TOPトーク専門家東方の3おじさんラジオ【世界一ゆるいキリスト教】【リベおじ】修養会の舞台裏 3日間を振り返りつつ1人反省会43:16 10月11日 124再生 問題を報告する 再生する シェアする AI目次修養会での新たな試み:一方通行ではない学びアーメントークの真髄:先生方の意外な素顔「しんどいけど尊い」関係構築の教訓本音を引き出す匿名性の力と共感の広がり「好き」と「信じる」の境界線:宗教二世の問いAI文字起こし(β版) # オープニング カトリック・プロテスタントのおじさん・クリスチャン3人が共派を超えてお届けする東方の三おじさんラジオ、本日は10月の11日日曜日です。 皆さんいかがお過ごしでしょうか。 連日どんどん、 秋どころか、もう冬になりつつありますけれども、 早いもので、もう本当に春と秋がどこ行ったのやらという感じですね。 夏が終わったと思ったら途端に寒くなりまして、 東京もずーっと雨が続いてましたが、ようやくこの数日間は晴れ間が見えて、ちょっと汗ばむような陽気でございます。 間少し空きました。 引き続きですね、YouTubeでは東方の三おじさんの番組を各州で配信をしておりますけれども、こちら、 ラジオの方はですね、ボイシーを介しまして不定期で配信をしております。 この間、いろんな SNSなどを通じてフォローしてくださった方々、あるいはボイシーは初めて聞くよという方々 いらっしゃると思いますけれども、最後までお付き合いいただきたいと思います。 3人の、普段は3人でやっている番組ではあるんですが、ボイシーはソロで、ピンでそれぞれが活動する場として、そして音声メディアとして確保しております。 リベラルおじさんことリベオジの松谷が、今日はお届けしておりますけれども、 今日はですね、タイトルにあります通り、先月末から今月にかけて2泊3日で、いわゆる収容会というものがありまして、 こちらはキリスト教会とかですね、学校なんかでよく キャンプの代わりに行われたりするんですが、泊りがけで どこか施設に行って、皆さん普段ね、過ごしている環境をちょっと離れて、礼拝やお祈りや聖書の話なんかを聞きながら収容をするという会なんですけども、なかなか聞き慣れないワードだと思いますので、 そんな説明も含めて配信をしたいと思いますが、なぜキリスト新聞の編集記者の仕事をしている都合上ですね、様々な教会や学校に取材でお尋ねする機会があり、 また2010年代ぐらいの初頭からですね、ありがたいことにお声掛けいただいて、何か話を聞きたいということで、講演やら研修やらをやってまいりましたけれども、 泊りがけの2泊3日での収容会でメイン講師みたいなことっていうのは、おそらく初めてだと思います。 キリスト教学校教育同盟という全国のキリスト教系の学校の事務職員の方の新人研修みたいなことで泊りがけでということはありましたが、 学校のですね、今回は高校1年生を対象とする収容会でのメイン講師ということでお招きいただきました。 普段はですね、だいたい牧師さんとか、それにあたる、該当するキリスト教学校の先生とか大学の先生とかが呼ばれる、 あるいはゴスペルシンガーの方とかですね、アーティストの方とかがおそらく講師として招かれることが多いのかなと思うんですが、 私、特殊な立ち位置で、なかなかレアな職業ではあるということで、お招きいただいたのかなと思います。 というわけで、実際ですね、そういう中高生向けの収容会で初めてどんな話をしたかということも振り返りつつなんですが、 むしろ皆さんの高校生たちの反応も紹介しつつ、なるべく学校名とか個人の名前などを特定されないように配慮しながらお話をしたいと思います。 というわけで、最後までよろしくお付き合いください。 # 3日間でやろうとしたこと というわけで、某キリスト教系学校の高校1年生対象とした修養会で、3日間ありまして、 当初は初日50分、2日目40分×2回、3日目40分×2回、だから合計5回話をしてくれないかという、当初の依頼ですね。 毎回そういう形で講師の先生にお願いをしているんだと思うんですが、 さすがにですね、同じ人の話を間休憩入れての40分×2回という、2日目、3日目という予定だったんですが、 さすがにね、そんなに長時間同じ人の話を聞き続けるのはちょっと無理だろうということが最初からわかっておりましたので、 昔ならいざしらですね、昔の修養会というと、私も散々教会に小さい頃から、 それこそ親がクリスチャンで、修養会と名のつくものに何度も参加したことがあります。 教会の修養会というのはそんなにニーズが多くないんですが、 普段自分の教会にはなかなか若い人がいない中で、全国の同じ教科ルーツを持つ、所属する教科の若い同世代のクリスチャンに会えるということは非常にですね、 私はそれに大変救われたというか、そこでの繋がりが今も続いているようなところがあるんですけども、 学校での修養会というのはちょっとね、特殊ですよね。