#301 役にたたないから役に立つ~老子第十一章「無用の用」
09:22
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【車輪の真ん中にあるもの】
私の主な移動手段はホーキという名の自転車ですが、今日は車輪の話です。
外側のリムから真ん中に向かって、細いスポークが何本も集まっています。その中心にあるのがハブで、ハブの真ん中には車軸を通す穴が開いています。
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老子の第十一章は、この車輪の話から始まります。
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『三十の輻(ふく)、一つの轂(こく)を共にす。其の無に当たりて、車の用有り』
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輻はスポーク、轂はハブのことです。30本のスポークがひとつのハブに集まって、車輪はできています。目に入るのは、放射状に並んだスポークの美しさや、がっしりとしたハブです。けれど車輪が車輪として回るのは、ハブの真ん中に穴が開いていて、そこに車軸が通っているからです。もしハブの中まで木でぎっしり詰めてしまったら、どんなに立派でも、それはただの重たい円盤になってしまいます。
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つまり車輪は、何もない一点を中心に回っています。
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【器と部屋】
老子は続けて、器の話をします。
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『埴(つち)を埏(こ)ねて以て器を為(つく)る。其の無に当たりて、器の用有り』
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粘土をこねて器を作ります。私たちは器を手に取るとき、形や色や手触りを見ます。でも実際にお茶を注いだり、ご飯をよそったりするときに使っているのは、内側の何もない空洞のほうです。中まで粘土が詰まった湯のみは、文鎮にはなっても湯のみにはなりません。
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三つ目は部屋の話です。
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『戸牖(こゆう)を鑿(うが)ちて以て室を為る。其の無に当たりて、室の用有り。故に有の以て利を為すは、無の以て用を為せばなり』
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壁に扉や窓をつけて部屋を作ります。面白いのは、家づくりが「くり抜く」ことから語られている点です。何かを足すのではなく、開けることで部屋が部屋になる。
人が出入りできるのも、光や風が入るのも、開けた穴のおかげです。そして私たちが暮らしているのは、壁の中ではなく、壁に囲まれた何もない空間のほうです。家具や荷物で隙間なく埋め尽くされた部屋には、人は住めません。
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車輪、器、部屋。三つのたとえは、どれも同じことを指しています。形あるものには、必ずその真ん中や内側に無がある。そして形あるものが便利に使われるのは、空っぽのところがその働きをしているからなのです。
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【利と用】
老子は「利」と「用」という二つの言葉を使い分けています。
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利は、形あるものがもたらす目に見える便利さです。数えられて、値段がつけられて、評価されるもの。用は、それを使えるものにしている働きそのものです。利は有から生まれ、用は無から生まれる。
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老子は有を否定しているわけではありません。スポークもハブも、粘土も壁も、なくては困ります。ただ私たちは有ばかりを見て、その真ん中で働いている無を忘れてしまいがちだ、と言っているのだと思います。
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私たちの暮らしは、スポークを数えることに慣れている気がします。肩書き、成果、何ができるか、どれだけ稼いだか。目に見えて役に立つものばかりが数えられ、評価されます。でも、予定でびっしり埋まった手帳や、役割で埋まった一日や、期待で埋められた人間関係は、中まで粘土がぎっしり詰まった器のようです。どれだけ立派でも、もう何も受け止めることはできません。
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【無用の用】
老子の考えを受け継いだ荘子は、これを「無用の用」と呼びました。
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人が実際に踏んでいる地面は、足跡の大きさだけです。でも足跡以外の地面を全部掘り崩してしまったら、もう誰も歩くことはできません。踏んでいない地面は、一見なんの役にも立っていません。けれどその地面が広がっていてくれるから、私たちは安心して一歩を踏み出せます。役に立たないものが、役に立っているのです。
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荘子には、木の話もあります。まっすぐで太い、材木として優れた木は、建材や道具にするために、人間に早く切り倒されてしまいます。一方で、幹が曲がって節だらけの櫟(くぬぎ)は、船にすれば沈み、棺桶にすればすぐに腐る役立たずとして、大工に見向きもされません。誰にも利用されないからこそ伐採を逃れ、大きな巨木へと育ちます。そして最後には神木としてまつられ、人々が木陰で休む場所になるのです。
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大事なのは、無である穴は、役に立とうとしているわけではないということです。車輪の穴は、車輪を回そうと頑張っているわけではありません。器の空洞も、何かを受け止めようと力んでいるわけではありません。ただ、空いているだけです。空いているから、役に立つのです。
