TOPトーク専門家毎朝の思考当事者性のない「語り部二世」はただの琵琶法師09:11 2025年8月22日 7,700再生 問題を報告する 再生する シェアする AI目次当事者性とリアリティの狭間で語り部報道の功罪とは?物語の固定化と単純化の危険性語り部二世の虚構と限界真の平和への道筋とは?AI文字起こし(β版) # 当事者性のない「語り部二世」はただの琵琶法師 おはようございます。佐々木敏夫です。 終戦記念日の8月15日前後になると必ず新聞やテレビは平和報道という 8月ジャーナリズムとも言われるような 戦争についての連載とか特集をやるという習いになっているんだけど その中心になっているのが 語り部による語りずぶ戦争というスタイルで これ僕は前からずっと批判しているんだけど 改めて何が問題なのかというのをここで改めて話してみようかなと思います。 語り部というのは実際に特攻に行った人だったりとか あるいは空襲の中で命からがら逃げ延びた人たちとか そういう戦争体験者に話を聞く。 それによって戦争の恐ろしさ悲惨さみたいなものを後世に伝えていこうという そういう意味ですよね。 それを語り部報道と呼んでいる。 これはもちろん戦後のある時期まではとても有効性があったと思うし 特に1940年代後半、戦争が終わってから生まれてきた段階の世代が だんだん大人になるにしたがって 戦争を全く知らない人たちが日本の中に増えていくという状況が 1970年代から80年代にかけてあったわけです。 ここに危機感を抱いて、だったらもっとちゃんと 戦争経験者たちが語り部として語り継ごうよという ところから始まっている部分はあるわけですよね。 それはとても最初は有効だったと思う。 僕はこの語り部の価値、戦争体験者が直接語ることの価値というのは そこの当事者であることによるリアリティだと思っていて 人間というのはとても複雑な生き物で、いろんな面を持っているわけですよ。 表もあれば裏もある。明るいところもあれば暗いところもある。 悪魔と天使もいる。 だから例えば戦争そのものについても 当初1942年に真珠湾攻撃が始まった時には この戦争は明るい戦争だ、みたいなことを言っている人もたくさんいた。 つまりずっと経済的に包囲網を引かれて エネルギーを絶たれてモヤモヤとしている。 一方で日中戦争の方は全く進展がなく泥沼のような戦いになっていっている。 その中で一発逆転でアメリカに対して戦線を開いたことに関して 滑走さかいの人はとても多かったんですよね。 それが戦争後期になってくるとだんだんと敗色が濃厚になり 軍は台本や発表でまた勝った、また勝ったと言っているんだけど 一方で国内では空襲が始まり どう考えてもこれ勝ってるわけないよねってことをみんなうすうす感じ始める。 そして戦争末期になると次々に輸送船や貨物船が沈められ あの戦争で300万人が死に、そのうち200万人は兵士だったんだけど その兵士たちの死の大半も実は戦闘による死ではなく 戦争末期における染病死、つまり病気で亡くなったりとか あるいは飢え死にしたりとかというケースが非常に多かった。 そういう悲惨な戦争末期になって初めてこの戦争はいけないよね、ひどいよね というふうに気持ちが傾いていく。 だからその戦争に対してポジティブに見ていた分とネガティブに見ていた分は 時期によってだいぶ変わってくるわけだし その両方の感情を持ってて 揺れ動いてたっていうのが現実だったと思うんですよね。 同時に特攻に行った人たちだって 特攻隊員たちの一書とか残した日記みたいなのを 前に自衛隊の施設にある博物館でいろいろ読んでみたことがあるんだけど 純粋に天皇陛下万歳って死んでした人ももちろんいるかもしれないけど それ以上に多くの人たちが 自分が故郷に残してきた、お母さんや妹や弟や妻や そういう人たちのなんとか守りたいという気持ち そういう共同体的なところから戦いに身を投じていったっていうところもある。 だからなぜ戦争に向かうのかってすごく複雑な気持ちを持ってたはず。 そういう複雑な気持ちをそのままリアリティを持って伝えられるのが 当事者である語り部の意味だというふうに思うんですよね。 そこは僕はとても貴重だと思う。 でも一方で戦争が終わって ずっと時間が経ち20年30年とその同じように語り続けていると だんだんそこから物語が固定化してしまうということが起きるわけですよ。 つまり複雑な両面のある人間の心理というのをそのまま喋り続けるのは難しいので だんだん単純化したものだけをそこから抽出していってしまう。 複雑なところから単純さだけを抽出すると それは本来あるべき当事者の物語じゃなくて ただのスローガン、キャッチフレーズになっちゃうんじゃないかなと思うんですよね。 そうやって長い間語り続けていくと 例えば被害者意識だけが強調されてしまったりとか 逆に加害者であるということを強調してしまったりとか 被害者であり加害者であるというのが当時の日本人の両面だったとするならば 被害者に偏りすぎたりとか加害者に偏りすぎてしまうという ナラティブにはまり込んでいってしまう。 そういうステレオタイプの物語に飲み込まれて単純化していってしまうというのが 語り目が長期化することの問題点としてあったんじゃないかと思うんですよ。 だからせいぜい1960年代70年代ぐらいまで 戦後までの人たちがだんだん社会の大半を占めるようになっていく時代に 語り継ごうという意思はとても良かったと思うんだけど それを40年50年続けていくことにはやっぱり問題があったんじゃないか。 