だから、いわゆる修学旅行的な感じになると思うんですね。 普段は教室で顔を合わせるけれども、寝泊まりを一緒にしたり寝食を共にするということは、寮じゃない限りはない体験なので、 その辺は非常に、ただね、友達というよりは寝泊まりをするだけでも楽しいという感じですが、 さすがにね、その見ず知らずのいきなり会ったばっかりの人の話を延々と3日間聞かされるという苦痛でしょうし、 私もかつて教会の修養会で延々と講演講師の話とか、聖書研究みたいなことをやったことはありますが、 今時そんな一方通行の話をしても意味ないだろうというか、そもそも聞けないだろうということが最初からわかってましたので、 本当に私の話は最小限にしようと最初から決めてました。 初日はね、仕方ないので私の自己紹介も含めて、この3日間どんな話をするのかという話だけじゃなくて、 その3日間の予定も含めてのご紹介と、あとはキリスト教って何ぞやという話をちょっとだけしようかなと思っていたんですが、 例年というか一昨年ぐらいからしているお仕事との共通点とその違いみたいなこともちょっとお話をさせていただきました。 がっつり話をするのは初日だけにして、2日目40分かける2回というのを2日目、3日目と予定されていたんですが、 片方は全部生徒さん自身が出てきてもらって、あるいは生徒さん自身が主体的に関わるワークショップみたいな時間にしようというふうに決めてましたので、 かつテーマは教官教区というテーマの設定でしたので、 今、要は高校1年生になったばっかりで、まだ1年経っていない中で、自分の同じクラスでもまだそんなに深く喋ったことがないクラスメイト、 それから他のクラスにまして、他のクラスの子なんか、顔は見たことあるけど話もしたことがない、名前もよく顔と名前一致しないみたいな子がたくさんいる中で、 とにかく3日間で、たくさんいろんな人たちに出会って話をしてという時間を作りたいという願いのもとに、グループワーク的なことをやりました。 それと別にアーメントーク、これ毎回私いろんな催しなんかでやってますが、アーメントークも先生方をひな壇に並べたトークというのを2日目の夜、6人の先生が出ていただいたのをやって、 3日目は今度は前日の先生たちのひな壇のトークを受けてというか、登壇者が今度生徒がなるということで、3日目は生徒たちによるアーメントークをさせていただいたということです。 アーメントークについては後ほどまた詳しくお話をしたいと思うんですが、なのでなるべく私の話としては、一方的に私が話す時間は極力少なくしていただきました。 結果、ほぼ2日目、3日目なんか30分もしゃべってないと思いますね。 なので、むしろ先生たち同士がお互いのことをよく知ると。 知ってるようで知らないこといっぱいありますよねとか、あとはしゃべったことあっても、実はこういう機会がないと聞けない話とかね、いう話をしてもらう時間にしました。 何ですかね、いろいろと感じたり考えたり、いろいろしながら、あとは試行錯誤しながら、あとはやっぱりこれも集会の中で話したんですが、 事前にね、あらかじめこういう話をしようみたいなことを用意するのって非常に難しいんですよね。 実際だって会ったこともない、しゃべったこともない人向けに、じゃあどんな話が今必要で求められていて、どういう切り口だったら受け入れられるかみたいなことって、多分会ってみないとわかんないわけですよ。 なので実際に会った初日から、初日はしょうがないですね、会ってそのままいきなり話すんで。 なので2日目、3日目の話はほぼ半分ぐらいなんとなくこういう話をしようかなと思いながら、決めずに結局初日の夜、2日目の夜で結構時間をかけて作り込んだという感じです。 あとはその事前アンケートを今回も取らせていただきました。 結構大人数でやる場合には、特にそのキリスト教系のね、この前冒頭先ほど紹介したように事務職員の研修なんかやるときには、どのぐらいの率でクリスチャンがいるのかどうか、 あるいはキリスト教についてどのぐらいの知識が事前にあるのか、あるいはどんなイメージを持っていたかみたいなことをあらかじめ知っておいた方が、私の話とちょっとずれを少しでも少なくするようにという意味で事前アンケートを取るようにしているんですが、 今回も取らせていただきました。ちょっと面倒ではあるんですが、先生方にご負担なんですが、事前アンケートってどんなイメージだったか、 あるいはそのイメージが今変わっていないのか、学校に入ってみたらどうだったみたいな話とか、そもそもクリスチャンがあったことがあるかみたいなことを事前に聞きました。 今回もやっぱり予想通りほぼ、牧師の家庭のお子さんとか、あるいはクリスチャン、両親クリスチャンですみたいな方は若干いましたけれども、ほとんどが学校に入学するまでは会ったことがないと、クリスチャン見たことがないと。 