというのが この本の冒頭で書かれている話であれですよね なんで数学・ウィトゲンシュタインの研究の人間が そういうお金で買えないものというありわりとした行為につながるのか ちょっとそこに行く前にキャリア結構面白くもあり ただかつての哲学者とか見ると 普通に数学から哲学とかどっちが先かわからないんですけれども そういうキャリアを築かれたからって それこそ古くアルシトテレスしかりデカルトしかり これが普通のキャリアと言えるのか 私にはちょっとその辺よくわからないんですけれども ここの関係性ってやっぱり大事なんですか 一定数の人間ははみ出して一定哲学へっていうのは結構 僕のやってる分野だと分析哲学とか アメリカ・イギリスの英米哲学って言ったりするんですけど 結構日本の研究者たちでもやはり もともと数学だったんだけどもともと物理学だったんだけど 大学院から哲学でっていうような人たちは一定数いて 僕の場合は例えば科学的に正しいということが証明されました って聞くとみんななるほどって思ったりするときに なんで科学的に正しかったら正しいって言うんだろうっていう そのちょっとメタなところというか メタというかもっと手前というか そういうところにどうしても引っかかってしまうというよりは すぐに飲み込めないものがあったりしたっていうところから ただそのときに今みたいに 今だったら僕あれだけどどういう子供の頃に問いというか 疑問があったのかって言葉でクリアーにある程度言えたりはするんですけど 当時は学生の頃とか10代とかの頃って 自分が何に問いとして持っているのかがなかなか漠然としていて じゃあ数学なのかな物理学なのかな 勉強してみるといいのかなっていうところがあったんですけど 根っこの部分考えてみるとやはり ウィトゲンシュタインが考えていたようなところにいたり たどり着いたっていうような感じですね なるほどこのウィトゲンシュタインって名前聞いたことなんですけど 私もかつて何か手に取った記憶があったんですけど 半端なく難しくて挫折してしまった記憶があって それが近内さんのこの本の中に言語ゲームという 本質的には超難しい概念だと思うんですけれども それを身近なことと結びつけて語っていただいているおかげで なんとなくこういうことなんだっていう意味が分かった気がするんですけれども ここの近内さんとウィトゲンシュタインとの出会いだとか この言語ゲームの本質は何かみたいなところをちょっと語っていただきたいなと思うんですけど ある種例えば本の中にもあるように窓っていう言葉があると 窓って言葉と実際の僕らの生活の中にある窓っていうものが 一対一で対応しているみたいな言語のイメージみたいのがあると思うんですけど ウィトゲンシュタインはまずそこを徹底的に拒否するんですよね じゃないと窓って指差して言っても 窓どれを指を指しているのかが確定しないだろうっていう議論から始めるんですよ でもそれってウィトゲンシュタインの頑目というよりは それによって僕らの言語に関する常識みたいのをまず壊すところから始まっていくっていうのが ウィトゲンシュタインの戦略なんですよね で、なんだろうな 結局生活に由来するものじゃないと言語ではないっていうようなことを ある種言語ゲームっていう中に込めているとは思うんですよね ちょっと本読まないとその辺がなかなかうまく説明ができないかなと思うんですけど なんだろう 結局言語の謎を正しく見定めることによって それ以外の僕らに哲学的な困惑みたいなものが消えていくっていうのが 多分ウィトゲンシュタインの戦略なんですよね 言葉が僕らの哲学的な疑問みたいなものを生み出してしまっているんだと そうするならば言語っていうものを正しく 現象というものを取り払うことによって世界がクリアーに見えていく クリアーに見えていくって言い方だとウィトゲンシュタインは怒りそうですけど 普通の人が世界を違和感なく見れているような目線に立つことができるというようなことが ウィトゲンシュタインのたぶん哲学の一番すごいところというか やはり高尚なことを言っているというよりも 哲学的な謎にがんじがらめになって困っている人たちを救う ウィトゲンシュタイン自身言っているんですよね 哲学は治療なんだって言うんですよ まさにウィトゲンシュタイン自身そういう人間だったんでしょうね というところがあって哲学をすることで癒される人間が一定数いるんですよね ウィトゲンシュタインの哲学に触れることによって