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老子は別の章で、「無為にして為さざるは無し」とも言っています。余計な欲を出して無理にコントロールしようとせず、自然の理(ことわり)や流れに身を任せれば、かえって万事がうまくいく、という意味です。
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役に立たないと思われている時間や場所や人が、実は誰かの足場になって、社会という車輪を真ん中で回しているのかもしれません。それは目に見えないし、数えることもできません。でも、なくなったら車輪は回らない。
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【ナノの世界の無】
2025年にノーベル化学賞を受賞した京都大学の北川進さんは、研究や発想の原点としてこの「無用の用」を挙げ、座右の銘にしています。受賞の際にはずいぶんメディアでも取り上げられていたので、聞いたことがある方もいるかもしれません。
湯川秀樹博士の著書『天才の世界』などで紹介されていた老荘思想に、強い影響を受けたのだそうです。ストックホルムでの受賞記念講演でも、荘子の無用の用を紹介し、それが研究に大きな影響を与えたと語っておられました。
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北川さんが開発したMOF(金属有機構造体)は、ナノメートルサイズの極小の穴が規則正しく並んだ構造体です。穴の形を変えることで、さまざまな気体を選んで分離したり、吸着したり、貯蔵したりできます。中に何もない、一見役に立たないように見える空間が、空気から二酸化炭素を回収するような地球規模の仕事をしているのです。
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老子が2000数百年前に、車輪のハブや器の内側に見ていた無の働き。それがいま、ナノの世界で形になっているのですね。
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【短い文章に詰まっているもの】
こんなふうに、中国古典にはとても短い文章にたくさんのことが詰まっています。そのとき自分が気になっていることや、振り返ってみたことを重ねて意味づけをするので、読書会はなかなか進みません。一回でだいたい2章か3章ほどです。
でも、これを1年後、10年後に読むと、またまったく違う意味が見えてくるのが面白い。
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ちなみにVoicyの第20回では、茶柱二時五十分さんをゲストをお迎えして「中洲に売茶翁がやってきた 無用の用 中洲茶会」という放送もしています。こちらもぜひ聞いていただければうれしいです。
https://voicy.jp/channel/821343/6490371
私の主な移動手段はホーキという名の自転車ですが、今日は車輪の話です。
外側のリムから真ん中に向かって、細いスポークが何本も集まっています。その中心にあるのがハブで、ハブの真ん中には車軸を通す穴が開いています。
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老子の第十一章は、この車輪の話から始まります。
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『三十の輻(ふく)、一つの轂(こく)を共にす。其の無に当たりて、車の用有り』
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輻はスポーク、轂はハブのことです。30本のスポークがひとつのハブに集まって、車輪はできています。目に入るのは、放射状に並んだスポークの美しさや、がっしりとしたハブです。けれど車輪が車輪として回るのは、ハブの真ん中に穴が開いていて、そこに車軸が通っているからです。もしハブの中まで木でぎっしり詰めてしまったら、どんなに立派でも、それはただの重たい円盤になってしまいます。
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つまり車輪は、何もない一点を中心に回っています。
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【器と部屋】
老子は続けて、器の話をします。
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『埴(つち)を埏(こ)ねて以て器を為(つく)る。其の無に当たりて、器の用有り』
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粘土をこねて器を作ります。私たちは器を手に取るとき、形や色や手触りを見ます。でも実際にお茶を注いだり、ご飯をよそったりするときに使っているのは、内側の何もない空洞のほうです。中まで粘土が詰まった湯のみは、文鎮にはなっても湯のみにはなりません。
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三つ目は部屋の話です。
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『戸牖(こゆう)を鑿(うが)ちて以て室を為る。其の無に当たりて、室の用有り。故に有の以て利を為すは、無の以て用を為せばなり』
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壁に扉や窓をつけて部屋を作ります。面白いのは、家づくりが「くり抜く」ことから語られている点です。何かを足すのではなく、開けることで部屋が部屋になる。
人が出入りできるのも、光や風が入るのも、開けた穴のおかげです。そして私たちが暮らしているのは、壁の中ではなく、壁に囲まれた何もない空間のほうです。家具や荷物で隙間なく埋め尽くされた部屋には、人は住めません。
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車輪、器、部屋。三つのたとえは、どれも同じことを指しています。形あるものには、必ずその真ん中や内側に無がある。そして形あるものが便利に使われるのは、空っぽのところがその働きをしているからなのです。
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【利と用】
