戦後の住宅事情と間取り設計【1/2】420万戸の焼け跡による圧倒的住宅不足と賃貸、分譲、戸建ての国策間取り (2026/8/21 #2315)
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自宅建設プロジェクトの連動企画として、今回から2回にわたり「日本人の住宅事情の近現代史」をお話しします。
日本人はなぜこれほど新築を好むのか。なぜ家は「一生に一度の買い物」になったのか。答えは私たちの趣味嗜好ではなく、戦後80年の国策の歴史にあります。
終戦時、日本は420万戸という絶望的な住宅不足から出発しました。住宅金融公庫、公営住宅法、日本住宅公団という三本柱で国を挙げて家を作り続け、1951年にはわずか35平米に食寝分離を実現した「51C型」からダイニングキッチンが発明されます。実は今日の3LDKという間取りの原型は、この配給時代の規格です。
そして重要な転換点が1968年。この年、総住宅数が総世帯数を統計上逆転し、日本の住宅難は終わりました。ところが政策も産業も止まらず、1973年には新設着工191万戸という史上ピークを記録。いまの2.4倍です。賃貸から分譲、郊外一戸建てへと進む「住宅すごろく」が人生の標準コースになり、家は住まいであると同時に資産形成装置になっていきました。その行き着いた先が、片道90分通勤を正当化したバブル期の郊外マイホームです。
「家は建てるほど豊かになる」「新築こそ正義」というOSは、実は1968年に役目を終えていました。しかしこのOSは50年間アップデートされないまま走り続けます。
その帰結である空き家900万戸の時代の到来。しかし私はチャンスだとおもっています。次回お話しします。
日本人はなぜこれほど新築を好むのか。なぜ家は「一生に一度の買い物」になったのか。答えは私たちの趣味嗜好ではなく、戦後80年の国策の歴史にあります。
終戦時、日本は420万戸という絶望的な住宅不足から出発しました。住宅金融公庫、公営住宅法、日本住宅公団という三本柱で国を挙げて家を作り続け、1951年にはわずか35平米に食寝分離を実現した「51C型」からダイニングキッチンが発明されます。実は今日の3LDKという間取りの原型は、この配給時代の規格です。
そして重要な転換点が1968年。この年、総住宅数が総世帯数を統計上逆転し、日本の住宅難は終わりました。ところが政策も産業も止まらず、1973年には新設着工191万戸という史上ピークを記録。いまの2.4倍です。賃貸から分譲、郊外一戸建てへと進む「住宅すごろく」が人生の標準コースになり、家は住まいであると同時に資産形成装置になっていきました。その行き着いた先が、片道90分通勤を正当化したバブル期の郊外マイホームです。
「家は建てるほど豊かになる」「新築こそ正義」というOSは、実は1968年に役目を終えていました。しかしこのOSは50年間アップデートされないまま走り続けます。
その帰結である空き家900万戸の時代の到来。しかし私はチャンスだとおもっています。次回お話しします。
木下斉の今日はズバリいいますよ!
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戦後の住宅不足と間取りの歴史、賃貸、分譲、戸建てという3展開。
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コメント

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なので、普通の一軒家に住むイメージが湧きません。部屋が狭くても苦じゃない。
うさぎ小屋や、賃貸は持ち家に比べて狭いなど、日本型のデメリットが言われますが、自分にとってどうなのがが大事だなと思いました。
近代以前の身分や気候による様式から、市場規定に移ったというのは他の面でもありそうですね。
生産力向上で庶民でもオーダーメイドが可能になった今、自分らしい生活をどうデザインしようかと、家づくりの可能性にとてもワクワクします。