そういうふうに自分はがんじがらめになっていたとか そういうふうな思考から哲学的な謎に至ってしまっていたのか というところをウィトゲンシュタインの形を習うことによって みんなが少しずつ自分たちの形というか考え方の思考の癖というのが 解明されていくというところの たぶん惹かれる魅力というのはそういうところかなという形ですね これの本の中に窓の話もありましたし ファールボールね野球の話もあって これすごいわかりやすかったんですけど 結局我々言語というのは 大徳がセットになっているみたいな話があったじゃないですか これってまさにビジネスの話で そういうことって本当に日常茶飯事なんですよね それがファールだと言っても ファールをわからない人にファールと言っても 言葉としてのファールというのは理解できたとしても 本当にそれが本質が伝わっていないことというのがあって つまり言語ゲームというのが違う言語ゲームの中で 戦っているから永遠に擦り合わないみたいな こういうことっていっぱいあって まさにこれが組織の中で仕事をするということの意味合いであり 言葉だけではダメで そこの裏側にかなり難想構造にもある 大徳のプロセスみたいなものを 設計していかなきゃダメなんだなということを感じつつ ちょっと10分になっちゃったんで その話の延長をぜひ意味も含めて聞いてみたいなと思います じゃあ1回チャプター切りますね はい # 「16時の徘徊」と感謝の言葉 それではそのウィトゲンシュタインの言語ゲームみたいな話でファールボールの話みたいなことを話したんですけど あの私の身近な例でいくとですね例えば ちょっとこの本読みながら思ったリスクみたいな言葉っていうのも実は結構その言語ゲームに おいて怪しい言葉なんですよね こうすごいいろんな修羅場をくぐり抜けてきた人から見るリスクっていうのと 新人が言うリスクっていうのは同じ窓を指してるんだけど 指してる場所が違うとか意味合いが違うみたいなことあって 表面的には窓ですねって話してるんだけど何をもってリスクと言うかっていうのが全然違う みたいなことっていうのが結構あるわけなんですよね ここにちゃんと気づいて擦り合わせしていくみたいなことっていうのはとても大事だな っていうふうに感じた次第です そうですねあのリスクで言うと あのファールって言葉で例えば事例で言うと野球を全く知らない人がある一場面で 野球の一場面を見てバッターがポンって打った時に あこれがファールだよっていうふうに指を指して例えば画面を指してテレビで言った時に 野球を知らない人はファールこれがファールのこれがわかんないんですよね この今打った人がファールっていう人なのか それとも何球目っていうのがファールなのかそれこそボールが線の外に飛んでったことがファールなのか 決まらないんですよね 僕らがファールってわかるのは野球のゲーム全体を見た時に初めて なるほど 例えばフェアーだったりヒットだったりアウトだったり あるいはピッチャーだったりキャッチャーだったりバッターっていう様々な概念が分かる概念というかもう役割が分かった上で 今のがファールだったね というふうにまあだからカウントが進んだのかっていうふうに分かるっていう全体を見ないとその言葉 っていうものが決まらないと 野球全体の運行とか野球全体のゲームっていうものにそのファールという一言が ファールって一言が実はゲーム全体に支えられていると ストライクって概念だとかファールとかピッチャーだとかホームランっていう概念が野球の ゲームを支えてるっていう考えですがそうではないと逆に全体がちゃんとわかんないとファールが確定しないと それと同じどのゲームというかどの言語ゲームというかどの分野におけるリスクなのかによって多分リスクって言葉を言ったりあるいはリスクって言葉に込められた危険性というか強さみたいなものとか っていうのは多分そうですよねあのどの分野に属している人によって多分同じ言葉を使ってても実はかなりそごがあるというか意外とリスクだよねって時になんでこれがリスクなのとかっていうよ多分そごは結構絶やすく発生するだろうなっていうのがあってその時にあそうか私とあなたは言語ゲームが違うんだなっていうふうに言い方ができたら少しはこう あじゃあすり合わせなきゃとかあなたはどういうつもりでどういうゲームの中でリスクって言葉を使ったのかっていうようなある種それが多分対話っていうものだと思うんですよね