言わんやもう80年ですからね。 80年経つともうギリギリ戦場に行った人もすでに100歳 だからもう次は現役の語り部はいないよねって言われていて そこで何とかしなきゃって言うので語り部2世なんて なんともおかしなものを生み出してきて つまり語り部だと戦争時代の息子や娘に語らせるっていう あるいは語り部を継承させるっていうね でもそんな単純なナラティブにだんだんなっていった語り部たちが 残した物語ってのはすでにもうその時点で人間の複雑な内面とか すべて削り落とされてスローガンやキャッチフレーズになってしまっている そのスローガンやキャッチフレーズになってしまったナラティブを ただ繰り返し語らせているだけで2世には そんなものには当時した性もリアリティも僕は何もないと思うんですよね だからそんな語り部2世なんていう怪しげなものに耳を傾けるぐらいだったら もっと当時の書かれた 実際に当時生きてた人たちが当時書いた文章だったりとかね あるいは映像だったりとかあるいは現代の21世紀の映像作家とか作家がですね できるだけ当時の人々の意識みたいなものを忠実に 再現しようって作っている作品もあるわけですよね 典型で言うとこの世界の片隅にとかもそうだったわけだし あるいは実写映画で言うと最近のゴジラマイナスワンなんか まさにね戦争終わった直後の人たちのいろんな葛藤が非常に見事に描かれたなと思うんですけれど そういうものに触れて耳を傾けて当時の人は何を考えたんだろうっていうふうに 思い起こした方がずっと 当時のリアリティに近づけるんじゃないかなと思うんですよ なんでこうやってリアリティから離れよう離れようとして ステレオタイプなキャッチフレーズやスローガンに陥っていこうとするのか 僕はとてもそこは理解できない やっぱり戦争をもう一回しないためには 戦争した人たちの当時のリアリティを知ることが一番じゃないかなと思います そしてそれは語り部にせいにはもはやできないし そんなステレオタイプの物語をただ繰り返しているだけの人たちなんて 本当にただの美話方針の平気物語でしかないよねという感じがするんですよね ではまた明日 もっと見る毎朝の思考佐々木俊尚09:111.当事者性のない「語り部二世」はただの琵琶法師コメント感想・質問・応援メッセージを書こう 大河内伝次郎2025年8月24日同感です。それよりも、マスコミはマスコミの果たした役割を客観的に検証して伝えて欲しいと思います。返信 俊尚 佐々木2025年8月28日本当にそう思います。 あごひげ2025年8月23日語り部二世なんているんですね。それもう語り部じゃないですか…とつっこまざるを得ませんでした。時の流れに抗おうと、歪めてしまうのは極めて不自然ですね。1返信 俊尚 佐々木2025年8月28日いくらなんでも二世は無理だろうと思うのですが、マスコミの人はどう思ってるのでしょう。 武井義勇(たけいきゆう)2025年8月23日戦争反対と訴えていれば正義の味方になれる、そんな感じをスローガンから受けます。それを訴える前に、戦争が起こる根源を知ることの方が大切だと思ってきました。戦争が起こる理由は多岐にわたるので一言で表せませんが、それを望んでいる人もいるという現実を知る必要を感じます。綺麗事で片付けられない問題です。3返信 俊尚 佐々木2025年8月28日「反戦平和」をスローガンにしてしまうのは良くないんですけどねえ。そこの意味が伝わらない人たちがけっこういる。 ス・ギー2025年8月22日20年ほど前まで左翼運動に加担していた私ですが、当事者の方達の証言を自分たちの主張に都合のいいように利用する向きが強くて、違和感が拭えませんでした。被爆2世に代替わりしたら、その傾向性はますます強まるでしょう。仰る通り当時者の複雑な心境を読み解いていくことでしか「戦争を繰り返さない」現実的な道は見えないのに、単純化していってしまうことにこそ、平和とは真逆の暴力性を感じます。3返信 ス・ギー2025年8月23日訂正です。×被爆2世に代替わりしたら↓◯語り部2世に代替わりしたら 俊尚 佐々木2025年8月28日暴力せい、たしかにそうだと思います。ありがとうございます。 Motoaki Nakatsutsumi2025年8月22日非常に示唆に富むお話をありがとうございます。自分が抱えていたモヤモヤの理由が明確になり、心にストンと落ちるものがありました。8返信 俊尚 佐々木2025年8月28日こちらこそありがとうございます。 もっと見る
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それもう語り部じゃないですか…とつっこまざるを得ませんでした。
時の流れに抗おうと、歪めてしまうのは極めて不自然ですね。
戦争が起こる理由は多岐にわたるので一言で表せませんが、それを望んでいる人もいるという現実を知る必要を感じます。綺麗事で片付けられない問題です。
被爆2世に代替わりしたら、その傾向性はますます強まるでしょう。
仰る通り当時者の複雑な心境を読み解いていくことでしか「戦争を繰り返さない」現実的な道は見えないのに、単純化していってしまうことにこそ、平和とは真逆の暴力性を感じます。
×被爆2世に代替わりしたら
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◯語り部2世に代替わりしたら
自分が抱えていたモヤモヤの理由が明確になり、心にストンと落ちるものがありました。