入って初めて霊愛とか聖書とか売れたという方がほとんど、大体そういうパターンが多いと思いますけれども、その中で、じゃあ皆さんの持っているイメージと実際はどう違うかみたいな実態の話をさせていただいて、 クリスチャン1%と言うけど、1%って数字120何万人、今で言うとなんですが、それがどのくらいの数になるのかというのは想像しづらいので、それをいろいろ例えたりしながら紹介するということで、今回はお互いをよく知るというテーマでしたので、 極力もちろんキリスト教の話もそうなんですが、キリスト教とクリスチャンという他者も含めて、会ったこともない、よくわからない人と出会って会話をして、その中でお互いをよく知り合うと。 共に喜びと悲しみを分かち合うというような第一歩になればということだったんですが、そもそも他人を知るということが、自分を知ることにもつながるという話もしました。 自分探しとか本当の自分はどこにいるみたいな話は、よく中高生とかテーマとして掲げられることがあると思うんですが、そもそも自分だけを見つめて、あるいは内省だけをして、本当の自分なんか分かるわけがないという前提が大事だと思うんですよね。 他人と出会うことによって初めて自分が分かってくる、あるいは本当の自分というのは何か一つの正解みたいなことが固定的な自分像というのがあるわけじゃなくて、いろんな自分を含めて全部本当の自分であって、その自分を知るためにこそいろんな人の他人と出会っていくことが大事だという話をいたしました。 それが体感的に体験的に分かればいいなというのが願いでワークショップをしたつもりです。そんなワークがあってもなくても子どもたちは自主的自発的にお互いを3日間一緒に過ごすだけで、あるいは食事作りなんかをする中でだいぶ深まったんじゃないかなというふうには思っています。 # アーメントークの効能 で、2日目夜、アーメントークですよ。 改めてアーメントークとは何ぞやという話をちょっとだけしたいと思うんですが、 2015年に初めて大阪で、超強波進学バラエティーアーメントークという、 かなり行儀良しいタイトルをつけてやったのが初めて。 その時は一般にも公開してやったんですが、 強波の異なる牧師たちを7人、神父も含めて集めて、 それぞれの共通点とか違いとか、強波によってこんな違うよとか、牧師さんって実際こうだよという話をしたのが一番最初ですね。 もちろん元ネタはあるわけですが、基本的にはひな壇に出てもらって、 それぞれが個別に決められた時間に発表するというわけじゃなくて、 最初からクロストークをひな壇と司会者でMCでやり取りすると。 その中でひな壇に上がっている人たちをよりよく深く理解していくみたいな。 かつそれを楽しく面白くというような形の設定、仕組みでやるわけですね。 これ2015年以来、各地で、先ほど言った事務職員の研修でやったこともありますし、学校のキャンプとかでやったこともあります。 基本的にはクリスチャンに会ったこともないという人向けに、クリスチャンって実際どんなことを考えているのかとか、 その知られざる生態に迫るみたいな手でやることが多かったです、今までは。 ただ今回も既に学校のある程度の限られたメンバーの中で、しかもほとんどみんな顔見知りの中でやる。 特に今回は先生方をひな壇に出てもらって、普段とは違う側面、違う顔を生徒たちに見てもらうというのが一番の趣旨でしたので、 そういう意味であらかじめ先生方にそのことは振っておいて、登壇する先生方は決めてくださいねということで、6人の先生方を選んでいただきました。 私からの要望は、生徒指導、生活指導的な先生は必ず入れてくださいね、と。 なぜなら、やっぱり立場上、わりと指導をする側の先生なので、そういう役割を担うことが多いと思うんですが、 そうじゃないギャップの面を見ていただくという意味では非常に適した立場なはずなんですよ。 担任は担任で、それなりに面白いと思うんですが、いわゆる生活指導的な、他の学校でいうとコア表の体育科の先生みたいな方が多いと思うんですが、 そういう先生にぜひ出ていただきたいということで、今回も入っていただきました。 毎回、いろんな流れとしては、冒頭、限られた1分ぐらいの制限時間の中で用意した、こちらで用意した7、8問を連続で、その場で、その瞬間、とにかく打ち合わせなしで、 ○×で答えていただいて、その○×、瞬時に迷いなく答えるその○×について、その後、トークで深掘りしていくという流れが大体なんですが、 これも別に決まった方があるわけじゃなくて、なんとなくやりながら、こういうのが一番効率的に、みんなに知りたい情報を楽しく伝えられるかなと。 これが、ひなのトークの肝は、もちろん元ネタの、アーメン・トークの元ネタである、某テレビ番組はよくできているわけですが、 本当にこのシステムは発明だと思いますけども、テレビ界によってといって。 