#135 上から読んでも下から読んでも回文!
09:04
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金曜日は、MOJIミュージアム。
言葉や漢字、古くから伝わる諺(ことわざ)を、単なる「記号」ではなく、熱量を秘めた「表現物」として解剖できないか考えます。
ひとつの漢字の成り立ちに潜む美学や、言葉の裏側にある秘められた思いに触れてみましょう。
今朝は、上から読んでも下から読んでも同じ音を奏でる「回文」の美学に迫ります。
平安貴族の知的な歌遊びとして始まった回文は、江戸時代に「宝船の絵」に添える縁起物として庶民へ爆発的に広がりました。
「ひっくり返っても損なわれない」循環の構造が吉兆と結びついたのです。
この大衆化を支えたのは日本語という言語の奇跡です。
子音と母音が不可分な「かな文字」の単純さと、濁音を自由に往来できる柔軟なルールが、言葉の可能性を極限まで開放しました。
「竹やぶ焼けた」の日常的なコミカルさから、「世の中ね 顔かお金かなのよ」のような人間のリアルな業、さらにはアダムの自己紹介を描いた英語圏の "Madam, I'm Adam." まで。文字が反転した瞬間に立ち現れるドラマとユーモアは、まさに言葉の裏側に潜む究極のアートと言えます。
言葉や漢字、古くから伝わる諺(ことわざ)を、単なる「記号」ではなく、熱量を秘めた「表現物」として解剖できないか考えます。
ひとつの漢字の成り立ちに潜む美学や、言葉の裏側にある秘められた思いに触れてみましょう。
今朝は、上から読んでも下から読んでも同じ音を奏でる「回文」の美学に迫ります。
平安貴族の知的な歌遊びとして始まった回文は、江戸時代に「宝船の絵」に添える縁起物として庶民へ爆発的に広がりました。
「ひっくり返っても損なわれない」循環の構造が吉兆と結びついたのです。
この大衆化を支えたのは日本語という言語の奇跡です。
子音と母音が不可分な「かな文字」の単純さと、濁音を自由に往来できる柔軟なルールが、言葉の可能性を極限まで開放しました。
「竹やぶ焼けた」の日常的なコミカルさから、「世の中ね 顔かお金かなのよ」のような人間のリアルな業、さらにはアダムの自己紹介を描いた英語圏の "Madam, I'm Adam." まで。文字が反転した瞬間に立ち現れるドラマとユーモアは、まさに言葉の裏側に潜む究極のアートと言えます。
トラノマキアート
日常に紛れ込むアート@マー坊ター坊
- 09:041.
「竹やぶ焼けた」「世の中ね 顔かお金かなのよ」回文の美学!
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