老子は「利」と「用」という二つの言葉を使い分けています。
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利は、形あるものがもたらす目に見える便利さです。数えられて、値段がつけられて、評価されるもの。用は、それを使えるものにしている働きそのものです。利は有から生まれ、用は無から生まれる。
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老子は有を否定しているわけではありません。スポークもハブも、粘土も壁も、なくては困ります。ただ私たちは有ばかりを見て、その真ん中で働いている無を忘れてしまいがちだ、と言っているのだと思います。
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私たちの暮らしは、スポークを数えることに慣れている気がします。肩書き、成果、何ができるか、どれだけ稼いだか。目に見えて役に立つものばかりが数えられ、評価されます。でも、予定でびっしり埋まった手帳や、役割で埋まった一日や、期待で埋められた人間関係は、中まで粘土がぎっしり詰まった器のようです。どれだけ立派でも、もう何も受け止めることはできません。
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【無用の用】
老子の考えを受け継いだ荘子は、これを「無用の用」と呼びました。
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人が実際に踏んでいる地面は、足跡の大きさだけです。でも足跡以外の地面を全部掘り崩してしまったら、もう誰も歩くことはできません。踏んでいない地面は、一見なんの役にも立っていません。けれどその地面が広がっていてくれるから、私たちは安心して一歩を踏み出せます。役に立たないものが、役に立っているのです。
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荘子には、木の話もあります。まっすぐで太い、材木として優れた木は、建材や道具にするために、人間に早く切り倒されてしまいます。一方で、幹が曲がって節だらけの櫟(くぬぎ)は、船にすれば沈み、棺桶にすればすぐに腐る役立たずとして、大工に見向きもされません。誰にも利用されないからこそ伐採を逃れ、大きな巨木へと育ちます。そして最後には神木としてまつられ、人々が木陰で休む場所になるのです。
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大事なのは、無である穴は、役に立とうとしているわけではないということです。車輪の穴は、車輪を回そうと頑張っているわけではありません。器の空洞も、何かを受け止めようと力んでいるわけではありません。ただ、空いているだけです。空いているから、役に立つのです。
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老子は別の章で、「無為にして為さざるは無し」とも言っています。余計な欲を出して無理にコントロールしようとせず、自然の理(ことわり)や流れに身を任せれば、かえって万事がうまくいく、という意味です。
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役に立たないと思われている時間や場所や人が、実は誰かの足場になって、社会という車輪を真ん中で回しているのかもしれません。それは目に見えないし、数えることもできません。でも、なくなったら車輪は回らない。
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【ナノの世界の無】
2025年にノーベル化学賞を受賞した京都大学の北川進さんは、研究や発想の原点としてこの「無用の用」を挙げ、座右の銘にしています。受賞の際にはずいぶんメディアでも取り上げられていたので、聞いたことがある方もいるかもしれません。
湯川秀樹博士の著書『天才の世界』などで紹介されていた老荘思想に、強い影響を受けたのだそうです。ストックホルムでの受賞記念講演でも、荘子の無用の用を紹介し、それが研究に大きな影響を与えたと語っておられました。
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北川さんが開発したMOF(金属有機構造体)は、ナノメートルサイズの極小の穴が規則正しく並んだ構造体です。穴の形を変えることで、さまざまな気体を選んで分離したり、吸着したり、貯蔵したりできます。中に何もない、一見役に立たないように見える空間が、空気から二酸化炭素を回収するような地球規模の仕事をしているのです。
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老子が2000数百年前に、車輪のハブや器の内側に見ていた無の働き。それがいま、ナノの世界で形になっているのですね。
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【短い文章に詰まっているもの】
こんなふうに、中国古典にはとても短い文章にたくさんのことが詰まっています。そのとき自分が気になっていることや、振り返ってみたことを重ねて意味づけをするので、読書会はなかなか進みません。一回でだいたい2章か3章ほどです。
でも、これを1年後、10年後に読むと、またまったく違う意味が見えてくるのが面白い。
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ちなみにVoicyの第20回では、茶柱二時五十分さんをゲストをお迎えして「中洲に売茶翁がやってきた 無用の用 中洲茶会」という放送もしています。こちらもぜひ聞いていただければうれしいです。
https://voicy.jp/channel/821343/6490371
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- 00:161.
タイトルコール
- 09:072.
車輪の真ん中にあるもの
コメント

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茶柱さんに出会って、もう一度売茶翁に出会えた気がしています。
出会いカオスでしたが、出会っていただき感謝します。
私の中では before 茶柱、after 茶柱ですわよ⭐
いつもありがとうございます。
難しいだろうと遠くから見ていた「老子」「荘子」の言葉。人生を重ねてきた今だからこそ身近に思えるかも。
読んでみようかなと思いました😊