やっぱり結構、近年のバラエティではよくある手法ではありますけども、昔、こういう手法はなかったんで、 そういう一定の共通性のある人たちがひなのトークに登って、その人たちを深掘りしていくと、あるあるみたいなことも話していくみたいなことなんですが、 これ結局、じゃあ6人の先生をより深く知ろうみたいなことで、6人の先生がそれぞれ10分ずつ、自分の紹介とか自分の証みたいなことをしても、聞かないわけですよ。 だって、そんな話じゃない。私たちが聞きたいのは、不意に何の予定もなく、予定調和じゃない、その場で瞬発に出てきた答えが知りたい。 素の先生の素の顔を知りたいということが主意でもあるので、何の打ち合わせもなく、いきなりその場で聞いた、連続して聞いた質問をした質問に、○×で答えてもらうと。 これも三角とか分かんないとか不明とかっていうのはなしに、とにかくその場で○か×かで答えていただくという、かなり強引な手法であるんですが、 だからこそ、何となく考えずに瞬発的に出た答えが、実は結構本音に近いというようなことなのかなと思います。 今回も先生方に非常に、何を聞くか非常に迷うんですが、これも事前アンケートでいろいろと生徒さんたちに、何が聞きたいかというのをいろいろ聞きました。 一番多かったのは黒歴史ですね。 そんな先生方はいつも偉そうな顔をしてるけど、実は高校生の時、自分たちもこうだったみたいな話とか、あとやっぱり恋花はね、やっぱり人気ですよね。 一応質問では大恋愛または大失恋をしたことがあるかと○か×かみたいなことを聞きましたが、やっぱり皆さん、何らかエピソードをお持ちですので、これは大変盛り上がりました。 一番と言ってもいいかもしれない印象に残ったかなと思います。 もちろんセンシティブなこともありますので、あとは喋りたくない話したくないことももちろんあるので、特に黒歴史なんかについては全てを全て喋れることばっかりじゃないと思いますので、生徒たちの前でかなりギリギリ喋れる範囲で喋っていただけたのかなと。 ただこういうのは鉄則として、とりあえずここで喋ったことはここだけの話で、あとでねほりあほり聞いたりとか、それをネタにいじったりとかということはないようにというような、一応約束のもと、100%難しいと思いますけれども、 少なくともこの場で聞いた話はここだけに留めて、持って帰ろうと大事に、っていうのはある程度ルール化した上での、限られた空間での情報共有、そして先生たちも本当にいろいろな無茶ぶりに対応してくださって、大いに盛り上げることができたかなというふうに思っております。 3日目の生徒さんのアーメンとか、非常にこれも気を遣うわけです。じゃあ誰に出てもらうのか。これ人生非常にこれはやっぱり慎重に先生方の相談の上、なるべく一部の生徒さんが目立ちすぎないようにということの配慮とか、そのバランスとかも含めて、 クラスのバランスとかも含めて、いろいろと考えた結果の5人、6人の生徒さんに出ていただいて話をしたということで、やっぱり一方的に先生が話す話を聞くのはやっぱりなかなか、しかも特に泊まりがけの3日目なんかだいたい眠いわけですよ。 2日目の夜なんか最後の夜ね、ほぼ寝ないで朝を迎えるみたいな生徒もおそらくいたでしょうから、その中で延々と話をしたところで何の意味もないので、生徒さんに出てもらって最後はそういうアーメンとかで締めたという形になっております。 それがどれだけ今回のテーマに沿ったものであったのか、成果に繋がったのかというのはなかなか計り知れないところでありますが、少なくとも先生方のアーメンとかは一応好評だったかなと思います。 はい、というわけで、ぜひね、別にオリジナルでもないし、先輩特許でもないし、商標登録してるわけでもないんですが、キリスト教系のいろんな行事とかイベントとかでもぜひ真似してやっていただけたらいいなというふうに思っています。 元ネタは某番組なんで、そこはギリギリ攻めつつ、でもそこにとらわれずにいろんな面白い工夫とかアイディアとかあったらアレンジして使っていただければいいんじゃないかなと思います。 # 感想コメント&質問はやっぱり匿名がいい というわけで3日間の集会を振り返ってみましたが、私自身のことを考えるとですね、 なんせとにかく初めて会う人とグループを組まされですね、その場でワークショッピングみたいなことをやってもらったわけですが、 いやー、しんどいですよ。ただですね、普段慣れない新職ともに同じアイ部屋でね、過ごすとか、食事を作るとか、 今回いろんな企画を、要は初めて会う人、喋ったことのない人とやるわけですよ、初対面の人と。 いやー、しんどいと思いますよ。そういうのね、全然組んもなくできる生徒さんいらっしゃると思うんですが、私はそうじゃなかったんで、 いやー、しんどいだろうな。あとなんかその、その場でグループ分けしてくださいみたいな、自由に組んでくださいみたいなの、本当にね、 あの、やらされる側のみにもなってみろと思いますけども、まぁ今回もそういうことをやってしまったんですが、 あのー、まぁあの感想でも多かったのは、最初はとにかく収容会自体がね、行くのを迷ったぐらい嫌だったみたいな感想ありましたよ。 