その言語ゲームの話でいくとやっぱりあの16時の徘徊というエピソードがとても印象的で 刺さるというかそこからその雑魚の概念というのがさらに深く理解できたわけなんですけれどもあの話ねあそこから言語ゲームに持っていくあたりがすごいなと思ったんですけど はいあのちょっと紹介するとあのこれはある本の中に出てきた事例で僕自身が経験したり僕自身があの直接見聞きした事例ではないんですけどもある男性があそかでも前のボイシーで紹介されてたから軽く言うとそのお母様が認知症になられてしまって徘徊していってしまうっていうのが実はあの徘徊ではなくてあの記憶の中で自分の息子さんまつまりその当事者の男性が あの幼少期の頃にあの幼稚園に迎えに行く時間が毎日夜の夕方の16時で実は母は記憶の中で自分の息子を迎えに行ってたとそれを僕らは外から見るとあのまた夕方になったら徘徊外に出ちゃってまた警察の世話になっちゃうのかっていう風に見えてしまうんだけどもそれこそまさに今言ってた あの外に出かけるという1個の振る舞いが僕らの言語ゲームはそれを徘徊とみなす そのお母様の意識の中では記憶の記憶の中ではそれを迎えに行くっていうゲームの一コマだったと でこれまさにある種まあさっき増与っていうのはある種お金で買えないものでありまあ利他的な誰かに何かを助けたり与えたりっていう時にその迎えに行っているっていうのはまさに極めて親からの増与だと思うんですよね であのそう僕らはそういうの必ずあの増与というものは結構わかりやすい形で僕らのもとには届いていないんだと 届いていない無数の増与というものがあって僕らはそれを見落としてしまうとなぜかというと言語ゲームが異なっているから 例えばさっきのあれば退会しているのがまさか自分への増与というか迎えに行ってくれてたんだと記憶の中でとそれぐらい自分のことを考えていてくれたんだっていうのを見落としてしまっていると っていう風にそうですねその異なる言語ゲームを理解しないと受け取ることのできない贈り物増与というものがあるようなっていうのがそうあそこの事例は非常に やっぱ前半戦と後半戦をつなぐというかなぜウィトゲンシュタインみたいな研究をやっている人間が増与に話をつなげているのかっていうそのまさに 結節点というかそのクロスするところというかそこに2つの話が出会って増与論というか僕なりの増与論というものが一個の形になっていくっていう非常に僕の中でも興味深かった事例ですね いやあの話ね痺れましてもう読みながら涙が自分の経験とかあそこを読んで自分が増与されていたことに気づいた人っていうのもまたいると思うんですよ 私自身が母親父親からあれは増与だったんだとかね 毎回プール終わった後バスで降りた時に必ず自分の母ちゃんが立ってるとかねそういうのも当たり前だと思って記憶の断片にあるんだけどあれも本当に増与の一端だし ちょっと私フェイスブックとかに書きましたけれどもまあ自分がラグビーをやってた時にその先生からねなんかよくわからず怒られていたことっていうのが実はあれは増与の一端だったんだということでまあ20年30年時を経てこう気づくということですよね それに気づくからこそ自分はさらにこのペイフォワードじゃないけど次の世代にどんな増与をしていけるかというそういう問いが立つみたいななんかもう本当素敵だって思って あの前回の僕のボイシーで僕の本紹介されている時に16時の配管の時にちょっと言葉詰まってこうなんかすごくエモーショナルになっているのかなっていうのを聞いたんですけど声がちょっと詰まりながら 詰まっちゃうんです詰まっちゃうんです ねあの人間誰しもそういう側面あると思いますしだから例えばあの私の息子ねあのサッカー少年団とかでやってたんですけれども うーんと彼らにこう親がこれだけ苦労したことに対して感謝しなさいっていうメッセージって多分違うと思っていて言葉だけで感謝っていうのは言えるんですけれどもその意味っていうのはわからないんですよ はいだからあの彼らにお願いしたのはもしね君たちが子供を得ることができたらその彼らにこうそういうスポーツだとかそういうことをやらして 顔かかわってみなさいっていうそういう活動させてあげなさいっていうことを僕は言ったんですけれどもねそれはその時初めて言語ゲームが理解できると そうするとねこう 自分がプレイしないにもかかわらず朝起きて弁当作ってとか そうで自分もそうやって育てられてきたっていうところでそこに親を感謝できるしみたいな 