いやー、そうだと思いますよね。だから、グラス替えの初日だってめちゃくちゃ緊張するのに、 あの、会ったこともない人、喋ったこともない、まぁ会ったことはあるでしょうけど喋ったこともない人と、なんか作業をしなきゃいけないとかね、 えー、そこで話盛り上がらなかったらどうしようとか、全然その反りが合わないとかね、えー、みたいなこともあるわけじゃないですか。 他の、まぁ他人なわけですから、同じ学校にたまたまいるっていうだけでね、その人たちとじゃあどんだけ気が合うかっていうのは、かなりこう、ガチャ的な要素が多いわけですよ。 だからその中でもよくね、みなさん3日間、耐えられ、耐えられ、まぁそれきっかけに仲良くなるとか、友達が増えるとか、まぁそういうことを願っての収容会なわけなんで、 まぁそういうことは結果的にはそうなったらいいなと思いますし、なった説も多かったと思うんですが、ねー、それに至るまでに色んな勇気がいったりとか、 勇気を振り絞って話しかけてみたら、なんか思い通りのね、答えがなかったりとか、そういうことで傷ついたりとかっていうことは、まぁ繊細な子は特に大変だと思いますよ。 それは本当に見ててもよくわかります。私自身もそうだったんで。 なんですが、まぁそれを乗り越えた上で、やっぱりしんどいけど尊いっていう経験がね、あの若い頃は特にやっぱ必要かなと。 まぁ50にもなったらね、まぁ初めて会う人とそんなに、そんなになんていうか、初対面で一緒になんかするっていうのは早々なくなってくると思うんですけども、 あとまぁある程度ね、気の合う仲間とだけやってれば、まぁ新しい出会いとか別に求めてないよっていうことになると思うんですよ。年齢的にはどんどん上になればなるほどね。 ただまぁ若い頃はある程度たくさん会っておいた方がいいのかなというのは思います。 人間関係で悩んでるみたいなね、相談もあったんですよ。その集会の間でどうしたらいいですかみたいな。 これはだから大人もですね、ほぼほぼ大人になってからあるいは社会人になってから社会に出てからの悩みはほぼほぼほとんどは人間関係ですから。 職場にしてもね。 なんで、私が集会で答えた答えは、独定の非常に限られた人間関係だけの中で、コミュニケーションあるいはそういう人間関係に留まっていると、 そこでうまくいかなかったときに逃げ場がなくなるので、極力たくさんの関係性あるいは交流の場をあるいは持っていた方がいいんじゃないかと。 複数の人間関係、いろんな人間関係をとにかく幅広く持っていれば、それが悪いといざというときに役立つリスクヘッジになるんじゃないかというような話もしました。 ここだけじゃなきゃダメとか、この友達じゃなきゃみたいなね。 ずっとその友達と一緒にどこ行くのも一緒みたいなのは、なるべくちょっとリスキーなんじゃないかなということがありました。 それ以外にもいくつか、講演に関しての質問とか意見とか、あるいは最終日にみんなが書いてくれた感想文とかもいただいたんですが、 やっぱり本音を書いてもらうには特命だぞということがつくづく感じました。 初日の講演の後に書いていただいたのが特命のコメントだったんですね。 何組の何とかと自分で名前を変えて書いたら、決して出てこないであろう本音のコメント・感想・質問が大変多かったので、 やっぱりこういう講演なんかで、いかに先生さんや子どもたちの本当に考えていること、正直なこと、嘘、偽りのないことを聞こうと思ったら、 やっぱり特命じゃないといけないなというふうに痛感をしたわけです。 例えばどんな感想があるかというのをちょっとだけ紹介したいと思うんですが、 好きなものは素直に好きになった方がいいと思いましたという話ですね。 ジョジョの奇妙な冒険が好きですとか、ドローンボールが好きですとかということもいましたね。 世代がだいぶ親子ぐらい離れていても同じ作品が好きでいられるというのは本当に幸せなことだったなと思います。 あとは最近解散した某グループのガチファンの方が非常に聞いていて苦しくなったような話でしたということでしたが、 オシカツと宗教の説明は面白くて分かりやすくて、キリスト教って意外と怖いものじゃないんだと気づきましたとか、そういうような感想もたくさんありました。 私はオシカツが人生というくらいオシが大好きなので楽しく話を聞いていました。 同誕拒否もあるしガチ恋なのでやばいです。 ゆるオシでドローンボールやドラクエが小さい頃から大好きです。 後で話を聞いたら親御さんがやっぱり大好きだったということで、ですよねということで、 鳥山明先生大好き好きだと聞いて嬉しかったですという話とか、 日本と韓国にオシがいると。 友達に言うとどっちかにしてと言われますが、オシが一人というのは難しいですよね。 それはそうですよね。