時間差の言語ゲームの理解っていうのがありますよね ですねやっぱり僕もその感謝って言葉ってあの まあ正直この本読んでてやっぱり誰かに感謝するっていうのは大事なんですねっていうふうに結構ポジティブに 言ってくださる結構方がいるんですけど 僕結構感謝ってもうちょっとこうなんか 何だろうなえっと取っておきたい言葉な気がして なるほどなんだろうなそれこそあの僕の場合それこそ僕にもやっぱりそれなりに あの時気づけなくて今になってあの時あれは贈与だったんだ贈り物だったんだって気づくっていう経験 やっぱまぁあるんですけどこの時間気づかないまま過ごしてしまったっていう罪の意識がなるほどね 送り物を送らなければならないと感謝できた感謝したいから誰かに送りたい ではなくて1と2ではなくて 送らなければならないという使命感って多分その気づかないまま過ごしてきてしまったと なんであの時に受け取れ受け取ることが私はできなかったんだって結構罪の意識っていう のは罪まで言わなくてもいいんですけどなんだろうそういう後ろめたさですね はやっぱり応用には含まれているべきだと思っていてそれは多分その時間差をその スキップしてしまったと私はの時に気づけなかった ところに多分贈与のある種本質というかまぁ本の中でも時間差っていうのを言ったのは多分 そういうところですね 10分なってしまいましたのでちょっと今日の対談はここまでということではい近渕さんどうも ありがとうございましたございました # 『QRコードの奇跡』 それでは今日のフライヤーのコーナーに行きたいと思います。 今日はですね、QRコードの奇跡、ものづくり集団の発想転換が革新を生んだという本になります。 著者、小川すすむさんですね。 神戸大学大学院経営学研究科教授、MITリサーチアフィリエイトというね、そういう肩書きの方でいらっしゃいます。 2020年2月に東洋経済新報社から出た本になります。 QRコードですね、最近メニューにする機会がとても増えてきたんじゃないかなと思うんですけど、ペイペイとかですね。 QRコードで支払うみたいな、そんな決済の機会も増えてきていますし、あと飛行機乗る時もね、QRコードで乗れるみたいな、そんなこともね、どんどん当たり前になってきているみたいな、そんなことありますけれども、 QRコードというのは一体どうしてできたのか、どんな風に普及しているのか、みたいなことって、実はですね、あまり知らない方が多いんじゃないかなと。 私も、どっかで日本の技術だってことは聞いたことがあったんですけれども、この本を読むと、伝送だということに気づくわけですね。 これはね、さらに言えば、伝送がトヨタに部品を納入していた関係で、看板方式ってありますけどね、トヨタのね。 それを導入したことにきっかけがあるということで、伝送ではですね、看板をコンピューターで読めるようにすれば、その伝票の自動作成が行えるという風に考えて、 しかし、自動車部品工場というのは油の汚れが多くてですね、ひどい状態の看板でも読み取れるようにしなくてはならないということで、 そこでですね、この安価なバーコードリーダーで読めるQRコードというのを開発したという話なんですね。 QRコードの父と言われているのが、当時伝送で技術者をしていた原雅宏さんということで。 そして、このQRコードというのがなぜ世界的に普及することになったのかというですね、 また、この伝送の中で使われるということそのものはあるんですけれども、これをですね、いかにして世の中に普及させていくか。 国際規格として標準化されるということがね、すごく大事なんですけれども、 手始めにね、伝送の工場内全部ということもあったんですけど、トヨタに持ちかけたわけですね。 しかし、トヨタはですね、なかなか現場、現物、現実の三原主義を持とうとするので、紙ベースから離れられない部署もあったということで、 トヨタへの導入と並行して、日本自動車工業界、日本自動車部品工業界、そんなことにアクセス。 そして、全米自動車産業界、産業協会にも出向いて、北米で標準化することにも目標にして、 そんなことを経てですね、ようやくQRコードということが世の中一般に普及していくという、そんなことなんですね。 このQRコードそのものはですね、技術的に深いものでもなく、天才的な技術者とか経営者の力によってできたわけではないと。 