だから一神教と多神教の話をしましたが、この神じゃなきゃとかね、この唯一のオシじゃなきゃみたいなことじゃなくても、 いろんなオシがいてもいいっていうのはオシカツの特徴かなと思います。 今日の話を聞いて、自分が好きなものを恥ずかしがったり、人の好きなものを否定から這えるようなことはせず、もっと自分の好きなものに自信を持ち、 他者と分かち合うことで様々なことに触れられると思った。好きなものが好きと言えるようになりたい。 同じような感想たくさんありました。 楽しいキリスト教、面白いキリスト教を布教したいとおっしゃっていました。 今日の話で一歩それに近づけたような気がします。 ありがとうございます。 私自身の老い立ちから今までもいろんなところで言ってきましたが、 堅苦しい、真面目で賢かったキリスト教しか私は知らなかったので、 そこから新しいいろんな方々との出会いから、楽しいキリスト教、面白いキリスト教もあっていいんじゃないかというのは原点になっているという話をしたことへの感想です。 実際私が好きな推しについてなかなか言いにくいと。 私より詳しい友達がいるので言いにくいんだと。 自分の自己紹介で好きなアーティストはと聞かれたら、アイミョンと答えています。 アイミョンの歌詞に共感できるから好きです。 よりみんなが共感してくれそうな推しを、無難な推しを言うというよくありがちな話ですが、 こういう方、大変共感をいたしました。 推しを好きというのが怖かったけれども、話を聞いて自分の好きを言ってもいいんだと安心できたし勇気が出ました。 別に何が何でも言わなきゃということじゃないと思うんです。 これ信仰と同じで別に言わなくてもいい、カミングアウトしなくてもいいと思うんですが、 言ったら迫害されるみたいな心理的安全性の確保されない空間環境関係性はあまりよろしくないんじゃないかなという話で、そういう話をしました。 正直50分の講演長いなと思っていましたが、50分があっという間に感じるくらい面白かったです。 ありがとうございます。 宗教に推し勝つは確かにな、宗教イコール推し勝つ、確かになと納得できました。 はい、ありがとうございます。 もともと推しを語るのって怖くないことだと思っていたけど、話を聞いてさらに納得できた。 人の好きは尊重されるべきものだと思った。 神を信じる人の気持ちを少し理解できたということでいただきました。 ありがとうございます。 # 推し(好き)と信じるの違いとは? はい、限られた時間ですべてはご紹介できませんでしたが、こちら最後ですね。 推しは自分から好きになって推してるけど、親がクリスチャンだと義務化されちゃって、神推せん。 親御さんがね、クリスチャンの生徒さんの感想ですね。 教会行くのが小さい頃から当たり前でしょ、みたいな感じと。 旅行先でも行かされるし、行きたいと思って行く場所とかは、は思えないかもということで、 率直な、2世の意見を書いていただきました。 まあ、まっさに全くおっしゃる通りですね。 なので、やっぱり主体的に自分で選んで推すのと、あるいは信じるのと、 親が推してたので、無理やり、まあ無理やりって言うとあれですけど、 その親の推しを、半ば、幼い頃から一緒にライブに連れて行かれて、 まあそのまま好きになっちゃえばそれでいいんですが、 実はそんなに案外好きじゃないんだけれども、毎回連れて行かれるみたいな状態と考えると、 なかなかそれはしんどい状態だなと。 いわゆる宗教二世というのは、そういう状態だと考えると、ちょっときついなという意味は思いますが、 まあなんかそれはやっぱり自分で主体的に選び直す時期が、 年二世は特に来ると思うんですけども、 まあそういうような自由が保障されているのかどうかということも大きな問題かなと思います。 そして、とはいえですね、もう散々私はだから押し勝つと宗教の話をしてきましたが、 じゃあ究極、本当にイコールなんかって言ったらイコールじゃないんですよ。 まあそれは当然だと思うんですけど、100%一緒だったら別に宗教である必要はないとは思うんですが、 じゃあ何が違うのかっていうのを、これぜひテーマで深掘りしたいと思います。 今後、永遠のテーマかなと思うんですが、 要は好きというのと信じるというのは必ずしも一緒じゃないと。 私はだから二世として、今でも一億リッシャーで洗礼を受けて信じてはいますが、 好きかっつったらね、イエスキリストが神のことが好きかっつったら好きなのか?っていうね。 うーん、まあそうなんです。だから散々押し勝つ話をした上で、そこをひっくり返すみたいな話になっちゃうんですけど、 そこ微妙にやっぱり違うんでしょうね。私は別に好きじゃないですよね。 イエスキリストが好きかっつったら好きとはちょっと違うんでしょうね。リスペクトはありますけど。 うーん、ね。いや、もちろんだからイエスキリストや神が好きでクリシャンになってます。今もクリシャンです。信じてます。っていうタイプもいると思うんですが、 ちょっとね。しかも押し勝つ側からすると、自分の押している押しが尊い、そしてファンさんもらったらパワーもらう対象ではあるけれども、 じゃあそれを、好きなんだけど、それをじゃあ信じるかって言ったら、それ信じると好きは一緒じゃないですよね、感情としてね。 信じたいはわかります。だから押しが何か不祥事を起こした時に、いやそんなはずはない、自分の押しはこういう人であるはずであってほしいという信じたい気持ち、 あるいは信じると言う感情に似た感情はあるかもしれませんが、イコールじゃないですよね。 その辺が押し勝つと宗教って、構造的には似てるのは確かなんです。なんで散々、構造の話はしてますけれども、 感情面の話としては、必ずしも一緒とは言えない。特に日清に関しては、主体的に自主的に選んだわけじゃないので、 後からやっぱりこれしかないよねと言って信じたタイプ、私なんか特にそういうタイプなんで、好きじゃないですよねっていうね。 その辺はちょっとモヤモヤが残りつつ、ぜひ皆さんの感想などもご意見などもいただきたいと思います。 はい、そんなわけで長くなりました。わずか3日間でしたけれども、本当にたくさんの方々に直接お話はできなかった生徒さん先生もいらっしゃいました。 これだけ言っておきたい。先生方に大変お世話になりました。 ありがたかったのは、もちろん収容会なんで講師として呼ばれて、生徒さん方を向けに話をしたんですが、 あいまいまに話した先生方との話はすごい良かったです。 もともと私が先生だったっていうこともあるんで、非常に共感することも多かったし、 いやぁ、院卒ってこうだよなみたいなすごい懐かしい感じ。 そして、院卒者の一人として言ってるのに、それにあまりお役に立ててない無力感みたいなのも感じつつ、 先生だったらこういうふうに動けたのになというところもありつつも、それはそれで役割分担として割り切るしかないんですけれども、 あいまいまにいろんな先生方と個別に個人的にいろいろと話をすることができました。 それが本当に良かったですね。こういうのがまさに本当に出会いなんだなという。 ほとんどやっぱりクリスチャンじゃない先生方だったので、 あ、でもクリスチャンじゃなくてキリスト教学校で勤めるってこういうことなんだっていうのは、なんとなく実感、体感として分かりました。 そういう先生方が、とてもそのキリスト教について非常に尊敬の念、リスペクトを持って仕事をされている。 そしてその職責を全うされているという姿に非常に感銘を受けました。 なんかね、もちろんキリスト教学校に勤めてるからってみんなクリスチャンなわけじゃなくて、 たまたま就職して、あるいはいろんなところから転職をしてね、この職務に就いたという方がいらっしゃると思うんですが、 その方々が礼拝を生徒さんと一緒にするということがね、どういう意味合いがあるのかとか、 どういうモチベーションなり何かね、その思いを持ってその礼拝に出たらいいのかっていうのは、 なかなか大変だと思うんです。クリスチャンだったらね、まあ別に当然でしょってそういう思いを持ちね、 本人も信じていれば、そういう位置、礼拝者としてそこに参加することができると思うんですが、 そうじゃない立場で、でもしかも一応指導的な立場になりつつ、礼拝を成り立たせるっていうのは、 なかなか大変なことだなと思いますので、そういう意味では非常になんか教会とはまた違う、 独特のそのキリスト教学校ならではの文化としてのキリスト教みたいなのが、 ジャンルとして非常にあるなと思わされました。ので、聞いたところによると、 学校の中では半分ぐらいがクリスチャンの教職員だということだったんですが、 必ずしもその礼拝の中でね、クリスチャンじゃない先生あるいは生徒さんが話すこともあるわけで、 じゃあその話にはどんな意味合いやあるいは戦略的な意義があるのかみたいなことは、 もうなんかいろいろと深掘りする余地があるし、非常に大きなテーマかもしれないなと勝手に思わされた次第です。 そんなことを考える人はあまりいないかもしれませんが、 ぜひその辺も先生方とまたお会いする機会があったらお話しして深めていけたらなと思いますが、 何せいろんな場面場面で大変大変お世話になりました。 私一人じゃとてもじゃないけれども、この重荷重石を担い切ることはできなかったと思います。 いろんなお世話があって、3日間無事に過ごすことができました。 果たして生徒さんはいかがだったでしょうか。 感想をね、最終日に書かされてというか、 そういう時間をとってね、書いたと思うんですが、やっぱりクラスの名前書かなきゃいけないんで、 なかなかね、どこまで本音を書けたか。 まあまあでも別にそれでも、書いたこと本音だよという先生さんもたくさんいらっしゃると思うんですが、 できればどこかでまた再会した時には、本音で感想あるいは質問とかまたいただけるといいなと思います。 