ただ、このプロジェクトをして多くの人を巻き込んでいって、この本にも書いてありますけど、ラグビーのように次へ次へとボールを繋いでいったということでですね、ある意味この巻き込み型イノベーションみたいな。 だからイノベーションの型ということを考えるときにですね、このQRコードの展開からですね、私たちは一つのヒントを得ることができるかもしれないと。 必ずしも技術的なことばかりではなくて、いかにしてこの標準化して展開していくかっていう、ここに非常に重要なポイントがある。 そんなことを気づかせてくれる本なのかなというふうに思います。 ということで、今日のフライヤーはQRコードの奇跡でした。 # 頂いたコメントへのお返し それではコメントを返していきます。 今日は2020年5月12日のコメントからですね。 セッキーさん、世界はゾウヨでできている。 ゾウヨは受け取り人にとっては既に受け取っていたという過去形で完了するものだという点にハッと支えられました。 ゾウヨは他者から与えられるものなので、他者に対し言葉や行動を返していくことでゾウヨの再生産がなされるのだと思いました。 ゾウヨの良き受け取り人は同時に良き差し出し人になるのだと思います。 今日まさに対談ということで話がありましたが、 2日目、明日かな。 受け取る行為と差し出す行為。 ここの裏側にあるためらいだとか、追い目とかですね。 気づきのタイムラグがあるからこそ追い目が発生し、追い目が発生するからゾウヨしたいということではなくて、 ゾウヨしなければならないというそういうモチベーションにつながっていく。 そんな話が聞けますので、ぜひまたその話も含めて解釈していただければと思います。 田中さん、世界はゾウヨでできているを聞いて、過去の放送で語られていた基地の道化を思い出しました。 そこにある当たり前の風景は自分の力だけではなく、必ず誰か何かのおかげによって奇跡的にもたらされたもの。 その奇跡に気づく視点を持つことで、すべての出来事に感謝と敬意を持てるように思います。 今ここにある日常に感謝する気持ちを大事にします。 はい、ということですが、これは渡辺孝太郎さんの対談の時に出てきた言葉ですよね。 本当にこの基地の道化という当たり前だと思っていたものに対して問いを投げかけてみると、 実はそれは当たり前ではなかったということに、新しい発見、意味付けがなされるということで。 もう一回再度出会い直しみたいなことを近渕さんは、多分明日ぐらいかな、語られるわけなんですけれども、 この世界観本当にとっても好きだなというふうに思います。 ぜひ明日の対談も楽しみにしてみてください。 カメさんですね。 世界は雑魚でできている。マスターのお話を聞いているだけで心が温かくなりました。 私はミスチルの色取りという歌を思い出しました。 なんてことのない作業がこの世界を回り回って、どこの誰かも知らない人の笑い声を作っていく。 久々にミュージックビデオを視聴して、さらに心がほっこりしました。 妻と4歳の娘、1歳半の息子と、毎日笑顔で過ごせているのも、いろいろな見えない造評のおかげなのだと改めて感謝です。 本もKindleで購入しました。 今日も素敵な放送をありがとうございましたということで。 嬉しいですね。ミスチルの色取り。 ちょっと僕ミュージックラインが今出てきませんけれども、ちょっと見てみます。 たぶんほっこりするんでしょう。 忙しい世の中ですし、いろんな不平不満とかストレスとかありますけれども、 それでもなお、やっぱりこの世に活かされている事実みたいなね、そんなことに目を向けられる自分でいたいなと思いますね。 ありがとうございます。 出雲さん、世界は造評でできているお話のボールのメタファーが印象に残りました。 そもそも奇跡的にこの地球に生まれ、いくたの人の助けと助け合いの下で息をつないでいるはずですが、 環境や条件に対して敏感に反応し改善を期待する自分を改めて内省しています。 いつからか義務と権利を盾にしてか弱い自分を守り、社会に甘えている自分、そのような等身大の自分を理解し、 改めて社会の一員としてこの社会を支えていきたいと思いました。 ありがとうございます。 そうですね。 当たり前になっちゃうと、もっと、もっと、もっとって求めることって、 一つ、社会をより良くしていく原動力になるという側面もありますよね。 単にありがたいというだけでは、より良い社会にしていくという原動力になり得ない。 だから物事には必ずいろんな側面があるということなんだと思います。 感謝しつつ、一方でそれを改善していく。 