はい、というわけで、そんなこんなでだいぶ長くなりました。 関係していない、当事者じゃない、学校関係者じゃない人にとってはなんじゃそりゃ、 なんか無関係、知らんがなだったかもしれませんが、いろいろと話をさせていただきました。 ぜひ皆さんの場でも、いろんな場でアメのトークをやりたいという方はお声掛けいただきたいと思いますし、 自ら自主的にアメのトークをやりたいという方は、ぜひぜひやってチャレンジしてみてください。 また感想などお待ちしております。 というわけで、リベイおじことリベラおじさんのお伝えがお届けしました。 東高の三おじさんでは、YouTubeでも各週で動画をアップしております。 ぜひそちらもご覧いただきたいと思います。 チャンネル登録、そして高評価。 私個人のイノフェスチャンネル、ひらがなのイノ、カタカナのフェスでイノフェスチャンネルのYouTubeでも配信をしております。 引き続きよろしくお願いします。 ありがとうございました。また次のVoicyでお会いしましょう。さようなら。 もっと見る #キリスト教 #牧師 #ミッションスクール #アーメン #修養会 東方の3おじさんラジオ【世界一ゆるいキリスト教】松谷信司×MARO×清涼院流水04:201.オープニング09:522.3日間でやろうとしたこと09:333.アーメントークの効能09:444.感想コメント&質問はやっぱり匿名がいい09:495.推し(好き)と信じるの違いとは?コメント感想・質問・応援メッセージを書こう
【リベおじ】久々にコメント返しの回 22分・10月18日・ 72再生AI目次50歳を迎えるリベラルおじさんの挑戦とはリスナーからの質問に答える深掘りテーマ待望のイノフェス開催とイベント情報アウシュビッツ番組と映画・アニメ談義コンテンツ拡充と業界活性化への展望
【カトおじ】YouTube第73回「おじさんたちの好きな映画」の気づきと学び 10分・10月16日・ 43再生AI目次教皇レオ14世の緊急手術に心境視聴者発!「おじさんたちの好きな映画」クリスチャンが語るホラー映画の深層加藤寺流水、デビュー30周年記念作47の事件に挑む新プロジェクトの今
【リベおじ】修養会の舞台裏 3日間を振り返りつつ1人反省会 44分・10月11日・ 124再生AI目次修養会での新たな試み:一方通行ではない学びアーメントークの真髄:先生方の意外な素顔「しんどいけど尊い」関係構築の教訓本音を引き出す匿名性の力と共感の広がり「好き」と「信じる」の境界線:宗教二世の問い
【リベおじ】Izumi Yvonne Araki(ISMC副代表)さんに留学生を取り巻く環境の変化を聞く 41分・10月7日・ 134再生AI目次Izumi Araki氏 多彩な肩書きの背景コロナ禍で激変したカナダ留学日本人留学生、貧困から学業苦へ日本留学が人気を集める理由とは?留学生が教会で「ありがとう」を言われるには
【カトおじ】YouTube第72回「みんな気になる献金額の相場」の気づきと学び 12分・10月2日・ 53再生AI目次宗教学者・岡本先生の外部視点聖書に記された十一献金の概念現代社会での十一献金の現実カトリックおじさんの献金と葛藤プロテスタント独立教会の献金事情
【リベおじ】シリーズ「問いを旅する」第2弾@広島報告 24分・9月27日・ 114再生AI目次連休中の広島イベント開催と集客の苦戦「サブカル×世界平和」繋ぐ議論の深み大西神父が語る広島教区の電撃発表仏教研究者が見たキリスト教の印象日本のキリスト教界が直面する現実
【カトおじ】YouTube第71回「クリスチャンとAI」の気づきと学び 12分・9月18日・ 63再生AI目次AI英語学習革命とクリスチャンの視点AIが拓く聖書研究と信仰の深化教皇が警鐘を鳴らすAIの危険性人類の未来を左右するAIの選択最新作『神探偵イエスキリスト』裏話
【リベおじ】映画『聴く隣人のいるところ』の魅力を現役教員と語り尽くす 1時間5分・9月6日・ 216再生AI目次映画『聴く隣人』の全国拡大と教員が語る魅力現役教員が涙したハレルヤコーラスと高校生の質的成長教会の「対話」と中高生ラジオが生む共感の輪学校教育の多様性と生徒が語る「問題ない」の重み愛心高校が問いかける人の尊厳と教育の原点
【リベおじ】まるとす会でのオンライン講義に寄せられたコメント 21分・9月5日・ 93再生AI目次リベおじ50歳節目 マルトス会講義の反響教会への辛辣な声 若者の本音とは高齢者伝道の可能性と教会発信の原点マルトス会 女性たちの切なる学びの願い次期ゲスト吉国氏講演と注目のイベント
【カトおじ】YouTube第70回「30と60と100の謎」の気づきと学び 13分・9月4日・ 63再生AI目次聖書が語る数字70と40の深い意味さんおじさんの30・20・10周年イエス様が語る30・60・100倍数字の謎が導く感動の結論とは数字が織りなす奥深い世界観