この両面、どっちかというよりはバランスが大事なんだと思います。 ありがとうございます。 一蔵シニアさん、あらきマスターこんにちは。 マスターが、世界は雑魚でできている、でお話しされていました。 二面性、物事には表と裏があること。 例えば電車が遅延した時に起こるのではなく、その時にいつも電車が定時運行しているということが、 どれほど多くの人たちの雑魚で成り立っているか、それに気づけるだけで、 どれだけ自分の心と生活に豊かさと余裕をもたらすものかと感じられました。 ぜひ実践したいです。ありがとうございました。 認識を変えるだけで、世の中は変わるということなんです。 これは明日かな、また近渕さんがおっしゃっていただいたコメントなんですけれども。 日常のたわえもない些細な風景というのも、ちょっとレンズをかけ替えるだけで、 見え方が変わってくると。 だから大事なことは、自分は眼鏡をかけているということそのものに気づくということが大事なのかもしれない。 つまり事実は事実としてあるんです。 電車が遅れたという事実は事実としてあるんです。 それに対してどんな眼鏡をかけて電車が遅れたという事実を見るかというのは、 これは多分に、かけている眼鏡によって全然違ってくるということなんです。 だから電車が遅れたことが悪いのか、それともかけている眼鏡が悪いのか。 悪いという言い方はちょっと誤解を招きそうなんですけれども、 そこをちゃんとメタな視点ですけれども、理解したいですね。 3917さん、世界は雑魚に出てきているを拝聴しました。 今まさしく父の看病と子供の育児を両立している中で、 父から多くの雑魚を受けていたことをかみしめつつ、子供への雑魚を与えています。 あの時に気づかなかった雑魚が理解できるようになり、子供へ惜しみもなく与える。 そんな気づきをいただけた心温まる時間でした。ありがとうございました。 子供がいつか雑魚する側に回ることを期待しながら、 後世の最大仏をもう一度読みたいと思います。 後世の最大仏も明日語りましたね。 明日語りましたって変だな、時勢が。 そうですね。 親にとっての最大の雑魚返しは、子供が雑魚をするということなのかもしれないですね。 子供が、いや自分に対してじゃないですよ。 世の中に対して何か動揺している存在になっているということは、最大の親孝行というか。 ちょっと今、我が家にも、高一と中一の学金帳がありますけれども、本当に大変ですね。 世の中、子育てをされている皆さんはそうだと思うんですけど、 またさらにコロナの中で、いろいろ行き詰まるようなことってあるわけなんですけれども、 そんな彼らがやがて雑魚をするような存在になっていたとしたら、それは胸発ですね。 それを想像するだけでね。 そんなふうに思います。 ということで、今日のコメントが、 もう今日はあれですね。 コメントも含めて世界は雑魚デーでしたね。 ありがとうございました。 # 終わりのあいさつ さあ、ということで対談初日終わりましたけれどもいかがだったでしょうか。 はい、ちょっとね1週間前ようやくの紹介とともに私がVoicyで語ったのでコメントとねシンクロしましたね。 はい、また改めてねコメント入れていただいた皆さんも今日の対談、そして明日明後日続きますけれどもそれを聞いた上でですね改めてね かみしめていただければというふうに思います。ということで今日はここまで。また明日。 もっと見る荒木博行のbook cafeプレミアム放送配信中!00:141.タイトルコール01:392.初めのあいさつ09:193.ウィトゲンシュタインの「言語ゲーム」とは何かhttps://www.flierinc.com/summary/225510:004.「16時の徘徊」と感謝の言葉04:475.『QRコードの奇跡』https://www.flierinc.com/summary/226309:216.頂いたコメントへのお返し00:327.終わりのあいさつコメント感想・質問・応援メッセージを書こう いちぞうシニア2020年5月20日荒木マスター、こんばんは。マスターがおっしゃったように、自分が、メガネをかけていることに気づくこと、そして、どんなメガネをかけているかを知ることが大切で、それができなかったがために、事実の解釈に間違い、気づくべき、大切なことを気づかないまま、過ごしてしまう・・・、そう思うと、「16時の徘徊」が、頭に浮かんできて、恐ろしささえ感じました。しかも、今、「メガネ」(のレポート)で苦しんでおり、余計、リアルに胸に染みてきました。わかったつもりというのは、本当に怖いものです。返信 おにぎり@チーズカレーうどん2020年5月19日『世界は贈与でできている』近内さん対談1へのコメントです。無数の贈与から僕がいまここにいると実感しました。今まで当たり前と思っていた家族との時間に、「ありがとう」の気持ちが湧いてきます。その気持ちが次の贈与に繋がっているのでしょうね。温かい世界です。返信 やじまゆゆ2020年5月19日初コメです!「QRコードの奇跡」について、ずいぶん昔に読んだ「豆腐バカ世界に挑む」を思い出しました。森永乳業の社員が単独アメリカに乗り込み馴染みの薄い豆腐を売るべく試行錯誤するという…その苦労には、申し訳ないけど笑えてしまう場面も多く、今日の日本食ブームや健康イメージはこういう一人の働きかけ、世界的な巻き込みがあったからだと、てんで忘れ去っていたのに突然思い出されました。返信 せっきー2020年5月19日『世界は贈与でできている』言語ゲームについて、ファールの例がわかりやすかったです。「野球」を知らないと「ファール」の意味が分からない。対話においては、その言語が何と関連しているのかを想像すること、さらに言えば、相手のコンテクストを理解しにいくこと、が重要だと思いました。6歳の子どもと会話をしているとコンテクストのギャップをよく感じます...返信 人、本、旅、あまのっち2020年5月19日「世界は贈与でできている」近内さん対談1を聴いて、贈与への気づきを貯めていこうと思いました。贈与貯金です。人に何かを与えて喜んでもらえると、とてもハッピーになります。でも喜んでもらえないとブルーです。そんな時、贈与貯金があれば、ああ、今の自分があるのは、誰かの贈与のおかげなんだから、見返りがないからといってブルーになってはいけない、と思えます。贈与貯金を増やすために、「当たり前だと思わない」から始めます。返信 もっと見る
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話し方は思考で決まる/「数学的話し方」実践トレーニング 深沢真太郎さん対談2 33分・10月19日・ 3,061再生AI目次「話し方は思考で決まる」深澤氏が語るその真意説得力増す!深澤式コミュニケーション5原則「場」と「言葉」の定義がもたらす効果思考を「美しく」伝える構造化とモデル化コミュニケーションに「型」を作る最終奥義
マスターがおっしゃったように、自分が、メガネをかけていることに気づくこと、そして、どんなメガネをかけているかを知ることが大切で、それができなかったがために、事実の解釈に間違い、気づくべき、大切なことを気づかないまま、過ごしてしまう・・・、そう思うと、「16時の徘徊」が、頭に浮かんできて、恐ろしささえ感じました。
しかも、今、「メガネ」(のレポート)で苦しんでおり、余計、リアルに胸に染みてきました。
わかったつもりというのは、本当に怖いものです。
無数の贈与から僕がいまここにいると実感しました。今まで当たり前と思っていた家族との時間に、「ありがとう」の気持ちが湧いてきます。
その気持ちが次の贈与に繋がっているのでしょうね。温かい世界です。
「QRコードの奇跡」について、ずいぶん昔に読んだ「豆腐バカ世界に挑む」を思い出しました。森永乳業の社員が単独アメリカに乗り込み馴染みの薄い豆腐を売るべく試行錯誤するという…
その苦労には、申し訳ないけど笑えてしまう場面も多く、今日の日本食ブームや健康イメージはこういう一人の働きかけ、世界的な巻き込みがあったからだと、てんで忘れ去っていたのに突然思い出されました。
言語ゲームについて、ファールの例がわかりやすかったです。
「野球」を知らないと「ファール」の意味が分からない。
対話においては、その言語が何と関連しているのかを想像すること、さらに言えば、相手のコンテクストを理解しにいくこと、が重要だと思いました。
6歳の子どもと会話をしているとコンテクストのギャップをよく感じます...
人に何かを与えて喜んでもらえると、とてもハッピーになります。
でも喜んでもらえないとブルーです。
そんな時、贈与貯金があれば、ああ、今の自分があるのは、誰かの贈与のおかげなんだから、見返りがないからといってブルーになってはいけない、と思えます。
贈与貯金を増やすために、「当たり前だと思わない」から始めます。